首相が呼び掛けても、日銀総裁が求めても、経営側回答は昨年を大きく下回るベアだった。経済の好循環への期待は再びしぼんだ。首相は経済政策の転換を決断すべき時を迎えている。
きのうの集中回答は相場のリード役であるトヨタ自動車と電機がベースアップ(ベア)千五百円、ホンダは千百円。昨年実績はもちろん、低めに抑えた要求額も大きく下回った。
政府が賃上げに介入する官製春闘は額はともあれ三年連続のベアを実現した。これから始まる中堅・中小企業の交渉で大手との格差が縮まれば、今春闘の連合の目標でもあり、ぎりぎり評価に堪える結果となるかもしれない。
しかし、官製春闘の最大の狙いだった賃上げによる消費の拡大、経済の好循環、デフレ脱却ははるか遠のき、その姿さえ見えなくなった。
各種の世論調査でも、八割が景気回復を実感できていないと答えているが、その責任を経営者や労組に負わせるわけにはいかない。責任は政府と日銀にある。安倍晋三首相も黒田東彦日銀総裁も、これまで進めてきた企業収益重視の経済政策の限界をはっきりと感じているはずだ。このままではいけないと。
その証しだろう、首相の口から、上から下へお金がしたたる「トリクルダウン」という言葉が聞かれなくなった。代わりに、実態そのものである「格差」を口にするようになっている。
金融の緩和でお金がだぶついている。しかし資金需要がなく、成長に結び付かない−そう論じられるがほんとうか。首相は現実を直視してほしい。
お金を必要としている人、懸命に働きながら低収入にあえぎ、喉から手が出るほどお金を必要としている勤労者が国内にはあふれている。
例えば子どもの将来のために必死で働くシングルマザーなどひとり親世帯、低賃金の代名詞になっている介護士や保育士、奨学金の返済負担に苦しむ若い社会人、高額の授業料に二の足を踏んで進学を諦める学生…。この人たちがどれほどお金を必要とし、お金を得ることで未来を切り開く可能性を手にすることができるか。それがデフレを脱却し、少子高齢化を乗り切る道であるはずだ。
格差の是正は成長を促す。過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ−故事に学ぶは無論、恥ずかしいことではない。
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