特別な日に
閣僚やら議員のトンデモ発言が続いたことにより、一旦は沈静化しかけた「放送」と「公権力」を巡る議論が、高市総務相のいわゆる「停波」発言を巡って主に新聞紙面上では議論が再燃しているような状況です。
一昨年の秋あたりから始まったこの論争については、昨年11月にこのホームページ上で発表した私見①と②で1950年前後の放送法の制定にまで遡って自分なりに検証してみました。
この私見についてはおかげさまで想像以上の反響がありました。
読んで頂いた方々、改めてありがとうございます。
そこで今回は、好評に気を良くしてというか、お約束通りというか、ちょっとお約束した流れに至る前にもう一度、この放送と公権力の間での放送法を巡る「対立」が何故、どのように生じており、歴史的に見てどちらにより分ぶがあるのか?検証してみたいと考えています。
個人的なことですが『海街diary』の受賞式や新作の映画『海よりもまだ深く』(5月21日公開です)のキャンペーンで忙しい合間をぬって、このような作業に取り組む気持ちになったその原動力ははっきり申し上げると「怒り」意外の何ものでもありません。
怒りの矛先はこれもはっきりしています。
「歴史修正主義」です。
詭弁を弄して法律の条文に手を加え、舌の根も乾かぬうちにそれを生来手にしている既得権益であるかのように振る舞い始め、それでも変えようのない歴史については自分の都合の良いように解釈を変え、無かったことにする―――そのような態度に対してです。
それはもちろん「公権力」の側にのみ存在するわけではありません。
彼らが私たちに見せている歴史に学ぼうとしない(大仏次郎はそれが日本人の特性だと看破しましたが)「恥知らず」な態度は、僕も含めた放送人のそして彼らを代表として選んだ私たちの姿そのものであるのだと考えています。(思いたくないけれど)
それは十分踏まえた上で ──── それでもここ一年ちょっとの間に公権力側から発せられた放送についての発言と、そこからうかがわれる思惑、底意は、さすがにちょっとこれは、いくら何でも、とため息を吐かざるを得ない「無知」と「蒙昧」にあふれたものでした。
今回の第3弾では、この間に公権力が放送に対して行った発言、書かれた文章の中からいくつかをピックアップし、どこに事実誤認がありどこに歴史修正主義が顕わになっているのかを検証してみます。
私見①②と重複する部分も多々あるかと思いますが、前2回同様、出来るだけ冷静に熱くならず、面白く読みやすいものにしますので、もうすぐ選挙権を手にする高校生のみなさんも是非読んで下さい。
とはいえ、僕は法律家でも、研究家でもない映像を業にする一いち制作者に過ぎませんので、多くの研究者の文献資料をひもとき、受験生のようなにわか勉強をしたものをまとめたに過ぎません。ですから、舌足らずな部分も多々あると思いますし、誤解もあるかも知れません。もし、ご専門の方で気付いた点がありましたらご指摘いただければ幸いです。
さすがに公権力の側からの発言やそこから垣間見られる認識がここまで浅薄だと学者やジャーナリストからも数多くの至極まっとうな批判の声が専門誌だけではなく人目にふれる形であがっているので、正直僕が新たに発見・発掘し、そこにページを加える価値のある歴史に埋もれた事実はほとんどないかも知れません。
しかしまぁ…「入門篇」的に、「放送」と「放送法」に興味を持つきっかけにして頂けるだけでも意味があるかと思いますし、何よりこのような形で一度吐き出しておかないと自分の中にたまり、淀んだ怒りがあらぬ方向に向かってしまいそうだったという個人的な事情も、実はペンを執った理由としては大きいのかもしれませんが。
さて、本題に入りましょう。
今回取り上げ、考えてみたいと思った(けっしてあげ足を取るだけではなく)トピックは次の5つになります。
① 2015年3月3日。衆院予算委員会での安倍首相の発言に代表されるような「不偏不党」を放送局の義務だという考え方について。
② 2015年4月28日。「クローズアップ現代」の“出家詐欺”を特集した番組に対して出された山本(高市)早苗総務相の「厳重注意」。
③ 2014年11月20日。自由民主党筆頭副幹事長 荻生田光一 報道局長 福井照の連名でNHKと在京テレビキー局各社に送られた 「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」という文書の中の「公平公正中立」という表現について。
④ 高市総務相の「政治的公平」は「大臣である私が判断する」等の発言。
⑤ 高市総務相の「停波の権限を有する」発言と、それを擁護する形で発せられた2016年2月9日の菅官房長官の「当たり前のこと」。
さらに10日の安倍首相の「従来通りの一般論」発言。
まぁ、こんなところでしょうか。これらを順番に追いながら論を進めていくのも良いのですが、ちょっとカタログ的になり過ぎるかも知れないと考え、一連の論考の中で時間軸に沿って放送と公権力の関係の変遷を追いながら、結果的に上記5つのトピックについて随時触れていくという形式をとりたいと思います。
とはいえ、とっかかりとしてまず①の「不偏不党」から始めましょう。
「不偏不党」については、昨年11月17日の私見①②でもかなり詳しくその成り立ちと公権力の誤解について触れたのですが、もう一度おさらいしてみます。
「不偏不党」は電波行政の義務である
1950年に放送法が制定された当初、放送局を規律する権限は公権力ではなく「電波管理委員会」が持っていました。当然、非政治的な組織です。
だからこそ、この組織だけに放送を規律することが許されていた。
さて、1952年にその「電波管理委員会」が廃止になり、放送法の内容はそのままに主語だけが郵政省(今の総務省)に書きかえられる。簡単に言うと、本来権力監視(この対象の中にはもちろん政府や各省庁が含まれます)の役割を担っていた放送局が権力下に組み込まれ、規律されるというように、関係が逆転した。
普通に考えたらそんなことはあり得ない。もしそうするのなら、法律の文面くらいもう一度全部0から書き直すべきなのに、そんな手間すらかけなかった。
当然そのことに対しては疑義が発せられます。
時は1952年5月23日、第13回国会 電気通信委員会。
質問に立つのはやがて広島市長になる社会党の山田節男。
答弁するのは電気通信大臣、ご存知、佐藤栄作です。安倍首相の大叔父にあたる人ですね。
山田はこう、佐藤を問いただします。
『電波行政というものは(略)飽くまで不偏不党でなければいけない。而、公平でなくちゃいけない。電波というこれは国民の全体の共有物なんですから。(略)なぜこういう本質を持っておるものを郵政省の一局に入れるのか』。木に竹を接ぐように、水に油を一緒にしたような変更は、「常識では考えられない」と。
佐藤はこう答えています。
『不偏不党という点になりますると、只今政党政治ではありますが、行政の部門につきましては不偏不党であることは、これは当然であります。ここで佐藤さんは「不偏不党」という言葉を行政に向かって使っています。
又、その意味においては、これは何ら国民から疑惑を受けてないのです。(略)』
これはとても大事です。覚えておいて下さい。
この言葉のベクトルが、安倍首相が放送局に対して使っている「不偏不党の放送をしてもらいたいのは当然だ」という発言と比べてみると、180度逆であることは、恐らくこの部分を読んだだけでも明らかだと思うんです。
さて、どちらが放送法の趣旨に合致していますか?
両立はしない。真逆です。
もちろん正しいのは佐藤さんです。
さすがに法律が出来てまだ2年。この法律がどのような目的で作られたものか、まだその主趣くらいは把握出来ていた。当時の政府にこの約束を守るつもりがあったのかどうかはわかりませんが。
時代が変わっても、放送法の1条や3条が変わっていない以上、安倍首相のような解釈の変更が正当化される根拠は全くないと僕は考えますが、いかがですか。
監督権を郵政省に移すことについては委員の水橋藤作もこう危惧を述べます。
『そこで仮に例を挙げまするならば、今のテレビの認可をするにいたしましても、一党一派に偏したところの場所から命令が出てそしてその問題の起りつつあるテレビなどに、大きな国民の誤解を受けたりなどしないような行き方をするためにも独立したものがいいと、誰にも拘束されないで、監理委員会独自の立場で最も公平に運営されることが望ましいと、我々こういうふうに考えるので、この点仮に今の内閣が変つた場合は、まあほかの内閣、政党によつていろいろ電波を左右される、又その政党によつて、国際情勢が変つた場合に電波の監理も又おのずから変つて来る、政党によつて左右されるというようなことは電波行政の上に非常に悪影響を及ぼすのではないかというふうに考えまするが』。正しい指摘です。政権交代がある度に放送局への規律の基準が右に左にぶれたらたまらない。そんな態度を「自律」とは呼ばない。「他律」です。
それに対して政府委員、綱島毅は、こう述べています。
『私どもは電波行政は、特に言論機関にも関係がございまするので、一党一派に偏しない行政が必要だと考えております。(中略)こういうふうに一党一派に偏しない行政が必要であるという考え方は、今後の電波行政を行われますにつきましてもやはり私どもは必要かと考えておるのでございまして、こういう観点から、私どもといたしましては、内閣にも再三現監理委員会を存続するほうがいいと思うということを縷々説明を申上げた次第でございます。放送局は郵政省の監督下に入るが、行政は政党(ここでは政権与党)に左右されない不偏不党をつらぬくし、例えば司法的な権限に関しては、その一審的な役割は、郵政省ではなく、新しく作る電波管理審議会とその決定が、大臣を拘束する形になっているから大丈夫と説明しているわけです。
今度の郵政省設置法においても、電波行政が不偏不党でなくちやならないという精神が組入れられまして、電波管理審議会というものが附置されまして、その審議会の委員はやはりこういうふうに一つの政党に属するかたが絶対多数を占めないようにという規定も残されておりますし、又異議の申立その他に対しましては審議会の決定が大臣を拘束するようなふうにもなつております(後略)』
質疑はさらに続きます。
文面からもわかりますが、かなり白熱します。
山田は再び鋭い指摘をします。
この放送局を監督する権限を郵政省に移したら、『これは放送免許の認可とか取消について利権問題が必ず起きて来ると思う』と。
つまり、放送局、放送業界に対する大臣の権限の肥大化を心配した。当然です。昭和27年4月4日の読売新聞は「電波監理委廃止とテレビ」と見出しをつけ、「NHK独占のおそれ」「政府権限集中化のねらい?」と自らも日本最初のテレビ送法綱設立へ動いていた当事者としての危機感を表明しています。さらに記事の中で連合国の関係者の話として次のようなコメントを紹介しています。
「この分野では政治は出来る限り排除されねばならない、一個人一大臣が周波数の許可を与えたり、ラジオやテレビの諸法規を決める絶対権限を持つべきものでない」(中略)「もし一個人の権限で決定されるようになったら、情実によりあるものに経済力を与えたりニュースを統制したり、また昔の政府放送独占が行われるなどさまざまな権限濫用の弊がでることになろう」。全うな批判ですね。
しかし、この程度の質疑で社会的な議論の盛り上がりもなくこの放送法は改正されてしまう。
この後、郵政相になる田中角栄は、放送局の開局ラッシュを目前にひかえた状況で、許認可権を一手に握り、テレビ局への支配を強めていきます。系列のテレビ局がどうしても欲しい新聞社をもそのコントロール下に置かれます。そして、全うな批判を載せていた読売系の日本テレビでは昭和40年には当時大蔵大臣に出世していた田中角栄をレギュラーに『大蔵大臣アワー』なる、実質的には自民党、角栄PR番組を放送するという密月ぶりを示すことになります。
本来であればこの電波監理委員会から郵政省(つまり国家権力)への監督権の移行を批判するべき各新聞社が放送局開局の許認可欲しさに批判を控えたのではないかと推測する研究者もいますが、どうでしょう。反論ありますかね?新聞社のみなさんは。
さて。60年以上経た今、山田さんの危惧と、綱島さんの弁明のどちらが正しかったのかは放送局を巡る現実を見れば残念ながら一目瞭然でしょう。それは、その後郵政相のポストが「利権」としてずっと田中派に占められていく歴史を見ただけで明らかです。
最早、政府は最初からこうなることを目論んでいたと考えた方がいいのかも知れません。
公権力による、公共パブリックから国家ナショナルへの放送の奪還の第1歩目が、この監督官庁の変更だったのだと歴史は教えてくれます。
利権がらみという非常に不透明な状況下で放送局に対する規律の権限が公権力に移ってしまったことがやはりその後の全ての矛盾の元凶になっていると僕は思います。
FOLLOW US