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異世界を制御魔法で切り開け! 作者:佐竹アキノリ

第一章

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第一巻該当部分1



 目が覚めると、エヴァン・ダグラスはいつものベッドの中にいた。体を起こそうとすると、ずきり、と頭が痛んだので目だけを動かして辺りを探ることにする。

「エヴァン様! お目覚めになられましたか!?」

 飛び込むようにして覗き込んでくる幼くも可愛らしい少女の顔。落ち着いた橙色の瞳は喜悦を孕んで大きく見開かれており、どこか不安そうにも見える。

「ああ、何でもない。ありがとうセラ」

 彼女セラフィナがこうして朝、起こしにきてくれるのはいつものことである。
 そう思い至ったところで、彼女の頭部に目が行く。さらさらと流れるようなみかん色の髪には、ふわふわの耳が覗いている。それはさながら狐耳。さらに臀部からは大きな狐の尻尾が生えている。

 見慣れたはずのその姿に、エヴァンは違和感を覚える。いつもと何ら変わったところは見られないというのにもかかわらず。

 再びずきりと頭が痛んで、エヴァンはもう一度頭を抱えた。

「エヴァン様!? 痛むのですか!?」

 何でもない、とセラフィナに手を振って、暫くそのままの体勢で過ごす。
 そして脳裏にその疑問の原因が思い浮かぶ。

(狐耳が人の頭から生えているわけないだろ?)

 考えてみれば当たり前ではある。だが、これまで彼女と暮してきたのは間違いない事実で、確かにその記憶はある。確か隣国には獣人も住んでいると聞いており、何もおかしいところはない。

 そうして記憶を辿って行くと、すぐさま直近のことに突き当たる。

 エヴァン・ダグラスは兄のレスター・ダグラスとウォーレン・ダグラスに階段から突き落とされ、そして昏倒したのだと。

 それがまるで他人事のように感じられるのは、今の彼はエヴァンではない、誰かの記憶が混じっているからだ。

 その人物は先ほどまで大学にいて、制御理論の研究をしていたはずだ。もうすぐ卒論の提出時期だったから忙しかったものの、進捗は順調、いずれ卒業して就職するはずだった。

 だというのに、彼はエヴァンでもある。幼少期からずっと過ごしたこの家の記憶も確かにある。

「どうなってんだ……」

 そうしていると、すっと水の入ったコップが手渡される。受け取りながら、そちらを見ると、不安げなセラフィナの顔。

 幼いながらも整った容貌は、見慣れたはずなのにやけに新鮮に思われる。

(どこをどう見ても可愛いな。……あれ、俺こんなこと思ったことあったかな?)

 水を口に含みながら、少し考えてみる。エヴァンは今年で十歳になり、セラフィナは一つ下だから九歳になる。年齢を考えれば、そういうことに興味がなくてもおかしくないのかもしれない。

 ならば、この感情の起因するところは、このもう一人の記憶の持主、ということになるだろう。
 エヴァンの記憶の大部分を否定する知識がそこには多量に詰まっていると言ってもいいほどに、それは違い過ぎた。

 この世界には獣人がいて、魔法があり、魔物がいる。しかしその大学生であった前世の彼は現代日本に住んでいて、日々大学で研鑽する普通の生活を送っていた。こんなファンタジーな世界などあり得ないと思っていたはずなのだが。

 エヴァンは暫く、エヴァン・ダグラスとして十年しか過ごしてはいない人生を思い出す。
 彼は貴族であるダグラス家の四男として生まれ、そして生まれつき黒い髪、茶の瞳だった。それは記憶のことを考えれば、すんなりと腑に落ちる。

 だがそれによって、両親は相当揉めたようだ。さもありなん、父は母の浮気を疑い、母は言われのない誹りを受けて、彼を憎むようになった。誰が悪い、ということはないだろう。

 もっとも、生んでくれたことにこそ感謝すれど、その後のだんまり具合や兄たちによる迫害もあって、愛情なんて何一つ感じてはいないのだけれど。

 だが、それも悪いことばかりではなかった。父はあてつけのように、この国ではまだあまり受け入れられてはいない獣人であるセラフィナをエヴァンのメイドとして買ってきた。

 買ってきたというのは文字通り、敗戦国の奴隷であるセラフィナを奴隷市場から買ってきたのだ。教養があり、その上安いということもあって、まさに打ってつけだったらしい。

 彼女にとってはいいことだったかどうかは分からないが、それでもエヴァンはこの少女とは心から打ち解けていると言えるほどに信頼しており、彼女もそれに応えてくれる関係だと思っている。

「エヴァン様、何か心配事でも……?」
「いや、そうじゃないんだが」

 エヴァンは暫く悩んで、それから彼女にはある程度ぼかしながら、話をすることにした。彼にとって唯一といってもいい、親密な関係を持つ彼女。そこには血や立場を超えた何かがあるとも思えた。

「実はさ、長い夢を見ていたんだ」
「夢、ですか?」
「ああ。そこは文明が栄えていて、俺はそこで研究をしていたんだ」
「それは素敵ですね。エヴァン様ならさぞご活躍なされたことでしょう」
「はは、そうだといいな」

 もしかすると、あれは前世だったのかもしれない。記憶がある時点でぱったり途切れていることから、死亡事故でもあったのだろう。セラフィナと話をしているとそんな気になった。

 セラフィナは懐疑を抱く事も無く、ただあるがままの事実として、エヴァンの話を受け入れていく。彼女は全幅の信頼を寄せているのだろう。

「……だからさ、俺が何か変になったときは、言ってくれると助かる」
「分かりました。……ですが、エヴァン様はいつもとお変わりなく、立派な方です」

 にこにこと話す彼女は、不安になるほどの笑顔だった。妄信にも近いと言えるが、彼女の美点なのかもしれない。

 それからエヴァンは前世の記憶について考える。
 これはもしかすると、前世で学んだ知識を今生でも生かせるかもしれない。その対象には、魔法という前世ではありえなかったものも含まれる。
 彼は魔法の才能がほとんどないと見なされており、それによって兄たちの迫害が加速することになった。だがしかし、その彼らのおかげでこうして前世の記憶が蘇ってきたとも言える。悪いことばかりではない。

 思い立ったが吉日、さっそく部屋を出ると、無駄に長い廊下を行く。ダグラス家は昔、そこそこ収入があったそうだが、今はすっかり落ちぶれて、財産を売りながら凌いでいるらしい。

 もっとも、それは彼にとってあまり関係ないことでもある。基本的には両親と顔を合わせることがないよう離れに住んでおり、いずれはこの家を出ていくことになるだろう。何も彼に限ったことではない。

 基本的には長子相続であるため、貴族として生まれても相続権があるのは長男だけで、次男はスペアとして部屋住みとしてほそぼそと生活していくことはできるものの生活水準は一気に落ちる。そして長男に子が生まれればそれはなおのこと。

 そうなるのが嫌ならば、家を出ていくしかない。三男、四男となるにつれて、その傾向はますます強くなる。

 もちろん、親もただで家を出すわけではなく、騎士や魔法使いといった専門職につけるだけの教養を身に付けさせてから出す、ということに力を注ぐ。
 とはいえ、エヴァンはそれには当てはまらない。両親は彼を疎んじているのだから。

 ならば自身で力を付けていくしかない。この世界は前の世界よりも危険が多い。平穏に暮らそうとしていても、魔物に襲われれば一たまりもなく、強盗が入れば一家惨殺も日常的に起こる。
 それらを逃れるには、力をつけるしかないのだ。
 成人と見なされるのは十五。それまでに何とかすればいい。何とかしなければならない。

 そうしたことを考えながら、離れを出る。少し離れたところに母屋が見えるが、そこはいつもと変わらない様子だった。メイドたちは花に水をやっており、馬の手入れをしている者もいる。そこにエヴァンを見る者などいない。

 従者たちにまで馬鹿にされるのは気に食わなかったが、もはや今となっては彼女たちの存在などどうでもいいことだ。セラフィナがいるのだから。

 少し離れた砂地のところに行き、早速魔法を使う練習を行う。セラフィナはその様子をじっと見守る。

 この世界の魔法は大きく四つに分けられる。物質を生み出す生成魔法、それに方向性を持った力を与える力場魔法、時間や空間に変化を与える時空魔法、そしてそれらを司る制御魔法だ。

 制御魔法は外部の状態を観測することや、他の魔法を制御するために使われる。条件を設定しておき、それを満たしたとき発動させるなどといったものだ。家電がスイッチ一つ入れると、後は自動で動いてくれるといった制御に近い。

 しかし制御魔法はあまり使われていないといってもいい。その理由としては、あまり使える者がいないということと、制御理論が発達していないこと、直接的な威力には影響しないことなどが挙げられる。

 だがそれが今後、力を付けていくカギになるだろう。

 エヴァンはファーストステップとして、周囲1メートルほどに侵食領域を生成する。その領域でのみ、魔力が流れ込み魔法を発動させることができるのだ。

 そしてセカンドステップとして、魔法発動における指令を構成する。とりあえずここでは生成魔法の要素である『燃焼』だけを発動させる。

 すると処理が行われ、暫くして魔法が発動する。

 エヴァンの前方五十センチほどのところでマッチ程度の炎が灯り、しかしそれはすぐに落下し消えていく。ここまでは何ら難しい技術ではない。

 次にエヴァンは侵食領域を維持したまま、指令を再び構成する。生成魔法の『燃焼』とそれに続く力場魔法だ。制御魔法を用いることで、炎が生じるという条件が満たされると、力場魔法が発動するように設定。後は魔法を一度発動させるだけだ。

 エヴァンが魔法を起動すると処理が行われ、発生した炎が方向性を持った力を与えられる。

 炎は数十センチ向こうまで押し出されると、侵食領域の外に出た途端、あらゆる外力を失って、そのまま放物運動を描いて落ちていく。

 そしてエヴァンは暫し考えを働かせる。まずは簡単なオンオフ制御から始めることにする。これは一定基準を越えればオン、下回ればオフといった制御である。

 炎を一定の位置に止まらせるには、ある高さを下回ったときには上向きの力を加え、上回ったときはなにもしないとすればいい。

 制御魔法により位置を観測。時々において上か下かを判別し、先ほどの条件において力場魔法を使用するように制御魔法を用いる。こうした魔法の組み合わせを設定しておけば、エヴァンは何もせずとも自動で制御される。

 生み出された炎は予想通り目の前の高さを上下に行ったり来たり繰り返している。しかしそれは止まっている、というよりは揺れている、と言った方が近い。

「エヴァン様! それが先ほどおっしゃられた知識ですか!?」
「まあそんなところかな」
「すごいです! このような魔法、初めて見ました!」

 しかし炎は目標位置に留まることなく、上下に大きくオーバーシュートしてしまっているのだ。これでは使い物にはならない。

 とはいえ、第一日目の成果としては上々といったところだろう。

 エヴァンは侵食領域を解除する。彼は蓄積しておくことができる魔力の量が少なく、ちょっとした魔法を使っただけでそれは底を突いてしまうのだ。

「セラ、そろそろ夕食にしよう」
「はい! すぐにご用意します!」

 まだ日は暮れておらず些か早いような気はしないでもないが、今日は朝から何も食べていない。腹はすっからかんになっている。

 エヴァンはセラフィナと共に、離れに戻ることにした。
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