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募金箱に1000円札を入れるな。男と女は腕相撲をするな

考えていることがある。
コンビニの会計にて、例えば1000円也の会計を100円玉10枚でちまちま払っておいたあと、颯爽と募金箱に一枚の千円札を入れてやるとどう思われるだろうか。おそらく店員はこう疑心暗鬼になるだろうか。

なぜその千円札で会計をしなかったのか?なぜ手間のかかる100円玉10枚でお支払いしたのか?
そもそもなぜ見知らぬ被災者のために千円も寄付できるのか?千円札を何円札だと思っているのか。
ほぼ時給だぞ?コンビニ店員のほぼ時給だぞ?千円という金額は。
募金するな…!!時給を募金するな…!!俺の時給を身も知らぬ被災者のために募金しないでくれ!!
被災者は助かるかも知れないが俺の気持ちが救われない!!というかほんとに何でその千円札でさっきの会計を済まさなかったんだ!!わけがわからない!!俺の人生ほんとわけがわからなくなってくる…!!!
と頭を掻き毟る、そんなセブンイレブンの店員さんが続出してしまうかもしれない。

僕は人とすれ違うときに奇声を発することが出来ない。何を急に当たり前のことを、と思われるかもしれないが聞いてほしい。僕にとってこれは物凄く悔しいことで、おかしなことをしようとしておかしなことをする、それによって自分の殻を打ち破ってやりたい!いつもそう思っているのに実行にはなかなか移せない。こうなってくるとさっき言った千円札の募金もきっと緊張して試す度胸など1つもないはずなのだ。それができるならすれ違うときに奇声くらい何発でも発せられているはずだろう。
奇声デビューもしたことのない僕が、1000円札を募金するなどおそらく四年は早いと思う。まずは四年間の試験期間を与えてみてほしい。

僕は本当におかしなことをするのが大の苦手なのだ。
例えば高校時代、クラスで腕相撲が流行ったことがある。もちろん共学だ。
腕の相撲と書いて腕相撲、それは己と己の腕力をぶつけ合い、正々堂々プライドをかけて死力を尽くす男と男の闘いである、そう思って生きてきた。
しかしここは共学である。
次々とぼくの目の前で男と女の腕相撲が始まっていく。それがあたかも当たり前かつ自然な出来事のように始まっていく。それを見ながら僕は一人しばらく言葉を失っていた。
…?これは…?これはセックス、ではないのか…?カタチこそ違えど、規模や程度こそ違えど、男子と女子が、明らかに異性と合法的に手を繋げる、そのメリット一点集中で、お互いに表面上はただの遊びと取り繕いつつも、確実に腹の中では子供を産みてえええ作りてええ的なドス黒い欲求が渦巻いている…。…もしそうならば、それはもはやセックス?それは腕相撲とは名ばかりの、もはやただのセックスではないのか…?
僕は一人そう思いながら男と女の腕と腕が絡み合うのを眺めていた。
するとある女の子が僕の耳に聞こえるように少し大きめの声でアピールをしてきた。「さっきTちゃんと腕相撲したんだけど、勝ったよ!Tちゃんには勝てた。Tちゃんに勝てた!」とやたらTちゃんの名前を僕に聞こえるように連呼している。僕はそのとき瞬間的にわかった。こいつ、俺と腕相撲がしたいんだ。と。
何を急にと思われるかもしれない。説明させてほしいのだが、そのTちゃんと僕は腕相撲をしたことがあるのだ。勘違いしないでほしいのは、そのTちゃんはものすごい不細工キャラで(恋愛対象などない)、かつ、なぜそのTちゃんと僕が腕相撲をしたかというと、文化祭の小さなステージで腕相撲大会があり、そのTちゃんと僕が接戦を繰り広げていたことが過去にあったからなのだ。おそらくこの女子はそれを見ていたはずだ。
そして今僕の近くでTちゃんに勝てたTちゃんに勝てたとアピールをしてくる女の子が、それに気づきつつやんわり無視を決め込む僕にとうとうこう直接的に言ってきた。
「○○(俺の名前)って、文化祭のときTちゃんと腕相撲めっちゃ接戦だったよね?」
ほら来た。こいつ、完全に俺に惚れてやがる。
確実に誘ってきてやがる。
俺とTちゃんが接戦だったことなんて本当はどうでもよいはずで、言外の意図を汲み取ってやると、¨あなたが接戦だったTちゃんと、そのTちゃんにさっき勝てた私が勝負するとどうなるんだろうね?ちょっと手を繋いでみてみない?¨に決まっている。決まっていたのだ。この女は過去にも頼んでもいない氷を保健室から借りてきて熱中症ぎみだった俺の頭に乗せてくれたり、運動会のあとに一緒に写真を撮ろうやなどと誘ってくるような女だったのだ。もちろんそれ自体は俺も正直嬉しかった。嬉しかったのは嬉しかった。

しかし冗談じゃない。こんな見え透いたセックスの誘い方があってたまるか。いくら合法とはいえ腕相撲というものは一目瞭然、男の腕と女の腕による白熱したセックスだと相場が決まっている。ましてここは学校の教室だし、今僕はコンドームも持ってはいない。その状態で男と女が易々とセックスできてたまるか。それか百歩譲ってもしそのとき俺がコンドームを持参していたら腕にまるごとピンクの輪っかのコンドームを覆い被せて腕相撲に臨んでいたと思う。それくらい男と女が腕相撲をすることに嫌悪感があったし、おかしなことだと本気で信じていた。ここで話がやっと繋がってくるが、俺はおかしなことが大の苦手なのだ。
そして結局俺は誘いに乗らなかった。「…ああ、そんなこともあったね」の一言でさらりと抜け出しその場を離れた。俺はお前らとは違うんだ。合法的にセックスをしようなんて思わない。正々堂々とセックスをしてみせる。合法的にセックスをするやつは悪だ。正々堂々とセックスするやつこそが正義だ。俺は今でもそう思っている。
それくらいおかしなことが大の苦手なのだが、じゃあなぜ会計を100円玉10枚で済ましたあとに1枚の1000円札を募金箱にわざわざ入れるなんていうおかしなことを思い付くかというも、俺は憧れているからだ。おかしなことに。
好きの反対は嫌いじゃなくて無関心とはよくいったもので、俺はおかしなことが苦手だが、おかしなことは大好きなのだ。自分でも本当に何がおかしくて何がおかしくないのかわからなくなってくるが、つまりはそういうことなのだ。我ながら本当に意味がわからないが、この文章自体はおかしくないと思っている。だから今日も何一つおかしなことができなかった。明日こそはおかしなことをしてみせたい。うん。未だに男と女が腕相撲をしているシーンを見ると吐き気がしてしまうのはどうしようもない事実だけれども、だ…。