〜IS機竜の世界に迷い込んだ夏〜   作:厄災の剣帝
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やっと千冬にばれてしまうのか?
それともばれないのか?
では本編どうぞ!


代表と発覚

「…………………」

 カタカタ……と第二格納庫内に響き渡るのは、パソコンのキーボードを叩く音。
 それに指を走らせる者の正体は、眼鏡型の投影ディスプレイを掛けた、水色の髪をショートカットにした真紅の瞳を持つ少女。
 パソコンの光によって照らし出された彼女の表情は暗い。その視線の先に立つISの各所は、駆動部を中心に『ERROR』を示す赤い光が点滅している。

「……また駄目」

 作業の手を一端止め、溜め息を吐く少女。
 目の前に鎮座するISは未完成だ。これまで何度も調整を施してはいるが、画面に映し出される赤い光が消える事はない。
 それを見る度に少女は沈鬱な気持ちになる。どう足掻こうと、自分は決してあの人に勝つ事は出来ないと暗に示されているような気分になるからだ。
 そんな想いを何とか抑え込み、止めていた手を再び動かそうとした時、背後にある格納庫の扉が開いた。

「ッ……!」

 咄嗟に少女はISを待機状態にし、手近な柱へと走り身を隠す。
 数秒ほど経った後、先程まで彼女がいた場所を、腰に一本の長剣を差した男子の影が通り過ぎていった。
 この学園内で男は3人しかいない。加えて少女はその人物に見覚えがある。IS製作に煮詰まった自分を親友が気分転換に外に連れ出した際、クラス代表決定戦にてイギリス代表候補生を打ち負かした人間だ。

(イチカ・エインフォルク・ラルグリス……)

 彼は決して己の力に驕る事はなかった。加えて、それだけの力があれば国家代表として人の上に立つ事も夢ではないにも拘わらず、彼はある人物に絶対の忠誠を誓っているらしい。
 何故……? とそんな彼に疑問と興味を覚えた少女は、こっそりとイチカの後を追う。

「全く、エネルギー伝達率をまた下げる事になるなんて……。っていうか、今より下げるのはやっぱりマズくないか? 主の《ワイバーン》みたいに装甲を厚くして重くした方が良いような……」

 何やら思考に没頭しているようで、今のところ少女に気付く様子はない。だが、目的地だけは把握しているらしく、あまり光が差さない格納庫の一番奥にまで来るとようやく足を止めた。
 そして腰に差した白鞘から刀身に銀線が走る長剣を抜き、それを天に掲げながら彼は小声で何かを呟く。
 直後に、長剣を基点として光の粒子が集束し、数秒後にはイチカの背後に青白の輝きを放つもの―――神装機竜《ゼウス・カイザー》が召喚された。

「ッ……!?」

 禍々しくも美しい光沢を帯びた、青白い幻玉鋼鉄
の塊。竜を模したその頭部や全身に輝く、雷鳴の如き黄線。
 突如目の前に現れた機竜に、少女は一瞬見惚れてしまった。
 それ故に僅かに緊張が削がれたのか、カラン……! と彼女は足下に落ちていたドライバーを踏んでしまった。

「ッ! 誰だ!?」

 既にその身を装甲で包み込んでいたイチカが振り返ると、少女の真紅の瞳と目が合った。
 怒声にも似た声に少女は身体を硬直させてしまう。だが、対するイチカは相手が学園の生徒、しかも芝居ではなく本気で怯えている人間だと判断すると若干焦りながらも柔和な笑みを浮かべた。

「あー……、怖がらせて悪い。いきなり背後に立たれたから、つい……」
「う、ううん。私の方こそごめんなさい……」

 戸惑いつつも謝罪の言葉を述べる少女。だが、同時にその視線は一夏の《ゼウス・カイザー》に向けられていた。
 それだけでIS(イチカのは装甲機竜だが)への並々ならぬ情熱がある事が感じ取れる。

「自己紹介がまだだったな。俺はイチカ・エインフォルク・ラルグリス、よろしく」
「知ってる。今日のクラス代表決定戦、見てたから……。私は更識簪……」

 ピク、とその名前を聞くと、片眉を上げて反応するイチカ。
 その苗字と容姿から、簪が誰の身内か悟ったようだ。

「なるほど。お前は更識会長の……」
「あの人の事は言わないで!」

 イチカの声を遮り、まるで何かを拒絶するかのように簪は叫ぶ。

「……悪い」
「…………………」

 瞳に警戒心を宿らせて再び簪は柱の影に隠れてしまう。
 何となくだが理解は出来た。この少女を駆り立てる何



の正体を。嘗ての自分がそうだったように。
 とは言っても、ここまで警戒されては話しをする事も憚られる。仕方なく彼女から背を向け、イチカは機構モードを起動させて《ゼウス・カイザー》の調整を始めた。

(まだ何とかエネルギー伝達率は下げられるか。ただバランスよく機能させる為に障壁も少し弄らないと……)

 古代文字や図形が並ぶ四角い窓枠に指を走らせ、調整を施していく。ただ機能を低下させれば良い訳ではなく、効率良く駆動出来る最適解を求める必要がある為に苦労する。
 時折指を止めては眉間に皺を寄せて考え込み、そして再び指を動かす。そんな一見単調にも見える動作をイチカは淡々と繰り返していった。

「……その機体の調整、何時も貴方一人でやってるの?」
「何時もじゃなくて殆どだな。よほど信頼出来る技術者じゃないと任せられないから」

 リーズシャルテ様は優秀だったな……何時もドリル付けようとしてたけど、と油断すれば妙な武装を取り付けかねない新王国の姫君を思い出して苦笑する。
 そんな時、ポツリ……、と柱に寄り掛かる簪の口から小さな声が漏れた。

「……羨ましいな」
「羨ましい?」
「貴方は一人でそれだけの事が出来る。代表候補生にも勝てる力がある。お姉ちゃんみたいに何でも出来る……私と違って」

 イチカの知り合いにして彼女の姉である更識楯無は、学園最強の証である生徒会長の座に就くと同時、学生の身でありながら既にロシアの国家代表の地位を持つ才女として知られている。加えて専用機《ミステリアス・レイディ》は彼女が一人で作り上げたという噂まである。
 正真正銘、誰がどう見ても"天才"という称号が相応しい人物。だが、そんな高みに彼女が立つ分、妹である簪は苦しめられている。嘗ての自分と同じように。
 それを理解したイチカは機竜を纏ったまま簪の傍まで近付き、操縦桿から手を離すと―――ビシッ! と彼女の額にデコピンを打ち込む。

「ッ! な、何……!?」
「お前と姉の間に何があったかは知らない。だが、お前が天才だと思う姉は、天才だからこそ努力してるんだと思うぞ」

 短い時間ではあるが、同じ部屋に住んでいるからこそ分かる。楯無は自分が知る天才とは全く違う存在であるという事が。

「天才っていうのは文字通り天から授かった才能、何事も十全にこなせる力だ。だが、その天才様が生きる世界に何も無かったらどうだ?」
「? 何も無いっていうのは……」
「人、水、食料、etc……、取り敢えず砂漠でも思い浮かべれば良い。そんな世界に一人で立って、御自慢の才能が振るえるか? 答えはNOだろう。そして人間は忘れる生き物、使えない状態が続けば才能は次第に朽ち果てていく。
そう、才能ってのは植物と同じで栄養を与えないと枯れていくんだ。運良く環境に適して突然変異したとしても、必ずプラスの方向に向かうかは分からない」

 天才である事を自慢げに語る秋斗や春斗は、幼い頃からその称号に寄り掛かって生きてきた。一般人から見れば高位の才能を今尚有しているが、イチカの言う通りその中身は酷く捻じ曲がっている。
 だが、楯無は誰もがその才能を認めようと、決して努力は欠かしていない。天より授かったものを潰さないように。

「お姉ちゃんも、才能を維持する為の努力を裏でしてるって事……?」
「さぁ? 実際どうなのかは俺も知らない。だが、特殊な環境の家柄で育った更識会長があそこまでの事をやり遂げてる裏には、努力と向上を常日頃から心掛けなければならないストレスと、周囲の期待を裏切ってしまうかもしれないって言う恐怖が付き纏っているのは分かる」
「ッ……!」

 確かに、誰もが才能を認めているという事は、同時にそれだけの期待を寄せているという事だ。そんな重石を背負っているにも拘わらず、彼女は決して弱味を見せない。
 何時も笑顔を振りまいて明るく振る舞っている姉。その裏には誰にも打ち明ける事の出来ない闇がある事に、簪は今更ながらに気が付いた。
 だが、それだと今まで彼女に劣等感を抱いて生きてきた自分は何なのだろうという気持ちにもなる。そんな気持ちをイチカは察したようであり、

「言っておくが、別に更識会長を擁護してる訳じゃないぞ? 今会ったばかりだけど、あの人の背中を追い抜こうとするお前を俺は尊敬する。俺はな、何でも出来る事を『才能』って一言で片付けるのが嫌いなだけだ」

 僅か12歳の時に機竜使い三奥義の一つを編み出したルクスは、その事実が知られれば誰もが天才と呼ぶだろう。だが、それは違う。 それらの絶技が生まれた裏には、国民を救いたい一心で努力する彼の姿があった。決して才能の一言で済ませて良いものではない。天才を嫌悪するとまではいかないが、その称号が真に相応しい者達が影で行っている努力に目を向けない事には腹が立つ。

「……何が原因でそんなに拒んでるのかは知らないが、俺から見たらお前達はどっちもどっちの似た者姉妹だよ」

 それだけ言うとイチカは再び奥の方へと足を運び、機竜の調整を再開する。
 一方の簪は何か思うところがあったのか、今日はこれ以上の作業は出来そうにないと判断して格納庫を後にした。
 次第に小さくなっていくその後ろ姿を見ている、水色髪の少女がいる事には気付かずに。

 

 翌日、朝のSHRの席にて真耶の口からクラス代表が発表された。ちなみに戦績はイチカ5勝、クルルシファー3勝2敗、セリス4勝1敗、秋斗2勝3敗、春斗1勝4敗、セシリア5敗という結果だ。
 全ての試合においてイチカの圧勝という結果の為、当然の如く彼が代表になると思われていたのだが、

「―――と言う訳で、1年1組のクラス代表は織斑秋十君に決まりました」

 全く予想外の名前が飛び出した事に、女子生徒達の間に困惑が走る。
 代表候補生を倒したとは言え、それは武装を幾つか欠いた傷を負った状態での事。万全のセシリアを倒したイチカの方が上に思える。
 セシリアは5敗している為に権利はないが、2勝しかしていない彼が何故代表なのだろうか。

「ちょっと待ってください、山田先生。何で僕なんですか? ラルグリスが勝ったんですから、彼にやらせれば良いんじゃないですか?」
「俺は成り行きで決闘に参加する事になっただけで、元々クラス代表には興味がない。選ばれても辞退する事は最初から決めてたよ」

 ふぁ……、と夜遅くまで機竜の調整をしていた事もあってか、興味なさげに欠伸するイチカ。
 そんな彼の態度が気に入らない様子で、秋斗と春斗と箒が睨み付ける。

(あの時は少し油断しただけだ。普段の僕なら、あんな忠誠馬鹿は瞬殺出来る……!)

 誰かに頭を下げる事しか出来ない人間になど、幼い頃から神童と謳われて育ってきた自分が負けるはずがない。
 先日の敗北は格下相手に全力を出すまでもないと油断したからだ、と秋斗は自分に言い聞かせていた。

「……分かりました。推薦してくれた人達の為にも、クラス代表を務めさせてもらいます」
「よし、話は纏まったようだな。では、SHRはこれで……」
「すいません、織斑先生。少し時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 早々にSHRを切り上げて授業に入ろうとした矢先、セシリアは挙手によりそれを制した。

「何だ、オルコット」
「この前の暴言に対する謝罪をしたいのです」
「なるほど。いいぞ、オルコット」

 ありがとうございます、と告げたセシリアは席から立ち上がり、教壇へと足を向ける。
 その姿からは以前までの他者を見下すような雰囲気は感じられず、余程あの敗北が堪えただと思う。

「先日はクラスの皆さんを不快にさせるような失礼な発言をしてしまい申し訳ありませんでした。そう簡単に許されるとは思いませんが、この場をお借りして謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」

 クラス全員が注目する中、セシリアは深々と頭を下げて謝罪する。
 その誠心誠意が籠もった行動に、少女達も拍手と共に応えた。

「それにイチカさんも。先日の不用意な発言や、試合中に貴方の忠誠心を侮辱するような事を言ってしまい、申し訳ありません」
「別に気にしてないさ。俺も『今の腐り切った社会を作ったのはお前みたいな女だ』とか言ったからな。すまなかった、オルコット女氏」
「セシリアと呼んでくれて構いませんわ。オルコット女氏というのは、少々むず痒いので……」

 分かった、とイチカが答えると共に、湧き上がる拍手と歓声を受けながら2人は握手を交わす。
 だが、そんな中で秋斗と春斗と箒だけは未だにイチカを睨んでいた。

………
……


 午前の授業を難無く消化して迎えた、昼休み。
 早々に昼食をとって午後の授業の準備を整えたいイチカは、足早に食堂へと向かおうとするが、

「おい」
「……何だ」

 嘗ては共に剣道場に通っていた幼馴染みである箒が話しかけてきた。
 もっとも、『軟弱だ!』などと怒鳴りながら竹刀で叩いてきた記憶しかない為、あまり良好な関係とは言えないが。
 そんな秋斗や春斗同様に自分の正体には気付いていない彼女の瞳には、憤怒の光が宿っていた。

「昨日の秋十との試合……貴様、イカサマしただろう」
「酷い言われ様だな。何の根拠があって、そんな事が言えるんだ?」
「黙れ! 貴様のような輩に秋斗や春斗が負けるはずがないんだ!」
「うるさいわねあなた。負けたという結果は変わらないのよ?わかってるの?」
「YES.あなたは間違っています。証拠があるのならいいですけどないでしょう?」
 はぁ……、とその言い分にイチカたちは呆れてしまい、思わず溜め息を吐く。
 それは周りの女子生徒も同様であり、箒の言葉に不快感を示して眉間に皺を寄せている。

「篠ノ之さん、貴方は代表候補生である私を倒した彼の実力が偽物だと言ってるのですか?」
「五月蠅い! コイツが如何様でもしなければ、あの神童と謳われた秋斗や春斗が負けるものか!」

 仲裁に入ったセシリアの声にも耳を貸さずに怒鳴る箒。
 幼い頃から秋斗や春斗を想っているのは知っているが、ここまで妄信的だと呆れを通り越して苛立ちを覚える。

「そう思うなら勝手に思ってれば良い。何時までもお前に付き合っていられるほど俺は暇じゃないんだ」
「待て、貴様! 逃げ―――……ッ!」
「やれやれ、ここまで不快な気分にさせる物言いは初めてですわ」

 ッ!? とイチカたちを除いた教室にいた全員が、突如割って入った第三者の声に驚く。
 音源に視線を向けると、何時もの微笑を浮かべた夜架がイチカ達の側に立っていた。

「驚かせてしまい申し訳ありません、皆様」

 夜架が恭しくお辞儀すると、頬を紅く染めた何人かの生徒達も釣られて頭を下げる。
 どうやら嘗ての姫君である彼女の美貌は、女子すらも魅了するようだ。

「神童と呼ばれる幼馴染みが負けた事で敵意を抱くのは当然かもしれませんが、貴方の言い分は何とも不合理ですわ。機体の動きに不審な点はなく、あの試合結果は明らかに、イチカ自身の実力と己の力量を弁えない織斑さんの油断がもたらしたものしたものですの」
「貴様、言わせておけば……!」
「どうしても疑うと言うのでしたら、教師の方に頼んで試合時の機体のデータを見せてもらえば良いと思いますわ」

 それでも納得出来ないと言うのなら……、とカッと両目を見開いた凄絶な笑みを夜架は浮かべ、

「―――私がお相手しますわ」

 ゾン……! と頭の上から冷水を浴びせられたかのような、恐ろしい殺気が彼女から僅かに漏れ出す。
 それを間近で受けた箒は額から冷や汗を流し、夜架が刀型の機攻殻剣に手を掛けるのを黙って見る事しか出来ないまま、

「そこまでだ夜架」

 横合いから伸びたイチカの腕が、柄に添えられていた彼女の手を止める。

「貴方の剣は俺なんかの為に振るっていいものじゃない。如何様をしたかそうでないかは、俺自身の手で証明しますよ」
「……分かりましたわ。今日は黙して引くとしますわ。ですが……」

 次はない、と首だけを動かして振り返りながら彼女は暗にそう告げる。
 その殺気にあてられた箒が尻餅を付く中、7人は並んで食堂の方へと消えていく。

 

「織斑君、クラス代表決定おめでとう~!!」
「「「おめでと~!!」」」

 パン! パパァン! と夕食後の食堂にクラッカーの音が鳴り響く。
 そこでは一組総出で秋斗のクラス代表就任パーティーが催されていた。もっとも、中には『実力が上のラルグリス君が良かった~』という者もいるのだが。それでも出席しているのは、やはり女子達の繋がりが強いからだろうか。

「人気者だな、秋斗、春斗」
「折角のパーティなんだし、そんなにカリカリするなよ。箒も楽しめば良いじゃないか」

 大勢の女子生徒に囲まれた秋斗を見て、彼に想いを寄せる箒が不機嫌そう言うが、当の本人は気にした様子を見せない。
 そうして和気藹々とパーティが進行する中でイチカたちは壁の花を決め込み、用意された菓子と共に自分が淹れた紅茶に口を付けていた。

「意外ですわね。織斑さんを毛嫌いしてるようでしたので、てっきりイチカさんは出席なさらないものと思っていましたわ」

 その言葉をそのままバットで打ち返すよ、と隣に並ぶセシリアの言葉にイチカは軽口で返す。

「人付き合いっていうのは大事だぞ。ここでもし来なかったら、自分達と交流する気がないKY野郎って思われる」
「要するに、織斑さんを祝いに来た訳ではないと」
「当たり前よねイチカ」
「クルルシファーの言う通りだ」
「祝ってやってもいいじゃないか」
「それだけは天地がひっくり返ってもありえないな」
 
 アイツが世界を救ったら考えるがな、などと思いながらセシリアたちの下を離れて他の菓子を取りに行こうとすると、一人の女子生徒が立ちはだかる。付けているリボンの色は黄色である為、2年生だと言う事が分かる。

「はいは~い! 新聞部で~す! 私は新聞部副部長の黛薫子。絶賛話題の織斑秋斗君と織斑春斗君、イチカ・エインフォルク・ラルグリス君の取材に来ました~!」

 気付かない内にパーティの中心である秋斗の近くにまで来ていたようであり、辟易しながらも流れられない事をイチカは悟った。

「じゃあ、先ずは織斑君。クラス代表になった感想をどうぞ」
「そうですね、皆さんの期待に応えられるように頑張りたいと思います」
「う~ん……出来ればもうちょっとインパクトのある言葉が欲しかったな、次はラルグリス君ね」
「そうですね……。努力の末にある価値のある結果に向かって、日々精進を怠らないようにしたいと思います」

 ふん、と薫子の後ろで下らないとでも言うように鼻を鳴らす秋斗、
 そんな彼を無視してイチカは今度こそ菓子類の置かれたテーブルに向かう。
 その時、

「ラルグリスく〜ん♪!」
「ぐぶっ!?」

 突如背後から水色髪の少女―――楯無が飛びかかり、その勢いに負けたイチカは敢え無く転倒する。
 生徒会長と新入生の間に熱愛発覚!? と薫子は目を爛々と輝かせるが、冗談ではない。寸でのところでカップだけは守ったイチカは、首だけ動かして自分の上に乗る楯無に視線を向ける。

「いきなり何するんですか、更識会長」
「そ、そんなに怒らないでよ。ちょこ~っとからかっただけでしょ?」
「はぁ……取り敢えず直ぐに退いてください。その、色々とあれなんで……」

 今の彼等は倒れている一夏の上に楯無が圧し掛かった状態。加えて制服の上からでも分かる彼女の形の良い胸が、先程からイチカの背中に当たっている。
 以前楯無に質問された際、恋愛ごとに興味がないと嘘を言ったが、年相応に異性に対して思うところはある為に正直辛い。
 そんな彼の隙を楯無が見逃すはずもなかった。

「ふっふ~ん? ラルグリス君、もしかして私に欲情しちゃったのかな~?」
「しません! 全く……年頃の女性なんだから、もう少し節度を弁えてください」
「イチカく〜んどうゆうことなの?」
「まさか浮気か?」
「あ〜あ〜、てすてす、そこの浮気者♪今なら罪は軽いよ〜☆」
「不許可です!!浮気などしてはなりません!」
「違うって!」

8人がワー、キャアーなどと騒いでいると、ふとイチカは昨日のことを思い出した。

「やっぱり昨日、格納庫の影で様子を窺ってたのは貴方ですね?」
「あ、あはは……。気付いてたんだ」
「あのくらいは当然です、ストー会長」
「ちょっと!? 変なアダ名付けないでよ!?」

 落ち込んでいた状態から一気に態度を変化させる楯無。言葉一つでころころと表情を変える彼女を見て、イチカの顔も自然と綻んだ。
 だが、その流れに乗って会話をお開きにするつもりは毛頭ない。

「……何があったのかは知りませんけど、一度話し合ってみたらどうですか?」
「そうしたいのは山々なんだけどねぇ。ただ、ちょっと……」

 言い淀む楯無の顔に再び暗い影が差す。彼女もまた簪に何を言われるのか恐れているのだ。
 対暗部用暗部という家柄故に、常に暗殺や謀殺、密殺の危険に晒される更識家。当主になったばかりの楯無は妹に被害が向かわぬよう、善意で彼女を遠ざけてきた。だが、当の簪からすれば『お前は何様のつもりだ』という反抗の感情が生まれてもおかしくはない。
 そして楯無が周囲の期待に応えるべく努力と向上を重ねていく内、次第に2人の仲は疎遠となっていった。そんな自分が今更どんな顔で向かい合えば良いと言うのだろうか。

「やっぱり貴方達は似た者姉妹ですよ。何を言われるか怖くて一歩も進めないところとか特に」
「うぐッ!? け、結構ストレートに言うわね、貴方……」
「入学初日に散々弄ってくれたお返しです」

 忘れませんよ? とジト目で見つめてくるイチカに、楯無は『ベー』と僅かに舌を出して答えた。

「別に何を言われたって良いじゃないですか。一緒に笑い合ったり喧嘩したりして仲を深めていく……そういうのが本当の家族ってやつでしょ?」
「……………………」
「……俺はそうなる前に捨てられて、俺自身も家族を捨てましたから」
「え……?」

 聞こえるか聞こえないかの声量で呟かれたイチカの言葉に楯無は反応する。
 だが、当の本人はこれ以上語る気はないのか、席を立った。

「ちょっと熱気にあてられたみたいなので、外で涼んできます」

 そう言うとイチカは他の人間には気取らぬよう、細心の注意を払いながら外に出る。
 再び周囲に視線を巡らせて誰もいない事を確認すると、彼は自分の右耳に軽く触れる。より正確には、耳の穴に装着された小指の先ほどの大きさの小型通信機に。

『―――やっほぅ、いっくん! ハーレム生活を楽しんでるかい!?』

 通信を繋げた瞬間に聞こえてきた大音量に、キーン! と一夏の耳に凄まじい衝撃が走る。
 このまま通信機を破壊しようかとも思ったが、その感情を何とか押し殺す。

「この通信の時はSって呼んでくださいって前にも言いましたよね、R?《ゼウス・カイザー》の神装で寿命を半減させましょうか?」
『出来そうで怖い!? お、落ち着いてよ、え、S君! ほら、この天災のRさんが死んだら世界にとって大損失だよ?』
「幻神獣の以外の事でなら、別にこの世界がどうなろうが俺の知った事じゃありません」

 マジで!? とあっさり言い切ったイチカに驚愕の声を上げる束。
 その通信に新たに入り込む女子の声があった。

『お2人共、その辺りにしましょう? このままでは一向に話が進みませんわ。それでRさん、何か用があったのではありませんか?』
『そ、そーなんだよ、Nちゃん! 実はベーリング海辺りに幻神獣の群れが出たっぽくてさ! 2人から教えたもらった情報を基にすると、こりゃ多分グリプスだね』

 グリプス。それは巨大な翼を携えた鷲の上体と、獅子の下半身を生やした鳥獣型幻神獣。
 強さとしては、幻神獣の中でも中位の実力を持つ。それの群れなど、彼等についての知識を全く持たないIS部隊で相手出来るはずがない。

「3週間くらい前にも群れを潰したって言うのに、懲りない連中だ。それで被害は?」
『安心していいよ、誰も襲われてないから。どうもコイツ等はどっかに移動してるみたいだね』
『上陸される前に墜としたいところですわね。S、お願い出来ますか? 私の《夜刀ノ神》は海上戦には向いていませんから』
「了解です。R、学園の監視カメラに侵入して、俺が出ていくところをバレないようにしてください」

 オッケー! という束の了承の言葉を聞いて通信を切った後、イチカは足早にその場を去ろうとする。
 だが、コツ、コツ、……、と此方に向けて足音が近付いて来た為、一端停止した。

「何か用ですか、更識会長。盗み聞きとは趣味が……って、貴方か」

 最初は自分を警戒する楯無が物陰で様子を窺っているのかと思ったが、月明かりに照らされた人物を見て予想が外れた事を知る。
 其処に立っていたのは、1年1組の担任を務める嘗ての姉―――織斑千冬だった。

「……誰もいないようだな。確かに話し声が聞こえたんだが?」
「独り言だ。女子ばかりの学園に男子が2人のみ、当然ストレスが溜まる。だから偶に声を上げて発散してるのさ」

 もっともらしい言い訳をして疑いの視線から逃れる。それで納得したようであり、彼女はそれ以上言及する事はなかった。
 さて、と何時までも此処にいる理由もない為、イチカは再び歩を進める。

「俺は用が出来たので、これで失礼しま……」
「待て。お前には聞きたい事がある」

 クラス代表決定戦の時とは違い、迷いのない言葉にイチカの足が止まる。

「……何だ。手短に済ませてほしいんだが」
「単刀直入に聞かせてもらう。お前は……お前は、私の弟なのではないか……?」
「ハッ! 面白い事を言う。貴方の弟は織斑秋斗と織斑春斗だろう?」

 千冬の言葉を聞き、一夏は馬鹿らしいとでも言うように鼻で笑う。
 そう、彼女の弟は秋斗と春斗の2人。3人にはそれ以外の家族は存在しない。

「違う! お前は……私のもう一人の弟、織斑イチカだ!」

 言い切った千冬は、イチカの反論の言葉を待たずに言葉を続けた。

「教室でお前の顔を直接見た時から、もしやイチカなのではないかと思っていた。だが、目付きや雰囲気は昔とまるで違っている。私は今日まで『自分の思い過ごしなのか?』とずっと悩み続けていた……。
イチカは、モント・グロッソで誘拐されてから行方不明となったはずだ……。だが、やはり私にはお前がイチカにしか見えないんだ……!」

 よく見ているものだ、とイチカは感心する。長い間顔を突き合わせていたはずの秋斗と春斗は全く気付かなかったというのに、彼女は僅かな違和感のようなものから判別した。
 その事を理解したイチカは、『ふぅ……』と観念したように一度溜め息を吐き、

「流石だな、賢姉殿。2年前に切り捨てたとは言え、血が繋がってるだけの事はあるか」

 ッ……! と肯定と共に紡がれた憎悪を孕んだイチカの声に、やはり彼はあの事を恨んでいるのだと悟った。
 2年前に行われた第2回モンド・グロッソ。その決勝戦で彼は誘拐され、国の思惑によって見殺しという結果となったあの事件を。

「すまない……。日本政府はお前が誘拐された事を知っていた。だが、国のイメージを護る為に、私は利用されたんだ……!」

 言い訳にしか聞こえないかもしれないが、彼女は事実を知ってほしかった。
 そして、出来る事なら自分達の下に戻ってきてほしいと思う。
 だが、

「……それが事実だったとしても、今の俺には関係ない。あんたと離れていろいろな人に会えたから俺は強くなれたが"今の俺には関係ない"」

 イチカの口から放たれた拒絶の言葉に、千冬は驚愕と同時に呆然とする。
 そして当人の表情は氷のように冷たかった。それでいて滑稽だとでも言うように嘲笑を浮かべている。

「俺が戻らないのは自分が助けに行かなかった事が原因だと思ってるみたいだが、それはあくまで決定打になったに過ぎない。アンタ達から離れてみて、俺は初めて自分が見ていた家族っていう偶像に気付いたのさ」
「家族という偶像、だと……?」

 ククッ、と狂ったように笑みを濃くするイチカに更に混乱する千冬。
 これは彼の抱える本心。そして今まで溜め込んでいた家族に対する不満なのだ。

「両親が消えた事で一種の人間不信に陥っていたのか、当時のアンタは誰も人を寄せ付けず、高校生になるまで家族を含めて他者を拒絶してるみたいな態度で話しかける事も出来なかった。それでいてアンタの事だから『残された弟3人は私が守る』とか思っていたんだろう。だが、その賢姉ぶりが俺を苦しめ続けた……」

 どれだけ千冬に追い付こうとしても、『織斑千冬の弟だから出来て当然だ』と誰からも認められない。そして彼女自身もまた、追い縋るイチカになど目もくれなかった。
 その事実に気付く事なく彼は、偉大な姉や兄に並びたいと思い日々努力を重ねてきた。どれだけの罵声を受けようと、どれだけの暴行を受けようと。何時かは認められ、報われる時がくると信じて。
 だが、彼等と離れてみてイチカはようやく自分でも分からなかった本心に気付いた。

(俺はただ、見てほしかっただけだ……。織斑千冬の弟じゃなくて、一人の人間―――織斑イチカを)

 姉が一人で頑張っている中、自分勝手な意見だと言う事は分かっている。だが、彼女に追い付こうと自分も必死に努力していた。にも拘らず、誰も自分を見てくれない。誰も自分を褒めてはくれない。誰も自分を認めてはくれない。
 悔し涙を流す事すら堪えて努力を続けてきた。全ては家族の為に。だが、その想いは幻でしかなかった。
 何時の間にか見えなくなっていた。自分が本当に求めていたものは、地位や名誉、武功でも才能でもない。自分を認めてくれる理解者が欲しかった訳でもない。

(ただ誰かに見てほしかった。ただ一人が嫌だった。ただ……ただ隣にいてほしかった。……俺が求めてたのは、それだけだったのに)

 本来なら口に出さずとも気付けるもの。否、口に出す必要すらもないもの。
 だが、当時のイチカにも見えていなかった真の感情は、最も身近にいたはずの千冬にも見えていなかった。

「そんな矢先に起きたのが、あの誘拐事件だ。例え裏に日本政府の思惑があったんだとしても、アンタに見捨てられたと思った時、俺がどれだけの絶望を味わったか……!」

 自分が家族の為にと努力してきた事は全てが無駄だったのか。
 当時の憎悪が蘇えったのか、イチカは握っていた拳に更に力を籠める。

「その時に俺を助け、俺の隣に立ってくれたのが主だ。最初は助けられた恩を返したい一心でお供してたが、あの人を見続けている内に俺の全てが変わった。
誰も助けられない孤高の『最強』なんて望まず、誰かを助けられる『最弱』である事を望む。俺達が命を賭ければ、対等に自分の命を賭ける。俺はそんな主の背中を護りたいと思い、仲間として共に歩みたいと思ったんだ」
「自分の全てを捧げ、忠誠を誓うほどの主君だと言うのか……! 私だってお前達の為なら命くらい賭けられる! 最弱などではなく、最強と呼ばれる力の全てを使って!」

 いいや、とイチカは覚悟を孕んだ千冬の言葉を一刀両断した。
 この人物はまだ分かっていない。自分が何故憎んでいるのか、何故『最弱』を支持するのかと。

「『力を行使する事に何の恐怖も抱かぬ者など、このおぞましい最弱の敵じゃない』……ある人物が主を評した言葉だ。いや、敵ながら的を射てると思うよ。
……繋がりという糸を護る事にしか目が向いていない最強
のアンタがどれだけ剣を振ろうと、最弱のあの人には遠く及ばない」

 それだけ告げると、イチカは再び歩を進めてその場から離れようとする。

「一夏……!」
「俺とアンタ達はもう他人だ。二度と『織斑』を名乗る気はない。彼女たちより賜った姓と、どう足掻いても捨てられない過去……それらを合わせた"イチカ・エインフォルク・ラルグリス"が今の俺の名だ」

 夜の闇へと溶けるように消えていくイチカ。同時に千冬は立つ気力をなくし、その場に膝を突く。
 やがて千冬は地面に両腕を付けた状態で涙を零し始めた。

「何故だ……! 何故なんだ、一夏……!?」

 苦悶に満ちた表情で、一夏を失った誘拐事件の時のように号泣する千冬。
 そんな本来なら誰にも見せるべきではない姿を、2人の会話を、物陰から見ていた水色髪の少女がいた。

「彼が織斑先生の、もう一人の弟……!?」



やっぱりばれてしまいましたねw
まあタイトルで分かったと思いますw
ちなみに主は学生です。そこのところはご了承ください。
では次回までアディオスw


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