〜IS機竜の世界に迷い込んだ夏〜 作:厄災の剣帝
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短いですが勘弁してください。
短い別れと主の頼み 王立士官学園中庭。
ようやく肌寒い冬が終わり、陽気な風が吹き抜ける春を迎えた事で、緑の美しい草木が芽を出し始める。朝早く目が覚めても布団から出るのに長い時間を要する事はなくなった。
だが、人々を自然と眠りから抜け出させる朝陽が庭を照らす中、そんな雰囲気とは無縁の者達がいた。
「はっ!」
受け止めた側である学園の制服を着た、左右非対称の蒼と紫の瞳を持つ黒髪の少女はその反動を利用して後退。そして背後に植えられていた樹木の幹を足場にして跳躍し、逆に斬りつけにかかった。
対する同じ制服を着た少年は柔道における受け身に似た動作でそれを回避し、返す刀で宙を舞う少女の胴体に蹴りを放つ。
だが、その奇襲さえも笑いながら少女は腕で防ぎ、隙のない可憐な動作で着地してみせた。
「ふふっ、また腕を上げようですわね。師匠冥利に尽きますわ」
「全部防いでおいてよく言いますよ。自信なくしそうです」
「悲観する事はありませんわ。流石に、その歳で特級階層
を得ているだけはありますもの」
そんな言葉を紡いでいる間も、2人の放つ剣戟は決して止む事がない。
時に顔面に向けて放たれた突きを背中を弓なりに反らす事で躱し、サマーソルトの要領で顔面に蹴りを叩き込む。
時に斬りつけた直後の膠着した一瞬に振るわれた木剣を蹴り飛ばし、腰の捻りを利用して自分の武器を横に一閃する。互いの腕で、脚で相手の武器を一瞬弾いた後、その意識を刈り取るべく恐ろしい勢いで振るい―――ボギッ! と嫌な音と共に木剣の中程が折れた。
「あら、また折れてしまいましたわね。これで何本目になるのでしょうか?」
「確か96本だったかな。100本を超えたらまたお祝いでもします?」
「お2人は木刀を破壊する度にお祝いでもしてるんですか」
新たに割って入った声のした方向に視線を向けると、其処には2人にとって見覚えのある少女達がいた。
一人はアイリ・アーカディア。その名の通り旧帝国の皇族の生き残りであり、ルクスの実妹に当たる。
その後ろに控えているのはノクト・リーフレット。従者の一族であり、アイリのルームメイトであると同時に彼女の従者を務めている。俺の恋人でもある。
「アイリ様、ノクト。おはようございます」
「その呼び方は止めてください、イチカ。もっと気さくに接してくれて良いですから」
「いえ。主から自分が卒業した後は、アイリ様の事をよろしくと言われていますので」
絶対に意味を履き違えてますよね……? とアイリは地面の上で少女と共に膝を突く少年に呆れてしまう。
今まで凄まじい攻防を繰り広げていた少年は、嘗て異世界から来訪した存在―――"織斑"を捨て、現在はイチカ・エインフォルク・ラルグリスと名乗る少年だった。
切姫夜架たち神装機竜持ちを師と仰ぎ、彼女と共に昨年この学園を卒業したルクスに仕えている。
「それでお2人共、こんな朝早くにどうされましたか? まさか、私達の朝の鍛練を見学しに来た訳ではないでしょう?」
まだ授業が始まるまでには余裕があるが、それまでの時間を何が悲しくて汗臭い光景を見る事に割かなければならないのか。
当然そんなはずもなく、夜架の質問にノクトは首を縦に振る事で答えた。
「Yes. 実は先程起きた時、窓からルクスさんたちがやってくるのを見ました」
「声を掛けてみたら、これから学園長に会いにいくと……って早ッ!? 兄さんの名前が出た途端に走り出した!?」
出入口すら使わずに窓から学園内に入り、『廊下は走らず』という常識すら無視して2人は廊下を駆けていく。
その凄まじい速度を見る者がいれば、必ず腰を抜かした事だろう。幸い廊下には誰もいなかった為、誰かと激突するといった被害を出す事もなく、僅か5分足らずで彼等は学園長室の前に辿り着いた。
急いで着崩れした服を正し、互いにそれで大丈夫だろうかと確認し合った後、イチカは扉をノックした。
「失礼します。1年のイチカ・エインフォルク・ラルグリスです」
「3年の切姫夜架ですわ」
『あら、丁度良かった。入っていいわよ、2人共』
学園長のレリィの了承の言葉を聞き、イチカは扉に手を掛ける。
絶対の忠誠を誓う主が、彼の卒業後は片手で数える程度しか会えなかった主がこの先に。
そんな期待と昂揚感と共に扉を開け放ち、
「いっくぅぅぅぅぅん!! ひっさしぶ―――……!!」
バタン! と一秒と掛けずに扉を閉めた。
直後に『ぐぴッ!?』という間抜けな声と凄まじい激突音が聞こえたが、イチカの知った事ではない。
「……イチカ、今機械で出来た兎の耳を付けた女性の姿が見えたように思えるのですが」
「幻覚です。疲れてるんですよ、師匠」
「『いっくん』と貴方を呼んでいたように思えるのですが」
「幻聴です。マズいですね。師匠、直ぐに医務室に行きましょう」
問題ありませんわ、と頭を抱えながら提案したイチカを横に退け、夜架は再び扉に手を掛ける。
今度は中を覗くようにゆっくりと開けていくと、
「酷いよ、いっくん! 感動の再会だっていうのにこんな―――……!!」
ドゴン!! と扉に向けて一切容赦のない蹴りを入れ、強制的に扉を閉めるイチカ。
『げぶぅッ!?』と蛙が踏み潰されたような声が中から聞こえたが、やはり彼は素知らぬ顔を決め込んでいた。
「……イチカ、間違いなく彼女は貴方の事を呼んでいたようですけど」
「『イッくぅぅぅッ!』という絶頂の言葉と聞き間違えたんですよ、きっと」
「完全に彼女は貴方の顔を見て『いっくん』と呼んでいたと思いますわ」
「人違いです。『い』が付く名前の人なんて世界中にいますよ」
「いえ、ですが……」
「いい加減にしてください、師匠! 名指しされた本人が違うって言ってるんだから違うって事で良いでしょ!」
「今認めましたわよね?」
そこまで言われて遂に観念したのか、イチカは再び重厚な造りの扉を開ける。
やはりというべきか、其処には機械のウサ耳が装着されたカチューシャを付けた、胸元が開いた意匠のエプロンドレスを着る女性がいた。
あまりにも浮世離れした独特のファッションを好む女性の姿を見て、イチカは頭が痛くなるのを感じた。
「やっと顔を見せてくれたね、いっくん! さぁ、再会を祝してハグハグしようよ~!」
「色々と言いたい事はあるけどまずは其処を退いてください、束さん。主の顔が見えませんから」
「2年ぶりの再会より一ヶ月ぶりの再会を優先された!?」
わざとらしく顔に影まで作って打ち震える人物の正体は、篠ノ之束。イチカが産まれた世界で天災と呼ばれている科学者であり、ISを世に放った張本人である。
当然です、とそんな彼女を無視して夜架と共に室内に入る一夏。そこでようやく目的の人物の姿を見付けた。
旧帝国の皇族を示す銀髪に、下手をすると少女と見間違う顔立ち。椅子に腰掛けるレリィの隣に立つその人物は、
「―――久しぶりだね、夜架。イチカ」
彼等が生涯かけて仕える事を決めた青年―――ルクス・アーカディアと愛する恋人たちだった。
「はい。久しぶりです主さま。それとみんな」
「主様も、御壮健で何よりですわ」
「そんなに畏まらないでよ……って、あれ? イチカは何で涙ぐんでるの?」
「いえ、主から射している後光が眩しくて……」
「出てないよ!? 僕からそんなの出てないからね!?」
恭しくその場に膝を突く2人の動作、特に行き過ぎな気もするイチカの態度にルクスは流石に狼狽えてしまう。
自分の従者になると宣言した頃から驚くほど高い忠誠心を示していたが、一ヶ月ほど会わなかっただけでこうなるとは思わなかった。
「ですが、主様も意地悪ですわ。先にご一報下さればお迎えにあがりましたのに」
「うん。最初は出迎えは抜きにしても、連絡ぐらいはしようかと思ってたんでけど……要件を書いたらイチカは逃げそうだったから」
「それはもしかしなくても、この兎の事ですか? っというか、何でこの人が此処にいるんですか?」
チラリ、とイチカは跪いている自分に纏わり付く束に視線を向けた。
「いやー、実は二ヶ月くらい前だったかな? 私のラボに変な黒い穴が出来ちゃってね。試しに首だけ入れてみたら、な・な・な・何と其処に広がっていたのは完全無欠に異世界!!
こりゃあ研究しない訳にはいかないと思ってその穴を維持する為の装置を作って、一週間くらい前に束さんはこっちにやってきたのだー!」
「補足説明すると、彼女が現れたのは王城でね。衛兵相手に暴れてた彼女を僕が捕まえた後、君の知り合いだって事が分かって連れてきたんだ」
なるほど、と頭を抱えながら合点が言ったというようにイチカは頷く。
『天災』と称されるほどの頭脳を持つ彼女なら、彼も通った異世界を繋ぐ穴を維持出来る装置を造れたとしても不思議ではない。加えて王城の衛兵が相手にならない状況なら、リーズシャルテ直属の騎士であるルクスや実力者の恋人たちが侵入者捕縛に向かわない訳にいかないだろう。
「さて、じゃあ感動の再会は済んだので帰ってください。それとも此処の窓から蹴り落とした方が早いでしょうか?」
「冷たい!? 感動の再会って言っておきながら滅茶苦茶冷たいよ、いっくん!?」
「当然だ。……貴方が作ったISさえなければ、俺は俺の存在を否定されずに済んだかもしれないんだから」
彼女がISを生み出した目的こそ共感出来るが、その存在が原因の一端となって迫害されてきたのは間違いない。嘗ての家族もそうだが、彼女もまたイチカの憎悪の対象に含まれている。
下手をすれば、今にも抜剣しかねないほどの殺意が充満する。だが、そこで意外にもルクスが束に助け船を出した。
「落ち着いて、イチカ。彼女はもう分かってるから」
「主……?」
「それは不許可ですよイチカ抑えてください」
「セリスまで……」
「ルーくんに捕まって牢屋に入れられた時、色々話したんだ。私がISを開発した時の事や白騎士事件の事、今のいっくんの事、ルーくんがこの国で起こしたクーデターの事も話したよ。
私もルーくんも、始まりは同じようなものだった。けど、世界の事をちっとも分かってなかったから、私達は理想を叶えられなかった……」
末席の皇族という事でルクスは家族からも国民からも迫害されてきた。それでも国を、人々を救いたいと思い、帝国を滅ぼす覚悟を決めた。
世界最高を誇る頭脳を持つ束は家族からも周囲からも気味悪がられてきた。そんな中で大いなる宇宙への夢を抱いた彼女は、誰もがそこに向かえる力を作り出した。
だが、片方は己を『悪』と称したフギル・アーカディアにより、片方は腐り切った政府の思惑により、彼等の理想が叶う事はなかった。
「私はそんな世界を見限ったのに、ルーくんは『助けたい』って気持ちを捨てずに今でも戦ってる。それが分かったら、都合の良い話だけど私も『また夢を叶えたいなぁ』って思ったんだよ」
そう言った束の顔は、今までに見た事がないほどに輝いていた。
容易く信じる事は出来ないイチカだったが、共に誰かの為を思って力を手にした者同士、何か通じるものがあった事だけは理解した。
「……その点に関しては、長い目で見させてもらいますよ」
「うん、取り敢えず円満に纏まったようで良かったわ。それじゃ、そろそろ本題に入りましょうか」
軽い溜め息を吐くイチカの前で、レリィは笑顔でそう続けた。
「本題? 彼女とイチカを合わせるだけではなかったんですの?」
「ええ。こう言うのは悪いけど2人の事はついで。本題は……私達とイチカ君の世界に関わる重要な事」
彼女は執務机の上に、それなりの大きさがある一枚の用紙を広げる。
それはアティスマータ新王国を始めとした近隣諸国が記された地図だった。その上には至る所に黒点が描かれている。
「実はイチカ君と束さんが通ってきた黒い穴……王家の上層部が便宜上空洞と呼んでるこれは、今お互いの世界中で不規則に発生してるのよ。しかも……」
「その穴を通って怪物……幻神獣だっけ? そいつ等が私達の世界に来てるみたいなんだよ」
幻神獣。それは十余年前に機竜が発見された遺跡から時折現れるようになった、謎の幻獣。種類は無数にあり、見つけた人間や動物を容赦なく襲う。
確かに遺跡の付近以外でも偶に見かけるが、それが本当に自分の産まれた世界に? とイチカが疑っていると、『これが証拠ね!』と言って束が地図の上に数枚の写真をばら撒いた。
一枚一枚確認してみると、ガーゴイルやゴーレム、終いには小都市を滅ぼすほどの力を有するディアボロスまで写っていた。
「今はたま~にその姿が見られてるだけで被害はないから、ネッシーみたいにUMA扱いされてるけどね。
まぁ、肉食動物みたいに攻撃してきた奴等を襲うみたいだから、こっちから仕掛けない限り何もないかもしれないけど……何時までも大人しくしてるとも思えないね」
「僕達の世界の怪物が他の世界に迷惑を掛けるかもしれない現状に、女王もリーシャ様も胸を痛めてる。
そこで『七竜騎聖』とまではいかないけど、束さんが通ってきた穴を使って幻神獣討伐部隊を派遣する事が決まったんだ。そして、その先遣隊として……イチカと夜架やセリスさんたちに行ってもらいたい」
「俺達に、ですか……?」
不思議そうに首を傾げるイチカだったが、その横に立って話を聞いていた夜架は直ぐに理解出来た。
「なるほど。主様を始めとした『七竜騎聖』は各国の貴重な戦力、それを使わないにしても未だ信用するに足らない束女氏に付き合わせる訳にはいきませんものね。
そこで束女氏と同じ世界出身であるイチカと、彼と恋人関係にある私たちに白羽の矢が立ったという訳ですわね」
この面々ならディアボロスを倒すほどの実力を持ち合わせている上、イチカは向こう側の世界の常識などを熟知している。最小限で派遣出来る調査部隊として、これほど適した者達はいないだろう。
仮に穴が閉じたとしても最小限の被害で済む、と無礼千万な発言をした執政官もいたようだが、それはリーシャとルクスの一睨みで黙る事となった。
「……それに、夜架たちはイチカと一緒にいたいだろうしね」
「ッ!? な、何を言ってますの、主様? 私は主様にこの骨肉の全てを捧げた身。決してそのような事は……」
「夜架、忠義と恋愛は全く別だよ」
「ふぐッ!? ま、まさか主様に言葉で負けるとは思いませんでしたわ……」
小声で交わされる2人の会話に、苦笑いをしている。
そんな彼等の後ろで、束とレリィは微笑ましく見守っていた。
「これは女王直々の命令って訳じゃないから、一応断る事も出来る。僕も、出来る事なら7人が危険な目にあう可能性は低い方が良いから……」
「主」
不安と苦悩の交じった表情を浮かべるルクスだったが、イチカはそれを止める。
その顔は優美に微笑んでおり、主への敬意を示すように左手を胸に当てていた。
「主が俺を『イチカ・エインフォルク・ラルグリス』の名で呼んだ時から、その言葉こそ新しき洗礼にして忠義の証。主が俺達の身を案じてくれるのは嬉しいですが、もっと俺達を信じて下さい」
「一夏の言う通り、私共は主様が思うほど弱くはありません。主様が命令をくだされば、私共はそれを遂行し―――そして必ず主様の前に戻る事を誓いますわ」
「さぁ、ご命令を。我が主」
世界には日々何らかの理由で苦しむ人々がいて、ルクスはその全てを救いたいと思っている。だが、彼等は己の身を以て示してくれた。
自分達のいるこの世は決して脆くはなく、どんな逆境にも立ち向かえる強さを人間は持っているのだと。
故にルクスは、自分をここまで思ってくれている忠臣を信じる事に決めた。
「イチカ、夜架、みんなも任せたよ」
その一言で十分だった。イチカ達はその場に膝を突き頭を垂れる。
「YES.主の想いのままに」
「―――承りましたわ、主様」
「セリス、君たちはついてきてくれますか?」
「「「「「もちろんです!!」」」」」
ようやく肌寒い冬が終わり、陽気な風が吹き抜ける春を迎えた事で、緑の美しい草木が芽を出し始める。朝早く目が覚めても布団から出るのに長い時間を要する事はなくなった。
だが、人々を自然と眠りから抜け出させる朝陽が庭を照らす中、そんな雰囲気とは無縁の者達がいた。
「はっ!」
受け止めた側である学園の制服を着た、左右非対称の蒼と紫の瞳を持つ黒髪の少女はその反動を利用して後退。そして背後に植えられていた樹木の幹を足場にして跳躍し、逆に斬りつけにかかった。
対する同じ制服を着た少年は柔道における受け身に似た動作でそれを回避し、返す刀で宙を舞う少女の胴体に蹴りを放つ。
だが、その奇襲さえも笑いながら少女は腕で防ぎ、隙のない可憐な動作で着地してみせた。
「ふふっ、また腕を上げようですわね。師匠冥利に尽きますわ」
「全部防いでおいてよく言いますよ。自信なくしそうです」
「悲観する事はありませんわ。流石に、その歳で特級階層
を得ているだけはありますもの」
そんな言葉を紡いでいる間も、2人の放つ剣戟は決して止む事がない。
時に顔面に向けて放たれた突きを背中を弓なりに反らす事で躱し、サマーソルトの要領で顔面に蹴りを叩き込む。
時に斬りつけた直後の膠着した一瞬に振るわれた木剣を蹴り飛ばし、腰の捻りを利用して自分の武器を横に一閃する。互いの腕で、脚で相手の武器を一瞬弾いた後、その意識を刈り取るべく恐ろしい勢いで振るい―――ボギッ! と嫌な音と共に木剣の中程が折れた。
「あら、また折れてしまいましたわね。これで何本目になるのでしょうか?」
「確か96本だったかな。100本を超えたらまたお祝いでもします?」
「お2人は木刀を破壊する度にお祝いでもしてるんですか」
新たに割って入った声のした方向に視線を向けると、其処には2人にとって見覚えのある少女達がいた。
一人はアイリ・アーカディア。その名の通り旧帝国の皇族の生き残りであり、ルクスの実妹に当たる。
その後ろに控えているのはノクト・リーフレット。従者の一族であり、アイリのルームメイトであると同時に彼女の従者を務めている。俺の恋人でもある。
「アイリ様、ノクト。おはようございます」
「その呼び方は止めてください、イチカ。もっと気さくに接してくれて良いですから」
「いえ。主から自分が卒業した後は、アイリ様の事をよろしくと言われていますので」
絶対に意味を履き違えてますよね……? とアイリは地面の上で少女と共に膝を突く少年に呆れてしまう。
今まで凄まじい攻防を繰り広げていた少年は、嘗て異世界から来訪した存在―――"織斑"を捨て、現在はイチカ・エインフォルク・ラルグリスと名乗る少年だった。
切姫夜架たち神装機竜持ちを師と仰ぎ、彼女と共に昨年この学園を卒業したルクスに仕えている。
「それでお2人共、こんな朝早くにどうされましたか? まさか、私達の朝の鍛練を見学しに来た訳ではないでしょう?」
まだ授業が始まるまでには余裕があるが、それまでの時間を何が悲しくて汗臭い光景を見る事に割かなければならないのか。
当然そんなはずもなく、夜架の質問にノクトは首を縦に振る事で答えた。
「Yes. 実は先程起きた時、窓からルクスさんたちがやってくるのを見ました」
「声を掛けてみたら、これから学園長に会いにいくと……って早ッ!? 兄さんの名前が出た途端に走り出した!?」
出入口すら使わずに窓から学園内に入り、『廊下は走らず』という常識すら無視して2人は廊下を駆けていく。
その凄まじい速度を見る者がいれば、必ず腰を抜かした事だろう。幸い廊下には誰もいなかった為、誰かと激突するといった被害を出す事もなく、僅か5分足らずで彼等は学園長室の前に辿り着いた。
急いで着崩れした服を正し、互いにそれで大丈夫だろうかと確認し合った後、イチカは扉をノックした。
「失礼します。1年のイチカ・エインフォルク・ラルグリスです」
「3年の切姫夜架ですわ」
『あら、丁度良かった。入っていいわよ、2人共』
学園長のレリィの了承の言葉を聞き、イチカは扉に手を掛ける。
絶対の忠誠を誓う主が、彼の卒業後は片手で数える程度しか会えなかった主がこの先に。
そんな期待と昂揚感と共に扉を開け放ち、
「いっくぅぅぅぅぅん!! ひっさしぶ―――……!!」
バタン! と一秒と掛けずに扉を閉めた。
直後に『ぐぴッ!?』という間抜けな声と凄まじい激突音が聞こえたが、イチカの知った事ではない。
「……イチカ、今機械で出来た兎の耳を付けた女性の姿が見えたように思えるのですが」
「幻覚です。疲れてるんですよ、師匠」
「『いっくん』と貴方を呼んでいたように思えるのですが」
「幻聴です。マズいですね。師匠、直ぐに医務室に行きましょう」
問題ありませんわ、と頭を抱えながら提案したイチカを横に退け、夜架は再び扉に手を掛ける。
今度は中を覗くようにゆっくりと開けていくと、
「酷いよ、いっくん! 感動の再会だっていうのにこんな―――……!!」
ドゴン!! と扉に向けて一切容赦のない蹴りを入れ、強制的に扉を閉めるイチカ。
『げぶぅッ!?』と蛙が踏み潰されたような声が中から聞こえたが、やはり彼は素知らぬ顔を決め込んでいた。
「……イチカ、間違いなく彼女は貴方の事を呼んでいたようですけど」
「『イッくぅぅぅッ!』という絶頂の言葉と聞き間違えたんですよ、きっと」
「完全に彼女は貴方の顔を見て『いっくん』と呼んでいたと思いますわ」
「人違いです。『い』が付く名前の人なんて世界中にいますよ」
「いえ、ですが……」
「いい加減にしてください、師匠! 名指しされた本人が違うって言ってるんだから違うって事で良いでしょ!」
「今認めましたわよね?」
そこまで言われて遂に観念したのか、イチカは再び重厚な造りの扉を開ける。
やはりというべきか、其処には機械のウサ耳が装着されたカチューシャを付けた、胸元が開いた意匠のエプロンドレスを着る女性がいた。
あまりにも浮世離れした独特のファッションを好む女性の姿を見て、イチカは頭が痛くなるのを感じた。
「やっと顔を見せてくれたね、いっくん! さぁ、再会を祝してハグハグしようよ~!」
「色々と言いたい事はあるけどまずは其処を退いてください、束さん。主の顔が見えませんから」
「2年ぶりの再会より一ヶ月ぶりの再会を優先された!?」
わざとらしく顔に影まで作って打ち震える人物の正体は、篠ノ之束。イチカが産まれた世界で天災と呼ばれている科学者であり、ISを世に放った張本人である。
当然です、とそんな彼女を無視して夜架と共に室内に入る一夏。そこでようやく目的の人物の姿を見付けた。
旧帝国の皇族を示す銀髪に、下手をすると少女と見間違う顔立ち。椅子に腰掛けるレリィの隣に立つその人物は、
「―――久しぶりだね、夜架。イチカ」
彼等が生涯かけて仕える事を決めた青年―――ルクス・アーカディアと愛する恋人たちだった。
「はい。久しぶりです主さま。それとみんな」
「主様も、御壮健で何よりですわ」
「そんなに畏まらないでよ……って、あれ? イチカは何で涙ぐんでるの?」
「いえ、主から射している後光が眩しくて……」
「出てないよ!? 僕からそんなの出てないからね!?」
恭しくその場に膝を突く2人の動作、特に行き過ぎな気もするイチカの態度にルクスは流石に狼狽えてしまう。
自分の従者になると宣言した頃から驚くほど高い忠誠心を示していたが、一ヶ月ほど会わなかっただけでこうなるとは思わなかった。
「ですが、主様も意地悪ですわ。先にご一報下さればお迎えにあがりましたのに」
「うん。最初は出迎えは抜きにしても、連絡ぐらいはしようかと思ってたんでけど……要件を書いたらイチカは逃げそうだったから」
「それはもしかしなくても、この兎の事ですか? っというか、何でこの人が此処にいるんですか?」
チラリ、とイチカは跪いている自分に纏わり付く束に視線を向けた。
「いやー、実は二ヶ月くらい前だったかな? 私のラボに変な黒い穴が出来ちゃってね。試しに首だけ入れてみたら、な・な・な・何と其処に広がっていたのは完全無欠に異世界!!
こりゃあ研究しない訳にはいかないと思ってその穴を維持する為の装置を作って、一週間くらい前に束さんはこっちにやってきたのだー!」
「補足説明すると、彼女が現れたのは王城でね。衛兵相手に暴れてた彼女を僕が捕まえた後、君の知り合いだって事が分かって連れてきたんだ」
なるほど、と頭を抱えながら合点が言ったというようにイチカは頷く。
『天災』と称されるほどの頭脳を持つ彼女なら、彼も通った異世界を繋ぐ穴を維持出来る装置を造れたとしても不思議ではない。加えて王城の衛兵が相手にならない状況なら、リーズシャルテ直属の騎士であるルクスや実力者の恋人たちが侵入者捕縛に向かわない訳にいかないだろう。
「さて、じゃあ感動の再会は済んだので帰ってください。それとも此処の窓から蹴り落とした方が早いでしょうか?」
「冷たい!? 感動の再会って言っておきながら滅茶苦茶冷たいよ、いっくん!?」
「当然だ。……貴方が作ったISさえなければ、俺は俺の存在を否定されずに済んだかもしれないんだから」
彼女がISを生み出した目的こそ共感出来るが、その存在が原因の一端となって迫害されてきたのは間違いない。嘗ての家族もそうだが、彼女もまたイチカの憎悪の対象に含まれている。
下手をすれば、今にも抜剣しかねないほどの殺意が充満する。だが、そこで意外にもルクスが束に助け船を出した。
「落ち着いて、イチカ。彼女はもう分かってるから」
「主……?」
「それは不許可ですよイチカ抑えてください」
「セリスまで……」
「ルーくんに捕まって牢屋に入れられた時、色々話したんだ。私がISを開発した時の事や白騎士事件の事、今のいっくんの事、ルーくんがこの国で起こしたクーデターの事も話したよ。
私もルーくんも、始まりは同じようなものだった。けど、世界の事をちっとも分かってなかったから、私達は理想を叶えられなかった……」
末席の皇族という事でルクスは家族からも国民からも迫害されてきた。それでも国を、人々を救いたいと思い、帝国を滅ぼす覚悟を決めた。
世界最高を誇る頭脳を持つ束は家族からも周囲からも気味悪がられてきた。そんな中で大いなる宇宙への夢を抱いた彼女は、誰もがそこに向かえる力を作り出した。
だが、片方は己を『悪』と称したフギル・アーカディアにより、片方は腐り切った政府の思惑により、彼等の理想が叶う事はなかった。
「私はそんな世界を見限ったのに、ルーくんは『助けたい』って気持ちを捨てずに今でも戦ってる。それが分かったら、都合の良い話だけど私も『また夢を叶えたいなぁ』って思ったんだよ」
そう言った束の顔は、今までに見た事がないほどに輝いていた。
容易く信じる事は出来ないイチカだったが、共に誰かの為を思って力を手にした者同士、何か通じるものがあった事だけは理解した。
「……その点に関しては、長い目で見させてもらいますよ」
「うん、取り敢えず円満に纏まったようで良かったわ。それじゃ、そろそろ本題に入りましょうか」
軽い溜め息を吐くイチカの前で、レリィは笑顔でそう続けた。
「本題? 彼女とイチカを合わせるだけではなかったんですの?」
「ええ。こう言うのは悪いけど2人の事はついで。本題は……私達とイチカ君の世界に関わる重要な事」
彼女は執務机の上に、それなりの大きさがある一枚の用紙を広げる。
それはアティスマータ新王国を始めとした近隣諸国が記された地図だった。その上には至る所に黒点が描かれている。
「実はイチカ君と束さんが通ってきた黒い穴……王家の上層部が便宜上空洞と呼んでるこれは、今お互いの世界中で不規則に発生してるのよ。しかも……」
「その穴を通って怪物……幻神獣だっけ? そいつ等が私達の世界に来てるみたいなんだよ」
幻神獣。それは十余年前に機竜が発見された遺跡から時折現れるようになった、謎の幻獣。種類は無数にあり、見つけた人間や動物を容赦なく襲う。
確かに遺跡の付近以外でも偶に見かけるが、それが本当に自分の産まれた世界に? とイチカが疑っていると、『これが証拠ね!』と言って束が地図の上に数枚の写真をばら撒いた。
一枚一枚確認してみると、ガーゴイルやゴーレム、終いには小都市を滅ぼすほどの力を有するディアボロスまで写っていた。
「今はたま~にその姿が見られてるだけで被害はないから、ネッシーみたいにUMA扱いされてるけどね。
まぁ、肉食動物みたいに攻撃してきた奴等を襲うみたいだから、こっちから仕掛けない限り何もないかもしれないけど……何時までも大人しくしてるとも思えないね」
「僕達の世界の怪物が他の世界に迷惑を掛けるかもしれない現状に、女王もリーシャ様も胸を痛めてる。
そこで『七竜騎聖』とまではいかないけど、束さんが通ってきた穴を使って幻神獣討伐部隊を派遣する事が決まったんだ。そして、その先遣隊として……イチカと夜架やセリスさんたちに行ってもらいたい」
「俺達に、ですか……?」
不思議そうに首を傾げるイチカだったが、その横に立って話を聞いていた夜架は直ぐに理解出来た。
「なるほど。主様を始めとした『七竜騎聖』は各国の貴重な戦力、それを使わないにしても未だ信用するに足らない束女氏に付き合わせる訳にはいきませんものね。
そこで束女氏と同じ世界出身であるイチカと、彼と恋人関係にある私たちに白羽の矢が立ったという訳ですわね」
この面々ならディアボロスを倒すほどの実力を持ち合わせている上、イチカは向こう側の世界の常識などを熟知している。最小限で派遣出来る調査部隊として、これほど適した者達はいないだろう。
仮に穴が閉じたとしても最小限の被害で済む、と無礼千万な発言をした執政官もいたようだが、それはリーシャとルクスの一睨みで黙る事となった。
「……それに、夜架たちはイチカと一緒にいたいだろうしね」
「ッ!? な、何を言ってますの、主様? 私は主様にこの骨肉の全てを捧げた身。決してそのような事は……」
「夜架、忠義と恋愛は全く別だよ」
「ふぐッ!? ま、まさか主様に言葉で負けるとは思いませんでしたわ……」
小声で交わされる2人の会話に、苦笑いをしている。
そんな彼等の後ろで、束とレリィは微笑ましく見守っていた。
「これは女王直々の命令って訳じゃないから、一応断る事も出来る。僕も、出来る事なら7人が危険な目にあう可能性は低い方が良いから……」
「主」
不安と苦悩の交じった表情を浮かべるルクスだったが、イチカはそれを止める。
その顔は優美に微笑んでおり、主への敬意を示すように左手を胸に当てていた。
「主が俺を『イチカ・エインフォルク・ラルグリス』の名で呼んだ時から、その言葉こそ新しき洗礼にして忠義の証。主が俺達の身を案じてくれるのは嬉しいですが、もっと俺達を信じて下さい」
「一夏の言う通り、私共は主様が思うほど弱くはありません。主様が命令をくだされば、私共はそれを遂行し―――そして必ず主様の前に戻る事を誓いますわ」
「さぁ、ご命令を。我が主」
世界には日々何らかの理由で苦しむ人々がいて、ルクスはその全てを救いたいと思っている。だが、彼等は己の身を以て示してくれた。
自分達のいるこの世は決して脆くはなく、どんな逆境にも立ち向かえる強さを人間は持っているのだと。
故にルクスは、自分をここまで思ってくれている忠臣を信じる事に決めた。
「イチカ、夜架、みんなも任せたよ」
その一言で十分だった。イチカ達はその場に膝を突き頭を垂れる。
「YES.主の想いのままに」
「―――承りましたわ、主様」
「セリス、君たちはついてきてくれますか?」
「「「「「もちろんです!!」」」」」
あーやっぱりしんどいです。これからも頑張ります。