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「貧民街」の日常を撮る写真家・伊藤大輔:オリンピック直前、リオデジャネイロのいま

オリンピックが迫ったリオデジャネイロの郊外にファヴェーラといわれるスラム街がある。その街はいま、国を挙げた治安維持で大きな変化を迎えている。伊藤大輔は10年前からその「街」に住み写真を撮り続けてきた。帰国した彼が、そこに生きる人間の姿と、シャッターを切る訳を語る。WIRED.jp独占インタビュー。

 
 
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PHOTOGRAPHS BY DAISUKE ITO
TEXT BY YOHEI KAWADA

DAISUKE ITO|伊藤大輔
1976年生まれ、仙台市出身。明治大学卒業後、一般企業に就職。1年ほどで退社しスペイン・バルセロナのIDEPに留学、写真を学ぶ。その後、バックパッカーとして中南米を旅するなかで、ブラジルのリオデジャネイロのファヴェーラに魅せられ、移住を決意。同時に写真家としての活動を開始する。現在はリオデジャネイロ郊外のバビロニア地区で撮影生活を送りながら、広告・雑誌の撮影など幅広く活動する。

ブラジルの都市郊外に無数に乱立するスラム街、ファヴェーラ。かつて不法居住者たちが占拠する危険地帯として認知されていた街は、今年8月のリオデジャネイロオリンピック開催を控え、国を挙げた警察の介入によって激動の波にさらされている。

リオの丘陵地に広がるファヴェーラの1つ「バビロニア」に家族で移り住み、10年以上にわたってこの貧民街の移り変わりを撮影し続けてきた日本人写真家・伊藤大輔は、ファヴェーラの街や人々とどのように向き合い、活動を続けているのか。3月17日から池袋の東京芸術劇場で開催される写真展「リオ・デ・ジャネイロ ヴァリアス・アイズ」を前に帰国した伊藤に、ファヴェーラの実情と未来、そして自身の創作活動について話を聞いた。


──リオデジャネイロオリンピックの開幕まであと5カ月。現地の様子がどのように変化しているのか、住民である伊藤さんの目から見たリオの現状を教えてください。

正直、オリンピックなんてまだ「先の話」ですね。ブラジルは何をするにも「直前」ですから、5カ月前の段階ではとくに街の様子がどう変わったということはない。日本のマスコミでは湾の水が汚いとか、ジカ熱がどうとか騒いでるみたいですけど、実際、俺は「ジカ熱」なんて言葉はブラジル人からポルトガル語で聞いたこともないですよ。日本に帰ってくると大騒ぎしてるからびっくりしました。

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──現地ではまったく報道されていないのでしょうか。

俺はスラム街のことしか知らないんだけど、そこはもう何も報道されてない。ただ、わが家には子どもがいるから妻がいろいろ調べてはいます。いま問題になっている小頭症[編註:脳の未発達を伴う先天的な欠損症]が多いのはブラジルの北東部のほうで、蚊が原因だっていうことになってるんですよね。でも、実際は蚊を殺すために水道水に何か薬品が混ぜられていて、それを飲んだ妊婦に症状が出ているって噂もあって、現地ではみんな政府の嘘なんじゃないかって疑ってます。ジカ熱にかかった知り合いは、医者へ行ったら全然心配ないって言われたそうですよ。

──ファヴェーラの人々はメディアの報道を信じていないんですね。

ファヴェーラの人間はみんなそう。ファヴェーラについて報道されることは多いですけど、実情をちゃんとわかっているメディアはほとんどない。だから、みんな自分の目で見たものしか信じてないという感じです。テレビ局の方が取材で来てもフィルターが掛かってるから、貧乏で、裸足で、ネイマールに憧れていて、将来は両親に家を建ててあげたいサッカー少年がたくさんいると本気で思ってる。だから、「目の前に銃を持ったヤツがいるのに、なんでお前は呑気にカメラ出してるの?」っていうことがほとんど。せっかく旅に来てるのに、何も見えてないんですよ。

──伊藤さんは約10年間リオのファヴェーラに住んでいますが、スラム街での生活を始めたころは、そういった感覚の違いに戸惑いはなかったのでしょうか。

日本で勤めていた会社を辞めてスペインに渡って、2年間住んだあとにバックパッカーもしていたから、ある程度の免疫はありました。でも、ブラジルにはほかの地域とは違うファヴェーラの世界があった。それはやっぱり住みながら学んでいくしかなかった。ただ、言葉の壁はもちろんありましたけど、基本的に99パーセントは“いい人”ですよ。ギャングだって根っから悪いヤツは少ない。最近ようやく、顔を見たら人殺してるかどうかは見分けられるようになりましたけど。そもそも根に悪意をもってるヤツは、手に負えないですね。

警察が入ることがイコール安全とはならない

──ここ数年は警察が駐屯しているファヴェーラも増えて、治安の回復に一定の成果をあげているという見方もあります。伊藤さんが住んでいる「バビロニア」というエリアは、ファヴェーラ全体のなかではどういう位置づけにありますか。

リオにもスラム街が1,000以上あって1つひとつ状況が違うので、警察がいることが一概にいいことだとはいえません。例えば、人口が20万人近くいるホシーニャという最も大きなファヴェーラでは、街を仕切ってるギャングのボスが警察に捕まったことで、そこから派閥争いが始まって余計に街が荒れてしまった。一方でプロビデンシアというスラムでは、ギャングの勢力が強くて警察が追い出されたから、完全な無法地帯になっている。バビロニアからクルマで20分程度しか離れていない場所にあるんですけど、土日にもなれば銃持ったヤツがそこらへんにウロウロしてます。でも、警察が入ることがイコール安全とはならない。

俺が勝手に高級スラム街って呼んでいるバビロニアは、住み始めた時点ではわりと安全なエリアでした。銃撃戦があっても年に1回とかで、2011年にはすでに武装してるギャングはいませんでした。でも実際には彼らはまだいますよ。武装していないだけです。

──2014年のブラジルワールドカップがきっかけで、日本でもファヴェーラと呼ばれるスラム街の認知度はある程度高まったと思います。同時に、思っていた以上に治安のいい場所だった、という報道も多くなされました。

それも単に時期によるものですよ。ラテンの文化ですから、基本的にカーニバルの時期に銃撃戦は起きない。でも、2015年はワールドカップとオリンピックの狭間の年だったんで、経済も治安も悪くなりましたね。街で集団強盗を見かけたり、警察の流れ弾で民間人が死んだり。結局、街に警察の数が足りないと判断されると、警察学校を卒業したばかりの新人がどんどん送り込まれるんですけど、そういう連中はビビって銃を乱射しちゃう。その流れ弾が一番危ないですよ。流れ弾に住所はないから、誰が死ぬかわからない。だからオリンピックが終わってから、警察がそのまま残るのかどうかのほうが問題だと思います。

──伊藤さんは観光客向けにツアーを企画したりされてますよね。現地の人々のリアクションというのはどういったものでしょうか。

ファヴェーラの住人たちからすれば、それで街にお金が落ちるのであれば容認してくれるので、全然OKです。ギャングも組織がデカいから、いちいちツーリストから2万円程度の金を巻き上げようとか、そういう細かいことは考えない。だから、組織が強大であればあるほど快適に暮らせるという側面があって、いまわが家では鍵を開けて寝られる。むしろ警察が入ってきてうまく金が回らなくなってくると、逆にツーリストが襲われるというケースも出てくるんです。そうなってくると面倒くさいですよ。ファヴェーラの良さも失われていきますからね。

 
 
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