トップ棋士の李世ドル(イ・セドル)九段は、今回の対局を前に知人らに「細かい(形勢が終盤になっても接近している)碁になったら地獄だ」と言ったという。人工知能(AI)囲碁対局ソフト「アルファ碁(AlphaGo)」の神技的な終盤の計算力は、すでに第1局から第4局までで経験している李世ドル九段だ。計算の神である機械に終盤に勝つのは不可能だということを、人間の直感で分かっていたのだ。「中盤前に勝つ流れを作らなければならない」。李世ドル九段は大会期間中、周囲の人々と何度もこうした言葉を交わした。
李世ドル九段は数多くの棋士の中でも最も戦闘的な棋風の持ち主だ。できる限り複雑な手を打ち、乱戦へと持ち込む。まさにこの「李世ドル・スタイル」に持ち込むべきだと誰もが口をそろえて助言した。唯一勝った第4局ではひとまず確実な目を確保した後、相手の勢力圏内に飛び込んで焼き尽くす作戦をとり、これが奏功した。
この日の第5局も序盤はそうした流れだった。右下隅で40目に至る実利を取り満足なスタートを切った。さらに、アルファ碁が珍しいことに手を読み違えた。アルファ碁を開発した米グーグル傘下のAI開発ベンチャー「ディープマインド」デミス・ハサビス最高経営責任者(CEO)はツイッターに「私は今(アルファ碁のミスで気分を害して)ツメをかんでいる。だが、今一生懸命挽回(ばんかい)しているところだ」とツイートした。
黒の流れが順調に続いた。中継を担当したテレビ局やインターネット放送の解説者たちは、口をそろえて李世ドル九段がいいスタートを切ったと言った。ところが、午後5時近くなると、李世ドル九段の作戦が少しずつずれ始めた。アルファ碁は牛のように黙々と追い付き、少しずつ差を縮めていった。ここから「アルファ碁タイム」が始まるのだろうか。徐奉洙(ソ・ボンス)九段や韓鉄均(ハン・チョルギュン)8段ら先輩棋士と、李世ドル九段の実兄、李相勲(イ・サンフン)九段の眉間に少しずつしわが寄り始めた。細かい碁ではあるものの、「形勢逆転」という言葉が飛び交った。