トップページ特集インデックスWEB特集

WEB特集

“ライドシェア”特区に賛否

3月14日 19時00分

岡田真理紗記者

経済成長を実現する具体策として、政府が進める「国家戦略特区」。3年前、大胆な規制緩和を行うことで「世界一ビジネスがしやすい環境」を整備するとうたい、議論が始まりました。今、政府はこの特区の新たな規制緩和策として、過疎地などで自家用車を使って観光客を送迎するサービスを認める法案を国会に提出することにしています。
自家用車を使った送迎サービスは、相乗りを意味する「ライドシェア」と呼ばれ、先進国を中心に急速に広がっています。一方で、海外ではタクシー運転手などの雇用が失われたケースもあり、日本での影響を懸念する声も上がっています。
ライドシェアの可能性と課題について、社会部の岡田真理紗記者が解説します。

タクシー運転手が一斉に反対

今月8日、東京でタクシー運転手たちの「ライドシェア」への反対集会が行われました。全国から約2500人の運転手が集まり、ライドシェアが導入されれば仕事を奪われるのではないかと危機感をあらわにしました。
運転手たちは、無許可営業のタクシーを意味する「白タク」に反対すると書かれたハチマキやたすきをして、「政府は利用者の命を大事にしろ」「安全な公共交通を守るぞ」と一斉に声を上げながら銀座の繁華街をデモ行進しました。

ニュース画像

“ライドシェア” 国家戦略特区で

タクシー運転手たちが懸念するライドシェア。先進国を中心に利用が広がっていますが、日本では、いわゆる「白タク」行為として法律で禁じられています。
政府は「国家戦略特区」の新たな規制緩和策として、交通の便がよくない過疎地域などで、住民が自家用車を使って観光客を有料で送迎するサービスを認める方針で、今の国会に法案を提出することにしています。3年連続で過去最高を更新した訪日外国人観光客を、地方にも呼び込むねらいです。
去年9月、特区を利用してライドシェアを行いたいと提案したのが、京都府北部に位置する京丹後市です。人口は5万7000人余りと、この10年で1割減りました。
人口減少が特に深刻なのが、市の中心部から離れた日本海側の地域です。以前あったタクシー会社の営業所は、ここ数年ですべて撤退し、今は市の中心部から来たタクシーが駅前に1台常駐しているだけです。路線バスは本数が少なく、1時間以上間隔が空く時間帯もあります。
高齢化に伴って車を運転できなくなる住民が増え、移動手段の確保が切実な問題になっているため、住民や観光客を自家用車で送迎することを認めてほしいと提案したのです。
京丹後市ではNPO法人がこのライドシェアの取り組みを進めることにしていて、今月中にも実証実験を行う方針です。

ニュース画像

ライドシェアの黒船「ウーバー」

京丹後市がライドシェアを行うにあたって利用することにしているのが、アメリカのIT企業ウーバー(Uber)のシステムです。
ウーバーは、車に乗りたい人と乗せたい人を結びつけるスマートフォンのアプリを提供しています。乗りたい人がスマートフォンでウーバーのアプリを開くと、画面に地図が出て、近くを走っている車が表示されます。地図上で迎えに来て欲しい地点を選び、画面にタッチすると、運転する人のスマートフォンに通知が届きます。運転する人がその依頼を受ければ、マッチングが成立。車が迎えに行き、タクシーと同じように利用できます。
行き先はアプリで入力でき、料金は登録したクレジットカードで引き落とされるため、ことばが通じない外国からの旅行者にも利用しやすいということです。車を運転する人にとっても、自分の好きな時間に人を乗せてお金を稼ぐことができるというメリットがあります。ふだんは別の仕事をしている人や、あまり長い時間は働けないという人でも、空いた時間に手軽に収入を得ることができるのです。

ニュース画像

このウーバーのサービス、海外では多くの人がドライバーとして登録し、タクシーに比べて料金が3~4割安いこともあって、サービス開始から6年足らずで世界70か国、370以上の都市に拡大しています。こうした国では、タクシーを選ばずにウーバーなどのライドシェアを使うという人が増えています。タクシー運転手の雇用が失われたケースもあるため、日本ではタクシー業界が導入を警戒しているのです。
タクシー業界からの懸念に対して、ウーバー日本法人の高橋正巳社長は、ウーバーなどライドシェアによって市場が拡大するので、タクシーの客を奪うわけではないと反論しています。
高橋社長は「アメリカのロサンゼルスでは、ウーバーがサービスを始めたことで、タクシーしかなかったときに比べて市場が4倍になったというデータもある。これまで外に出かけようとしなかった人も出かけているわけで、全く新しい需要を生み出している」と話します。高橋社長は、将来、日本でもライドシェアを普及させたいとして、「IT技術を使って利用者とドライバーをマッチングすれば、公共交通がない地域で移動の選択肢を広げられるし、安全性を高めることができる。現在の規制は、ITやモバイル技術の進展が想像もできなかった時代に作られたもので、時代に合った効率的なルール作りが求められている。政府には前向きな議論をしてほしい」と話していました。

ライドシェアの課題は

プロのドライバーではない人が、自家用車と空いている時間を使ってタクシーと同じようなサービスをより安く提供するライドシェアのような仕組みは、「シェアリング・エコノミー」と呼ばれています。政府の国家戦略特区では、マンションの空いている部屋を宿泊施設代わりに貸し出す、いわゆる「民泊」を条件付きで解禁していますが、これも典型的なシェアリング・エコノミーです。
シェアリング・エコノミーは、安くサービスが利用できるというメリットがある一方、コスト競争で、既存の産業で働く人の仕事が脅かされるという指摘もあります。
アメリカの雇用に詳しい、労働政策研究・研修機構の山崎憲主任調査員は、「シェアリング・エコノミーが拡大しているアメリカやヨーロッパでは、コスト引き下げ競争が止まらなくなり、従来の雇用が破壊されるとして社会問題になっているケースもある」と話します。
さらに、シェアリング・エコノミーで収入を得る人が増えた場合、企業に雇用される労働者を中心とした今の社会保障の制度が揺らぐ可能性があると指摘します。山崎さんは、「シェアリングエコノミーで収入を得る人は、自営業者のような位置づけになるため、アメリカでは年金や雇用保険など社会保障制度の枠組みから外れ、将来の生活が不安定な人が増えていると指摘されている。日本で導入する場合、働く人がこれまでの社会保障を受けられるように制度を設計していく必要がある」と話しています。

ニュース画像

インターネットを介して個人と個人を直接つなぐシェアリング・エコノミーは、新しい価値と多様な働き方をもたらす可能性がある一方、コスト競争が激しくなり、働く人の生活に影響が出るおそれもあります。
日本での導入の可能性が見えてきたライドシェア。メリットとデメリットを十分に議論することが必要だと思いました。


→ 特集インデックスページへ

このページの先頭へ