矛盾した情報に惑うな /東京
9月24日の記者会見で安倍首相は「もはやデフレではないという状態まで来た。デフレ脱却はもう目の前だ」と政権の経済政策「アベノミクス」の実績を強調した。ところが翌日の新聞各紙には、8月の消費者物価指数がマイナスに転じ、「物価上昇率2%の目標達成の道のりは険しい」などと書かれた記事が載った。ほとんど正反対の見解だ。
記者会見での首相の自信にあふれた表情を見て、「こちらが本当なのだろう。日本経済は大丈夫なのだ」と、安心した人もいるだろう。とはいえ、新聞で「日銀の『金融緩和』も振り出しに戻った格好」などと読むと、また「デフレ脱却と信用していいのか」とまたまた不安になる。
精神医学では、ある人の言葉によるメッセージと、言葉以外のメッセージ(メタ・メッセージとも言われる)とに矛盾がある状況を「ダブルバインド」と呼ぶ。たとえば母親が、言葉では「いくらでも遊んでいいのよ」と言いながら、怖い表情で手には参考書を持っている。これが「ダブルバインド」だ。
そして、この矛盾した2種のメッセージが作り出す「ダブルバインド」ほど、受け取る人を混乱させ、不安に陥れるものはない、とも言われる。
考えてみれば、この夏の安全保障関連法の議論にしてもそうだ。政府は「戦争を防ぐ平和の法案」と言い、野党は「戦争法案」と言った。あるいは政府は「これで国民の命がますます安全になる」と言い、反対する人は「戦争や徴兵制に近づく」と言った。
まさに「ダブルバインド」そのものの状況が生み出され、その中で私たちは、「これをどうとらえればよいのだろう」と迷い、心が揺れ動いたのではないだろうか。
もちろん、メッセージがひとつに統一され、反対する意見、矛盾する意見がまったく出なくなる状況がよいとは思わない。しかし、国の中枢である政権や首相が主張していることと、マスコミで報じられる数字やデータ、学者の意見などが、まったく正反対というのは、問題なのではないだろうか。
しかし、いちばん懸念されるのはこの「ダブルバインド」から身を守るため、私たちが「いっさいの情報を見なくなること」だ。矛盾した情報は気持ちを混乱させるが、しっかり見据え、受け取り、自分で考えて自分で決める。その姿勢だけは手放さないようにしたいものだ。(精神科医)