トランプ氏独走 疑問と不安は尽きない
毎日新聞
トランプ「旋風」というより「嵐」のような破壊力だ。米大統領選の候補者選びは15日、実業家のトランプ氏が5州のうち少なくとも3州で勝ち、共和党の指名獲得へまた前進した。特に99人の代議員を総取りしたフロリダ州での勝利は大きい。
逆に、地元の同州で敗北したルビオ上院議員は撤退を表明した。撤退演説の「米国を政治的な嵐、津波が襲っている」という言葉は示唆的である。共和党主流派の自分が撤退を余儀なくされ、傍若無人な言動が目立つトランプ氏が支持を集める現実を象徴的に語ったのだろう。
他方、トランプ氏は勝利演説の中で、米国に満ちている「怒り」を強調した。既成政治家への不満や怒りが、同氏を支持する「嵐」を生んだと言いたいようだ。
8年前の大統領選は、オバマ上院議員(現大統領)が「チェンジ(変革)」を掲げて当選した。だが、当時のテンションの高さは今のオバマ政権には見られない。一握りの富裕層が富を握り、大学を出ても奨学金を返せず、成功への「アメリカンドリーム」は遠のくばかり。そんな状況への怒りは分からないではない。
しかし、だからといって、なぜトランプ氏なのか−−。
同氏は言う。不法移民対策としてメキシコ国境に壁を造り、建造費用を同国に払わせる。イスラム教徒の入国は全面禁止すると。だが、排除と分断の発想は結局、米国を孤立に追いやるだけだろう。
日韓にもっと米軍駐留経費を払わせようとも言う。では米軍の前方展開の意味や、日本の基地負担をどう考えているのか。この発言を、共和党の有識者が「ゆすり」と形容するのはもっともだ。
日本も参加する環太平洋パートナーシップ協定(TPP)については「最悪」として特に批判的だ。トランプ氏が大統領になれば、何かと日米摩擦が生じることが懸念される。
疑問と不安は尽きない。歓心を買うための身勝手で非現実的な主張は結局、人々を失望させ、米国の信用を損なう。同氏の集会で市民の小競り合いが起きているのも憂うべきことだ。同氏が求める党の結束は容易ではあるまい。
今回、オハイオ州の予備選で勝ったケーシック同州知事やクルーズ上院議員がトランプ氏の過半数確保を阻止し、7月の党大会での候補者調整に持ち込めるか。それが一つの焦点になりつつあるが、トランプ氏の優位に変わりはない。
だが、米大統領は軍最高司令官であり、政治的にも軍事的にも絶大な権力を握る。大統領に不可欠な要素の一つは自らの権力に対する謙虚さだろう。それがトランプ氏に備わっているとは、どうしても思えない。