事業者のコンプライアンス


【任天堂株式会社:京都】
実例で考えるゲームソフトのオンライン販売における配信トラブルと少額訴訟による返金請求についての実務


<要旨>

 近年、インターネット環境を利用したプログラムの配信販売が急速に普及している。一方、配信の不具合による消費者とのトラブルは増加傾向にあり、特に配信が失敗した場合の返金処理については、事業者が返金になかなか応じないなどその対応が社会問題化しつつある。
 この項では、実際に事業者が消費者から返金請求を受けたもののその請求に素直に応じず、少額訴訟による売買代金返還請求訴訟までに発展してしまった事例について考察する。

<キーワード>
任天堂/ニンテンドーeショップ/返金
消費者/消費者庁/総務省/情報通信白書/少額訴訟/移送/意見書/消費者センター/和解
ダウンロード/配信/クレジットカード


<事件の経緯>

(1)少額訴訟提起まで
  1. お客さま甲は、任天堂株式会社(以下、「任天堂」とする。)の製造、販売する家庭用ゲーム機「WiiU」の消費者である。
  2. 甲は、平成26年4月18日、任天堂の提供するダウンロード販売のサービスを利用して、「レゴシティアンダーカバー」(以下、「本件ソフトウェア」という。)をクレジットカード決済により、6,156円で購入した。
  3. しかし、甲が本件ソフトウェアをダウンロードするためのアイコンをクリックした結果、本件ソフトウェアはWiiU本体のメモリに一時的には保存されるものの、WiiU本体には何度試みてもプログラムが格納されることがなかったため、甲は平成26年4月19日、任天堂に対し上記事実を説明の上、購入意思の取り消しと既に決済した購入代金の返金を電子メールで求めた。
  4. しかし、任天堂は平成26年4月20日、購入代金の返金には応じられないと電子メールで回答した上で、WiiU本体及び通信環境の正常を確認するよう電子メールで要求した。
  5. 甲は平成26年4月27日、本件ソフトウェアを購入したときと同じように、「おきらくテニスSP(体験版)」の購入操作を行なってみたところ、当該ソフトウェアは、正常にWiiU本体に格納され、通常にプレイする状態にすることができた。
  6. 甲は平成26年4月30日、任天堂に対し「おきらくテニスSP(体験版)」のダウンロードは成功し、WiiU本体並びに通信環境にも問題がないことを説明した上で、改めて本件ソフトウェアの購入意思の取り消しと既に決済した購入代金の返金を求めたが、任天堂はWiiU本体の修理を行ないたいとの回答を行ない、本件ソフトウェアの購入の取り消しと既に決済した購入代金の返金には応じなかった。
  7. 甲は任天堂の対応が一貫してサポートセンターと称する部署からしか行なわれないことに不信を覚え、法務担当部署への取り次ぎを求めたが、任天堂はこれにも応じず、サポートセンター以外の部署との接触を一切許さなかった。
  8. 甲は、任天堂との建設的な交渉は不可能であると判断し、平成26年5月1日、任天堂を相手取り本件ソフトウェアの購入代金6,156円の売買代金返金請求訴訟を、甲の住所を管轄する倉敷簡易裁判所に対し提起した。

(2)訴状送達から第1回口頭弁論まで
  1. 後日、倉敷簡易裁判所から平成26年6月5日を呼び出し期日とする訴状が任天堂(以下、「被告」とする。)に送達された。
  2. 一方被告は、訴状の送達を受けた後になっても、本件訴状に対する答弁書を提出する前に、 甲(以下、「原告」とする。)に対し、裁判所を介することなく、サポートセンターと称する部署から引き続き複数回にわたり電話や電子メールの送信を繰り返した
  3. 一方で、既に事件を裁判所に係属させた原告は被告からの通信には応答しなかったが、平成26年5月27日、被告は倉敷簡易裁判所に対し本件少額訴訟を京都地方裁判所に移送するための申立てを含む答弁書を提出した。
  4. これに対し原告は、意見書において被告の申立てには理由がないことを主張し、倉敷簡易裁判所は被告の移送の申立てを決定をもって却下した。後日、倉敷簡易裁判所は平成26年7月3日を呼び出し期日とし、本件ソフトウェア(販売価格6,156円)の売買代金の返還を求める売買代金返還請求訴訟(少額訴訟)が行なわれることとなった。



<原告(お客さま)側訴訟資料>

訴状(クリックして拡大できます)

書証(クリックして拡大できます)


<被告(任天堂)側訴訟資料>

答弁書(クリックして拡大できます)


<原告(お客さま)側訴訟資料>

移送申立てについて原告意見書(クリックして拡大できます)


<裁判所 決定書>

答弁書(クリックして拡大できます)


<原告(お客さま)側訴訟資料>

第1準備書面(クリックして拡大できます)



第1 お客さまサポート時における任天堂の主張まとめ

 第一に、任天堂は、お客さまのゲーム機にゲームソフトがダウンロードできないのは通信環境が悪いからだという主張を行い、通信環境の確認をするようお客さまに対して求めました。
 第二に、お客さまの通信環境が悪くないことがわかると、次はお客さまのゲーム機の状態が悪いからだという主張を行い、お客さまのゲーム機を修理するためにゲーム機本体を送るようお客さまに対して求めました。
 第三に、 お客さまがもうこのゲームで遊ぶ意思はないと説明すると、返金には応じられないのでお客さまのゲーム機を送ってもらい直接インストールして債務の履行を完了させると判断しうる内容の提案をお客さまに対して行いました。
 一方で、購入の取り消し意思を表示してもなおかたくなに売買契約の履行を行おうとする任天堂に対し、お客さまは訴訟による解決を判断。お客さまの住所を義務履行地として少額訴訟を提起しました。

第2 訴訟に係属した後における任天堂の主張まとめ

 訴訟において任天堂は、返金を行う必要がない理由として、
「任天堂の管理するサーバーが一時的に不良を起こしていたことが後に判明し、サーバーの一時的な不良による損害についてはあらかじめ免責事項を設けており原告はあらかじめそれに同意している」
 との主張を行い、購入の取り消し意思に応じない理由については主張しませんでした。
  一方、お客さまの主張は、
「ダウンロードができていないのは通信販売における商品未達状態と同視でき、被告理由による債務履行前の契約意思の取り消しには合理性があり、すでに支払った購入代金は不当利得として返還されるべきである」
 の一つのみでした。

第3 法律上の任天堂の主張は妥当か

 まず、訴訟において任天堂が主張した、「サーバーの一時的な不良による損害は保障しない」との防御方法(反論手法)は妥当であろうか。ここで、プログラムの配信による提供にはオンラインにおける接続状態でプレイする提供方法と、お客さまの端末にデーターを完全に格納してオフライン状態においてもプレイできるように提供する方法の二つがある。本件は、後者である。
 であるならば、任天堂は少なくともお客さまに対しゲームソフトのプログラムをお客さまが全く自由に、かつ継続して完全に管理支配できる状態におくことが第一の債務であり、そして当該配信するプログラムは役務提供後に商品としての形に変化すると解釈すべきであろう。したがって、このような配信方法によるプログラムの提供であれば、「サーバーが一時的に不良であること」による免責条項は事実上意味がない契約と考えられる。さらに、仮にサーバーの一時的な不良でお客さまへのプログラムの配信に遅れが出ることがあっても、それにより購入意思を取り消したお客さまへの売買代金返還義務にまで免除の効力が働くというのはあまりに不合理な解釈と言わざるをえないし、またゲームソフトの販売という「時の感情」に購入意思が大きく依存する売買契約に2月以上もの遅れを出しておきながら、それが「一時的な不良によるもの」などと主張したところで、到底理解される類の理由にもなり得ないであろう。
 以上の点から、任天堂の主張は訴訟の場においてほとんど認められなかったと推測されるが、原告も債務不履行による不当利得返還請求の主張に必要な要件を訴状内ですべて挙げていなかったこともあり、双方の利益を考慮して和解による訴訟の終了となった模様である。

第4 プログラムの配信営業の法律上のリスク

 また、本件の訴訟は多くの論点を明らかにしている。まず、「役務の債務不履行」という現行の民法典上直接の根拠条文に当たれない立証の難しさと、民法典上の「プログラムの有体物性」という新しい論点である。本件においては、プログラムの配信営業という、「役務の債務不履行」と「民法上のプログラムの有体物性」という2大論点が両方同時に争われることとなった21世紀型の新しい民事訴訟といえる。この点について、少額訴訟審理中も一応は判決を得るために多くの議論、攻防が行われた模様である。しかし、この2大論点に判決するのに十分な審理を一日で完結するには到底無理があり、結局のところ結論は和解で終了している。
 次に、プログラムの配信営業における義務履行地である。民事訴訟法では被告の住所の他にも売買契約等では義務履行地、例えば占有移転を行う場所を管轄する裁判所でも民事訴訟は提起できる旨規定がある。本件訴訟では、お客さまがゲーム機を設置している住所を義務履行地として訴訟が提起され、裁判所は原告の主張に理由があると判断して当該受訴裁判所において審理することを通知した。その後、任天堂は移送申立てを行うが移送を行うのに現実的な理由がないとの決定がされ、プログラムの配信営業における義務履行地は「配信を受ける側の所在地」として一応の実績が得られたといえよう。
 したがって、理論的には裁判所が合理性を見出す限り、プログラムの配信営業を行う事業者は、日本全国どこでもユーザーがダウンロードを試みようとした場所を管轄する裁判所において、訴えを提起されるリスクを負うことを認識すべきである。プログラムの配信営業自体は少ない初期資本でも開始できるため、比較的簡単に行うことができる。一方、売買の相手方との事故における不誠実な対応は、仮に「最果て簡易裁判所」から呼び出しを受けても、一度その最果て簡易裁判所が事件を訴訟要件具備として受理した以上、その判断を覆し事業者側の簡易裁判所に移送させることは極めて困難と言わざるを得ない。プログラムの配信営業における誠実さについては、相当の準備と覚悟が必要であると十分に認識しておかなければならない。

第5 社会的に任天堂のお客さま対応は妥当か

  最後に、任天堂のお客さま対応が商いを行うものとして社会的に評価されるものかという点について考察する。結論から言って、任天堂は返金を求められた時点で素直に応じるべきだった。これが正解である。
 しかし、任天堂は一度も自分自身に問題があるとは認めず、まずはお客さまの通信環境のせい、次にお客さまのゲーム機のせい、そして最後にお客さまがゲーム機を送らないせいと、次々とお客さまの態度に問題があるとの主張を続け、裁判所に対しては、今まで一回も説明していなかった「通信サーバーのせい」という主張まで始めるに至り、結局最後まで自分自身の対応は全くの正義であるとの姿勢を崩さなかった。
 この一連の対応に論ずべき問題点は多々あるが、根本的には任天堂は玩具メーカーであり、自分たちの商品はお客さまに楽しく遊んでもらうための娯楽用玩具であるという認識の欠落をあげるだけで十分である。少なくとも、このような「自分たちは正しい、お客さまが間違っている」という態度を頑なに貫き、法律的にも正当な要求を受けているのにもかかわらず、あたかも暴力団員から不当要求を受けたかのように「断固として対応を拒否」しようとするあたり、もはや夢いっぱいの楽しいゲームを提供する素直な心をこの会社に期待することも困難と言える。
 任天堂のお客さま離れは今日もじりじりと進んでいるが、その原因はスマホに対応しないとか、そういう小手先の事情ではなく、単純にお客さまの信頼を裏切り、任天堂のゲームを買えば面白くてワクワクするような楽しい時間を過ごせるだろうという期待を、多くの消費者が抱かなくなってしまったことにある。
 これを、「今の消費者が自分たちの価値観についてこれなくなってるんだってばよ」と、やっぱり消費者のせいにしたところで、何の解決にもならない。


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