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閑話 四天王筆頭 黒星
ケンイチの牧場に作られた女子寮は、三階建てのかなり大きな建物であった。
一階には遊戯スペースにもなる広間など厚生施設が有り、二階と三階が居住区となっている。
一般従業員には、二人一部屋が宛がわれていた。
どの部屋もそれなりに広さが有り、二人で使っても窮屈さの無い作りになっている。
部屋の真ん中にカーテンなどで仕切りが付いているのは、キョウジの提案によるものだ。
もっとも細かすぎる配慮だったらしく、殆どの部屋で開けっ放しか、取り外されていたりするのだが。
従業員が二人部屋で生活する中で、多少狭くはあるが、一人部屋を使っているものもいた。
ケンイチの部下である四天王達と、イツカの四匹と一人である。
通常なら従業員達と同じように二人部屋に入るべきなのだろうが、如何せん彼女たちの場合は事情が事情だ。
まず、四天王の面々の場合。
普段は人間の形に変身しているからいいが、うっかり変身が解けただけで同部屋の住人を踏み潰してしまいかねない。
他にも、うっかりブレスで焼いてしまったり、糸でぐるぐるまきにしてしまったり、血を啜ってしまったり。
様々な物理的危険が付きまとう。
四天王同士を同室にしてもいいのだろうが、何かの具合で喧嘩などが起こってしまった場合、凄まじい破壊を招く事になる。
イツカの場合は、また別の理由だ。
ダンジョンマスターとして常時ダンジョン化した領域とゴーレムの管理をしているイツカには、基本的に休める時間が無い。
ご飯を食べていようが休憩していようが寝ていようが、関係なくジャビコからの定期報告が入る。
少しでも変わった事があれば直ぐに報告が上がってくるし、それへの対応も求められるのだ。
四六時中ジャビコから報告を受けたり指示を出したりしているイツカにいられては、ルームメイトは気の休まる暇も無いだろう。
イツカが一人部屋なのは、そういった事情からなのだ。
ちなみに、彼女達の部屋は二階にあり、階段の配置の関係から一般従業員が普段通ることの無い場所にあった。
これは、建設途中であった女子寮に彼女達が住むことに決まった際、キョウジが現場監督に頼み込んでそうなるように作ってもらったものであったりする。
まあ、言ってみれば軽い隔離措置のようなものであった。
艶やかな黒髪を揺らしながら、人間の姿の黒星は女子寮の階段をトントンと上がっていった。
自慢でもある長い髪がわずかに濡れているのは、彼女が風呂上りだからだ。
イツカの能力で作られた露天風呂は、いつでも入ることが出来る適温に保たれているのである。
他の従業員が仕事をしているまだ早いこの時間帯に、一人でゆっくりと浸かるのが黒星のお気に入りだった。
天馬という種族は基本的にとても綺麗好きで、よく水浴びなどをする。
黒星もご多聞に漏れず、とても綺麗好きだ。
いつでも気持ちの良い温かいお湯に浸かれる女子寮での生活は、黒星にとってはなかなか嬉しいものであった。
自慢のたてがみ、人の姿になっている今の状態では長い黒髪になっているそれを軽く撫で、僅かに表情を綻ばせる。
階段を上りきり、従業員達の部屋があるのと反対方向に曲がると、四天王とイツカの部屋があるエリアだ。
廊下を歩く黒星だったが、目の前で開いた扉に足を止めた。
中から出てきたのは、この街では見ない、身体にぴっちりとあった皮製のライダースーツのようなものを着込んだ女性である。
灰色の長い髪と、同じ色の瞳。
肉食獣のような雰囲気をまとった、美女だ。
「おお、黒星ぃ! まぁーた風呂入ってたのかぁ! すきだなぁ、おめぇーもよぉ!」
「アースドラゴンか。こんな時間に寮にいるとは、珍しいな」
美女の正体は、黒星と同じ四天王の一人、アースドラゴンだった。
ちなみに、四天王というのはケンイチの部下の中で特に力のある四匹の魔獣がそう呼ばれている称号なのだが、特に意味があるわけではなかったりする。
なんとなくかっこいいから、そう呼ばれているだけなのだ。
別に何か軍団を率いているわけでもなければ、何か重大な仕事を任されているわけでもない。
どちらかというと、牧場の経営とかを任されているゴブリンやオーク達のほうが、やっている仕事の重要度的には上だったりする。
「おお! ちっと、こいつとりにもどってなぁ!」
そういってアースドラゴンが持ち上げて見せたのは、白い布地の何かだった。
丸まっているため、それが何かはよく分からない。
小さく首を傾げる黒星を見て、アースドラゴンは直ぐにそれを広げて見せる。
大きな灰色のドラゴンが刺繍されたそれは、いわゆる特攻服だった。
黒星はそれを見て、眉間に皺を寄せる。
「それは。ヘッドの衣服と同じものか」
「おお! キマってんだろぉー!? キョウジさんに頼み込んでなぁ! 作ってもらったわけよぉ!」
余程気に入っているのか、アースドラゴンは特攻服をうっとりと見つめる。
こういったものは売られているわけではないので、恐らく言葉通りキョウジの伝手を頼ったのだろう。
地味顔だが、キョウジの顔の広さは街一番なのだ。
「そんなもの、何に使うんだ」
「なにって、着るに決まってんだろぉ?」
「貴様には必要ないだろう。大体、飛んでいる時はどうするんだ」
アースドラゴンの移動方法は、基本的に翼による飛行だ。
そのときは当然ドラゴンの姿に戻るので、特攻服などというものを着る事はできないはずである。
黒星の疑問に、アースドラゴンは大きな笑い声を上げた。
「そこら飛び回るわけじゃねぇからなぁ! ゴーレム転がすんだよぉ、ゴーレム!」
「ゴーレムだと?」
ゴーレムというのは、イツカの能力で作られたもののことだろう。
キョウジの伝手で様々な形状に加工された材料が使われ、どんどん性能もよくなっている。
それを動かすためのプログラム作りが追いつかないとかで、徹夜続きだとイツカがぼやいていた。
最近では牧場の仕事でも使われるようになっていて、ゴブリンやオーク達がその背に乗って作業しているのが見かけられる。
「そおよぉ! あんか、最近はコトバだけじゃなくって、レバーとかハンドルとかもつけてよぉ! それで指示できるようになっててなぁ! これがおもったよかおもしれぇーんだわぁ!」
楽しそうに身振り手振りを交えて話すアースドラゴンを見て、黒星は納得したような目線を向けた。
アースドラゴンというのは、非常に好奇心の強い種族なのだ。
ゴーレムのようなおもちゃを手に入れれば、嬉々として遊びに使うだろう。
「ゴーレムでなにをするんだ」
「牧場の仕事をよぉ! 手伝ってんのよぉ!」
その言葉に、黒星は目を丸くする。
「そんなもの、お前が直接手伝った方が早いだろう」
「オレがやるとよぉ、力加減ができねぇーでぶっこわしっちまうのよぉー!」
あまりにも力が有りすぎるため、加減が出来ないのだろう。
牧場の仕事といえば牧草運びや、木材の運搬が主になるのだろう。
アースドラゴンの場合、軽く持っただけで握りつぶしてしまいかねないものばかりだ。
「なるほど。しかし、そのトップクはなんなのだ」
「これなぁ! ヘッドがなんかに乗るときゃそれなりにキメるもんだっつてただろぉ? んなら、と思ってなぁ!」
確かに以前、ケンイチはそんなような事を言っていた。
特別なものに乗る時は、乗るほうも特別な衣装があるものだ、といったような内容だ。
本来は、バイクなどを想定した言葉なのだろう。
今現在ケンイチの乗り物といえば、黒星のことを指す。
ケンイチが自分の背中に乗るときのために誂えたという特攻服を見せてくれた事を思い出し、黒星は僅かに表情を緩めた。
「あんか、キョウジさんがオレ用のゴーレムだっつってつくってくれてなぁー! これがまぁーた、おもしれぇーんだわぁー! っとっと、やべぇ、急ぐんだったわぁ、じゃぁなぁ!」
「そうか。気をつけてな」
慌てた様子で走り出したアースドラゴンの背中を、黒星は片手を上げて見送った。
思い浮かべているのは、アースドラゴンが持っていた特攻服の事だ。
今まで服を着る、という事を意識した事がなかった黒星だが、考えてみれば今は外見だけで言えば人間と変わらない。
ああいった服を羽織る事も可能なのである。
ちなみに、黒星が今着ているのは、人間化するときに毛を変化させたものだ。
出し入れ自在で非常に便利なのだが、変化には乏しい。
自分も、たまにはああいうものを羽織ってみてもいいだろうか。
そんな考えが、黒星の頭の中に浮かぶ。
折角ケンイチが自分に乗る時はそれなりの恰好をしてくれるのに、自分だけそのままでいいのだろうか。
どうせなら、少しぐらい着飾った方が……。
そこまで考えて、黒星は首を振った。
どうせケンイチを乗せる時、黒星は馬になっているのだ。
ならば人間のときの外見なんて、関係無いではないか。
何度も頷いて黒星が自分を納得させていると、再びドアが開く音が響いた。
出てきたのは、褐色の肌に真っ赤な髪を持つ、蜘蛛女だ。
彼女も、完全な人型へと変身していた。
その外見で目に付くのは、大きな胸と尻だろう。
特に腰の括れから下へ行くにつれ一気に大きくなる尻は、男ならば目が釘付けになりそうなほど魅力的だ。
やはりクモだけにケツがスゴイのだろうか、と、黒星は内心思っていた。
「あれぇ、黒星じゃぁーん! おふろぉー?」
「ああ。今しがたな。しかし貴様、その服装は……」
黒星に言われ、蜘蛛女は不思議そうに首を傾げた。
上半身が人間型の魔獣である蜘蛛女は、普段から胸にさらしのようなものを巻いている。
自身の糸で作ったもので、なかなか丈夫な品だ。
だが、蜘蛛女が今身に纏っているのは、それとは似ても似つかないものだった。
肩が大きく開き、腹が露出したニットの上着に、やたら丈夫そうな生地のショートパンツを履いている。
手首や腰にはジャラジャラと金属製の輪をつけているのだが、その用途は黒星には皆目見当も付かない。
もしこの場にキョウジがいたとすれば、「ギャルファッションじゃないですか」と突っ込みを入れてくれただろう。
「これねぇー、イツカちんがぜってぇー似合うからぁーって、つくってくれてぇー」
「いつかちん? ああ、イツカさんか。確かに似合うというか、しっくり来るというか」
似合うという言葉通り、確かに蜘蛛女にその服装は妙にマッチしていた。
褐色の肌と、やたら派手な赤い髪のせいだろうか。
本性である魔獣然とした恰好も迫力があるが、コレはこれでまた別の意味で威圧感がある。
「でしょぉー! なんかちょーかわいくてぇー! これからおでかけだから、ちょうどいいかなぁーってぇー」
「仕事か」
「ちがうよぉー。今日オフの子達と、買い物いこーってはなしになってるからぁー」
「おふ? ああ。今日が休みの従業員とか」
ケンイチの牧場は、三日から二日の連勤と一日の休み、という労働形態を採用していた。
牧場は人里から離れているため、仕事帰りに街へ繰り出す、というのはかなり難しい。
それこそ、レインやミツバのような並外れた脚力が必要になるだろう。
なので、住み込みの従業員達はこの休みを利用して、日用品や嗜好品などを買いに出かけるのだ。
「そうそうー! ついでに美味しいもの食べたりぃー、小物見たりぃー!」
余程楽しみなのか、蜘蛛女は嬉しそうな笑顔で予定を並べる。
吸血鬼との折り合いは悪いが、蜘蛛女は基本的に社交的な性格だ。
女子寮にいる従業員達とも、非常に打ち解けていた。
「あ、やっばいっ! もう街行きのゴーレム出る時間じゃん! じゃあ、黒星、まったねぇー!」
「気をつけてな」
ひらひらと手を振りながら、蜘蛛女は階段を駆け下りていった。
その後姿を見送り、黒星はため息を吐く。
ああいう恰好は蜘蛛女ならば似合いこそすれ、黒星にはあまり似合わないだろう。
というより、性分としてああいう派手なものを黒星は好ましいと思わないのだ。
それにしても、蜘蛛女は随分人間と打ち解けている様子だった。
女性従業員と楽しそうに談笑している姿は、ここ最近よく見かけている。
ふと、黒星は自分が蜘蛛女と違い、酷く地味で、無愛想な女なのではないかと思えてしまった。
一瞬気分が落ち込みかけるが、慌てて頭を振ってその考えを振り払う。
黒星は魔獣であり、人間ではない。
そんな外見や社交性など、必要ないのである。
重要なのは、ケンイチを乗せて飛ぶ、脚の速さなのだ。
快適に背に乗ってもらうために清潔にする必要はあるが、それ以上着飾る必要など皆無なのである。
たとえ、自分の服装が黒い貫頭衣のようで、端々を紐で結んだようなものだったとしても。
それは動きやすさを重視したのであって、十二分に役割を果たしているのだ。
魔獣の姿になってしまえば役に立たなくなるものにこだわるなど、無意味以外の何者でもない。
「あら、黒星。お風呂上りかしら?」
ひらひらと自分の服を摘んでいた黒星の背中に、突然声がかけられる。
驚いてそちらに顔を向けると、病的なまでに白い肌をした女性がいた。
黒い髪に、黒い瞳。
僅かに胸元が露出した、体格にフィットした黒いイブニングドレス。
ひけらかす様な華美さはないのだが、それでも異様なほどに艶かしさと魅力を放っている。
それもそのはずだろう。
彼女はそれを武器にして人間の血を啜る、吸血鬼なのだから。
「吸血鬼か。ああ。良い天気だったからな」
「そう。貴女の鬣、綺麗ですものね。きちんとお手入れして上げないと」
手入れ、という言葉に、黒星は表情を歪める。
「ヘッドが乗る時に不快でなければいいんだ。別に手入れなんぞ必要ない」
「あら。それは違うんじゃ無いかしら」
「どういう意味だ」
首を傾げる黒星に、吸血鬼は面白そうに笑う。
それを見て、黒星は少し不快そうな顔をする。
「あら、御免なさい。馬鹿にした訳ではないのよ? ただ、ほら。私のほうが貴女より少しだけ、男心が分かっていると思うの」
「それは、そうだろうな」
草を食む黒星と違い、吸血鬼の主食は人間の生き血だ。
彼女の場合、特に男の血を好むので、たしかに詳しくもなるだろう。
手練手管を駆使して人気の無いところに誘い、その血を啜るのが、吸血鬼のやり口である。
「殿方はね、やっぱり見た目のいいものを側に置きたがる事が多いのよ。かっこいい、可愛い、美しい。そういう風に、ね? ヘッドだって、そういうものを近くに置いておく方が、気分がいいはずよ?」
「そう、か。そういうもの、だろうか」
こと人間に関して言えば、吸血鬼の経験値は黒星の比ではない。
そんな彼女にそう言われれば、そうなのかもしれないという気がしてくる。
黒星にとって一番重要なことは、ケンイチがどう感じるか、どう思うか、だ。
少しでもケンイチが喜ぶ事ならば、する理由には十二分なのである。
「うふふっ。ヘッドだって雄ですもの。近くにいる雌は、綺麗なほうが嬉しいはずじゃない?」
吸血鬼の言葉に、黒星は大きく目を見開いた。
言われて見れば、まったくその通りだ、と、思ったからだ。
ケンイチだって雄である。
黒星が惚れ込むほど、立派な雄なのだ。
同族の雌に興味が無いはずはないだろう。
それならば、少しでも見た目が良いものを置きたいに違いない。
人間は雄だけでなく、雌も異性を惹きつけるために着飾る。
アースドラゴンはちょっと色合いが違ったが、蜘蛛女や吸血鬼の服装がまさにそれだろう。
「黒星も、たまには着飾ってみてもいいんじゃないかしら。きっと、ヘッドも喜んでくださると思うわ」
「そ、うか。そうかも、しれん、な」
「ふふっ。そうそう。あら、いけない。そろそろ出かけないと。町の方々の血を吸う訳に行かないから、遠出しないといけないのよ」
何処から取り出したのか、吸血鬼は黒いケープを取り出し、肩にかけた。
どうやら、これから「食事」に向うらしい。
本人が言うように、吸血鬼はこの街の人間は一切狙う事がなかった。
そのため、毎回わざわざ遠くのどこかに出かけているようなのだ。
頻繁に食事をする必要のない吸血鬼だが、それでも二月に一度は血を求めて外へと出かけている。
元々は蝙蝠の魔獣であるため、昆虫や小動物も食べているのだが、やはり血が最も重要な食事らしい。
「じゃあ、出かけてくるわね。明日のお昼ごろには、戻ると思うわ」
「そうか。気をつけてな」
「有難う。貴女も頑張って、ね?」
とん、と肩を叩かれて、黒星はぎょっとした顔を吸血鬼へ向けた。
何が面白かったのか、吸血鬼は楽しそうに笑い、階段を下りていく。
残された黒星は、呆然とした様子で立ち竦んだ。
ぐるぐると色々な考えが黒星の頭の中で渦巻く中、ガチャリ、という音が廊下に響く。
ついで聞こえてきたのは、いかにも眠そうな欠伸だった。
「ふゎぁあぁーあぁっとくらぁー。ったく、キョウジくん人使い荒いわぁー。新しいゴーレムのプログラム組んでくれーとかさぁー。私、最近すっかりプログラマじゃない?」
「新型のゴーレムの外装が出来ている以上、プログラムの製作は急務です。急ぐのもまた、無理からぬ事でしょう」
「わぁーってるってぇー、って、おろ? 黒星ちゃんじゃん。どったの、ぼーっとして」
目を擦りながら扉を開けたのは、イツカであった。
その斜め後ろには、彼女の能力の外部装置である、ジャビコも浮かんでいる。
黒星はゆっくりとした動きで、イツカのほうへと顔を向けた。
その表情を見たイツカは、「おおう!?」と声を上げて後ずさる。
いつも凛々しい表情をしている黒星が、なにやら不安そうに眉を歪めていたからだ。
「なになに、どうしたのよ」
「いや、その、イツカさん」
「はいはい?」
真剣な様子の黒星に、イツカも思わず居住まいを正す。
暫く言いよどんでいた黒星だったが、意を決した様子で口を開いた。
「相談が、あるのだが」
「というわけで今回ご協力いただくこの街のカリスマ美容師、サムソン・ノースリバーさんです。日本語に直訳すると寒村・北川さん」
「どぉーもぉー! 皆元気ぃー!? げんきぃー!! やだぁー! もーちょーかわいー! なにこの子ー! えー、やだぁー!」
黒星に相談を持ちかけられたイツカは、それが自分には荷が重いものであると早々に単独での解決を諦めていた。
持ちかけられた相談。
それは、「私も少しは着飾った方がいいのだろうか」というものだったからである。
これは本人にとっては自慢になるのだが、イツカは今までの人生でモテるための努力というものをしたことが無かった。
それでも必ず自分のステキさを理解してくれる年収二千万以上の王子様が必ず現れると信じて疑わずに生きてきたのだが、結果はご覧のとおりである。
もちろんそんな事とは知らない黒星は、女子力たったの5であるイツカにソッチ関連のお話をふってしまったというわけなのだ。
普段ならば「そういうのきょーみないんでっ!」と全力でお断り申し上げるところなのだが、今回ばかりは多少事情が違った。
普段凛々しくかっこいい系の女子が、不安そうな様子で相談を持ちかけてきてくれたのである。
なにコレ可愛い。
ぜってぇー回収しないといけないフラグなんじゃね。
ていうかコレを無碍にするような外道さは私には持ち合わせが無い、っていうか形いいなぁ、あの乳揉みてぇなぁおい。
そんな純真さと邪さが入り交じる微妙な心情の中、イツカは無い頭を必死になって捻った。
ファッション関係で好きな人を喜ばせたい系女子の期待にマッチした答えを、全力で探す。
自分の頭に詰まったその手の情報の無さにイツカが絶望しかけたそのとき。
ふと、ある人物を思い出したのである。
それが、この街のカリスマ美容師こと、サムソンの存在であった。
思い立ったが吉日、というわけで、イツカは黒星をつれて、このサムソンの店にやってきたのである。
「サムソンさんならそういうの専門だしさぁー。髪の毛いじるのも得意そうじゃーん? あ、でもあれだよ。黒星ちゃんの髪、切っちゃ駄目よ?」
「わかってるわよぉー! 貴女、ケンイチちゃんが乗ってる黒い天馬ちゃんなんですってぇー!? こんな可愛い子に変身出来ちゃうのねぇー!!」
鎧のような筋肉に覆われた2mの巨体を揺らしながら、サムソンはじりじりと黒星に接近していった。
同じ速度で黒星のほうは離れていっているので、距離は一向に縮まる気配は無い。
普段はクールな黒星の表情が引きつっている辺り、かなり怖がっているようだ。
「やだぁー! もぉー! そんなに怖がらないでぇー! おねぇさんこわくないわよぉー?」
「いや、怖いですよ。なんか、取って食われそうですし」
横から冷静なツッコミを入れたのは、日本人の中で数少ないツッコミ要員であるキョウジだ。
黒星のついでに、と、キョウジもイツカにつれてこられたのである。
健康な人が増えたおかげで、キョウジも自由な時間を取れるようになっていた。
空いた時間は主にゴーレムや銃などの、イツカのダンジョン能力での創作物に費やされている。
そのせいか、最近ではすっかり打ち解けたキョウジとイツカであった。
「そんなぁー、キョウジセンセイったらぁー! そんなひどいことしーませぇーん!」
「ひどいことって言うか。ていうか、いや、なんなんですかこれは」
キョウジが指差したのは、自身の体だった。
正確には、着ている洋服だ。
フリルの付いた可愛らしいシャツに、紺色のスカート。
地味なようだが、キョウジの持つ清楚さが上手く引き出されており、逆に魅力を引き出す事に成功している。
髪の方はクシを通した程度のようなのだが、普段から手入れがいいのか艶やかでとても美しい。
そう。
キョウジはいつぞやのように、強制的に女装させられていたのである。
「なんなんですか、これはっ! なんで僕、女装させられてるんですかっ!」
「えっ? ほらぁ、黒星ちゃんにぃー、お洋服かえるだけで、こんなに違うのよぉー! って、見せるため?」
「にしたって、何で僕なんですかっ! イツカさんでいいでしょう! 一応イツカさんだって磨けば光りそうですし!」
地味にひどいことを言っているようだが、イツカはまったく気にしていない様子だった。
それよりも、手に持った酒瓶の中身を飲むのに忙しいようだ。
「もぉー、キョウジセンセイったらてれちゃってぇー! だってキョウジセンセイ、男の娘にするととってもかわいいんですものぉー! もうそのまま男の娘になっちゃいましょー!」
「嫌ですよっ! 僕は普通に女の子が好きなんですから! 女の子が好きなんですから! イツカさんもですよ、僕を女装させて何が楽しいんですかっ!」
「げぇーふ?」
「ゲップで応えないでくださいっ! いくらなんでも恥じらい無さすぎでしょう!」
キョウジの突っ込みに、イツカはすこぶる楽しそうに笑い声を上げる。
顔色は一切変わっていないのだが、既にかなりアルコールが入っているようだ。
徹夜をした後の酒というのはかなり効きそうだが、飲むペースは一切緩まらない。
「あっはっはっは! まぁまぁ。いいじゃぁないのぉ! おかげで黒星ちゃんにも服飾の素晴らしさが理解してもらえたみたいだし?」
イツカに言われ、キョウジは苦虫を噛み潰したような顔で黒星のほうに顔を向けた。
サムソンの動きを警戒しつつも、黒星はキョウジを見て目を丸くしている。
その視線に、キョウジは渋い顔でたじろいだ。
線の細い、色白で控えめな少女然とした外見のキョウジが頬を桜色に染める姿に、黒星は唸り声を上げた。
「たしかに。服飾だけで外見というのは恐ろしく変わるものなのだな」
「ほらぁ。よかったじゃない。一人の女の子を救ったよぉ?」
けらけら笑いながら言うイツカの言葉に、キョウジは握った拳を震わせる。
「全然嬉しく有りませんよっ! なんですかこの適当な感じ! ついでだから女装させてみました、みたいなっ!」
「いやいや、マジで参考になってるって。ねぇ、黒星ちゃん。あの野暮ったくてモブ顔一直線のキョウジくんでもこうなるのよ? 美女な黒星ちゃんなら絶対ケンイチさんも気に入ってくれるってぇー」
「俺は別に、気に入る気に入らないというか、ただヘッドが跨る時に不快に感じなければだな……」
「跨るってなんか不穏な響きよねぇ」
顔を険しくしつつも赤くなりながら言う黒星に、イツカはニヤニヤと笑う。
どうやら、何か糸口をつかんだらしい。
「じゃあさぁ、こう考えてみようよぉ。ケンイチさんのダイジな相棒な訳でしょう? 黒星ちゃんはぁ。ならさぁ、それが野暮ったいアレだったら、カッコ付かなくない? ほら、ケンイチさんが」
「ぐっ。そ、そうなのか……?」
「そうそう! 一応ほら、黒星ちゃんも寮で生活してるわけじゃない? きゃー! やだぁー! ケンイチさんあんなイケてない天馬にまたがってるのぉ!? うけるぅー! とかになったら大変じゃん?」
「それは……」
「全然評判も違ってくると思うよぉ? ああ、やっぱケンイチさんは相棒もキレイでかっこよくて、違うわぁー! って!」
「相棒、ヘッドの、俺がか……?」
「そりゃそうでしょうよぉー! 愛馬って言えばもう、命預けてるのと同じなんだからさぁー。やっぱりぃ? それ相応見た目がよくないと決まりが悪いじゃなぁい?」
思案顔で瞳を彷徨わせる黒星の後ろに回り、イツカは嬉しそうにぼそぼそとなにやら吹き込んでいく。
その表情は、何処までも楽しそうなものだ。
「イツカさん、悪徳セールスでもやってたんですかね。ていうか、今の恰好でも黒星さん可愛いじゃないですか」
「まあ、そうねぇ。とはいえちょぉーっと個性的過ぎるし、いつも同じ恰好って言うのもねぇ。女って男以上に、そういうの見ているものよ。女の集団の中で暮らすなら、なおさら、ね?」
「オカマの人に言われるのもあれですけど」
キメ顔で言うサムソンに、キョウジは顔を引きつらせた。
「なんにしても、見た目を意識するのは悪い事じゃないわぁ。ほらぁ。四天王の中でも黒星ちゃんて、人付き合いが得意な方じゃないじゃない? お話しするきっかけになるもの」
「確かに女子寮で暮らす上で、話しのきっかけとか、とっつきやすさとかは重要ですよね。ていうかなんでそんなことサムソンさんが知ってるんですか」
「あら。うちはこの街一番の美容室よ? 牧場に勤めてる子のなかにも、お客さんはいるんですからぁん」
「ナルホド。でも皆さん、四天王の方々に悪い印象は持ってないんですよね。魔獣に携わる仕事だからなんでしょうけど。ケンイチさんの事はともかく、話すきっかけにでもなれば、方々良いこと尽くめなんじゃないですかね」
「もしかして、キョウジセンセイも女子寮の子達から相談受けてたりしてたの? 四天王の子達のこと」
「そりゃ、流石に接し方が分からないでしょうからね。最初の頃は。ほら。治療魔法使いと美容師には、皆さん口が軽くなるんですよ」
苦笑するキョウジに、サムソンはイタズラっぽく笑った。
ごっついオカマがイタズラっぽく笑っても怖いだけなのだが、キョウジはあえて突っ込みをいれずにおく。
そのぐらいの良識は、キョウジにもあったのだ。
キョウジとサムソンがそんなことを話している間に、どうやら黒星の説得に成功したらしい。
顔を真っ赤にしてうつむいている黒星の肩に手を回したイツカが、酒瓶を片手に楽しそうに笑っている。
「はいはぁーい! サムソンさん、でばんでっすよぉーう! 黒星ちゃんをかわいくしちゃってくださぁーい!」
「まかせてぇーん! すぐにかわいくしちゃうわぁーん!」
張り切るサムソンを見て、「何も安心できないな」と思ったものの、キョウジは何も言わなかった。
ここで何か言えば、黒星が怖気づくだろう。
そのぐらいの良識は、キョウジにもあったのである。
白いフリルのワンピースに、レースのカーディガン。
細い腰周りは、桜色のリボンで縛る。
深窓のご令嬢然とした落ち着いたその衣装は、黒星に意外なほどにあっていた。
真っ赤になってうつむいている黒星を、イツカは顎に手を当ててじっくりと観察する。
「おー。コレはコレは。やっぱコレ系ですかサムソンさん」
「そうよぉー! 黒髪に白いワンピって映えるわぁー! ほら、黒星ちゃんってどっちかって言うとキョウジセンセイと一緒で清楚系じゃない?」
「わかるぅー!」
「だから同じ系統の服が似合うと思ったのぉー! 黒星ちゃんの胸、綺麗な形してるから、隠しすぎない様にカーディガンを前開けにするのがポイントなのぉー!」
「おもったぁー!」
「でしょー!」
謎の言動で分かり合うイツカとサムソンを、黒星は僅かに震えながら見守っていた。
恥ずかしさやらなんやらが入り交じって、混乱状態にあるらしい。
「そうそう、髪を梳かすとき、ズィアラフの香油をすこぉし使ったのっ! 艶も出て、香りもいいわよぉー!」
「女の子の匂いに、慎ましやかな花の香りかぁー。こいつぁーそそりますなぁー。うぇっへっへっへ!」
おっさんのような笑い方をしながら、イツカは手にした酒瓶を呷った。
キョウジに白い目を向けられているが、気にするようなイツカではない。
「さぁーって、じゃあ、おめかしが完成したところで。ケンイチさんに見せに行きますかぁー」
「なっ!? い、いやまてっ! それは必要ないのではないか!?」
「なにいってるのぉー、折角着飾ったんだから見せに行かないとでしょ! ほらぁ、折角自分で香油ももってきたんだし?」
サムソンが髪を梳かす時に使ったというズィアラフの香油は、黒星が自分で持ち込んだものだった。
イツカのダンジョン攻略の折、キョウジから貰ったものだ。
それを指摘されて、黒星は更に顔を赤くして押し黙ってしまう。
普段はクールなのだが、ことケンイチが関わると黒星は強い羞恥心を覚えるらしい。
キョウジが遠い目で「爆発すればいいのに」と呟いているが、誰も気にも留めていなかった。
黒星の動きが鈍くなったのを、好機と見たのだろう。
イツカは黒星の後ろに回りこむと、ぐいぐいと背中を押し始める。
「さっさ! いこういこう!」
「まっ、おす、おすなっ!」
「じゃあ、御代は後で払いに来るからぁー! お世話様ぁー」
「はぁーい! いってらっしゃーい!」
黒星を押しながら、イツカはさっさと外へと出て行った。
サムソンはすこぶる楽しそうに、それを見送る。
一緒に残されたキョウジも、ひらひらと手を振った。
「さて。じゃあ、僕も帰ろうかな。あ、着替えってどこに置いてありましたっけ?」
サムソンは困ったような顔を作ると、頬に手を当てた。
そのリアクションを見たキョウジの頭に、嫌な予感がよぎる。
「ごめんなさい? なんか、イツカちゃんが間違って度数の高いお酒こぼしちゃってぇー。近くでお湯作るために火を焚いたから、引火してぼろっぼろになっちゃったのよねぇー」
サムソンが指差した先にあったのは、その言葉通りこげて大穴の開いた服の残骸であった。
色合いから見て、キョウジが着てきたものに間違いないだろう。
判別は付くが、着る事は出来ない状態である。
「いま着てる服あげちゃうから、それでゆるして?」
「100パーわざとじゃないですかぁあああ!!」
キョウジの魂の叫びが、サムソンの店を揺らしたのであった。
へらへらと笑いながら、イツカは酒瓶を呷りながら街中を歩いていた。
酒瓶を持った反対の手には、黒星の手が握られている。
サムソンの店にいたときよりも大分落ち着いてはいたが、やはり黒星の頬はほんのりと桜色に染まっていた。
僅かにうつむき、少しだけ表情を険しくしながらも、抵抗する様子はない。
まだ何か心の中で葛藤があるらしく、残った手をにぎにぎと開閉させている。
イツカはそんな黒星の様子をちらりと見て、嬉しそうに笑った。
「四天王の面子ってさぁー。皆、ケンイチさんのこと狙ってるじゃない?」
「他の奴等はどうかしらんが、俺は別に……!」
「まぁまぁ。キョウジくんさぁ、なんだかんだ面倒見いいじゃない? コネもあるし、色々手助けしてくれるしでさ。だからなんだろうけど、他の三匹からも相談持ちかけられたみたいなのよ」
黒星も、そのことはよく知っている
女子寮に住むことになった一軒以来、三匹は今まで以上にキョウジを頼りにするようになっていたからだ。
それまでは、ケンイチが一目置いているからや、治療魔法を使えるから、というのが、その理由だった。
だが、最近では随分評価が変わっている。
「で、黒星ちゃんのこと、気にしてたみたいなんだよねぇ。他の子はすげぇ積極的だけど、黒星ちゃんは全然だなぁーって」
「だが。キョウジさんに、あまり迷惑をかけるわけにもいかん」
「いいのよぉ、かけちゃえばさぁー。そしたら、キョウジくんも黒星ちゃんに頼み事、しやすくなるでしょう?」
へらっと笑うイツカの言葉に、黒星は納得したような声を出す。
キョウジが頼みごとをする相手は、皆、キョウジに何かしらの借りを持っていた。
誰かに誰かを引き合わせ、それによって借りを作り、それを使って誰かの願いを叶える。
その繰り返しで、キョウジは強いコネを方々に持っているのだろう。
「計算なのか、単に良い人なんだか。まあ、半々ぐらいかねぇ。なんか、さっき聞いたらさ。もしかしたら黒星ちゃんがそういう相談を持ち掛けて来るかも知れないから、そのときのために衣装用意しといて、って、キョウジくんがサムソンさんに頼んでおいてくれたらしいのよ」
「そう、なのか。それは、なんというか。手回しがいいな」
「余計なお世話か微妙なところだよねぇー。まあ、だからって訳じゃないけどさ。キョウジくんのそういう頑張りに免じて、ケンイチさんにそのお洋服見せに行こうよ。きっと喜ぶしね」
渋い顔をしながらも、黒星はこくりと頷いた。
貸し借りなどに固執するのは、何も人間だけではない。
高度な知能を持つ魔獣などは、人間などよりもよほどそういったものを重視する傾向にある。
特に黒星はその傾向が強いので、こういう言い方をされると非常に断りにくくなるのだ。
もちろん、イツカもそれは分かっているのだろう。
「そうだな。折角用意して貰ったんだ。見せるだけ、見せよう」
意を決したような黒星の言葉に、イツカは楽しそうに笑う。
「そうそう! モッタイナイ、モッタイナイ! ったく、こんだけやっていい人どまりだからねぇー。キョウジくん、呪われてんじゃねぇーの?」
ぼそりと呟きながら、イツカはぺちっとジャビコを叩くのであった。
イツカと黒星が向かったのは、コウシロウの店だった。
昼時を過ぎたこの時間は、ケンイチが配達に来る予定だったからである。
一応イツカは牧場の従業員という事になっているので、その辺の予定は把握していたようだ。
ピークを過ぎて人気が少ない店の扉を、イツカは元気よく押し上げた。
「ちょりーっす」
「はいはい。いらっしゃい。おや、イツカさんと黒星さん。珍しい組み合わせですねぇ」
「おお? あんだ、イツカおめぇ、徹夜だったんじゃねぇーの?」
気の抜けたイツカの声に、コウシロウとケンイチが反応を示す。
二人は入り口近くのテーブルでお茶を飲んでいたらしく、イスに座ったままドアの方を振り返っている。
「そーそー。キョウジくんに必要だからーって頼まれたんですよねぇ。あ、そういえば文句言うの忘れてた。まいっか」
イツカはへらりと笑うと、ケンイチ達が着いているテーブルへと歩み寄った。
手にしていた酒瓶を振って中身が無いのを確認すると、厨房の方へと声をかける。
「ユーナちゃーん! お酒とおつまみー!」
「はーい! あ、イツカさん、いらっしゃいませ! お連れの方も、いらっしゃい!」
はきはきとしたユーナの挨拶に、黒星は会釈だけで返す。
ケンイチの前だからなのだろう。
その表情は、いつものように引き締まったものだった。
そんな黒星を見たケンイチは、目を丸くして、感心したように声を上げた。
「おー。そういうのも似合うんだなぁ」
「キョウジさんが用意してくれたらしくて。着てみた」
「おお、キョウジかぁ! 相変わらず気ぃー利くよなぁ!」
嬉しそうに笑うケンイチを見て、黒星の表情が僅かに緩む。
それに気が付いているのかいないのか、ケンイチは何かに気が付いたように顔を上げる。
「お、ズィアラフの匂いがすんなぁ」
「それねぇー。来る時にサムソンさんところ寄って来たから。色々とおめかししてきたのよ、黒星ちゃん」
ケンイチの疑問に答えたのは、イツカだった。
それを聞いて、ケンイチは納得したように頷く。
「せっかく服も用意したんだもんなぁ。いいことじゃねぇか。女っぷりが上がって、キレイじゃんよ」
「そう、か」
「この匂いもなぁ。あんか、最近ズィアラフの花やら見ると、おめぇの顔思い出すわぁ!」
ケンイチはそういって笑うと、テーブルの方へと体を向けなおした。
どうやら、お茶が飲みたかったらしい。
丁度タイミングよく、黒星は顔を真っ赤にしたまま、固まっている。
コウシロウはそんな彼らを見て、ニコニコと笑顔を作った。
「いやぁ。若いというのはいいですねぇ」
「若くても無縁の子もいますけどねぇ。主にメガネ的な意味で」
それだけで察しが付いたのだろう。
楽しげなイツカの言葉に、コウシロウは笑顔を苦笑いへと変える。
「まぁ、彼にもきっと、いい人が見つかりますよ」
「だといいんですけどねぇー」
肩をすくめてそういうと、イツカは名残惜しそうに空になった酒瓶の口をぺろりと一舐めするのだった。
ちなみにその頃、当のメガネはというと。
服が無いなら誰の目にも留まらぬ速さで帰ればいいじゃない、ということで、いつもお世話になっているユニコーンに送迎を頼んだり。
その途中、通りがかった教会の工事用の足場が崩れて人が一人下敷きになる現場に出くわしたり。
女装している事を忘れて、とっさに救出活動に参加したり。
そのときに、ユニコーンに指示を出して働いてもらったり。
近くにいた、所有者とイツカ、キョウジ以外の指示を受け付けないセーフティをかけた工事用ゴーレムに指示を出して働いてもらったり。
助け出されたものの、明らかに重傷だった怪我を一瞬で治したり。
「キョウジ先生以外で、あんなすごい魔法を使えるなんて!」
「ユニコーンを連れて、言う事を聞かないはずのゴーレムまで動かすとは!」
「ま、まさかっ! 以前、旅の方が言っていた、女神様ではっ!」
などと教会関係者が騒ぎ始めたところで、自分の外見のことを思い出したり。
あわてて半泣きでその場を走り去ったり。
この出来事が、後に教会本部が指定する「女神の奇跡」の一つとされたり。
なんやかんやそんな感じで結構大変な目にあっていたりした、のだが。
それはまた、別の話である。
強烈に長いけど気にしない
次回から本編に戻ります
でもその前に神越書きます

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