競技スポーツでは、一部の競技者が優位性を引き出す物質を常に求める。これは今に始まったことではない。古代ギリシャでは、競技者は対戦時の強さを高める目的で興奮剤を使用した。しかし、今日、スポーツは世界の観衆の関心や多額の賞金を集めるようになり、薬物の使用規則をゆがめたり破ったりしたいという欲求が広がりつつあるように見える。このことで、多くのスポーツイベントに対する人々の信頼が損なわれる恐れがある。
この傾向での最新事例がマリア・シャラポワ選手のドーピング発覚だ。過去10年間、この28歳のロシア人テニス選手は、その疑いようのない才能や世界最高額をかせいだ女性競技者として称賛を浴びてきた。1月の全豪オープンのドーピング検査で陽性反応が出たことから、禁止薬物の「メルドニウム」を使用したとして長期の活動停止処分を受ける可能性がある。
薬物使用禁止を求める議論を退けるのは難しい。世界反ドーピング機関(WADA)は2016年の初めからメルドニウムの使用を禁止した。また、この薬物は同選手が住む米国では合法的に入手できない。シャラポワ選手は、処分の軽減を求め、この薬物が禁止リストに追加されたことを知らなかったと述べた。多くのトップクラスのテニス選手と同様に同選手のサポートチームはかなりの人数からなり、その電子メールでの通知を見ているはずだと考えると、これを信じるのは難しい。
シャラポワ選手の事例はより広い視野で見るべきだ。これは陸上競技から自転車まで、多くの競技の評価を損なってきた一連の不正な薬物使用に続くものだ。陸上選手団全員が今夏のリオデジャネイロ五輪への出場を禁止される可能性のあるロシアのスポーツにとってはさらなる打撃だ。世界の反ドーピング組織の有効性や、不正行為の流れを断ち切るのに十分な対応がとられているかについて、疑問がわき起こる可能性がある。
シャラポワ選手のドーピング発覚は、薬物使用に対するスポーツ界の姿勢が厳しくなるという歓迎すべき結果をもたらした。ナイキ、タグ・ホイヤー、ポルシェなど、同選手の複数のスポンサーがすぐさま契約を一時停止した。国際サッカー連盟(FIFA)の長期的な汚職や統治の問題が持ち上がってから、スポーツでの不正の疑惑に対して企業は寛容でなくなってきたように見える。
■WADA予算、シャラポワ選手の広告収入と同額
しかし、世界の反ドーピング組織が必要な影響力を欠いているとも言える。薬物使用の防止が叫ばれるものの、規制回避のための新たな不正手段を見つける競技者にWADAが対応するのは難しい。例えばメルドニウムは、1月に禁止されるまではロシア人選手の17%が使用していたとする調査がある。
WADAができることは限られている。WADAは禁止する薬物を決定する責任を負っているかもしれない。しかし、その年間予算はわずか2000万ドル――シャラポワ選手の昨年の広告収入とほぼ同額――であり、取り締まりや執行の多くを、トップスターが関与するスキャンダルを最小限に抑えるためにできることは何でもするという利害関係を持つ各国のスポーツ組織に委任せざるを得ない。薬物防止の信頼性を高めるには、競技者への調査と適用する罰則の両方への関与を強め、WADAの権限と独立性を強化する必要がある。
今夏のオリンピックは、うまくいけば、世界的なスポーツイベントが何十億もの人に喜びをもたらすことを再び証明するだろう。しかし、世界のスポーツを運営する指導者や組織は自己満足に浸ってはいられない。競技を観戦して得られる興奮の多くは、結果が分からないことから生まれるのだ。結果が決まっていると思いはじめれば、観衆は一斉に背を向けるだろう。
(2016年3月14日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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