エンタメ
「仮面ライダーBLACK」倉田てつを、時代劇でもライダーに変身?
週刊ジョージア 2016年3月15日 7時01分 配信
すべての写真を見る(1件)
“昭和最後のライダー”である「仮面ライダーBLACK」で、主役・南光太郎を演じた倉田てつを。彼が20年間封印していたという“仮面ライダーになった男”の苦悩を前後編に分けてお届け!後編では「仮面ライダーBLACK」終了後の苦い経験に迫る!BLACKの話は20年間イヤでした…
――「仮面ライダーBLACK」は、演技の要求が高くスケジュールもハードで、本当に大変な現場だったんですね。だから実は「BLACKが終わったら、もう俳優はやめようかな」と思いながら撮影してました。
正直、毎日が辛かったんですよ。
僕のNGのせいで時間が押してしまうことも多かったし、現場が怖かったです。
撮影が12時間だったら12時間、まったく平常心ではいられない状態…。
撮影中、スタッフから遠く離れた場所まで行って叫んだりしてましたね。自分への怒りとフラストレーションを吐き出すために。
――そこまで…。しかし、今でも俳優を続けています。
BLACKの放映中にイベントで会ったファンの子がきっかけなんですよ。
札幌市民会館でやったイベントに、車いすの女の子が来ていて。
「交通事故にあってリハビリ中なんです。病院で毎週見ているBLACKに勇気をもらっています」と言われ…。
「大した人生じゃない僕でも人に夢を与えられるなんて、俳優はいい仕事だな」って思いましたね。
俳優を続ける覚悟をしました。
――なるほど…。その決意どおりBLACK終了後も俳優として活動。1年半後にNHK朝の連続ドラマ「君の名は」(91-92年)の主役・後宮春樹役にオーディションを勝ち抜いて決定を。
そうなんですよ!
今でも、どこに行ってもBLACKのことしか聞かれないんですけど、実は“朝ドラ”の主役もやってるんです(笑)。
そもそも「君の名は」に出演中も、BLACKのことばかり言われて、困っていて。
後宮春樹役としてプロモーションでサイン会に行ったら「“南光太郎”って書いてください」って人がたくさん来たし。
「君の名は」の宣伝で取材を受けても、途中で記者の人が「BLACKのときはどうでしたか?」って聞いてくるんです。
それを、同席しているNHKの広報さんが「それは話が違うんで」とストップする感じでした。
――BLACKのイメージが強すぎたと…。
「君の名は」で1年間春樹を演じた後も、結局「倉田てつをといえば仮面ライダーBLACK」のイメージで固まってしまいました。
時代劇に出演し、撮影中にちょんまげをつけている姿でも、他の俳優さんに「変身ポーズやってよ」と言われてしまう状況で(苦笑)。
今だから笑って話せますが、当時は本当にイヤでしたね…。
――いつ頃まで?
もう、ずっとです。
今47歳なんですが、40代になってやっとイヤじゃなくなりました。
――約20年間イヤだったと…。
こういった取材でも「ライダーの話は一切やめてください」とお願いして、BLACKのことは封印してました。
若い頃って、ツッパリたいじゃないですか?
「俺には『君の名は』という朝ドラの代表作もあるんだぞ」って思いがあったんですよ。
――どのような心境の変化で、今は大丈夫になったんでしょう?
40歳を超えて、考え方が変わったんですよ。
「多くの人が好きでいてくれるのに、僕がノーというのは違うんじゃないかな」と気付いたんですよね。
藤岡弘、さんも、いろんな作品やってるけど“ミスターライダー”じゃないですか?
僕も胸を張って「俺はBLACKだったぞ」と言うべきだなって。
――年齢とともに吹っ切れたと。
40歳が区切りだったんですかね。
他にも「もっと色々なことにチャレンジしたい!」という思いが出てきたり。
普通なら40歳を超えて50歳も近づいてくると、「今失敗したら、取り返せないんじゃ…?」って考えがちですよね?
でも、そんな今だからこそ失敗を恐れずに前へ進むことが必要で、それが老け込まないヒケツなんですよ。
BLACKで小林監督に怒られていたときもそうですけど、OKが出ない…つまり“失敗”という状態は、視点を変えれば「まだ伸びしろがある」ということですよね。
だから、何度失敗してもそれを“活力”に、挑戦を続けていきたいですね。
【週刊ジョージア】
PICKUPコンテンツ

