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被災地の堤防整備 3割近くで高さ引き下げなど見直し
3月13日 19時54分

被災地の堤防整備 3割近くで高さ引き下げなど見直し
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東日本大震災をきっかけに、国が示した新たな基準に基づいて海岸の堤防の整備が進められていますが、被災地では、全体の3割近くで住民の要望などを受けて堤防の高さを引き下げるなど、計画が見直されたことが分かりました。東日本と西日本の太平洋側沿岸で、新たな基準によってかさ上げが必要となる防潮堤は少なくとも1500キロに上り、専門家は、避難対策を進めたうえで、地域の事情に応じた対策が必要だとしています。
東日本大震災では、東北や関東の沿岸の各地で合わせておよそ300キロの堤防が壊れ、国や県などは数十年から百数十年に1度程度起きると想定される津波を基準に、堤防の見直しを進めています。国土交通省によりますと、青森県から千葉県にかけての6つの県では、ことし1月末の時点で合わせて677か所で堤防の整備が予定され、126か所で工事が完了し、388か所で建設が進められています。
一方で建設には住民の合意が必要で、岩手、宮城、福島の各県などで、住民からの要望や、土地のかさ上げや高台への移転などを受けて、堤防の高さを引き下げたり、建設場所を陸側に移動したりするなど、全体の3割近くに当たる191か所で計画を見直したことが分かりました。
国は全国の海岸の堤防についても新たな基準での見直しを求めていますが、NHKが南海トラフの巨大地震などで津波による被害が想定される太平洋沿岸の13の都県に取材したところ、新たにかさ上げが必要となる海岸の堤防は、検討がほぼ完了した12の都県で、全体の35%に当たるおよそ1500キロに上ることが分かりました。
場所によっては10メートル前後のかさ上げが必要となり、都や県の多くは、今後市区町村や住民に具体的な建設計画を説明するとしていますが、高知県などではすでに住民と話し合い、避難の対策を進めることで、計画を見直す動きも出てきています。
海岸の堤防の整備に詳しい京都大学の多々納裕一教授は「堤防を高くすれば避難する時間ができる一方、海が見えなくなったり、地域によっては日常生活に影響が出たりするおそれもある。きちんと避難できる状況を作ったうえで、地域の実情に応じた選択ができる枠組みが必要だ」と話しています。

「海が見えなくなると不安」

東日本大震災の津波で被害を受けた宮城県沿岸部では、住民が高台に移転することなどから再建する海岸の堤防の高さを当初の計画から見直し下げた地域もあります。

石巻市雄勝町の水浜地区は5年前の津波で120戸余りの住宅のおよそ9割が被害を受け、7人の住民が津波の犠牲になりました。地区にあった高さ3.6メートル、長さおよそ600メートルの堤防は壊れ、宮城県は数十年から100数十年に1度起きるような津波に備えるよう高さ6.4メートルの防潮堤を作り直す計画を立てました。
ところが、住民からは堤防の高さを震災前と同じにしてほしいという声が上がりました。堤防のそばの低い土地は居住制限がかかり住民は高台に移転するほか、5年前、津波が見えたことで高台に避難でき海が見えなくなると不安なためです。
地区の区長を務める秋山紀明さんたちが(73)石巻市に要望書を提出するなどした結果、去年12月、堤防は震災前と同じ高さ3.6メートルで再建されることになりました。地区では来月には高台に災害公営住宅が完成し、住民が仮設住宅などから移転してくるということです。
区長の秋山さんは「どれだけの津波がくるか分からないし堤防が高くなったら海が見えないほうが不安になる。また、家は高台に移転することになるわけで、堤防を高くする必要はない」と話していました。

高知県土佐市でも計画見直し

南海トラフの巨大地震で津波が想定される自治体の中には、住民からの要望を受けて計画の一部を見直したところもあります。

土佐湾のほぼ中央に位置する高知県土佐市の宇佐地区は漁業や農業が中心のまちで、海沿いに住宅地が並び、数百メートル後ろには山が広がっています。県の想定では、数十年から百数十年に1度程度起きる津波の高さは最大で9メートルとされ、地震の発生から15分程度で津波の高さが1メートルに達すると推計されています。このため高知県では、海岸の堤防を現在よりも4メートル程度かさ上げする計画を作り、3年前の秋からおよそ1年かけて住民向けの説明会を繰り返し開いてきました。
しかし、住民からの要望を受けて、暫定的な措置として、当面現在よりも1メートル余りのかさ上げにとどめることを決めました。当初の説明会では、およそ半数の住民が4メートル程度のかさ上げに賛成する一方、海が見えなくなるとかえって危険になるなどとして、およそ半数の住民が計画の見直しを求めました。
この地区では、70年前の昭和南海地震による津波の際、いち早く避難したことで多くの人が助かったということです。見直しを求めた住民たちは、海沿いの道路に4メートルの高さの旗を立てて、かさ上げが行われるとどうなるかを地区の住民に実感してもらったり、過去の津波の被害をまとめたチラシを配ったりして避難の重要性を訴え、役員会で意見をまとめました。

さらに見直しの背景には、市が避難対策を進めてきたことがあります。県の計画に先行して、土佐市は、住民が地震から15分で避難できる津波の緊急避難場所を海抜25メートル以上の高台に18か所指定し、毎年住民が参加する避難訓練を繰り返しています。緊急避難場所には、水や食料、それに簡易トイレなどが用意され、避難場所の名称も「池田家裏山」などと、地区に住む人が覚えやすいよう工夫しています。
自主防災連絡協議会の中村不二夫会長は「かさ上げをすると、堤防で津波が防ぎきれると期待する気持ちが生まれ、逃げ遅れて犠牲者が出る。海を見ながら育ってきた人にとっては生活が成り立たないことにもつながり、この地域では自然を守りながら地震や津波への対策をすべきだという考え方が増えていったように思う」と話しています。
土佐市では今後、さらに津波の緊急避難場所を増やすとともに、場所を示した看板を新しいものにかけ替えるなど、対策を進めることにしています。土佐市防災対策課の中村幸博班長は「津波は実際に来るまでどんな影響があるかわからない。堤防の高さにかかわらず、まず避難することを優先として、今後も住民への周知などに取り組んでいきたい」と話しています。

堤防の高さの決め方の研究始まる

震災後に国が示した海岸の堤防の高さの新たな基準については、被災地で計画の見直しが相次ぐなかで、専門家の間では、地域の生活にも配慮した堤防の高さの決め方の研究が始まっています。

東日本大震災の被災地では、数十年から百数十年に1度程度の津波は海岸の堤防で防ぐとする国の新たな基準のもとで、合わせて400キロの防潮堤の整備が進んでいます。その一方で、被災地では、堤防の高さが引き上げられることで、環境や景観への影響や、これまでの海と深い関わりを持つ地域の生活が失われるといった声が上がり、高さを引き下げるなどの見直しが行われたほか、一部では計画に反対する動きも起きています。
こうした動きを受けて、土木学会はおととし、海岸工学や土木の専門家などを集めた委員会を作り、どのようにして地域の生活にも配慮しながら海岸の堤防の高さを決めるか、研究を始めています。
今月1日に東京都内で開かれたシンポジウムでは、委員会のメンバーが「今後の災害対策は堤防だけでなく、被害を防ぐためにまち全体をどう再建するか、という枠組みの中で考えていかなければならない」と指摘しました。また、シンポジウムでは、国土交通省の担当者も「これまでは経済性や環境を考慮しようとしても、決め方が整っていなかった。今後は行政としても学会の研究と連携しながら検討を進めたい」と述べました。
委員会では、環境や地域の生活にも配慮した望ましい堤防の高さの決め方について研究を進めていて、来年度中には提言をまとめ、将来的な制度化につなげたいとしています。委員会の共同委員長を務める東京海洋大学大学院の岡安章夫教授は「堤防の話はこれまで、作るか作らないかの極端な二者択一になってしまっていた。新たな計算手法などを示すことで、住民とも話し合いができる状況を整えていきたい」と話しています。

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