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第四十九話 ちょっと
※抑えてはいますが、少々の胸糞を連想させるシーンがあります
「ど、どうして岩崎さんがここに……?」
恵梨花が喘ぐように声を出した。驚きのためか恐れのためか、はたまた両方のためか、恵梨花の足が思わずといったように一歩退がる。
「どうして? それはどちらかというと、こちらの台詞じゃない? 私が泉座に行ってることぐらい知ってるでしょ? 寧ろあなた達が泉座に来てることの方がおかしな話じゃない」
「そ、それは……」
恵梨花の声が詰まる。
確かに乃恵美の言う通りではある。しかしだ――
「それはもっともな話でしょうけど、いくらなんでも違うでしょう」
梓が怪訝な顔をしている亮の後ろから足を踏み出し、乃恵美から庇うように恵梨花の前を立ち塞いだ。
――ほとんど泉座へ来たことの無いと言っていい恵梨花が、初めてこの時間帯の泉座へ来たその日に、因縁ある相手とこのような密室で面と向かうなんて偶然であるはずがない。
乃恵美は恵梨花から視線を外し、無感情の目を梓へ向ける。
「相変わらず、生意気な物言いね、鈴木梓……」
「そうでしょうか? ……岩崎さんも相変わらず企みごとが好きなんですね」
表面上、余裕ある微笑みを見せている梓だが、内心ではかなり焦っている。
八木から話を聞いていた時から、何か怪しいと思いつつ着いて来た梓達だが、結果は案の定である。
乃恵美に誘い出されたのは間違いない。想定の範囲外の状況であるが、まだ最悪と決まってはいない。問題は――
(……岩崎さんの狙いがわからない)
乃恵美個人を黙らせる手札は一年前より未だ梓の手中にある。この情報を使われたくは無いはずだ。梓も心情的には使いたくないほどのものなのだから。
「あらあら、企みごとなんて……何のことかしら?」
乃恵美がからかうような笑みを浮かべる。
「惚けなくても結構ですよ……あなたですよね、この絵図を考えたのは?」
後手になってしまった現状、少しでも会話をして、情報を収集しなくてはならない。
梓は口を動かしながら脳内の回転スピードをマックスまで持っていく。
「ふふっ、何のことかしらね。私は友人達と一緒にここにいただけよ?」
(『いらっしゃい』なんて言っておいて、よくもまあ……)
内心で突っ込むに止めて、梓は呆れの表情を隠した。
「そういうのはいいですよ、本当に。八木くん達を使って私達をここまで誘導した訳ですね、お見事です」
「まあ、どうしても私が企んだことにしたいの?」
「こんな偶然がある訳ないでしょう……ところで、去年の約束はお忘れですか?」
「覚えてるわよ?」
勝気に微笑む乃恵美に対し、梓は鞄から携帯を取り出して見せた。
「私達にもう干渉しないって約束でしたよね?」
「ええ、そういう約束だったわね。それがどうしたのかしら?」
「今の状況は約束とは違うと思いますが?」
梓が鋭く見据えると、乃恵美はワザとらしく目を丸くした。
「まあ、何言ってるのかしらね? 私は約束を守ってあなた達に近づいてないわよ、寧ろ約束を破って私に近づいて来たのはあなた達の方じゃない?」
小悪魔ながらだが、どこか獰猛的な雰囲気を匂わせて笑う乃恵美。
(……まあ、そう言うと思ってたわ)
状況的には乃恵美が言った通りではある。
乃恵美に近づいてしまったのは、梓達の方だ。実際はどうあれ。しかし――
「それは詭弁というものでしょう? 岩崎さん」
「何が詭弁になるのかしらね? 約束を破ったのはあなた達だって言うのに」
やれやれと言わんばかりに肩を竦める乃恵美に、梓はあくまで冷静に返す。
「わかりました、あなたがそこまで言い張るのなら、約束を破ったのは私達の方だということにしておきます。お詫びします、申し訳ありません」
軽く頭を下げてみせた梓は、乃恵美の反応を待たずして二の句を告げる。
「では、去年にした約束の通り、お互い不干渉を貫くために、私達はここで失礼させてもらいますね」
言い終えると同時に踵を返そうとする梓に、乃恵美の声がかかる。
「まあ、待ちなさいよ。あなた達が約束を破ったのを許してあげる代わりに、少しでもお話ししましょうよ。折角の機会なんだし」
止められるのがわかっていた梓は落ち着いて、後ろへ向いた足はそのままに乃恵美へ振り向く。
「別に話すことは無いと思いますけど?」
そのまま帰れるなど頭から思っていない、少しでも何かを話す意識を上げさせるためだ。
「そんなつれないこと言わなくてもいいじゃない、私にはあるのよ。特にそこにいるずっと黙って突っ立ってる彼氏のことなんか気になるわね」
そう言って本当に興味深そうな目を亮に向ける乃恵美。
(狙いが亮くん、とは思えないけど……)
興味があるのは本当なようなので、少し話してもらうのもいいかと思って梓は亮と目を合わせる。
すると亮はチラッと梓と見た後、軽く肩を竦めて乃恵美へ向かって口を開いた。
「俺の何が気になるんで?」
気負いのないその声に、乃恵美は僅かに目を瞠ったように見えた。が、すぐに笑みを浮かべる。
「あら、驚いたわ。この空気に飲まれてないみたいで」
乃恵美が言いたいことは、部屋の中を囲んでいるギャングに萎縮せず、ちゃんと話せていることだろう。
「? ……ああ、良く鈍いと言われてるもんで」
そんな風に嘯く亮だが、面白いことにあながち間違ったことを言ってる訳でもない。
明から聞いた話では、亮は普通の生徒としてはそれなりに擬態できるが、弱者の演技だけは徹底的に大根だとか。
行きしなの八木との絡みは正にそれを実証していた。
(……当の本人はそんなつもりは無いんでしょうけど……)
恵梨花が複雑そうな顔をしているのを見るに、梓と同じことを考えていたようだ。
亮の返答を受けて、乃恵美は観察するように目を鋭くした。
「へえ……そうなの。話に聞いてたよりも面白そうな男じゃない」
「いやいや、俺なんて普通な男ですよ」
「あら知ってる? 自分のことを普通と言う人ほどそうでなくて、逆に自分のことを変わってるって言う人ほど普通な人が多いのよ」
「あー……それじゃあ、俺は変わってるなあ」
特に考えてない様子で、亮がそう返すと乃恵美は噴き出した。
「あっはっはっは、やっぱり面白いわ、あなた」
「いやいや普通で……いや、変わってるんですよ、俺は」
どっちなんだと言いたくなるようなことをのたまう亮に、乃恵美はついにお腹を抱えて爆笑し始めた。
恵梨花と咲も顔を背けて肩を震わせている。もちろん、梓もである。
(亮くん、そこでそう言うと本当に変な人よ)
笑いの発作が収まったらしい乃恵美は目尻を拭って言う。
「あー本当に面白いわね、あなた……その子と付き合ってなければ、私が付き合ってみたいぐらいよ」
この言葉に大きく反応したのは、恵梨花は当然として、八木達三人もだ。
「ダ、ダメですよ、そんなの!」
「冗談でも何言ってんすか、姐さん!」
乃恵美は八木達三人にヒラヒラと手を振って黙らせると、恵梨花を鋭く見据えた。
「ふん、さっきまで黙って大人しくしてた癖に……それにしても、仲が良いって噂は本当なのね」
「そ、そうですよ!」
身構えた様子から、恵梨花はどうやら相当なレベルで乃恵美に苦手意識を抱えているようだ。
乃恵美は恵梨花から視線を外すと、ポンと手を打った。
「噂と言えば……桜木くん、あなた、真壁達とも仲良いらしいわね」
「真壁……? あ、ああ……そうですね、仲良いですよ」
ギリギリ思い出した亮に、梓はヒヤヒヤした。
「ふうん……? 何か変な間があったわね」
「んなことは無いと思いますよ」
「そう? じゃあ、そういうことにしてあげるわ」
そうニコリと微笑む乃恵美は、何か確信を持ったように見えた。
(……何か勘づいているみたいね。亮くんとあの三人との間のことに)
もしかして乃恵美の狙いは亮だったりするのだろうか、亮がターゲットなら間接的に恵梨花に対し、非常に効果的な嫌がらせが出来、且つ、一年前の約束も破らずにすむ。
但し、それは亮が常識の枠に収まる男の場合の話だが、乃恵美がそのことを知ってるとは思えない。
(……どうなのかしらね。ああもう、亮くんに少しでも岩崎さんのことを話しとけば良かったわ)
乃恵美との因縁を知らない亮には、色々と突っ込み難いだろう。このまま会話を続けてもらっても大したことはわからなさそうだ。
梓がアイコンタクトを送ると、亮は短く頷いて了承を示す。
「それじゃ、そろそろストプラも始まりそうだし、失礼させてもらいますね」
それだけ告げると、亮は扉へ振り返った。が、やはり簡単にはいかない。
「待てよ、桜木」
呼び止めたのは、乃恵美の近くに立つ八木だ。
「お前、真壁さん達と本当は何があったんだよ」
「お前に関係あるか?」
「だから何度も言わせんな! その舐めた態度やめろや!」
素っ気なく返した亮に、八木は瞬時に激昂する。更に口角泡を飛ばそうとした八木を乃恵美が手を入れて止める。
「はいはい、そんなカッカしないの」
そして、ゆっくりと八木へ微笑んだ。
「――泉座の男なら、口でなく喧嘩で勝負しなさいよ」
その言葉に亮が怪訝な目を向けると、乃恵美は微笑みはそのままにからかいの色を乗せて亮へ振り向く。
「別にいいでしょ? あなたも少しはやるんでしょ?」
「どういう意味ですかね?」
「もう惚けなくていいわよ、これだけのギャングに囲まれて、堂々とした態度をとれる胆力、八木の怒鳴り声もそよ風のように受け流して、かけらも動揺した様子はなし……うちの学校の連中の目はどいつもこいつも節穴みたいね」
最後は首を振り、ため息混じりに言う。
「真壁達とも、噂通りじゃないわね? 恐らくあなたが屈服させたのね。でも三人同時に相手にして圧倒したとは思えない……あれでも、それなりに喧嘩慣れしてるからね。そうね……隙を見てリーダー格の真壁を倒して、後の二人は誘導して、タイマンを二回繰り返した……ってところかしら?」
梓は亮から屋上での喧嘩について詳しく聞いてないが、そういった普通はするだろう小細工を亮ならしていないだろうと確信している。
「誰の話ですかねえ」
亮が呆れたように肩を竦めてみせても、乃恵美は意に介した様子もなく続ける。
「これがどれだけ当たってるかわからないけど……あの三人をあなたが懐に入れたのは確かなはず。ふふっ、面白いわ」
「……」
亮は抗弁もせず、黙って乃恵美を見ている。
「そして気になるわ、あなたがどれだけやれるのか――だから勝負して見せてみなさいよ、八木と」
そう煽られた八木は自分の手に拳を打ち据えて、ニヤリと笑う。
「俺は構わねえぜ、桜木?」
「知るか。勝手なこと言ってんじゃねえよ、やる理由もねえし、やる気もねえ」
口調から、けっこう機嫌を損ねているのが梓にはわかった。
「ああ? んな言い分が通るとでも思ってんのかよ? 大体、俺がお前を気に入らねえんだよ。理由ならそれで十分だろうが?」
まだ何か言おうとする八木を遮って、梓が割って入る。
「もしかして八木くんはこの男を連れてくるのが目的だった?」
「……んな訳ないだろ」
空いた間が何よりも物語っていた。
(図星みたいね……)
ならば、と思いたいところである。亮には悪いが。
「岩崎さん、あなたもこの男が目的ですか?」
やっぱり違うだろうなと思いつつも梓は聞いた。
「ふふっ、何言ってるのよ」
「……まだ惚ける気ですか?」
梓が再びそう問うと、乃恵美は俯いて肩を震わせ始めた。やがて顔を上げると同時、大きな声で笑い始めたのである。
「あっはっはっは! もうダメ、我慢できないわ! その彼氏くんが私の狙い? 違うに決まってるでしょ! 確かに興味は持ったけどね、あくまでついでよ、ついで!」
「じゃあ、やっぱり……?」
「ええ、そうよ! 私の狙いはあんたが思っている通りあなたが大事に大事にしているお友達よ! 男はおまけのつもりだったけど、あなた達二人まで来るなんて! 八木からあんた達の話を追加で聞いた時は、こんなところまで一緒に来るなんてって呆れたけど、いざ、あなた達が一緒になって入って来た時は笑い声を上げないようするのに必死だったわ! あーっはっはっはっは!!」
狂ったように笑う乃恵美に梓は気圧されて自覚ないままに一歩引いていた。
周囲の男達も同じ様子だ。
恵梨花は顔を蒼褪めさせている。ポツリと「どうして……」と呟く声が聞こえた。
確かに「どうして」だろう。
梓は何となく察している。が、何故これほどまで強く恵梨花に執着するようになったのかはわからない。
ともあれ、考えるのは後だ。梓は浅く息を吸うと前へ一歩踏み出した。
「恵梨花が狙いなのはハッキリしたとして……どうするつもりですか?」
「あら? わからない?」
乃恵美は嘲笑を浮かべて周囲を見渡した。
梓が視線を追うと、部屋を囲んでいる男達が目に映る。
彼らは未だ静かにしてはいるが、乃恵美の視線を受けてニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ始めた。
彼らが何を考えているのかは恵梨花、梓の体へ無遠慮に向ける獣欲染みた、即座に身を隠したくなるような目の色から明らかだ。
「岩崎さん、あなた、まさか……」
梓は嫌な鳥肌が体中に駆け巡るのを感じながら呆然と呟いた。
考えなかった罠ではないが、乃恵美がそれを仕掛けてくることはこの部屋に入っても失念していた。いや、考えられなかった。
「――よく、あなたがそれを仕掛けようなんて考えられましたね……」
「逆に私だからこそ、と考えられないの?」
乃恵美が見下すようにして返す。
「……」
言っていることはわかる。だが、同じ女として理解したくなかった。
「え……?」
八木達が困惑したように周りに目をやる。
その様子から彼らには知らされなかった展開なのだとわかる。
彼らの狙いはどうやら本当に亮らしい。乃恵美の妄執にとらわれたような悪意に比べたら可愛く見えてくる。
そんなことを考えたせいか、少し落ち着けた梓はキッと乃恵美を見据えると、強く一歩を踏み出した。
「岩崎さん! 私が何の情報を握ってるのかわかってるんでしょう!? いいんですか、これを流してしまっても!?」
声を大にしながら、梓は手に持つ携帯を突き出した。
梓の声は聞こえたようで、乃恵美は笑い声を抑えると、意味深に微笑んでみせた。
「あら、好きにしたらいいじゃない。それにまだ気づかないの……? その、あなたのとっておきのツールの画面をじっくり見てみなさいよ」
乃恵美の余裕ある態度に梓は困惑しながら、言う通り画面に目を落とした。
「一体なに……を!?」
「ここって何かのスタジオだったんでしょうね……防音を兼ねた頑丈な壁と扉、閉め切ると電波は届かないみたい」
「……圏外……」
やられた。苛立ちから梓は奥歯を噛みしめた。
「え!?」
恵梨花が慌てて鞄から携帯を取り出して愕然とする。
「そんな……」
「あっははは! あんた達のその顔が見たかったのよ! よく似合ってるわよ! あっはっはっは!」
痛快そうに高らかに笑う乃恵美に、ことの成り行きを隣で黙って見ていた本郷が割って入る。
「おい乃恵美、そろそろいいだろ? もう我慢するものダルくなってきたぜ」
そう声をかけられて興を削がれたように不満顔となる乃恵美。
「もうちょっと待ちなさいよ。連れて来た八木達の望みを叶えさせないと――ほら八木、その子とタイマンするんでしょ?」
そう突然水を向けられた八木は、戸惑った顔で口を開く。
「え? はい……いや、あの、姐さん、俺の喧嘩が終わったら一体何が……?」
「あら? まだ、わかんない?」
「……う、薄々(うすうす)わ……」
「なら、わかってるのね。あんたが頭の中で思ってる通りよ。ほら、早くその前座として、その子とタイマンしなさいよ」
「ぜ、前座? ……いや、あの……」
明らかに狼狽えた様子を見せる八木達。
自分達の喧嘩が切っ掛けとなって、同じ学校の同級生である恵梨花達が襲われるとなるとわかると、そうなるのも無理はない。いや、同じ学校でなくとも、ここまでのことは忌避していただろう。短い時間しか碌に話していないが、彼らの性質はそこまで腐っていない。どころか腕でのし上がることしか考えていないだろう。
八木達がこの展開を知らなかった様子から、乃恵美からは恐らく、精々人数で囲んで脅かす程度だと言われていたのだろう。
口ごもる八木達に構わず、乃恵美は薄い笑みを浮かべて言う。
「ああ、そういえば、あんた達もあの子好みみたいなこと言ってたわね。そっかそっか、それならそうと早く言えばいいのに、わかったわ。喧嘩が終わったらあんた達から好きにしていけばいいわ」
「す、好きにって……なに、を」
「なにがって、だからわかるでしょ?」
乃恵美は妖しく笑むと、周囲のギャング達に呼びかけた。
「みんな、ちょっと変更入れるからねー! 八木のタイマンが終わってから、それぞれあの彼氏くんとタイマンして勝った人からって順番だったけど、先にこの子達入れるからねー」
途端、今まで静かにしていたギャング達が騒ぎ出す。
「そりゃねーよ! 処女なんだろ、その子!」
「ええ、私の予想が当たっていればね……多分、当ってるわ。この二人はそこまでの関係にはなっていないわ」
乃恵美がしたり顔で言うが、それは火に油だった。
「なのに、ここに来て順番譲れはねえだろ!」
「俺達に先にやらせろよ!」
「おお、たまんねえぜ。グラサン越しでも相当な上玉ってのがわかるしよ!」
右から左から、そして前から飛んでくる怒号に、三人娘は身を竦めた。亮は聞こえていないかのように目を細めて乃恵美を見据えている。そうやって堂々と立ち構えている亮がいなければ、身を竦めただけですんだかわからない。
乃恵美が宥めるように、周りに声を出す。
「待ちなさいよ、仮に八木達が負けたならあんた達からでもいいから! それに一緒にいる二人も恐らく処女よ! 八木達にはそっちは優先権あげないから、この二人に関してはそっちで順番決めなさい」
乃恵美が言い終えると、ギャング達は一瞬静まったかと思えば、すぐに下劣な歓声を爆発させた。
「ひゃっはー!」
「俺は黒髪の気の強そうな子の方が好みだぜ!」
「俺はやっぱり、断然あの可愛こちゃんだな、体よく見てみろよ、たまんねえぜ……」
「俺、いっぺんちっちゃい子相手してみたかったんだよな……」
「おう、俺もだな」
「この変態どもめ……俺は順番はまあどうでもいいわ。あのスタイルのいい二人とやれたら」
男達からの聞くに堪えない身勝手過ぎる言葉の数々に、梓は込み上げてくる恐怖と嫌悪感を必死に抑えていた。
隣では血の気が引いた顔で周囲を見回す恵梨花に、亮が恵梨花の背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。
幾分か顔色が良くなった恵梨花は、亮を見上げてから梓、咲と目を合わせて再び亮を見上げると意を決したように言った。
「亮くん、梓と咲の二人だけでも安全に連れて逃げれない……?」
亮の顔が呆気にとられ、梓と咲は何を馬鹿なことを、と怒りに沸く。
梓が文句を言おうとしたが、亮の盛大なため息が聞こえて口を閉じる。
「何、アホなことを……」
「だって……――あ痛っ!」
何か言い返そうとした恵梨花の額からパチン! と小気味いい音が鳴った。
なんと亮がデコピンをしたのだ。
三人娘の目が揃って丸くなる。恵梨花はちょっと涙目だが。
瞬間移動したような亮の手の動きも驚くべきポイントであるが、それよりも非常に軽く打たれたデコピンだろうが、亮が恵梨花を殴ったことが信じられなかったのだ。
冗談やじゃれ合いの延長のような軽くはたいたりといったことも含めて、決して亮は恵梨花を殴ったことなどない。勿論、梓、咲にもだ。普段の会話からでも、妙に女の子には甘いことは知っていたから、女の子を殴るイメージがまったく沸かなかったのである。故に三人の驚きは大きかった。
亮が再びため息を吐き、額をさする恵梨花に口を開く。
「あのな、俺が――」
そう言いかけたところで、周りから飛んできた怒声に亮の声はかき消される。
「おい、八木! さっさとやれよ! 後がつかえてんだからな!!」
「やらねえなら、俺が先にやっちまうぜ?」
周りから囃し立てる声に、八木は狼狽を隠せない。
「いや、俺達はそんな……」
そう言って、何かを堪えるような顔で乃恵美、恵梨花、亮に視線を彷徨わせる。
乃恵美は八木に対して、何かしらの優位性を持っているようだ。亮へは八木が言っていた通り喧嘩をしたいのだろう。名残惜しそうな顔を見せ、かと言ってそれが終わった後のことが怖くて動けないのだろう。実際、恵梨花へ申し訳なさそうな顔をしている。それでも乃恵美に簡単には逆らえないのか、葛藤した様子で足を出したり引いたりしている。
八木達には頑張って逆らってもらいたいもので、だからと言う訳でもないが、梓は乃恵美に声を張り上げた。
「ここにはゴールドクラッシャーが率いるレッドナイフの方が多いんじゃないんですか? そちらのヘッドが本当にあのゴールドクラッシャーなら、このような真似、好かないのではないのですか?」
途端、八木がハッと顔を上げる。
「そうっすよ、本郷さん! こんなの葛西さん知ったら怒りますよ!!」
「なあに、お前達が黙ってれば問題ねえよ」
「そっ、そんな――」
絶句する八木に本郷は獰猛な笑みで凄む。
「それとも黙らせてやろうか?」
その意味することは明白。八木は薄暗い中でもわかるほどに顔を蒼褪めさせて、首を横に振る。
「じょ、冗談きついっすよ……」
絞りだしたように八木が返すと、本郷は鷹揚に頷いた。
「まあ、俺もお前のことは結構気に入ってるしな? 冗談で終わればと思ってるよ」
「……」
俯く八木を横目に乃恵美が梓に微笑む。
「それにここにいる面子の中でレッドナイフのメンバーは半分以下だし? ヘッドと関係ない人の方が多いわよ?」
三人娘には追い打ちとも言える。更に乃恵美は続ける。
「それとここにいる面子は女の子が大好きで欲求不満たまってるメンバーだからね? レックスのトーマのおかげでこういった連中集めるのも苦労したのよ? ――あ、ちゃんと記念撮影もするからね? 良かったわね、さっきメール送れなくて。もし送ってたら、あんたが持ってるその情報と今回の撮影内容と少しも交換出来なくなるところだったじゃない」
そう言って悠然と微笑む乃恵美だが、その笑みは悪魔の笑みに見え、梓は思わず後ずさった。
これも狙いの内の一つだったのだろう。
乃恵美は三人の弱みを握って、乃恵美の情報を持つ梓より優位に立てる。
「そういう訳で八木とやらー、さっさとやれやー!」
「どれだけおあずけさせる気だ? ああん?」
「それだけの上玉がどれだけいると思ってんだあ!?」
「へっへ、藤本恵梨花ちゃーん」
「あの鈴木梓もいただけるなんてな」
ギャング達が再び騒がしくなり始めたその時、梓はふと自分の名が聞こえた方へ視線を動かした。
「……!!」
そこで見た、覚えのある顔が視界に入ると見開きそうになった目を忙しなく周囲に走らせ、改めてギャング達の顔を見回した。
「……亮くん」
「……なんだ?」
返ってきた声の冷たさに梓は思わず身を竦ませた。が、つい先日屋上で向けられた殺気に比べたらまだヌルい。それに自分に向けて怒っている訳でもないとわかっていたので、すぐ冷静になれた。
少し身を寄せて小声で伝える。
「この部屋の中に同じ学校の人達がいるわ」
「……なに?」
「同じ学校の人。全員三年の年上で……前に君から転送してもらった、真壁さん達が作ったリストの中に入っている人が何人か」
「……そういや、顔写真で見たのが確かに何人かいるな……一応聞くが、真ん中にいるあの女の人も同じ学校なんだよな?」
「ええ」
「なら、いてもおかしくはねえ、か……」
最後に「クズどもが」と吐き捨てるように言う亮。
当然の如く亮の怒りは相当なものだろう。それは声や表情から明らかで覚えがないほどだ。と言っても亮が怒っているのを梓は初めて見る。
怒らせたかと思った時でも苦情を述べたりがせいぜいで、亮は三人娘に怒りを向けたことは無い。
ギャング達が騒ぐ中で、梓はこの状況を上手く脱せるかという意味で静かに問いかけた。
「どうにか出来そう? ……この状況」
すると亮は眉間に皺を刻んで悩ましげに答えた。
「……ちょっと難しいな……」
「そう……」
やはり亮でもこれだけの状況から抜け出すのは難しいらしい。
六人の高校生を相手に余裕で立ち回るのを見たことがあるからといって、対策を碌にとってこなかったことが悔やまれる。
よくよく考えてみれば悪ふざけで喧嘩する六人の高校生と喧嘩を生業にする泉座のギャング、レベルは相当違うと考えて間違いない。加えて人数が五倍の差がある。
数も質も以前とはまるで違うのだ。厳しいのは当たり前である。
ならば自分を守る対象から外してもらって一緒に戦うとどうなるのか――考えるまでもない、余計に足を引っ張ることになるだろう。
しかし、提案するだけしてみるかと梓が口を開こうとした時だ。亮が苛立ちも露わに言ったのである。
「あんたら三人守りながら、ここにいる連中全員半殺しにするのはちょっと難しいな……」
「……?」
梓は亮の言葉を理解するのに、ちょっと時間がかかってしまった。
(……もしかして、どっちかだけだと難しくないの?)
唖然としてしまったためか、気が抜けてしまったためか、口から出すはずだったその問いは梓の胸の内で虚しく響いた。
ながら作業はダメですよねぇ
次回の更新は来週(3/12、3/13)となります。
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