アピタル・村上義孝
2016年3月18日11時20分
「コレステロール」といえば、動脈硬化につながりやすいものとしてすっかり有名ですね。でもいま、食事中のコレステロールについて「これ以上とってはいけない」という制限(上限値)がなくなった」という情報をインターネット上のあちこちでみかけます。
これは昨年3月に日本の食事摂取基準が改定になり、コレステロール摂取量の上限値についての記載がなくなったからです。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000042631.pdf
今回はこの話題について考えてみたいと思います。
コレステロールは体内にある脂質の一種で、血液中のコレステロール(血清コレステロール)が高いと心筋梗塞(こうそく)などのリスクが上昇することが知られています。
そのことを示した初期の国際共同研究として「Seven Countries Study」があります。この研究は、食事やライフスタイルと循環器疾患との関連を検討した有名な疫学研究で、血清コレステロールと心臓疾患死亡との間の関連を「地域相関研究」という方法で検討しています。
下の図は、それぞれの地域(SやNといった文字が地域を示します)の住民ごとの平均的な血清コレステロールレベル(横軸:mg/dl)と、10年間の心臓疾患死亡(縦軸:1000人あたり)との関連を散布図で示したものです。この図をみると、血清コレステロールレベルが高い地域ほど、心臓疾患死亡が増えていることがはっきりとわかると思います。
ちなみにSeven Countries Studyには日本(久留米大学第三内科)からも参加していて、下でUとあるのは牛深(現:天草市)、Tとあるのは久留米市田主丸町のデータです。当時日本では血清コレステロール、心臓疾患死亡がともに低かったことがわかります<http://www.epi-c.jp/entry/e110_0_interview_01.html>。
このように昔から、コレステロールと心疾患との関連は指摘されていて、様々な疫学研究や臨床試験から、コレステロールは心疾患の危険因子であることが示されてきました。それなのに、どうして「コレステロールの摂取量の上限値が撤廃」されたのでしょうか?
改訂された「日本人の食事摂取基準」の「2-7. 食事性コレステロール」の項目をみますと、「コレステロールの摂取量は低めに抑えることが好ましいものと考えられるものの、目標量を算定するのに十分な科学的根拠が得られなかったため、目標量の算定は控えた。(125ページ)」とあります。つまり、「十分な科学的根拠」が見当たらなかったため、今回は食事から摂取されるコレステロールについて上限値を示すのを遠慮した、ということのようです。ずいぶんと控えめで慎重な印象をうけます。
上記の食事摂取基準ではコレステロールについて、以下の5点が「科学的根拠」として示されています(125ページ)。
その1.コレステロールは体内で合成できる脂質である。
その2.摂取されたコレステロールの 40~60% が吸収されるが、個人間の差が大きく遺伝的背景や代謝状態に影響される。
その3.経口摂取されるコレステロール(食事性コレステロール)は体内で作られるコレステロールの 1/3~1/7 を占めるに過ぎない。
その4.コレステロールを多く摂取すると肝臓でのコレステロール合成は減少し、逆に少なく摂取するとコレステロール合成は増加し、末梢への補給が一定に保たれるようにフィードバック機構が働く。
その5.このため、食事でとったコレステロールの量が直接血中総コレステロール値に反映されるわけではない。
要は、食事からコレステロールをたくさんとったとしても、そのまま血中総コレステロール値が上がるような単純なものでなく、肝臓などのフィードバック作用によって、血中総コレステロール値には直ちに反映されるわけではない、ということなのです。また食物摂取以外でも血清総コレステロール値は肥満や動物性脂肪によっても上昇します。「コレステロールの豊富なタマゴをいくら避けたとしても、太ってお肉ばかり食べていては意味がない」、というわけです。
こうしたことが、食事からのコレステロールの摂取上限値を設定しないという、科学的に控えめ、かつ公衆衛生的には大胆な判断を生み出したようです。
日本の食事摂取基準の報告書が発表される約1年前に、米国でも食事摂取基準が発表され、コレステロール摂取量の上限値の記載がなくなりました。その理由については米国の基準かには明確に書かれていないのですが、その発表前のドラフトを見ると「現在あるエビデンスからは、食物からのコレステロールと血清コレステロールの間には明白な関連は見られないため」と書いてあります(下の英文を参照ください)。
' The 2015 DGAC will not bring forward this recommendation because available evidence shows no appreciable relationship between consumption of dietary cholesterol and serum cholesterol, consistent with the conclusions of the AHA/ACC report.'
どうやら、日本におけるコレステロール上限値の撤廃は、アメリカの食事摂取基準と同じ考え方に基づいているようです。
では、冒頭で引用した記事のタイトルにもあるように、コレステロールは本当に「好きなだけOK」なのでしょうか? 実はそうではありません。次回は、日本の食事摂取基準にある、もう一つの重要なポイントに焦点をあて、アメリカの最新情報を紹介しながら、「コレステロール、好きなだけはダメ」ということについて、説明したいと思います。
<アピタル:疫学でヘルシーチェック>
東京大学大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了(保健学博士)。大分県立看護科学大学、国立環境研究所、滋賀医科大学を経て、2014年東邦大学医学部教授(社会医学講座医療統計学分野)。専門は疫学、保健統計学、大規模データベース研究(循環器疾患)や政府統計の高次利用の研究などに携わっている。
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