テリオンの小説入門 起承転結用教材「鬼斬り師大神命の退魔録」転

『後ろの正面だぁれ?』


 3人が猫に見とれていると背後から声が聞こえた。


 大神と萌は振り向かなかった。

 それは日野下から聞いた【カゴメ様】という都市伝説を聞いていたから。

 声に振り返れば、目を奪われて殺される事を。


「どこの誰か知らないが、ふざけるのもいい加減に……」


 だが、一緒にいた警官はそれを知らない。

 誰かの悪戯と思ったのか振り返ってしまった。


 二人の背後で何かを握り潰す音と警官の悲鳴が響く、倒れる音、足元に広がる液体は街灯に照らされ じわり……じわり……と地面を赤く染め広げていた。


「萌っち逃げるぞ!!」

「えっ……きゃ!?」


 大神は萌の手を引いて逃げようとする。萌は何が起きたのか確認しようと警官が倒れた場所を振り向いていたせいで、大神に引っ張られて転倒しそうになる。


「危ないっ!」


 とっさに大神は振り返り、萌を抱きとめた。

 その時大神も見てしまった。巨大な万力で目の部分を押し潰されたような警官の死体。


 陸に上がった魚のように筋肉がまだピクピクと痙攣して陸に上がった魚のようにはねていた。


 その傍には身の丈2メートルを越える巨体、赤銅色の肌をし、腰まで伸ばしたざんばら髪、 頭の天辺には捻じ曲がった角が生えていた存在がいた。

 警官から抉り取った目を長い爪が生えた手で器用につまみ、ぴちゃりぴちゃりと長い舌で音を立てて舐めている一つ目の鬼。


 鬼と呼ばれるアヤカシが月に照らされながらこちらに振り向き、ギョロリと大きな一つ目を二人に向けて、頬まで裂けた口がにたりと笑った。


「萌っちごめんよ!」


 大神は萌をお姫様抱っこのように抱き抱えると一目散に走り出した。

 一つ目の鬼は追いかける仕草もとらず、狩ったばかりの獲物の目玉を味わっていた。


「何っ、大神さん、あれは一体何、お巡りさんはどうなったの!?」


 抱き抱えられていた萌はパニックに陥っていた。大神の腕の中で暴れ喚いていた。


 大神は一つ目の鬼からある程度はなれた場所で萌を下ろすと、落ち着かせるように萌の両肩に手を置いてゆっくりと言い聞かせるように口を開いた。


「お巡りさんは、都市伝説の【カゴメ様】の問いかけに振り向いてしまって殺された」


 萌は最初信じたくない様に目を閉じ頭を左右に振った。大神は黙って肩に手を添えたまま萌が落ち着くのを待っていた。


「……警察……そうよ、警察に連絡すれば!!」


 萌は鞄から携帯を取り出し、画面を広げる。

 液晶を見た萌は次第に恐怖に歪んで行った。


「何で……何で圏外なの、ここ……街の真ん中なのに、なんで!?」


 萌は何度も110番をダイヤルし通話を試みる。だが何度試しても電話はどこにも繋がらなかった。


「萌っち、何度やってもたぶん無理だと思う。解りやすく言うと俺っち達はあの一つ目鬼の巣に迷い込んだんだ」

「……何馬鹿な事言ってるんですか大神さん! ここは公園で……私達はただ……」


 萌は大神も恐怖でおかしくなったと思った。現実を確認するように、先ほどの出来事が嘘である事を願うように、今日の出来事を何度も繰り返し呟いていた。


「萌っち、確かに俺っちの言ってる事は急には信じられないかもしれない。でもこれだけは信じてくれ! 俺っちはあの鬼と戦う術を持っている。そして俺っちが萌っちを守ってやる!!」


 大神はそう宣言すると萌を抱きしめた。萌は最初は驚いたが、大神の胸から聞こえる鼓動が、温もりが、ゆっくりと恐怖に凍えた萌の心を溶かしていった。


「……大神さん、本当に私を守ってくれますか? あの日のようにまた助けてくれますか?」


 萌はゆっくりと大神の背に腕を回し服を握り締めた。大神はあやす様に何度も萌の頭を撫で、手で髪を梳いた。


「ああ、約束する、だから俺っちの後ろにいてくれるか?」

「は『後ろの正面だぁれ』」


 萌がはいと返事しようとした瞬間、まるで公園全体から響くようにあの声が聞こえた。


「お……大神……さん」


 萌は泣きそうな声を上げ、大神の顔を見つめた。


「萌っち、俺っちの背中に隠れていな。なんせ俺っちの背中は世界で一番安全な場所だからな!!」


 そう言うと大神は腰に左手を添え、鞘を握るような手つきをした。

同じく右手もまるで鞘から抜刀するような仕草で構えていた。


『後ろの正面だぁれ?』


 またあの声が響いた、大神はその声に応える様に振り向いた。


 萌は凍りついた、振り向けばあの鬼に目をえぐられる。

 大神も犠牲者になってしまうのではないかと、萌は大神の背に顔を押し寄せ手は服だけでなく大神の体まで強く掴んでしまった。