変わり続ける街・原宿のキーパーソンが、この場所への想いと“これからの原宿”を語る連載「原宿未来予想図」。
第二回目はこの春、渋谷区長に初就任された長谷部健さんに話を伺った。表参道生まれ、表参道育ちで、これまでの感謝を込めて渋谷の街をアップデートさせ続けている長谷部さん。オリンピックを前に“ダイバーシティ”を掲げ、生まれ変わろうとしている渋谷区、そして原宿について思いのたけを聞かせてもらった。
Vol.2 長谷部 健(渋谷区長)
「広告代理店時代を生かした、
街のプロデューサーとしての政治家像。」
渋谷区神宮前で生まれ育ち(小中学校も原宿)、博報堂に入社。地元に恩返しがしたいと考え、宮下公園のリニューアル、子供が「自分の責任で自由に遊ぶ」をテーマにした渋谷はるのおがわプレーパークの開園、おそうじボランティアNPO法人greenbirdの全国展開、シブヤ大学の設立ほかさまざまな取り組みを行ってきた。2006年にそれまで休止されていた、表参道のイルミネーションを復活させたのも実は長谷部さんである。
2015年春の渋谷区長選挙にて、前区長である桑原敏武氏の推薦を受け立候補。オリンピック開催を前に渋谷のダイバーシティ化を訴えた。今年大きく話題となった「LGBT パートナーシップ条例」もそのうちのひとつ。LGBTパートナーシップ条例とは、同性カップルに”結婚に相当する関係を認める証明書”を発行することが盛り込まれた条例。これまでは同性どうしのカップルであることを理由に、部屋を借りることができなかったり、生活のためのサービスを受けることができなかったというケースもあった。しかしそれらの問題も、この条例により改善されていく見込みだ。これらの取り組みの結果、政党の支援・推薦を受けなかったにもかかわらず、主要政党からの全力バックアップを受けていたほかの候補者をしりぞけ、有権者から圧倒的な支持を得て当選した。
ー議員になろうと思ったのは、街への恩返しの気持ちから
長谷部:僕、子供の頃はいたずらや悪いことをして怒られるような、やんちゃな子だったんですよ。今となっては、迷惑かけてすみませんって思っています…。この街で生まれ育ったことで、得していることばっかりっていう感じですね。この街を意識しだしたのは、中学生くらいの頃からです。小学生の頃は何も分かっていなくて、家の近所がテレビドラマの舞台になったりニュースに出たりすることが普通のことだと思っていました。もちろん「神宮前」っていう名前の価値も知らなかったから、通っていた原宿中(現渋谷区立外苑原宿中学校)の部活で使うハチマキを盗まれたり、学校名を伝えると「遊びに行きたい!」って言われたりしたのが続いてようやく気づきだしました。ファッションや音楽、当時流行っていた渋谷系なんてカルチャーもあたり前のものとして身近にあって。チーマーとかギャルとかもそうです。面白い大人もいっぱいいて、本当にこの場所にいて良かったな、得していることばっかりだなって感じています。
議員になろうと思ったのは、街への恩返しの気持ちがまずベースとしてあります。そのうえで「ここに生まれ育ったってことはアドバンテージを持っているじゃん! 」と気づいて。政治家はよく「地元の意見をまとめるのが大変」だと言うけれど、僕はもともとネットワークというか地元であるというメリットがすでにあったわけです。
ー渋谷区で政治をするってことは、渋谷や表参道をプロデュースするってこと
もともとは博報堂に勤め、タワーレコードなど多くの大手クライアントを相手に企画を立案し、実現させてきた長谷部さん。なぜ、あえて政治家になろうと考えたのだろうか。
長谷部:最初は、区議会議員の話もずっと断っていましたよ。だって博報堂でクリエイティブに関わっているほうが楽しいと思っていたし、合コンに行って博報堂と区議会議員の名刺を出したら、絶対博報堂のほうがモテるでしょう?(笑)。だから当時は政治家という職業を、それだけかっこ悪いものだと思っていました。だけど、ちょうどその頃は会社から独立し、プロデューサーとしていろいろやっていきたいと考えていた時期で。ふと「渋谷で政治をするってことは、渋谷や表参道のプロデュースをするってことじゃないか」と気づいたんです。そこからちょっといいかもなと考え出した。それは広告代理店にいることと何も変わらないし、メディア発信力のあるこの街で何か情報を発信していくことは、博報堂に入社した時の志望動機にも非常に重なります。
たとえば、以前は街を清掃するボランティアは特に「まじめな人がするもの」「意識が高い人がするもの」というイメージがありました。だからおそうじボランティアのgreenbirdも、もっと普通の人がカジュアルに参加できればいいと思って作ったものです。(greenbirdは『きれいな街は、ひとの心もきれいにする』をコンセプトに、原宿表参道で誕生。今では海外にまでチームが広がっている。「ゴミのポイ捨てかっこ悪いぜ。」っていう標語がボランティアっぽくなくてかっこいい!)
▲グリーンバードの活動は全国に広がりを見せている。こちらは渋谷チームのみなさん
子供が遊べるようないろんな公園を造ったりすることも、広告作品を作るのとはまた別なのだけれど、以前と同じように企画を作っているという感じです。ターゲットが渋谷区民に変わって、クライアントが区役所になって、そこに話を持って行って企画を提案しているという気分かな。
《連載》原宿未来予想図 Vol.2 長谷部 健(渋谷区長)後編(次回9月18日up)へ続く
■長谷部健(はせべけん)
渋谷区長。1972年東京都渋谷区生まれ。大学卒業後、株式会社博報堂に入社。JT、TOWER RECORDなどを担当し、2002年に博報堂を退社。その後、ゴミ問題に関するNPO法人グリーンバードを設立。原宿・表参道から始まり国内外70ヵ所以上で、ゴミのポイ捨て対策プロモーション活動を実施。2003年4月、渋谷区議会議員選挙でトップ当選を果たし、計3期区議をつとめ現在に至る。グリーンバードのほかに宮下公園のリニューアル、子供が「自分の責任で自由に遊ぶ」をテーマにした渋谷はるの小川プレーパークの開園、シブヤ大学の設立などもこれまでに実施している。
インタビュー/大崎安芸路、文/小松田久美、撮影/田形千紘(人物)