広島県府中町の中学校で、担任が事実無根の万引きの罪を生徒に押し付け、生徒が自殺をした問題。(*1)
担任のずさんな確認や、学校の資料をまともに修正せず不適切に扱ったなど、あまりに酷い現場の状況に愕然としている人も多いのではないか。
これについては多くの人が口をそろえて「担任が酷い、学校が酷い」と言っている。僕もそれはそうだと思う。しかし一方で、このことに大きく関係していると思われる話なのに、報道などではなぜか全く語られていない問題があるように、僕は思う。それは、部活動を含む教師の長時間労働問題だ。
日本の教員の労働時間は世界最長である。OECD(経済協力開発機構)による2013年の調査では、中学校にあたる学校の勤務時間が、OECD加盟国平均が週38.3時間だったのに対し、日本では53.9時間だったという。授業の準備などの時間は世界と変わらないが、部活動と事務作業の時間が労働時間を長くしている。(*2)
中学生の多くが当たり前のように部活に所属し、放課後に顧問の先生とともに活動をしているが、実はこの部活動。教員はあくまでも「自主的に指導している」という建前となっている。つまり正規の労働ではなく、ボランティアなのだ。しかし、現場レベルでは当然「教員は部活の顧問をして当たり前」という認識がされ、ほぼ強制的に部活の顧問を押し付けられているのが現状だそうだ。
僕達が中学校の頃に、毎日部活をしていたように、当然顧問の先生も毎日活動している。そして大会などがあれば休みであるはずの土日にも部活にかかわらざるをえない。これもあくまでも「自主的な指導」だから、日額3000円程度と、まともな賃金は出ない。(*3)
ところが文部科学省は教職員の長時間労働を問題をまともに考えているとは言えない。文部科学省のパンフレット『教員をめざそう!』(*4)には教員の一日の例として、朝8時の登校指導に始まり、15時半に下校指導をして仕事が終わるかのようなモデルケースが掲載されている。(*5)
しかしそこには、部活指導は一切書かれていない。これを見た人が「実際はこうだ」と書き換えた教員の一日では、7時20分の部活の朝練習に始まり、夜の21時を過ぎて、ようやく家に帰れるという一日が示されている。(*6)
さらに言えば多くの教職員が家にも仕事を持ち帰っていることも指摘されており、一週間40時間という理想的な労働環境とは程遠いということが分かる。この労働環境で教職員に「生徒と真剣に向かい合うべき」などと言っても、そんな時間が取れると思うだろうか?
僕はこうした問題をあらかじめ知っていたから「中学校の問題ということは、教師側にもまっとうな情報共有をするだけの時間的余裕がなかったのだろう」という考え方をした。
しかし、こうした考え方は「責任を誰か個人に押し付けたい」と考える人には不評なようである。実際僕もこの考え方をツイッターに書いたら「この担任を擁護している!」という筋違いの反発をされてしまった。
もちろん、この問題が明らかにこの学校だけの特殊なケースであると考えられるなら、そういう考え方でもいいのだろう。しかし僕は教員の過酷な状況を知っているからこそ、今回のケースが特殊であるとは考えられないのだ。
今回は生徒が自殺をするというショッキングな結果になったことで、問題があったことがはじめて世間に知れた。しかし、こうした重大な問題が1つ出てきた裏には、生徒がこうした問題をひとりで飲み込んでしまい、その生徒の親にすら知られていないという、似たような話がその何十倍何百倍も存在するはずである。
実際、この問題においても、自殺した生徒の親は、生徒が自殺をするまで、生徒が不適切な指導を受けたことも、誤った万引き歴が記録されたことも、そもそも万引きにまつわる根本的な話すら、一切知らなかったのだから。
このような問題を是正するために必要なことは、決して問題のある教師個人を探しだして排除することではない。そもそもの問題は生徒に対する情報共有すらまっとうにできない現場の状況にある。
今回の不適切な指導も、学校の廊下で片手間のように行われたと聞いている。これがもし、生活指導室などで、他の教師にも付き添ってもらっての指導であれば、もしかしたら資料が間違っていたことをその場で発見できたかもしれない。
また、指導をする前に、自殺した生徒が1年生だった頃から学校にいる先生に対して、担任の教師が確認をとることができれば、それ以前に間違いを訂正できたかもしれない。
しかし残念ながら、今回のケースでは、それがされなかった。
それは担任の教職員としての適正云々ではなく、みんなが忙しい中で、細かなことを相談しあうような環境がなく、他の教職員に迷惑が掛からないように、多くの判断を教職員個々で下すということが当たり前になっていたからではないかと想像する。
そうした相談できない状況を改善するためには、まずは教職員が時間に追われることなく、生徒ひとりひとりに向きあう時間や、気軽に教職員同士で生徒対応の相談をしあう時間を作れるような、無理のない労働環境に変えていくことが最低限必要であると考える。
学校での不祥事に対して、教職員の不始末だけが注目をされ、教職員の労働環境が注目されないのでは、いくら問題を報じても、世間をただ煽るだけで、実際の問題解決には結びつかないのではないかと、僕は思う。
*1:中3生徒自殺「万引きの現場にも居合わせず」(NHKニュース)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160310/k10010438571000.html
*2:日本の先生、勤務時間は世界最長 授業外で多忙、一方で低い自己評価(ハフィントンポスト)http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/26/teacher-oecd_n_5532451.html
*3:部活動の負担感が大きいワケ――土日の部活動は日額3000円 未経験でも顧問(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20150104-00042004/
*4:教員をめざそう!(文部科学省) http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/miryoku/__icsFiles/afieldfile/2009/09/03/1283833.pdf
*5:(Twitter 内田良)https://twitter.com/RyoUchida_RIRIS/status/561398853249679360
*6:(Twitter 内田良)https://twitter.com/RyoUchida_RIRIS/status/561746492298633218
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- 2016年03月12日 15:24
教職員には生徒と向かい合う時間なんてない
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