発行:株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス
ビリギャル――『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』――は、そもそもはSTORYS.JP上の投稿記事であり、投稿数日後には20万PVを超える異例のヒットを記録した。その約8カ月後に発刊された書籍は発行部数120万部を越え、さらに映画も興行収入28億円を突破した。
実話がベースとなったこの物語を執筆したのは、現在、坪田塾(愛知県名古屋市)の塾長を務める坪田信貴氏。坪田氏は、ビリギャルの偏差値を1年で40伸ばしたユニークな教育メソッドによって、多くの塾生達の才能を最大限に引き出し、成長させてきた。
ビリギャルの著者で、「坪田塾」の塾長を務める坪田信貴さん
そんな坪田氏が、今度はカドカワと提携して東大進学専門の塾「N塾」を開校し、東大合格者を生み出そうとしている。「人間はいくらでも成長する」という信念を持つ坪田氏に、その成長の秘訣を聞いてきた。
※チームや部下を育成する場面でも応用できる「指導力」について聞いた後編はこちら。
目標設定の落とし穴! 「金持ちになりたい」が実現しない理由
–最初にうかがいたいのは「目標」についてです。人間が成長していくうえで、目標の設定は非常に重要だと思います。坪田先生は「ビリギャル」では慶應大学、そして「N塾」では東大と非常に高い目標を設定されるのが印象的ですが、先生の考える「目標」について、まずはお話を聞かせてもらえませんか?
まず、目標を「ビジョン」と言い換えてみてください。ビジョンは理念や理想とも訳されたりしますが、実はそれは正確ではありません。VisualやVividという類語からも分かるように映像、視覚に語源のある言葉なので、明確に未来の映像が生き生きと描かれているのがビジョンなんです。
–「目標=ビジョン」と言うことですね? そして「ビジョン」と「理念や理想」は違うもの、と言うことでしょうか。
例えば「将来お金持ちになりたい」というのは全然ビジョンじゃありません。あるいは、よく企業理念とかでみかける「21世紀を代表する企業になる」といった標語もビジョンではない。いずれも具体的な映像が浮かんでこないからです。
–目標、つまり「ビジョン」には明確で具体的な映像が必要だ、と。しかし、実際に具体的な目標を立てようとしても、慣れてないうちはなかなか難しいと思うのですが……何か具体化のコツのようなものはありますか?
例えば、「お金持ちになってフェラーリに乗りたい」と生徒が僕に言ったとします。僕は「それでは君の夢は叶わない」というんです。ビジョンになってないからですね。で、その後、こんな会話を交すんです。
「じゃあさ、そのフェラーリは何色の何てタイプ?」
「えーと、赤。1991年式の赤いF40」
「いくらするの?」
「4000万円くらい」
「何歳の君が乗っているの?」
「28歳くらい?」
「どこで乗ってるの?」
「アメリカ西海岸」
「隣には誰が乗っているの?」
「金髪のお姉ちゃん」
「カーステからは何が流れているの?」
「・・・サザンオールスターズ」
「意外と君、趣味が渋いね・・・」
–(笑) なるほど! たくさんの質問を投げかける事によって具体化していくのですね。確かに、最初は荒唐無稽に思えた目標がだんだん具体的なイメージを持っていきます。
ここまで落とし込むと実は目標は叶うんです。
–それは、なぜでしょうか?
28歳くらいで4000万円の買い物が出来て、アメリカ西海岸にいる――ということは当然、英語がペラペラなはずです。大学を出て6年間余りで4000万円のフェラーリを買えるということは、ゴールドマン・サックスとかJPモルガンチェースくらいに就職してないといけない。
ではそういった会社が日本のどの大学から新卒を採っているか? 東大の経済学部か法学部に進学してないと無理なんです。
–「英語が喋れるようになる」、「お金の稼げる企業に就職する」、「その企業に行けるような大学に入る」。最初の「お金持ちになってフェラーリに乗りたい」に比べると、何をすればいいかがハッキリわかりますね。
はい。ところが多くの人は、フェラーリが買える職業とはなにか? 医者か弁護士? じゃあ、医者を目指そう、となったりする。
–確かに、お金持ち=医者と考えることは良くありそうですね。
メチャクチャ努力して名古屋大学医学部に入ったとしましょう。しかし、医学部は卒業までに6年かかる。そしてさらに3年間のインターンシップが始まる。在学中も一杯努力して、さあ28歳、年収600万円くらいです。これでもスーパーエリートなんだけど、フェラーリにはやっぱり乗るのは無理がある。「現実って厳しい」と肩を落すことになるでしょう。
–医学部に入れるだけの力があったとしても、その力を向ける方向が間違っていると「目標」が達成できないのですね。
努力をどの方向に向けて積み重ねていくかで、結果が全く変わってくるんです。
–しかし、「質問で具体化する」というのは一見、簡単そうに見えますが、自分ひとりでやっていると間違った方向に進んでいても気付けない危険性がありますよね?
自分のことをホントによく理解してくれているな、という人に相談することです。自らに問いかけて欲しいんですが、例えば親と自分の将来について話したいか? と言われれば、そうじゃない、という人が実際多いはず。
–そうですね。思春期の子どもたちなら特にそうだと思います。
「この人となら1時間、2時間でも話していたい」という人に相談する、それが大事です。よく「ビリギャルのさやかちゃんは素直だから伸びたんでしょう」と言われるんですが、それは違います。素直かどうかは相手によるはずなんです。彼女も当時通っていた学校の先生には全然素直じゃなかったんですから。
だからまずは、「自分のことを理解してくれている」と思える人を見つける。可能であればその人が「こうなりたい自分」というビジョンを体現しているとさらに良いと思います。
–「自分を分かってくれる人」そして「自分のビジョンを実現している人」を探すのが、誤った目標を掲げないために重要だということですね。
「ビジョン」を上手に使うコツ
–これ以外にも、「目標」について大切なことはありますか?
周囲が「そんなの絶対無理だ」「お前はバカじゃないのか?」というような極めて高い、でも自分がそうなりたい、そうなったら最高だな、というところに目標を定めることです。そうすると、自分のモチベーションを高く維持することができる。
そして、ビリギャルのさやかちゃんのように、自信がない人、そのビジョンから遠いところにいる人には、ビジョンを「周りに公言しなさい」と言っています。それによって、たとえスランプに陥っても後に引きにくくなるからです。
–なるほど、高い目標を設定し、それを公言することで背水の陣を敷くというわけですね。ビジネスの世界で優れた経営者やリーダーたちが、一見「無理だ」と思うようなビジョンを掲げるのに通じるものを感じます。
会社ですと年度、4半期といった単位でどうしても短期的な、外部からも分かりやすい目標(予算)を設定されてしまいますが、それ以外にも、必ず長期的で具体的なビジュアルに落とし込まれたビジョンを持っておくことは大切ですね。表面的な前者をこなして評価を得ながら、本質的な後者に向かって着実に狙いを定めて進んで行く。
荒唐無稽(に受け止められてしまうよう)なビジョンだけを示しても、ネガティブな評価になりかねませんから。「瞞し(まやかし)」を入れる、というか。
–そういえば、N高とN塾について調べていて「なぜ東大なんだろう」と思っていたのですが、ここにもその「瞞し」のようなテクニックが入っているのでしょうか?
N高という新しくユニークな、でも傍目からはぱっと見その真価が捉えにくい学びの場にとって、「東大」合格者を出すことは、分かりやすい成果であり、大きなPRにもなるでしょう?
–つまり「東大」というのは表面的な、短期的な成果でしかないと……。
ぶっちゃけて言ってしまえば、東大に受かるかどうかは本質ではないんです。周囲はもちろん、自分も「絶対に無理だ」と思う事にチャレンジして、なんらかの成果を挙げて、成長する、その過程を学生時代に体験することが社会に出たときに絶対に役に立つ。
–なるほど。そういう体験こそが、N塾やN高の本質的なビジョンなのですね。
本当に狙いたいビジョンに向かって進んでいくために、他人から分かりやすいビジュアルを敢えて用意するという、一見遠回りに見えるけれど、それが戦略なんです。
例えば「ビリギャル」も、「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」とタイトルでは銘打っていますが、あれは実は「家族の物語」なんですよね。お子さんに勉強させようと映画を一緒に見に行った親御さんが、「子どもとの接し方を考え直そう」というきっかけになったりする(笑)。
–たしかに(笑)
「天才」と呼ばれる人たちの学び方
–ところで、先ほど、N塾やN高での体験が社会に出たとき役立つとおっしゃいましたが、社会人の中には、高校時代の勉強が役に立ったという実感のない人も多いと思います。少し意地悪な質問になるかもしれませんが、N塾やN高をはじめ、学生の時にする勉強は、社会に出たとき本当に役に立つものなのでしょうか?
まず押さえておきたいのは、「学習とは複利効果が得られるものだ」という点ですね。
–「複利」というと、銀行の預金などで使われる言葉ですね。利子を元金に組み込んで、さらにその利子も元金に……というふうに運用してどんどんお金を増やしていく。それと「学習」と、どのような関係があるのでしょうか?
これは人間の成長にも適用できる考え方です。小さな学びの利息でも、積み上げて行けば雪だるま式に大きくなります。小さなすき間時間でも繰り返しインプットし、アウトプットしていく。PDCAを小さく回して、なんどもトライアンドエラーを繰り返すことによって物事を習得するのが人間です。
「毎日1%ずつ成長すれば1年後には37.78倍になる」と坪田先生。「逆に1%減ることを繰り返せば0.02倍になってしまう」と日々の積み重ねの大切さを訴える。
–毎日のほんのちょっとずつの積み立てが、1年という長いスパンではとても大きなものになると。
365日毎日1%ずつ成長すれば1年後には37.78倍になります。1年前の約38倍の能力を発揮できるようになるわけです。逆に1%減ることを繰り返せば0.02倍になってしまう。同級生、同期と差が付く、というのも少しずつ努力するか、徐々に手を抜いてきたか、その違いが大きいわけです。
–その差は、社会人になってからのほうが如実に現れると思います。学生時代にサボらず、コツコツと学習を積み立ててきた人ほど、社会人になったときの花の開き方が大きそうですね。
私たちが「天才」と呼ぶような圧倒的な成果を挙げている人たちは、自分のことを天才だなんて思っていません。単純に複利効果を上げて来た。そのためにあらゆることを効率的に組み上げてきた。それだけのことなんです。
–そう聞くと、「天才」になるのはそれほど難しくないような気がしてきます。
ところがです。人間は元来「非効率」な存在で、他の動物と違って、生まれてすぐにお母さんのおっぱいのところまで歩いていけない。その後も20年くらい色々面倒を見てもらわないと、生産を生み出すところまで辿り着けないんです。
–その面倒を見る存在が、坪田先生をはじめとした指導者なのですね。(後編に続く)