★アクション編(上)
東映の黄金期を支えたアクション映画。数多くのアクションスターが育つなか、ひときわ輝いていたのが千葉真一(77)。同社元宣伝部長の福永邦昭(76)が千葉の思い出を語った。
日体大の器械体操選手で1964年の東京五輪候補でもあった千葉だがケガにより断念。中退して東映の第6期ニューフェイスに合格した。
「体操で鍛え上げた肉体と抜群の運動神経で、新しいアクション俳優の誕生と騒がれたが、東映が彼を生かしきれなかった」
しかしキャリアを重ねるうちに演技力が評価され、当時5歳の真田広之と共演した主演作「浪曲子守唄」(66年)や「やくざ刑事」(70年)シリーズがヒット。68年からはテレビドラマ「キイハンター」で本格的なアクションドラマをお茶の間に持ち込み、一躍スターダムに。そして73年、福永自身も思いもよらない出来事に遭遇した。
「千葉の主演映画のバンコクロケの途中、香港に立ち寄った。その時会ったのが、香港の映画会社ゴールデンハーベストのプロデューサーとあのブルース・リーだった」
当時の日本は、ブルース・リーどころかカンフー映画の存在もほとんど知られていなかった。もちろん福永も。
「香港では屋台で売られる新聞や雑誌にブルース・リーが大きく掲載され、映画館の大看板にもリーの顔が。繁華街はリーであふれていた。そして彼自身が千葉の大ファンであることを知る。これはひょっとすると…」