サラリーマンの父より息子への6冊の本
経営難の遊園地を立て直す、天才イケメン高校生の物語なのだが、これに父子でハマった。夢を売る遊園地でありながら、資金繰りやら人材確保に奔走する泥臭い姿に共感したのだ。ブラック&お下劣ユーモアに笑い、喪失と再生のクライマックスに涙した後、息子はすっくと立ち上がり、こういった。
「コンサルタントに、俺はなる!」
ええと、これはフィクションであって実在の人物・団体とは関係ないよ? たとえ経営スキルが高くても、美少女が銃つきつけてスカウトしに来たり、生尻ラッキースケベなんて美味しい目はないよ? それにコンサルタントなんて経営層ウケはいいけど、嘘つきで憎まれ役のいかがわしい商売だよ、とーちゃんやったことあるから→[コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』]。
父の説得むなしく、息子の決意は固い。仕方ない、まずは学校の勉強を頑張ろう、基本だからねと促すと、ガンガン勉強するようになった。すごい。『けいおん!』でギター始めた人がいる。『響け!ユーフォニアム』でユーフォ買った人がいる。『花咲くいろは』や『SHIROBAKO』で就職先を決めた人もいる。アニメは多くの人生を変えてきた。子が望むのなら、親としては後押しせざるを得ない。それに、コンサルタントは極道だけど、その技術やノウハウは、どこへ行っても有用だからね。
というわけで5冊選んだ。学校のカリキュラムに入ってなさそうな、しかし重要なジャンルだ。学校であまりやらないが、学校出てから、必ず、どこでも役に立つ「マネー」「ロジック」「レトリック」の3つだ。
■マネー
「マネー」は義務教育に組み込むべきなのに、なぜかなってない。税金と利子の計算から始まって、売上と収益、原価計算、複式簿記、財政状況につながる。個人、法人、国家を把握するスケールとして使える。だから、その入口として、簿記を学ぶことが重要だ。だが、簿記を知らない人にこの重要性を伝えるのは難しい。財務諸表は就職先や取引先を知るのに不可欠なものだが、就活や営業を知らない人にはピンとこない。
そんなわが子にドンピシャだったのが、『女騎士、経理になる』。剣と魔法のファンタジーに、消費税やら売掛金といった簿記・会計の概念を投入したのがこれ。原作はRootport氏のtweetで、"そっちの世界"を知っている人から見たミスマッチ加減が笑いどころになっている。魔王が国税庁に頭が上がらなかったり、勇者の報酬に源泉徴収がかかったりする世界はシュールでリアルだ。だがこれを、経理を知らない人に渡すと、学ぶ動機になるばかりか、なぜ経理が必要なのかが分かってくる。魔族だろうと人だろうと、お金とモノが循環する限り、どこの世界でも一緒。BS、PLの積み棒グラフがよく分からんと言ってくる息子に簿記の参考書を渡したら、さっそく勉強をしはじめた。「かわいい」は正義であり動機にもなる。
さらに、簿記・会計からスコープを広げて、経済の基礎知識を学ばせたいのが親心。もちろん政経の授業もあるだろうが、(おそらく)選択科目だろう。それよりも、生きた(≒生々しい)経済を学ぶきっかけとして、『狼と香辛料』をお薦めする。中世ヨーロッパ風の世界でのファンタジーなのだが、商取引や貨幣経済がテーマになっている異色作だ。狼が化けた美少女・ホロが可愛い、ホロが可愛いと読んでいくうちに、為替レートの概念や手形の割引率の考え方が分かるようになっている。
■ロジック
「ロジカルシンキング」、これも重要極まりないにもかかわらず、体系的に教えられる機会は、ほとんど無いように見える。既に知っている目で見直すと、国語の教科書やプリントに確かにある。要するに、「分かりやすく噛み砕く技術」であり、「目標と現状の差を課題化するノウハウ」「さまざまな思考のフレームワークに当てはめて考える方法」なのだが、カリキュラムの要所要所に散りばめられるように混ぜてある。
この思考道具は、グラフの見方・描き方とか箇条書きの方法といった基本的なもので、あらゆるカリキュラムは「全員がそれを知っている」前提で組み立てられるべきものだ。だから単元として切り出し、一貫した形で伝える必要がある。今の教育制度の中で漏れているわけではない。ただ、バラバラに飛び散っているため、「道具」として認識されにくいだけなのだ。
『マンガでわかる マッキンゼー式ロジカルシンキング』は、タイトルどおり入りやすく読了しやすい。一気に読めるということは、一度に全体がつかめるということ。マトリクス、ロジックツリー、フレームワークなど、それだけで一冊になっているビジネス書のエッセンスがネタになっている。類書は沢山あるけれど、そこはナラティブのチカラ、ダメ社員の成長物語として読むことで、絶対忘れないものになる。本質をずばりと短く示した後、「なぜそうなのか」を丁寧に説くつくりとなっている。
たとえば、「ロジカルシンキングとは、相手に『なるほどね』と言わせることだ」と言い切った後、上司や同僚に「なるほどな」と言わせるまでの、A4メモ書きやゼロ秒思考の試行錯誤が物語になっている。もちろん本書だけでは畳の上の水練だが、次に進むためにどの手法に手を伸ばせばいいかは分かる。最初の良い一歩が踏み出せる。
そして、次の一歩なら『知的複眼思考法』一択だ。これは、わたしが若い頃に読みたかった一冊。これを学生の頃に読んでいるのといないのとでは、その後の人生が変わってしまうかもしれぬ。「自分の頭で考える」ことを謳う人が多いが、その「考え」も借り物にすぎぬ。海外のフレームワークやキーワードに色つけて膨らませているだけで、「"自分の頭で考えろ"という宣伝文句」で売っているだけ。
では、そうした流行に踊らされるカモリーマンを脱して、どうしたらその「考え」に至ることができるか? その軌跡を一緒に辿るしかない。優れたロジックツリーの裏側にある何十枚もの「デッサン」の線を見ることで、次の「自分の」問題にあてはめるとき、どう振舞えばよいかが分かる。すなわち、問題をできあいのフレームに押し込むのではなく、問いの立て方そのものも含めて考え直すことができる。
たとえば、2×2マトリクスはよく使われるが、「緊急度」「重要度」の他に何がある? ありがちな本だと、とってつけたような軸しか書いていない。だが、「評価軸を何にするか」によって、問題がまるで変わってしまうにもかかわらず、「評価軸をどのように決めるか」について書いていない。もちろん正解なんてないが、ここはいったん「現象→課題→打ち手」と分析を進める。すると、その「課題」や「打ち手」に着目したときの対するメリット/デメリットが出てくるはず。そのメリ・デリこそが、評価軸の候補になる。つまり、分析そのものをフィードバックすることで、自分の問題向けにカスタマイズできる。これをやらずに、できあいの思考方法をいくらコピっても、「自分の頭で考える」ことにならない。本書に「正解」はないが、そこへ近づく方法が書いてある。
■レトリック
いわゆる「返し」の上手い/ヘタがある。ああいえばこういう人、いるでしょ。言い返されたその時は、思わず言葉を飲み込んでしまっても、後に考え直すとぜんぜん話は済んでいない、なんてことがある。議論の主導権、質問の誘導、論点ずらしなど、様々なテクニックがある。ネットでは可視化されやすいが、口頭で即興でできる人がいる。これは、頭の回転の速さだと諦めていたが、トレーニングすることも可能だ。古代ローマでは修辞学というカリキュラムがあったが、これもなぜか学校教育から抜け落ちているように見える。
この口技・論理で相手をやりこめる方法をカタログ的に集めたものが、『詭弁論理学』だ。一つ覚えで主張を繰り返す小児強弁型から始まり、相手=悪、だから、自分=正しいとする二分法、論点のすりかえ→藁人形テクニック、ドミノ理論(風が吹けば桶屋)と、誰でも一度は聞いたことがある詭弁術が紹介されている。強弁が強盗なら詭弁は詐欺だという指摘が面白い。重要なのは、どんどんこれを使えとそそのかしているわけではない。議論を貶める連中が使うテクニックを予め抑えておこうというわけだ。
では、議論を潰しにかかる連中をどのようにかわし、逃がさなようにすればよいか? 『議論の技術』一択だ。分かりやすく相手に伝える技術から、論点を深める質問の技術、さらに間違った議論に惑わされない方法などが、丁寧に書いてある。類書と一線を画するのは、マシンガントークや詭弁術を駆使してくるルールブレイカーを黙らせ、さらにトドメを指す方法までも解説してある。沈黙スルーしてくる奴には、「それは了承と受け取るがよいか?」と追い撃ちをかけたり、立証責任を相手に押し付ける反則スレスレの技、クローズドクエスチョンで囲い込む応答例などは、暗記レベルだろう。
レトリックというと、「言い逃れ」「言い包め」というニュアンスが混じるため、学校教育では避けているのかもしれない。だが、「論旨を明確に」「正々堂々と」「話せば分かる」というのは嘘だ。現実は、「オマエの言うことは正しいかもしれないが、だからといって返事がイエスになるとは限らない」である。そうした胸先三寸に、どうやって迫るかがレトリックの真髄だ。これは、社会に出てからだと遅すぎる(というか、ものすごく苦労する)。悪用するかどうかは別として、こういうやり方があり、使ってくる奴がいるということを予習しておくのは、かなり重要だ。特に、「コンサルタント」の立場になるならね。
駆け足で紹介したが、この「マネー」「ロジック」「レトリック」は、学校でみっちりやっておくべきだろう。というのも、いい大人になって、ニセ科学や儲け話やヨタ政治に騙されるような連中が少なからずいる。それは、このリテラシーが圧倒的に残念だから。そんなカモにならないために、逆に利用して優れたコンサルタント(誉めていない)になるために、順番にお薦めしていこう。
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