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三百四十一日目~三百五十日目
“三百四十一日目”
水平線の彼方から太陽が昇る光景を、黄金の酒杯を片手に持ちながら椅子に座って観賞する。
たまにはこうして朝にゆっくりするのも悪くない。
肉体的疲労は回復力の高さもあって既に無いが、精神的疲労はまだ残っている。
普段よりもやや活気を失っている、と言えばいいだろうか。
何となく気怠さがあり、動作もゆっくりとしたものになりがちだ。
ぼう、と太陽が昇ってもしばし眺める。
ちょっと眩しいが、【極光耐性】があるからか、普通に見つめ続けられた。
ある程度気力が充填できたところで切り上げる。
【聖戦】を終えて暫くダラダラと堕落したい、という欲求が沸き立つが、何事も後始末が肝心だ。
ゆっくりと拠点の温泉に浸かって蕩ける前に、これから色々と動く必要がある。
ハッキリ言って、これから来るのは戦乱の時代になるだろう。
強大な【救聖】を失った事も大きいが、何より【英勇】という大戦力の大半をほぼ失った事で、広大な国土の防衛が事実上不可能になった聖王国。
属国のような関係から聖王国の要請を断る事ができずに派遣し、しかし何ら益を得ずに貴重な【英勇】をただ失った――腐勇は生きているが――事で、今後不満や不安が蓄積されていくのは目に見えている小国群。
【帝王】とそれに付き従った【将】や優秀な精鋭達を失っただけでなく、次代の新たな【帝王】達が国を完全に掌握するまで大小様々な混乱が続くと簡単に予想できる魔帝国と獣王国。
また帝国も雲勇を始めとする【英勇】の半分を失った事で、戦力の損耗は無視できるレベルではない。
そうした各国の戦力低下を機にこれまでの国際関係は変動するだろうし、何より遠方の国々が浮いた聖王国の土地を切り取ろうと画策するのは目に見えていた。
聖王国にはまだ【聖王】達が居るので容易く崩壊する事はないだろうが、今まで苛烈に他国を攻め、支配してきた歴史がある。
各地には恨みを持つ者達も多いだろうし、併合してきた土地は分裂して新しい国が出来るかもしれない。元々戦火の土壌は出来上がっていたのだ。
今回の【聖戦】の一件は、それを刺激した事になる。
欲望と暴力が振りまかれる乱世。
ヒタヒタとその足音は静かに、しかし確実に聞こえている。
乱れていた方が俺にとっては何かと都合がいいし、もしかしたらそれを切っ掛けに新しい【英勇】が誕生する事も期待できる。
などと思うが、しかし暗躍する前に、まずは宴会の後始末が優先だろう。
太陽を眺める為に座っていた椅子から立ち上がり、周囲を見ると、大量の泥酔者達が何とも情けない姿で転がっていた。
【聖戦】で減ったとはいえ、今回の大宴会に参加したのは約二千名。
少量の酒もダメな下戸が居ない事も無いが、大半は大食漢であり、かつ酒を水のように飲む鬼種である。
また巨体故に一度に飲む量の基準が違っていたり、竜人のラムラさんなどウワバミはそれなりにいるので、今回消費された酒と料理はかなりの量になっていた。
幸い、料理の材料は山の如き“龍王”と“竜帝”を筆頭に大量にあった。足りなければ【鬼神の尊き海鮮食洞】に【鬼哭門】で移動し、適当に集めればいいだけだ。
ただ問題は酒である。
約二千名分も用意するとなると、それはもう大量の酒が必要になる。しかも一人一人の飲む量は半端ではない訳だが、流石にこの人数が満足するような規模となると、酒を大量に貯蔵している俺でもちと厳しい。
これまでは皆が迷宮に潜ったり、あるいは買ったりして集めて溜めに溜めた酒を放出してきたのだが、【聖戦】に備えての前夜祭などちょくちょく宴会をした事もあって、貯蔵酒は少なくなっていたのだ。
この宴会くらいは保ったかもしれないが、保っただけで満足いく量だったかは微妙なところ。
もしかしたら合間合間に補充する必要があったかもしれない。
しかし無事に【詩篇】を完遂し、その褒美として手に入れた三種の鬼酒はその問題を解消してくれた。
三種の鬼酒は、味は先に手に入れた鬼酒よりも若干劣るものの、時間経過で減っていても補充される能力は同じであり、また俺がすっぽりと収まる大樽に入っているので量がある。
つまり延々と飲める大量の美酒が供給され続ける、と言う事だ。
これはいい、と鬼酒を並べてどんちゃん騒ぎ。
酔っぱらって乱闘などもあったが、種族に関係なく笑いあい、酒を飲み交わし、そして逝った仲間を偲んで泣き、また酒を飲んで笑っていた。
そんな宴会も朝方になれば落ち着いてくるのだが、その結果がこの泥酔者達の山である。
【聖戦】を経験し、永遠の別れの悲しみを飲んで受け入れ乗り越えるある種の儀式にも近かったとはいえ、限界を超えて飲むのは正直どうかと思う。
酒に強い奴等すらダウンする程の暴飲暴食。嘔吐物など汚い諸々が様々な場所で見受けられた。酒の匂いに混じり、少々ツンとする臭いが混じっている。
はあ、と溜息を一つ。
とりあえず、セイ冶くんにお願いして泥酔状態から回復させるようにお願いした。
セイ冶くんはにこやかに了承し、暖かい白い光を放つ。すると泥酔状態から回復したらしく、団員達は順次起き始め、喰い散らかされた竜肉料理などの数々を片付け始めた。
その様子を見ながら、クイ、と黄金の酒杯に注がれた酒を飲む。
注がれている酒は手に入れたばかりの【鬼酒・銘[鬼神は天に座す]】であり、蒼穹のような色合いが特徴的な辛口の酒である。
最初は爽やかでスッキリと、中盤からは刺激的な引き締まった口当たりがあり、コクのあるキリリとした味わいが楽しめる。
それを、両面をさっと焼いた龍王肉に“紫電ダイコン”のおろしをあえたツマミと共に食べるのは格別だ。
ジュワリ、と噛んだ時に溢れる肉汁。コッテリ濃厚なそれは龍王肉単体だと重すぎるかもしれないが、しかしピリリとした爽快感すらある紫電ダイコンとあえる事で、辛口の酒との相性が抜群だ。
うむ、口内で絡み合う美味は何度食べても飽きがこない。
思わず頰は緩み、酒を運ぶペースを上げていた。
まだまだ喰いたかったが、団員達の介抱もそろそろ終わりそうなので、ぐっと我慢して動く事にした。
まず、団員達をそれぞれの持ち場に帰す事に決めた。
生き残った約二千名の団員達には【聖戦】の前は各地の店舗で働いている者も居れば、大森林の拠点から出てきた者も居る。
現在は【聖戦】に参加していない他の団員達が頑張って仕事を回しているのだが、人数が少なくなった分だけ仕事量は増えている。
コチラは終わったし休息もとれたのだからさっさと帰らし、働いている団員達を休ませてやるべきだろう。準備は手早く終わらせるように命令する。
準備の一環として、土産を持たせる事にした。竜肉の塊など食材がメインだが、三種の鬼酒も樽や瓶に移し替えたモノを用意する。
これでわざわざ集合しなくても、団員全員が楽しめる事だろう。
ただし食べられる量は参加した団員と比べてかなり少ないが、命を賭けた差だと納得してもらうしかない。
ともあれ、帰りも【鬼哭門】を潜って最寄りの迷宮を経由して行く事にしたのだが、今は一度に動くと非常に目立つ時間帯なので小分けし、順次送り出す手はずをさっさと整えた。
それから、とりあえず各国にメッセンジャーとして黒竜を向かわせる。
そして簡潔に勝敗を語り、『素晴らしき戦いであった、それに免じてしばし眠りにつく事にしよう。目覚める時まで、せいぜい平和を堪能するがいい』的な事を宣言させる。
まるで世界を支配せんとする【魔王】――この世界には実際に居るのだが、流石にそこまで野心家ではないようだ――っぽいなと思いつつ、一先ずこんなものでいいだろう。
あれこれ策を弄すよりもシンプルかつ分かりやすいし、相応の混乱があったとしてもそれはそれで色々と好都合だ。
その他にも色々指示を出した後、【鬼哭門】を潜って岩勇の所に向かう事にした。
此度の【聖戦】では、連合軍・同盟軍共に生き残った者の方が少ない。
【救聖】は白砂となり、【帝王】達は配下共々戦死し、大半の【英勇】達は散っていった。
生き残りは、雲勇によって逃がされた雷勇一行、アイ腐ちゃんと意気投合するなどして今回最も上手く【聖戦】を乗り越えた腐勇一行、俺によって既に取り込まれている飯勇一行、そして事前に結ばれた秘密協定により【鬼哭の賭場】で遊んでいた岩勇一行だけである。
この四人の【英勇】達の中で、岩勇は圧倒的に情報量が少ない。
一応壊滅した事は連絡しているのだが、詳細は説明が面倒だったので教えていないからだ。
しかしそれだと、少し困る事になる。茶番ではあるが、岩勇には帰国した際に事の顛末を説明する義務がある。
俺との関係を疑われて各国から追求される可能性は高いのだから、知っておくべき事は多い。
そんな訳で詳しい説明ついでに【鬼哭門】を潜って迎えに来てみれば、以前復讐者も参加した戦闘系の賭けが行われている闘技場にて、岩勇を発見した。
だがここに送ってきた当初とは異なり、岩勇の姿はガラリと変わっていた。
灰色の岩鉄で作られた仮面によって顔を隠し、屈強な肉体を惜しげもなく晒すブーメランパンツ姿。それ以外には防具らしい防具もない状態で、岩の塊に棒を突き刺したような岩鉄ハンマーを片手に戦っている。
相手にしていたのは“ブラックドラーゴイル”と呼ばれるゴーレム系のダンジョンモンスターであり、ドラゴンとガーゴイルを掛け合わせたような外見で、表面は黒く染まった石像だった。
戦闘能力自体は見かけほど高くないが、俺の影響か、石像でありながら下手な魔法金属を上回る強度を誇る。
半端な武器では薄らと傷をつけるのが限界で、三メートル程の大きさを誇るブラックドラーゴイルを倒す事は意外と難しい。
挑戦し、敗れた者は数多い。
それだけに倍率は良いし、勝者には相応の報酬が用意されているのだが。
そんなブラックドラーゴイルと岩勇が戦っているのは何故なのか。
何があってこうなったのか、その理由を闘技場の観客席に居る、以前よりも宝石など身の回りが豪勢になっている岩勇の仲間達に聞いてみると、どうやら岩勇が一人でスロットなど色んな賭けをしていると負け続け、資金を得るために身体で稼いでいるそうだ。
一応、武具の類は賭けていないし、能力も失ってはいないらしい。
ギリギリのところで自制が働いているらしいが、真面目だった岩勇が少し堕落している姿に、どこか父親エルフを連想した。
しかし、まだ父親エルフの方が健全だろう。あちらは温泉とマッサージだ。
対して、岩勇は嵌れば何処までも沈む賭博の沼である。
とりあえず、岩勇がこれ以上嵌ってしまわないよう、忠告しておく事にした。
その後、なんやかんやとあって、岩勇を王国に送った。
といっても【鬼哭門】を潜らせ、王国にある【鬼哭水の滝壺】まで移動させただけなので、手間は無い。既に向こうには骸骨蜘蛛という移動手段を用意させていたので、数時間後には王国に到着しているだろう。
その際、お転婆姫にお土産を持っていく事も頼んだ。
本当なら俺が持っていけばいいのだろうが、俺が王国内で確認されてしまえば、裏で繋がっている王国も各国の追及に対して言い逃れができなくなる。
ただでさえ怪しいのに、その口実を与えてしまうのはよろしくない。
と言う事で、しばらくの間は各国の追及が王国に向かないようにする為、お転婆姫には直接会う事は無い。だからお土産は少し豪華にしておいた。
その後は雑務をこなし、さっさと寝た。
“三百四十二日目”
既に団員達は各自の仕事場に帰って行ったが、俺やカナ美ちゃんなどの一部は今日もまだ【アンブラッセム・パラべラム号】に留まり、戦後処理に勤しんだ。
参加した団員達の戦果を精査し、それに応じて褒美を分配する。
分体を使った並列処理だけでなく、カナ美ちゃんや赤髪ショートなど事務処理もできるメンバーに手伝ってもらいながらだったので、さほど困る事ではない。
概ね全体的にバランスのとれた決定は出来たと自負しているが、集めた【神器】の扱いは少し困る。
ただアイテムボックスに入れて死蔵するには勿体ないし、一度に喰うのも勿体ない。運用法としては、団員に貸し出す、というのが適切だろうか。
そうすれば戦力の底上げにもなるし、本来の持ち主ではないので完全に【神器】の能力は解放されないとしても、もしかしたら封印されている幾つかは解除できる可能性がある。
試してみないと分からないが、もし仮にそうだった時には、喰う時にはより美味い【神器】を堪能できるという訳だ。
メリットは多々あれど、デメリットは多くない。
あえて欠点を上げるとすれば奪われる可能性がある事や、または貸し出しなので取り上げた時に戦力の低下が起こるくらいだろう。
と言う事で基本的には貸し出す予定だが、誰にどの【神器】を貸し出すのか、というのはやはり迷う。
とりあえず、実際に戦い、見事討ち取った者に所有の優先権はあるだろう。
まあ、その場合は俺が半数以上の【神器】を所有する事になるのだが。
ミノ吉くんなど所有権があるメンバーには話を通し、もし本人達が必要ない、というのならしばらく保管しておいて、別の団員に貸し出せばいいか。
そう思って話してみると、【八陣ノ鬼将】である八鬼のほぼ全員は一応持っておく事にしたようだ。
ただ、この場合は趣味の話に没頭していたアイ腐ちゃんは例外である。友好を深めてはいたが、倒してはいないのだから当然だろう。
そして八鬼以外となると、復讐者と熱鬼くん、赤髪ショートと秋田犬、オーロとトロ重に所有権がある。
復讐者は宿命の怨敵である蟲英を倒したが、その【神器】は不要だそうだ。持っているだけで吐き気がするというのだから、復讐者の思いの重さが窺える。
恋人の仇は討ったとて、まだ色々と気持ちの整理が出来ていないのだろう。
熱鬼くんは自分を奴隷にした狼英を討ち取った証として、所有する事を望んだので許可した。
丁度使う得物が剣と言う事で共通点もあり、有意義に使ってくれるだろう。
円勇と切り結び、血塗れになりながらも最後には首に喰らいついて勝利をもぎ取った赤髪ショートもまた、所有を望んだので許可した。
俺の血肉も定期的に食べているので出会った当初とは次元が違う強さを得ているとはいえ、相手も相応の強さがあった。
全身に傷が無い所は無く、ギリギリで致命傷を回避していたようだが、全く無茶をするなと少し説教をする。
まあ、反省しているので、今回の【神器】の力で今後は気をつけて敵を討伐してもらいたいものである。
面勇をほぼ単独で押さえ、その首を片腕を犠牲にして斬り飛ばした秋田犬もまた、所有する事を望んだので許可した。
すると『これまでよりもより一層、殿の力となるべく精進致します』などと言い、頭を深く下げる。
真っすぐな感情を向けられてむず痒くなるが、悪い気分ではない。
戦闘終了後、叩き潰された肉塊のような片腕はセイ冶くんによって完璧に治療されているようだが、とりあえず問題ないか軽く手合わせをした。
経験を積んだ事で、以前よりも若干強くなっているようで、安心である。
乱戦の中、運良く撃った魔砲の魔弾が止めとなり、鳥英を薙ぎ払ったオーロもまた、当然のように所有する事を望んだので許可した。
試しに使ってみると、周囲に居る鳥類を手足のように使役する事や、鳥が見ている光景を一時的に自分も見られるなど、色々能力があるらしい。
軽く聞いただけでも魔砲を遠距離から撃ち込む際の観測要員として鳥類が使えるのではないだろうか、と思うだけに、オーロが持つのは悪くないだろう。
そして最後であり、オーロと同じく乱戦の中、運良く牛英に止めを刺す事になったトロ重も、他と同じく所有する事を望んだので許可した。
トロ重はミノ吉くんが率いる重武装部隊≪アンガー≫の百人長であり、“巨鬼”特有の巨体を誇る、中々の実力者だ。
ミノ吉くんのように盾を構え、大型武器で戦うスタイルだったので、得物が斧型の【神器】に変更されても、特に問題は無いだろう。
今後に期待である。
さて、終わってみれば殆どが所持する事にしたが、これは当然だろう。
強力なマジックアイテムであり、また強敵を倒した戦利品だ。持っていたいと思うだろうし、使っている武具よりも上等な品なのだから。
概ね予想通りだったのでさほど混乱する事もなく、他はまた戦果に応じて決める事にし、雑務は恙無く終わりを迎えた。
さて、誰が相応しいだろうか。
“三百四十三日目”
早朝、ミノ吉くんが獣王国に誕生した新たな【獣王】に会いたい、と言ってきた。
とりあえず理由を聞いてみると『己とライオネルが、最後に口約束したカラ』だそうだ。その内容は秘密らしくて詳しく教えてくれなかったが、どうしても会う必要があるらしい。
それを聞いて、なるほどと納得した。
あれほど濃密な時間を共有したのだ。
互いに命を賭けて全力で戦った結果、複雑な感情の中に、敬意が生まれたのだろう。
そしてそんな相手の最後の願いは、ぜひとも叶えてやりたいと思うのは当然だ。
ならばその願いを叶えてやるのが心友ではなかろうか。
会ってどうするのか聞いてみたいと思いつつ、その感情をグッと押さえて行動に移す。
まず、会う為の場を整えるのには準備が必要だ。
何せ、現在の新【獣王】アースティは多忙である。
ミノ吉くんが死闘の末見事討ち取った前【獣王】ライオネルの愛娘にして、【獣牙将】で最も強かった【地虎牙将】だったアースティは、【帝王詩篇】の能力の一つである【帝王継承】によって新しい【獣王】と成った。
しかし、ハイそうですかと納得していない者も獣王国には存在している。あるいは、自分が成り上がるチャンスだとばかりに動く者など、潜り込ませた分体経由で確認できた。
国のトップが入れ替わるのだ。大小無数のゴタゴタは免れないだろう。
しかし、統率するのも当初の予想に反し、さほど先の話でもないかもしれない。
元々アースティは実力者として国内に名を轟かせていた。
その実力に嘘偽りが無い事は、獣王国の中枢の者ほどその肉体に叩き込まれていたし、叛旗を翻そうにも力で屈伏させられると理解しているので、一部の跳ね返りを叩き潰せばある程度は楽が出来るだろう。
まあ、獣王国を豊かにする政策を発案するなどの政治力は未知数だが、それは今は関係ないので横に置いておくとして。
ミノ吉くんの会いたい、という願いを叶える為には、裏工作が必要だ。
分体を使ってあれこれしたり、適当に犯罪者に【寄生】させてこれまたあれこれしたり、と色々する。叶えるには、また数日後になるだろう。
ミノ吉くんの頼みの準備がある程度終わり、小休止していると、今度はカナ美ちゃんが魔帝国の新しい【魔帝】に会いたい、と言ってきた。
話を聞いてみると、ミノ吉くんとほぼ同じ理由だった。
その準備も進める事にするのだが、前【魔帝】ヒュルトンの息子にして、以前は【六重将】の第一席である【重白将】だった、アースティと同じく【帝王継承】によって新【魔帝】となったヴァスキアの場合は、アースティと違って少し時間が必要そうだ。
力さえあれば大抵の事案が解決してしまう脳筋な獣王国と違い、魔帝国には純粋な戦闘能力だけでは解決しない事が多い。
利権やら何やら、思惑や欲望が複雑に絡んでいる。長命だった前【魔帝】ヒュルトンの下では隠された様々な事案や企みも、浮き上がってくる事だろう。
まあ、それが普通なのだろうが。
ともかく、カナ美ちゃんはまだ少し待ってもらう必要があるだろう。
その他にも雑事をこなし、さっさと寝た。
“三百四十四日目”
今日もまだ【アンブラッセム・パラべラム号】に滞在しているのだが、早朝の訓練の後、飯勇達を連れて厨房に移動する。
ここの厨房は白い料理人型のダンジョンモンスターが配置されているのだが、一時的に各種ステータスを上昇させる特殊な料理や食材を入手する事も出来る為、ダンジョン内では非常に有用な施設の一つとして知られている。
ここの料理と食材を集中的に狙い、外で転売する事を主な仕事にしている攻略者も居るようだが、それは一先ず置いといて。
今回はその一部を操作し、外からは内部が分からないように用意した個室に俺達は居た。
ここには火力を自在に操作できるコンロ、食材を保存しておける冷蔵庫、肉用や魚用など各種包丁や鍋など、調理器具が充実している。
俺と飯勇パーティ以外には、誰もここには居ない。
別に隠す事でもないのだが、大森林の拠点に帰る前に、やっておかねばならない事がある。
そう、討ち取った大量の【英勇】達の死体を調理する事だ。
前【獣王】ライオネルと前【魔帝】ヒュルトンも調理する必要があるかもしれないが、まずは大量にあるコチラを処理する方がいいだろう。
と言う事で、今日一日は無心で捌き続けた。
飯勇達もかつて仲間だった者達の死体を捌くのは嫌そうだった、と言う事もなく、テキパキと流れるように調理していったのは印象的である。
少し気になったので聞いてみると、生きている時ならともかく、既に死んでいるのだから今更思う事は無い、という事らしい。
凄い割り切りである。
それに白主によって複製されたクローン【英勇】達は腸内に何も無く、非常に綺麗で、綺麗過ぎて、自分達が知る者達ではないのだと理解できてしまうから、とも言っていた。
本物を出すと流石にちょっとだけ思うところはあるようだったが、それでも問題なく調理は進む。
バリバリボリボリ、と摘み食いしつつ、驚異的な速度で調理された品々はアイテムボックスに詰め込んでいく。
今日はそんな下拵えの一日だった。
“三百四十五日目”
適度にクローン【英勇】をツマミながら、【鬼哭神火山】にて単鬼で黙々と黒槍を振るう。
詩篇をクリアした事で手に入れた二本の黒槍――――は俺の【神器】、かとも最初は思ったのだが少し違うらしい。
この黒槍はまだ成長途中というか、【神器】に成る前のマジックアイテム、と言えばいいのだろうか。
使い熟し、何かの条件を満たす事で正式な【神器】となってその真価を発揮する事が出来るようになる、そんな代物だ。
ともあれ、まずは二本の黒槍を使って型を繰り返す。
黒槍はまるで最初からそうであったかのように、よく手に馴染んだ。
手の延長線上のような感覚で扱う事が出来る。重さも重心のバランスも良く、これからの頼れる相棒となるのは間違いないだろう。
少し使ってみただけで、そう確信する事が出来た。
とりあえず、三時間程黙々と訓練を行った。
その後、ミノ吉くん達が相手でも良かったのだが、何となく危ないと感じたので今日は俺に影響されて黒化した竜女帝を相手に実戦形式の訓練を行った。
その結果、黒槍を訓練で使うのは余りにも危険である、と息絶えた黒竜女帝を前にして確信する。
【終焉を招く黒槍】で穿てば、その周囲五メートル程が黒い砂状の何かに変化し。
【根源に至る黒槍】で穿てば、その周囲五メートル程が血液のような赤い液体に変化した。
そんな黒槍によって全身各所を穿たれた黒竜女帝は、頭部以外のほぼ全身が赤黒い泥状になっている。
それは黒い砂が赤い液体と混ざり合った結果であり、試しに掬って啜ってみると、味はそのままで、しかし食感などは滑らかで舌触りが良くなっている。
なるほど、こうした調理法もありだろう。
などと思いつつ、 訓練相手をミノ吉くん達にしなくてよかったと心底思う。
この黒槍は当たれば致命的だ。
黒竜女帝でさえ穿てば抵抗らしい抵抗も許されなかったのだから、例えミノ吉くん達レベルでも危険極まりないだろう。
傷を負わせた段階で砂化か液化してしまう為、手加減はしたくても出来ない。
それにそれ以外にも色んな能力があるようで、とりあえず今日は【鬼哭神火山】を歩き回り、各地のダンジョンモンスターを狩り回る事でより理解を深めていく。
多数のダンジョンモンスター達を赤黒い泥にした後、螺旋火山の底に戻り、銀腕を変形させて右脚を根元から切断する。
切断面はまるで分子結合を断ちきられたかのように滑らかであり、そっと右脚を添えて置けばそれだけで筋肉や神経までくっ付いてしまいそうだ。
実際、試せばそうなるだろうが、とりあえず【無尽なる竜帝の命精】で魔力を消費して右脚を再生させておく。
そして切断した右脚の断面から溢れる血を分体にした後、しばし【鬼神】となった自分の肉体構造を断面から観察する。
ついでに皮膚を切断し、筋肉の繋がりなども確認し、最後には黒槍で突き刺して赤黒い泥に変える。
そしてそれを啜ってみたのだが、正直美味かった。
分かりやすく言えば、【神器】と同等以上の美味である。
これまでにも何度も自分自身を喰ってきたが、以前よりも美味さを増しているのではないだろうか。
ゴクリゴクリと自分だったそれを嚥下しつつ、後で赤髪ショートにも飲ませてやろう。
とりあえず、両脚三セット分の量は確保済みである。
“三百四十六日目”
一先ずやるべき事はやったので、今日は朝からミノ吉くん達主要メンバーと共に大森林に帰還する。
数はカナ美ちゃん達八鬼の他、赤髪ショートや子供達だけと十数名程度にまで減っているので、タツ四朗に乗ってしばし空の旅を楽しんだ。
ちなみに、普通に魔帝国内を飛んだが以前とは違い、魔帝国の兵士達に追跡される事も無かった。
やはり【帝王継承】のゴタゴタが影響しているのだろうか。
適当に飛行型モンスターを撃ち落として回収しつつ、昼過ぎには大森林まで戻って来る事が出来た。
暫く見ない間に以前よりも一層緑が深くなっているようだが、拠点周辺には開発の手が広がっているのが上空からだと良く分かる。
ただし無節操に樹木を伐採するのではなく、自然の地形を最大限に生かしつつも生活しやすいような工夫が窺える構造だ。
通行の邪魔になるような樹木は伐採しているが、一定以上の自然は残され、住みやすい上に守りやすくしている。
かつてはオーク達の≪採掘場≫だった拠点も、今では大森林の中にある街、とでも表現するのが適切な状態になっていた。
順調に拡大していく拠点に満足しつつ、整備した山頂にある≪飛行場≫に着陸する。
長時間の飛行でやや疲れているタツ四朗に龍王肉の塊を与え、鱗で覆われた顔をガシガシと銀腕で削る様に撫でた後、ゴトゴトと音を立てながらやって来た特別仕様の大型骸骨トロッコ――他と区別する為、骸骨列車と次からは表記する――に乗って下へ向かった。
数十名が余裕を持って乗れる骸骨列車は拠点内部に敷かれたレールに沿い、殆ど振動もなく緩やかに進んでいく。
ちなみにレールは以前よりも増え、鉱物資源採取の為に少し離れた山を開拓した新しい施設の一つである≪第一炭鉱≫などにも続いているが、それはさて置き。
帰ってきたのだから拠点の変化を確認する為グルリと一周しても良かったのだが、一先ずは俺達の家に帰る事にした。
造ってから殆ど寝泊まりもしていない家ながら、普段は鍛冶師さん達が暮らしているからか、何となく落ち着く感じがする。
しばらく荷物の整理をしていると、仕事を切り上げてきたのか作業着姿の鍛冶師さんが帰って来た。
その後ろにはエプロン姿の姉妹さん達と、訓練を終えたばかりの女騎士。それから部下の教育をしていたドリアーヌさんと、既に自力で歩き始めただけでなく、簡単な言葉なら理解している次女のニコラを抱いた錬金術師さんが居る。
帰ると事前に連絡していたので、タツ四朗の姿を確認した時点で戻り始めていたそうだ。
わざわざ会いに戻ってきてくれた事は嬉しかったので、今日は他の仕事を忘れ、皆で色んな事を話をしながら屋敷で過ごす事に決めた。
滅多にない機会なので、子供の中で唯一の人間である事で成長速度が他の子よりも遅く、母親である錬金術師さんに育児を任せきりで接触の少ないニコラを胡坐をかいた膝の上に乗せ、プニプニとその柔い頬や手足に触れる。
俺が親である事を忘れられると流石にショックを隠せないのでこうして触れ合っているのだが、ニコラは嫌な顔をせず、それどころか甘えるように身を寄せてきた。
俺の身体にある刺青が興味深いのか、ペタペタと執拗に触ってくるのが印象的だ。
生まれながらにして【職業・紋章術師】を持っているからか、本能的に興味を引かれるのかもしれない。
大きくなれば他の子達と一緒に色んな場所を回ろうなと思いつつ、オーロやアルジェント、鬼若やオプシーといった他の子達とのスキンシップも忘れない。
普段の訓練では厳しく接している分、こうした緩やかな時は甘やかせてやるべきだろう。
今日はアットホームな感じの一日だった。
“三百四十七日目”
朝の訓練を子供達と共にこなした後、カナ美ちゃんと二鬼で拠点を回って行く。
拠点の拡張は日々続けられ、以前よりも充実したモノになっていた。
とはいえ、まだまだ改善の余地は多い。今は日々使いながら、より使いやすいように問題点を見つけていくような段階である。
ある程度回った後、部外者が入らない様に造られた内壁を越え、団員以外のヒト達が集う≪パラベラ温泉郷≫の方へ向かう事にした。
以前ここを利用する為にやって来るのは、エルフ達だけだった。
父親エルフや娘エルフといった、最初は多少の諍いがあったものの今は良き隣人であるエルフ達は、今日も変わらず温泉を堪能し、スロットなど新しく導入したばかりの賭博の沼にドップリと浸かり、オイルマッサージという極楽に蕩けている。
≪パラベラ温泉郷≫は狙い通り、表では近所関係を良好に保つ為の場となり、裏ではミスラルや秘薬といった一部のエルフしか作る事の出来ない品々を安定して確保できる場所となり、順調に成長していた。
そんな≪パラベラ温泉郷≫だが、最近ではエルフ以外にもやって来るヒト達が増え始めている。
それは主に王国や帝国といった国などとは繋がりの薄い各地を流浪する獣人の少数部族や、大森林内部でも離れた場所で暮らしていた亜人達である。
あまり情報が拡散されるのはよろしくないのだが、現在では拠点の防衛も万全であり、かつ各地に拠点を用意できるので、昔ほど徹底した情報規制はしていない。
一応分体を潜ませているので“草”の類については警戒しているし、問題が出れば実力行使で解決する予定だが、今のところ問題は出ていない。
ともあれ、こうした変化はチラホラとある。
ある程度見回り、ゆっくりと温泉に向かった。
今日ものんびりと過ごし、英気を養うのだった。
“三百四十八日目”
聖王国の辺境や周辺国が徐々にキナ臭くなり始めている。
『聖戦にて【英勇】敗れる』の衝撃が駆け抜け、その混乱の中闇に潜んでいた一派が蠕動を始めたのだ。
などと表現してみるが、まだまだ大火になるには時間が必要だろう。今は小さな種火が灯った、と思えばいい
聖王国の事はさて置き、今日は朝の訓練の後、子供達と共に大森林で狩りをする事にした。
といっても、既に大森林に生息するモンスター達は脅威ではない。
俺は軽く腕を振った余波で薙ぎ払えるし、全力の攻撃を無防備に受けても薄皮一枚破れない。
それどころか、目の前に居ても気がつかないほど気配を周囲に同化させないと、虫一匹居なくなってしまう状態にある。
流石に子供達はそこまでには達していないものの、単体でハインドベアーの群れを余裕で屠る事が可能だ。
ニコラだけは例外だが、黄金糸のおんぶ紐で俺が背負っているので怪我する事などありえない。
だから狩りをすると言っても、普段のように愛用の得物は使わない。
今回俺達が持つ得物は、エルフ達が造ってくれた弓矢である。
これを使い、気配を隠しながらモンスター達を狩っていくのだ。
弓矢で狩りなど今更感があるかもしれないが、別に狩りだけが目的ではない。
野生のモンスターが通った際に出来る痕跡を見つけたり、大森林にある植物などを使った罠を自作したり、食べる事の出来る物やそうでない物の見極めなど、戦闘以外に学ぶべき点は多い。
子供達やそれ以降の世代は、様々な面で教育はしているものの、やはり戦闘面に偏りがちになっている。
野戦訓練なども取り入れているが、孤立した時に生き残る為のサバイバル能力は親としてまだ心配になるレベルである。
知識は入れているが、実践できるかはまた別問題という事だ。
だから時間がある今を好機として、引率して実際にやらせてみるのだった。
そして何やかんやとあって夕暮れ時に拠点へ帰ったが、狩猟成果は上々だ。
ホーンラビットの角を二本にし、身体をより大きくした“ダブルホーンラビット”を十四匹。
ヨロイタヌキを黒く硬くしたような上位種の“黒鉄ヨロイタヌキ”を八匹。
毎日拠点で卵を産んでくれているビッグコッコを紫色にした上位種の“ポイズンコッコ”を六羽。
カラフルなナナイロコウモリを大型化し、もっと色を追加した上位種の“ジュウナナイロコウモリ”を十二匹。
その他にも色々と仕留める事が出来た。
どこか懐かしく、しかし少し異なる獲物達は大森林が成長している事を如実に表していると言えるだろう。
意気揚々と今日の成果を姉妹さん達に渡し、飯勇に指導されながら調理された品々に手を出した。
匂いの段階から美味いのだろうな、と思っていたが、一口食べれば想像以上の美味だった。
どれも美味しかったが、特に気に入ったのは黒鉄ヨロイタヌキのステーキだろう。
使われているのは硬い甲殻のすぐ下に備わった背中の肉で、衝撃を吸収する為か他の部位よりも柔らかく、それでいて鍛えられているのか肉厚だ。
そんな肉が全体的に程良く火を通し、半生の赤い中央とシッカリと焼かれた表面の違いを楽しむミディアムレアにされ、姉妹さん達特製のデミグラスソースをかけられている。
一噛みで溢れるのは、豊潤な味だ。肉の旨みを余す事無く、食べたモノに伝える力強さがある。
熟練の技や蓄積された知識によって調理された今回の料理は、正直、大森林産で食べた中では、今では懐かしくすらあるレッドベアーと一、二を争う美味さではなかろうか。
飯勇の教えによって姉妹さん達の料理がこれ程上達するとなると、今後はもっと期待していいに違いない。今回よりも遥かに上等な食材である竜肉を使えば、更なる極致に至れるに違いない。
ポリポリポリ、と黒い甲殻の唐揚げもツマミながら、素直か感想を述べてみる。
うん、やはり美味い飯はいいもんだ。
ただ、美味過ぎて昇天する可能性が出てきたのだが、大丈夫だろうか。
“三百四十九日目”
今日も朝の訓練を終えた後、子供達を連れてハンティングに出かけた。
昨日は弓矢を使ったが、今回は初心を思い出してホーンラビットの角を使う事にした。
短剣程度の長さで突き刺す事しかできない角は懐かしく、一年近く前を思い起こさせる。
というか、まだ一年も過ぎていない事に今更ながら呆れてみたり。
普通なら数年とか、数十年とか、もしくは体験しないだろう諸々が濃縮されているような現在は、正直どうかと思う。
まあ、これからも同じ事を繰り返すのだろうが。
気を取り直して、しばし散策。
慣れない事に子供達も手間取っているようだが、それはそれで面白いらしい。
楽しそうにはしゃぐオーロと鬼若、を窘めるアルジェントは苦労し。宝石冥獣に跨るオプシーは周辺を駆け回り、背負われているニコラは指先に収縮させた魔力で角に何やら紋様を掘り描いている。
そんなこんなで基本的には賑やかに行動し、獲物の気配を察知すれば静かに気配を消して忍び寄る。
基本性能は良いので子供達は不慣れながらも狩りに成功し、大森林を適当に歩いているといつの間にかエルフの里にやって来ていた。
エルフの里には聖戦前に来たばかりだが、丁度いいので父親エルフ達の家に向かう。
連絡もしていないのだが『何時でも遠慮せずに来るがよい』と言っていたので、今回狩った獲物を何体かお土産にしよう。と思ったのだが、どうやら父親エルフは留守らしい。
やはり、≪パラベラ温泉郷≫で惚けているらしい。
それならしかたない、と言う事でお土産は使用人エルフに渡し、帰ろうとすると、娘エルフさんが奥から出てきて接待してくれた。
疲れているだろうから、という事で紅茶と共に軽食も出してくれた。子供達も野菜中心ながら、お土産も使用した軽食はお気に召したらしく、バクバクと美味しそうに食べている。
それを見ながら、俺はニコラのオシメを交換したり、アイテムボックスから予め調理されていた料理を出して食べさせる。
錬金術師さんに任せきりだったが、分体でやり方は見ていたので、中々手際が良いのではないか、などと思っているのだが、それはさて置き。
娘エルフさんも交え、聖戦の話をしながらしばし滞在する。
時間にすれば、三時間程だろうか。予定以上にゆっくりとし過ぎたので、夕暮れ前には帰る事にした。
その際、新しく手に入れた三種の鬼酒を入れた瓶も置いていく。
突然の訪問に嫌な顔もせず、細かいところまで配慮された接待をしてもらったお返しだ。
中々有意義な一日だったと思いながら、飯勇監修の姉妹さん料理に舌鼓。
あー、駄目だ。温泉と美味い料理がある安全な拠点。
少し堕落している気がしないでもない。
“三百五十日目”
環境が良いと堕落しそうなので、朝からミノ吉くんと組手を行う。
周囲に被害が出ない様に深く掘られた孔の底で、純粋な身体能力だけで繰り返される殴る蹴るの暴行。
ミノ吉くんの硬く巨大な拳は完璧に防いでも受ければ肉が潰れ、骨が粉砕されたかと思う程の威力がある。蹴りなど下手に受ければ防御ごと吹き飛ばされ、致命的な隙をついて怒涛の連撃を叩き込まれるに違いない。
だから極力受け流す事を心がけるのだが、以前と比べて技術も向上しているのでコチラの体勢を崩しにきたり、予想外の行動を唐突にしてくるようになっていた。
それにとにかくタフで、筋肉の鎧は大抵の打撃攻撃を受け止めてしまう。だからジワジワと内部に響く浸透系を中心に攻めていくが、あまり効果的とはいえないようだ。
全体的に見れば俺がまだギリギリ勝っていたが、与えるダメージ量とミノ吉くんの回復力に大きな差が無いので、決着をつけるにはとにかく時間が必要だろう。
とりあえず朝から休む事無く昼飯までぶっ続けで行ったので、全身は汗と泥と血に塗れ、青痣だらけだ。
俺もミノ吉くんも放置しておけばすぐに治る程度だが、放置しておくのは気持ちが悪いのでサッパリする為に温泉に入る事にした。
入る温泉は【鬼神の湯】だ。身体をキチンと洗ってからゆっくりと浸かると、内部に溜まる疲労が解け出していく様な夢心地。
湯の効能で身体の細かい怪我も治っていくという実感があり、少々むず痒いが、まるで生まれ変わっていくかのような感覚がする。
『あー』と思わず恍惚の声を漏らす。ミノ吉くんも『ぶもー』と気持ちよさそうだ。
ゆったりと浸かりながら、クローン英勇をツマミに鬼酒を飲んで、昼からダラダラと温泉に浸かる。
【能力名【叡智の欠片】のラーニング完了】
【能力名【存在劣化】のラーニング完了】
【能力名【英勇血統】のラーニング完了】
【能力名【英勇の複製品】のラーニング完了】
酒を飲んではパクパクとツマミに手が進んだのが良かったのか、ラーニングできた。
まあ、結構な数を喰っていたのだ。そろそろかな、とは思っていたところである。
それで今回ラーニングしたアビリティだが、【叡智の欠片】と【英勇血統】が使いやすく、【存在劣化】と【英勇の複製品】は特殊な使い方をする必要があるようだ。
そこら辺はおいおい考える事にして、他にラーニングできないか、気長にストックを消費しながら待つ事にしよう。
温泉に浸かりながらミノ吉くんと二鬼だけで雑談していたが、話題が数日前に聞いたミノ吉くんの『現【獣王】に会いたい』になり、結論から言えば概ね準備は出来ている。
意外と工作は簡単だったので、何時でもいけると言えば、ミノ吉くんは即断で明日【獣王】アースティに会いに行くと言った。
前からアス江ちゃんも一緒に行くと言っていたので、足の用意は精製竜一頭居れば十分だろう。飛んで行けば、陸路よりも遥かに早く到着できる。
しかしその前にやりたい事が思いついたので、温泉から出た俺はアイテムボックスから【迷宮の種子】を取り出した。
【聖戦】に勝利して手に入れた【迷宮の種子】は、見つめていると何処までも引きずり込まれそうになる魔力を帯びた、掌大の怪しく輝く黒い宝玉だ。
これを、取りあえず屋敷の庭に植えてみる。
すると種子を植えた所から黒い結晶体が隆起したかと思えば、結晶体から伸びる管が俺の胴体に突き刺さり、身体から膨大な魔力だけでなく、僅かだが【神力】まで埋めた種子に勢いよく吸い込まれていくではないか。
身体の奥底から生命力そのものを奪われるようなそれは、酷い倦怠感を伴い、全身から嫌な汗が噴き出した。
しばらくすれば管が抜けて吸い取られる勢いは弱まったが、どうやら見えない繋がりでも出来たらしく、結晶体に継続して吸われている感覚がある。
とりあえずアビリティを重複発動させ、温泉の湯をがぶ飲みして回復しつつ、試しに【鬼哭門】をイメージする。
すると、屋敷の前に【鬼哭門】が形成された。
そう、迷宮内でなければ造れる筈の無い【鬼哭門】がだ。
簡単に説明すれば、魔力も【神力】もまだまだ足りず、生まれたばかりで完全ではないものの、【迷宮の種子】によって拠点は自然包囲型のダンジョン、のような場所になった訳である。
ただエネルギーが不足しているせいで、これまでのように自由自在に設定を弄れるという訳ではない。まあ、ここら辺は時間が解決してくれる問題なので気長にいくとして。
しかし最初から自分が造る自前のダンジョンを持つ事になるとは、思ってもみなかった。
【聖戦】を乗り越えて、本当に良かったと思う。
これで移動など、非常に便利になったのだから。
その他にも色々設定したり、魔力を回復しては注ぎ込んでみたりしながら夜まで過ごす。
やるべき事が増え、これからも忙しくなりそうだ。

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