2016.03.12 Saturday

032 新聞寄稿文への異論 - vol.3

ブログ030章、031章からひき続き、グラフィックデザイナーの原研哉氏の発言への異論を軸に、五輪エンブレム問題について考察したいと思います。
 
2015年12月18日に公表された調査報告書によって、組織委員会の担当者と審査委員代表による不正審査が認定され、新聞、テレビ、インターネットとあらゆるマスメディアで記事化されていた最中のこと、原氏はツイッターで、『東京五輪エンブレムの審査委員は、もう一度全員で顔を揃えて、審査経過と結果について、応募者104名を前に、詳細な説明会を開いてもらえないだろうか。経緯の解説責任は審査委員にあるはず。(2015年12月22日19:14 原氏ツイッターより)』と発言されました。入賞作品の画像や招待作家要請の依頼状の情報までマスコミに流出し、週刊誌に理不尽な形で次点作品を掲載されるという、考えられない被害を受けた出品者のひとりとして、10月5日の新聞寄稿文でも『‥‥さらに今度は特定のデザイナーへの参加要請が不当な行為であったかのように報じられ始めた。審査の本質を見誤らないために、ぜひ冷静な議論と判断を期待したい。‥‥(2015年10月5日 毎日新聞 原氏文章より)』と苦しい胸の内を記されておりますが、出品者として責任論を問うのであれば、まずはコンペの主催者である組織委員会に対して審査の経緯説明を求めることが妥当ではないかと思いますが、なぜ『‥‥経緯の解説責任は審査委員にあるはず。』と、審査委員に抗議の矛先を向けるのでしょう。

組織委員会の次に審査の説明責任を問う先は、不正投票に関与し、コンペの実質上の責任者であった高崎卓馬氏と審査委員代表の永井一正氏に求めることが順当な発想だと思いますが、不自然なほどにふたりについては言及せず、審査委員という単位をひと括りにして責任を8人に分散させる物言いには恣意的なものを感じます。出品者のひとりとして審査委員に説明を問うことは、出品者に与えられた権利だと思いますし、説明責任を果たすことは審査委員の義務だと考えますが、原氏が招待作家という優遇措置を受け入れて、コンペに参加した立場でありながら審査委員に対して説明責任を求めるのであれば、自分自身の権利を主張するだけではなく、招待作家以外の出品者や招待作家の存在を知らされていなかった審査委員に対して、説明責任を果たす義務もあると思います。
 
『東京五輪エンブレムの審査委員は、もう一度全員で顔を揃えて、審査経過と結果について、応募者104名を前に、詳細な説明会を開いてもらえないだろうか。』とのツイッターでの発言が偽りのない本心であれば、説明会を設けるよう、同じ会社に所属する永井氏にすでに働きかけているはずですし、多数の審査委員と出品者が所属する日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)の副会長として説明会を設けるように動いているはずですが、現時点で進展がないということは、ツイッターでの発言はその場の勢いによる失言、もしくは論理的に必然性のない発言だったと理解するしかありません。
 
別の観点から『応募者104名を前に、詳細な説明会を開いてもらえないだろか。』との発言に違和感を覚えるのは、当事者とはいえ、永井氏の年齢と五輪エンブレム問題発覚以降いまに至るまでの心労に伴う健康状態を合わせて考えますと、応募者の前に出て話をすることが現実的ではないことは、永井氏を知る人であれば誰しも想像できますし、ましてや側近者である原氏がいちばんに配慮すべきことだと思いますが、実現不可能なことをあたかも実現可能なことのように要求する発言を不可解に思います。永井氏の年齢についても考慮して、原氏が永井氏の代弁者となることを当ブログで提案してきましたが、対応策は講じられておりません。永井氏の所属する日本デザインセンターの代表者取締役社長として、30年もの時を同じ組織で過ごし、同時代を生きてきたグラフィックデザイナーの後進として、JAGDAの副会長として、大学で教鞭をとる教育者として、東京五輪のデザインについて様々な提言を内と外に向けて発信してきた専門家として、新聞に「日本デザインコミッティー 理事長」と記して寄稿した発言者としての原氏の対応に注目したいところです。
 
今からは、永井氏と原氏の見解を比較するために、2015年12月18日公表の調査報告書に記録された、招待作家制を導入した経緯説明と永井氏の見解に関する記述から一部を抜粋いたします。
 
『‥‥審査委員代表は、応募資格を一定の実績を有するデザイナーに限定したとしても、公募という形式を採ると、日本のデザイン界の最高レベルのデザイナーが競い合うコンペティションを実現できなくなるとの危惧を抱いていた。この危惧は、応募資格を限定しても有資格者は多く、大勢が参加するコンペティションになると、いかにオリンピック・パラリンピックのエンブレムを選定するという重要なコンペティションであっても、指名されて仕事をすることが通常である日本を代表するデザイナーは参加を控える可能性があるとの考えに基づくものであった。‥‥(2015年12月18日 組織委員会 調査報告書P9)』(全文は『アイデア』誌のホームページ上に公開されています。)論点を要約すると、「大勢が参加するコンペティションになると、指名されて仕事をすることが通常である日本を代表するデザイナーは参加を控える可能性がある。」という、招待作家を取り入れた動機となった、公募コンペへの永井氏の危惧が記されています。
 
2015年10月5日の原氏の新聞寄稿文では、『‥‥門戸を開放すれば質が高まるわけではない。逆に薄まることが懸念される。‥‥精度の期待できないコンペには実績あるデザイナーは参加しない可能性がある。‥‥(2015年10月5日 毎日新聞 原氏文章)』と、招待作家を承諾した理由説明と公募形式への危惧が記述されており、永井氏と原氏の考えを比較してみると、「大勢が参加するコンペには実績あるデザイナーは参加しない可能性がある。」との公募式コンペに対する見解が一致していることがわかります。
 
2015年10月5日の原氏の新聞寄稿文を掲載前に永井氏が確認していたということを、掲載直前に関係者から聞いていましたので、同じ会社の経営陣として新聞寄稿文まで事前に確認し、情報共有をしているという事実から、ふたりの間で緊密な情報交換が行われてきたことを伺い知ることができました。私企業の活動として捉えれば当然のことだと思いますが、五輪エンブレム・コンペを『公』の仕事と捉え、審査委員代表と出品者というふたりの立場を考えると、釈然としない気持ちとともに疑念が生まれました。
 
『‥‥基準が明快なら結果は自然に絞られる。テニスの四大トーナメントの最後に残る顔ぶれは似ている。コネや人脈、選手と審判の癒着ではなく、厳正なルールのなせる技で、実力ある選手が必然的に残る。‥‥(2015年10月5日 毎日新聞 原氏文章より)』との記述のなかの『コネや人脈、選手と審判の癒着ではなく、厳正なルールのなせる技で、実力ある選手が必然的に残る。』との発言の意図は、原氏が2位になったのは実力による必然で、評価を下した審査委員とのコネや人脈によるものではないということを伝えていると受け取りましたが、審査の現場に居なかったにもかかわらず、なぜ、『実力ある選手が必然的に残る。』と断言することができるのでしょう。
 
日本におけるグラフィックデザイン系統のデザインの審査には、スポーツの個人競技の加点法のような明快な尺度はなく、あくまでも各人の価値観に委ねられており、個人の認識力に基づく評価軸による採点方法であるために、残念ながら評価のモノサシは感覚的であったり、感情的であり、論理に基づいているとは言えません。これが「基準が明快にならない」所以であり、近年の審査の問題点だと分析しています。『テニスの四大トーナメントの最後に残る顔ぶれは似ている。』とスポーツ競技の例えが引用されておりますが、そもそもスポーツ競技とデザイン競技の採点方法の成り立ちは根本的に異なるため、同列に論じることは論外であり、適正な比喩とは言えません。外部調査員の調査により、不正が行われた審査と事実認定されたいまとなっては、原氏が唱えた『厳正なルールのなせる技で、』との前提は崩れ、「不正なルール」で行ったコンペは無効試合となりましたが、よく考えてみると、旧五輪エンブレム・コンペがそうであるように、不正審査では『必然的に残る。』ための操作や工作ができるため、『必然』を担保できる確立が高まります。しかし正常な審査は有機的な成り立ちのため何が起こるか予測できず、『必然的に残る。』というロジックは当てはまりません。つまり『必然的に残る。』ことを確証できる審査は不正審査との可能性は高まり、不正審査だからこそ成り立つ『必然』といえるでしょう。

同じ会社に所属する親密な関係者が審査委員代表だったという周知の事実を前にして、『コネや人脈、選手と審判の癒着ではなく、厳正なルールのなせる技で、実力ある選手が必然的に残る。』と、あえて『コネ』『人脈』『癒着』という文言を引用し、公明正大で正しい審査であったかのように強調されておりますが、審査委員として、誰がどういう意見を述べ、どの作品に投票したのか、審査の経緯を審査会場で体験し、すべてを知る者としては、原氏のこの発言が、空々しく聞こえてなりません。

現在進行中の五輪エンブレム審査において、永井氏は審査委員ではありませんが、氏が推薦した複数のエンブレム委員が最終審査を行っているという事実があり、この現実をどう受け止めれば良いのでしょう。
 
平野敬子
 
平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める