水口哲也氏が今だからこそ語る『Rez』秘話。『Rez Infinite』新ステージ“Area X”コンセプトビジュアルも公開【GDC 2016】

現在アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコで開催中のGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)。Enhance Gamesの水口哲也氏が、代表作のひとつ『Rez』を振り返る講演を行った。

●『Rez』以前から『Rez Infinite』まで

 現在アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコで開催中のゲーム開発者向けの国際会議、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)。近年シリーズのように行われるのが、往年の名作の開発を振り返るClassic Game Postmortem。今年のGDCでも、さまざまなタイトルの振り返りが行われている。
 開催4日目となる現地2016年3月17日には、Enhance Gamesの水口哲也氏により、2001年にセガからプレイステーション2とドリームキャストで発売された『Rez』の講演が行われた。


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●最初のインスピレーションを与えた2本のシューティングゲーム

 この講演で繰り返し出てきた言葉は“インスピレーション”。水口氏はまず、ゲーム業界に入る以前に現在に繋がるインスピレーションを与えたゲームとして2本のシューティングゲーム、『ゼビウス』と『Xenon 2 Megablast』を挙げた。


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 高校時代、『ゼビウス』をプレイした水口氏はある時、自分のプレイに反応して鳴るサウンドエフェクトが音楽を構成しているような錯覚を覚えたのを記憶しているという。まだゲーム開発に関わってはいないものの、「これがもし音楽になっていったらどうなるのか」と妄想することもあったというのが面白いところ。

 そして数年後、大学時代にアミーガ/アタリSTでリリースされた『Xenon 2』に出会うことになる。本作は音楽プロデューサーのティム・シムノンが当時やっていたエレクトリックヒップホップユニット、ボム・ザ・ベースの曲“Megablast”をフィーチャーしており、サブタイトルにも採用。ゲーム以外の領域のクリエイターやアーティストがゲーム開発に関わったことに衝撃を受けたそう。

 また本作でもゲームサウンドが自分の操作に応じて音楽を形成するような感覚を覚える一方、開発したThe Bitmap Brothersとボム・ザ・ベースがそうしたように、未来のクリエイターやアーティストとともに、何か新たなメディアアートを創造するようなことができたらという夢を持ち始めたのだという。
 水口氏の作品では実際に音楽シーンで活躍するミュージシャンによる楽曲が収録されていることが多いが、今回のお題である『Rez』でもケン・イシイやオヴァル、コールドカットといったテクノ/ブレイクビーツ系のアーティストからの楽曲提供を受けており、まさにこの2本が後の『Rez』に繋がっているのがよくわかる(ちなみに本作を開発したThe Bitmap Brothersの創設メンバーであるエリック・マシューズ氏が偶然この講演を聴講しており、公演終了後に運命的な出会いを果たしていた)。


●『セガラリー』の多感覚と、レイヴの共感覚

 そして大学を卒業後、水口氏はセガに入社。レースゲーム『セガラリーチャンピオンシップ』などに関わる中で、ゲーム制作そのものについてだけでなく、世界にゲームファンとその市場が広がっていることを学ぶとともに、体感ゲームを通じてビジュアル・音・振動による触覚など、複数の感覚が連動したマルチセンソリー(多感覚)なゲームを制作する基礎にもなった。

 そんな中でも、いつか音楽で新しい体験の何かを作りたいという思いがずっとあったのだという。きっかけになったのは、レースゲームの開発の一環でチューリッヒに出張した際に数十万人が参加する巨大レイヴ“Street Parade”に遭遇したこと。


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 屋外スタジアムにびっしりと人が集まり、テクノサウンドとライティングに合わせて全体がうねるように動く。その時、美大時代に学んで知っていた“シナスタジア”(共感覚)という言葉とその光景が繋がったことから『Rez』へと繋がる旅が本格的に始まる。


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 キーとなるのは、水口氏がこれまでも名前を挙げてきた画家、ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)だ。共感覚を共感覚をテーマに創作を行っていたことが知られるカンディンスキーと現代の人間は、物に対するイマジネーションや感じ方自体はそこまで違わないはず。ならばチューリッヒで体験したあの光景を、キャンバスではなくコンピューターで表現するとすれば、どうすればいいのか? あるいは、ゲームと音楽の本当の融合とはどんな体験なのか。あの日ゼビウスで感じた錯覚が本当に音楽を形作るとしたら?


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●グルーヴはどこからやってくるのか

 ここで面白かったのが、本開発の前の研究段階で、水口氏らがまず音楽の根本的な部分を掘り下げるところから始めたこと。ミュージシャンが演奏によって気持ちのいい瞬間が訪れるとき、あるいはケニアのバーで人々がパーカッションを叩き始めてグルーヴィーな音楽体験が訪れた時、そのケミストリー(化学反応)はどこからやってきたのか?


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 いわく「そのプロセスが見えないとプログラムに変えられないんですよね」というのだが、つまり本気で音楽の快感が生まれる瞬間をビデオゲームで起こそうとしていたのだ。なんとも贅沢なアプローチな気がするが、ビデオゲームの“画面で発生したアクションに対してプレイヤーが反応する”という流れにコールアンドレスポンスのような音楽と通じるものを感じていたそうで、何か確信のようなものはあったようだ。

 ここで“演奏から生まれる楽しさ”と並ぶもうひとつの音楽の方法として参照されたのが、それこそStreet Paradeなどで人々を躍らせるDJの存在だ。テクノ・ハウス系のDJは一般的に、すでに録音されたトラック(曲)をかけて人々を盛り上げるわけだが、単に人気の曲を順番に再生しても、なかなかその盛り上がりが生まれるわけではない。
 実際やっている作業を説明すると、ミキシングによる音の抜き差しや選曲の妙で、あえて落ち着けたり音を減らしたりしながら、数十曲、時には一晩かけた流れを作っていくわけだが、水口氏はこれを「気分やムードのデザイン」だと指摘していた。


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 そして『Rez』に“音楽の気持ちよさ”に関するこのふたつの要素を盛り込んでいくための試行錯誤が、当時のビデオで紹介された。先ほど触れたケニアでの出来事を収めた個人ビデオを延々と見返したり、クラブや屋外イベントに行ってみたり、音に合わせてビジュアルが動く際にどういうカラーや図形が重なると気持ちよくなるか試したり……。


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▲過去に放送されたドキュメンタリーで見た人もいるかもしれないが、インスピレーションを得るために太鼓のライブを観たり、クラブに行ったことがないプログラマーすらもクラブに連れて行ったりしたそう。

 そして見つかった「一番の宝物」(水口氏)が、プレイヤーにプレイの結果として返す音とビジュアルの反応を“クオンタイズ”するということ。ドラムマシーンなどにこういった名前の機能があるのだが、人間がアナログに微妙にズレて音を打ち込んでも、この機能を使うと微調整していい感じのタイミングに置き換えてくれるというもの。
 『Rez』の場合は、例えばロックオン時などの音が適当にやっていてもテクノっぽいタイミングで鳴るが、プレイヤー本人にリズム感がなくてもそうなるのは、クオンタイズしてオートマチックにテクノに合ったタイミングにしているからだ。それによって自分のプレイの報酬として気持ちのいい音楽(とそれに合わせたビジュアル)が報酬として得られるという関係が成立する。この発想は後の作品である『ルミネス』や『Child of Eden』にも活用しているとのこと。


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●裏設定は“生命の根源となる旅”

 『Rez』のシナスタジア体験を下支えするメカニズムがわかったところで、キャラクターとストーリーについての秘密のインスピレーションも明かされた。『Rez』はサイバースペースでハッカーがウィルスを倒していくという内容になっているが、実はもうひとつ、裏のストーリーがあるのだという。

 それは人間の生命が発生する直前の、受精までの道のり。人間の誰もが通る原初の冒険とサイバースペースのハッカーの話が融合したのが『Rez』であり、ラストでエデンを救って女性型のキャラクターが登場し、新しい生命が誕生するイメージが示されるのは、このもうひとつのストーリーの暗喩になっているとのこと。


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▲言われて見直すといろいろ察するエンディング。

 そして水口氏は英語を交えながら、「僕らはビデオゲームは新たなメディアの形になると信じていました。ビデオゲームは体験であり、それをデザインしたかったんです」と語った。『Rez』に至るまでのプロセスでどうすればそれを実現できるか長期間考えたことは、現在でも宝物だという。そして会場に集まった開発者に向けて、ゲームデザイナーとしてやってきたことは体験を別の形で設計することであり、どんな瞬間も厳しい旅ではあるが、それはきっと血となり肉となることだと語りかけた。


●VR時代に再び“Rez”する『Rez Infinite』

 しかしまだ、この『Rez』の話は終わらない。話は一度、『Rez』というタイトルの発端へと移る。それは本紙連載陣のひとりであるジェイソン・ブルックスと、サイモン・コックスがプレス関係者としてスタジオを訪れ、本作を体験した際のこと。
 彼らが映画「Tron」のようだと言ったことで、同作のサイバー空間に人やモノが構成されて出現する“Rez”という概念が導入され、「音・ビジュアル・振動が構成されて一緒になった(Rez)もの」というコンセプトを示すタイトルともなったのだ(※実は記者はこの話をジェイソン・ブルックス本人から聞いたことがある)。


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 そう、『Rez』には振動も必要だった。だからコントローラーに加えてさらに振動を伝えるための周辺機器・トランスバイブレーターが制作・販売されている。
 そして振動でも音楽をデザインし、ゲーム世界と一体となる『Rez』について、開発チームではバーチャルリアリティ(VR)のようだと感じていたそう。しかしイメージはあったものの、そこまでを家庭用ゲームのレベルで実現するテクノロジーはなかった。現実的に、視界の全方位がゲーム世界に囲まれたVRではなく、平面のモニターに向けて作るしかないのは「フラストレーションだった」という。


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 そして約15年後の現在、それは可能なことになりつつある。水口氏は、今度こそVR込みの『Rez』を作り出すため、Enhance Gamesを設立。『Rez Infinite』を開発している。ラストでは、現在の技術を使った新たな表現を模索する新ステージ“Area X”についてコンセプトアートも示され、10月に予定されているPlayStation VRの発売に合わせたローンチタイトルとしてのリリースを目指すという決意を示すとともに、講演を締めくくった。


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