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地方騎士ハンスの受難 作者:アマラ

二章

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二章 ダイジェスト

 隣国実験部隊の脅威も去り、ハンス達が住む辺境の街には、一部平和な日々が戻っていた。
 領主であるロックハンマー侯爵がレインを残して行ってくれた事から、ハンスの仕事も大分少なくなっている。
 それでなくても、ミツバが中心となっている、ゴブリンやオークからなる自警組織「自衛隊」により、ハンスの仕事はゴリゴリと減っていた。
 今までが忙しくなっていた分、ハンスは暇をもてあますようになったのである。
 治療魔法使いであるキョウジも、同じように暇をもてあますようになっていた。
 根本的に人間の不調すべてを取り除いてしまうキョウジの魔法により、街は健康優良人であふれかえったのだ。
 そうなってしまえば、キョウジの出番は大きく減ってしまう。
 以前は忙しく飛び回っていたのが、今では街に居ることが多くなっていた。
 他の三人はと言えば、実に忙しい毎日を送っている。
 ケンイチは牧場の経営。
 ミツバはハンスの従者としての仕事。
 コウシロウは料理人として。
 もちろん、レインも充実した日々を送っている。

 そんな、ある日。
 みんなで集まった食事会のとき、ある日本文化が話題に上った。
 そう、温泉である。
 味噌、醤油ときて、日本人達は次に温泉を求めたのだ。
 ハンスによると、この世界にも温泉はあるらしい。
 ただ、このあたりにあるとは聞いたことがないという。
 とはいえ、このあたりは未開の秘境。
 探せば温泉の一つや二つあるかもしれない。

「自分に、いい考えがあるっす!」

 そういって温泉探しに名乗りを上げたのは、ミツバだった。
 ほぼ十割方厄介ごとになる臭いがしたのだが、どうせとめても聞かないということで、ハンス達はミツバの好きにさせることにしたのだった。



 そのころ、とある洞窟に、異変が起きていた。
 何もない中空から突然、人間が現れたのである。
 眠っているかのように目を閉じて動かないその人物は、黒い髪と黒い瞳を持っていた。
 日本人の女性だ。
 名前は、スヤマ・イツカ。
 目を覚ましたイツカは、自分が見覚えのない場所にいることに激しく動揺した。
 そして次の瞬間、頭から奇妙なものがずるりと抜け出す。
 現れたのは、黒い球体状の塊だった。

「私は、貴方の能力によって生み出されたものです」

 そう語る黒い球体は、ここがどこで、どうして自分が出てきたのかをイツカに説明した。
 ここは異世界である。
 自分は、イツカの能力の一部である。
 突拍子もない話ではあったが、イツカにはそれがすとんと納得できてしまった。
 球体曰く、それは球体がイツカの一部であるから、ということらしい。

「私は貴方であり、貴方がダンジョンマスターとしての力を遺憾なく発揮するために存在しているものなのです」

 ダンジョンマスター。
 それが、イツカの能力だ。
 それにより、イツカはいくつかの機能を、既存の非生物に添付できるのだという。
 一つは、ダンジョン化。
 その近くで死んだ生物の体から、魔力を吸収、蓄える。
 この魔力は、イツカの自由に使用することが可能だ。
 魔力の使い道が、残りの三つ。
 一つは、何かを放出する、トラップを作ること。
 炎や氷の槍、鉄のつぶてなど、さまざまなものを射出することが出来る。
 もう一つは、ゴーレムの機能を添付すること。
 これにより、無機物はイツカの指示通りに動き出す。
 最後の一つは、それら二つの機能を制御する機能。
 つまり、思考力を与える能力だ。

「基本となり、住居ともなるダンジョン。そして、放出型と、可動型。それら全てを制御する、思考型。この四つの機能を、非生物に付け加える事ができる。それが、貴方のダンジョンマスター能力です」

 イツカにはこれらの能力を使い、ダンジョンを作る必要があるという。
 この世界には人間がいて、保護を求めることも出来るかもしれない。
 だが、この周囲には人里がないかもしれないという。
 そうなれば、危険な生物が跋扈するこの世界で、一人彷徨う事になる。
 イツカが安全を確保するには、少なくとも今は、ダンジョンを作ること、だというのだ。
 敵になるものを倒し、食料を狩る事に力を増していくダンジョンは、まさに打って付けだろう。
 この世界は、地球よりもはるかに危険な生き物が巨万といる。
 ダンジョンをつくり、それを大きくしない限り、安全は確保できないという。

「ただし、これらの機能は、維持するために魔力を消費します。小さなダンジョンであれば貴方の魔力だけでも十二分に維持できますが、将来的にはそれでは不足するようになるでしょう。ダンジョンの中で生物を殺し、魔力を補給する必要があります」

「じゃあ、不足しないような小さなダンジョンで我慢すればいいんじゃない?」

「それでは、安全を担保するのは難しいと考えられます。例えばこの洞窟に狼の群れなどがやってきた場合、貴方の魔力だけで対応することは不可能です」

 球体、ジャビコと名づけたそれがいったことにうそがないことは、イツカが一番よくわかっていた。
 彼女の能力の一部であるジャビコは、イツカにうそをつく必要も、理由もない。
 結局イツカは、自分の能力を使い、ダンジョンを作ることを決めた。

「最終目標は逆ハーレムでも作る事だね」

 かなりきつい状況なのだろうが、イツカはそういってのけた。
 彼女は、恐ろしく図太い神経の持ち主だったのだ。

「かなり難しいと思われます」

「まあ、そもそもここ人居ないしね」

 イツカは、笑顔で続けた。

「とりあえずの目標は、お風呂でも作る事かな。ここ、水もあるし。火っていうか、熱は放出系でどうにかなりそうだし」

 こうして、イツカはダンジョン作りを開始したのだった。



 一方。
 ケンイチの手下達は、上へ下への大騒ぎになっていた。
 ミツバの温泉探しが、思わぬ方向へ転がりだしたのである。
 ケンイチの手下である魔獣達は、一枚岩ではない。
 むしろそれぞれ種族ごとに別れ、いがみ合っていた。
 それぞれが手柄を立てて、優位に立とうとしのぎを削りあっているのである。
 その中で、ミツバとケンイチが鳥魔獣達だけに温泉捜索を任せたことが、思わぬ波紋を呼んだのだ。
 日本人全員が欲している温泉を見つけたら、大手柄だ。
 この手柄を、鳥魔獣達だけが得られるかもしれない状態にある。
 ほかの魔獣達はあせりまくり、ケンイチに直談判に出た。

「ヘッドぉ! 水臭いっすぜぇ! 鳥だけに探させるなんてよぉ!」

「地べただったらオレラオオカミの仕事じゃねぇーっすかぁー!」

「ざっけんなコノ毛玉野郎っ! トカゲの方が行動半径広れぇーんだぼけがぁ!」

「ああん?!」

「てめぇこのウロコ、あんま吹いてんとマジいわすぞシャバ憎がよぉ!?」

 あまりに騒がしいその様子に、ケンイチは仕方なくすべての手下に、仕事に支障が出ない範囲での温泉捜索を許した。
 そこで、こんなことをいったのである。

「そうだ。おめぇらん中で誰かこの裏山に今度から張り付いといてくれやぁ」

 山というのは、ケンイチ達が暮らしている場所の、裏手にある丘のことである。
 ケンイチにその意図はまったくなかったのだが、手下達はこの場所を特別な場所であると認識していた。
 このタイミングでその場所について触れたことから、手下達は「温泉を見つけたやつがそこに縄張りを張れる」と判断したのだ。
 まさに大手柄。
 ケンイチの手下達にとっては、願ってもない大チャンスだ。
 これには四天王と呼ばれている、強大な力を持つ四匹の魔獣も飛びついた。
 ケンイチの愛馬である、黒い天馬、黒星。
 強靭な鱗と圧倒的な腕力、破壊的な威力のブレスを持つアース・ドラゴン。
 何千何百という数の蜘蛛に分裂することが出来る、蜘蛛女。
 いくつもの魔法を操り、蜘蛛女と同じくいくつもの蝙蝠に変化することが出来る、吸血鬼。
 ケンイチの手下達による、全力での温泉捜索合戦が、幕を開けたのであった。



 生活に余裕が出来、休みも取れるようになったハンスとキョウジだったが、二人とも休みを取るのが非常に苦手であった。
 今まで忙しかった分、どうにも暇な状態というのに慣れなかったのだ。
 それを見たミツバが、こんなことを言い出した。

「自分に、いい考えがあるっす!」

 温泉を見つけるためにあちこち飛び回る中で、大きな湖を見つけたのだという。
 そこに、皆でピクニックに行こうというのだ。

「フーコー・メイビーでとってもいい所っす! まあ、宍道湖には敵わないっすけどねっ!!」

 ミツバの強引さに押し切られる形で、このアイディアは実現することとなった。
 参加するのは、ケンイチ、キョウジ、ミツバ、コウシロウに、ハンスである。
 レインは何かがあったときのための、連絡要員として、街に残ることになった。
 移動の足は、鳥魔獣達だ。
 彼らの飛行能力ならば、離れた場所にある湖へ遊びに行っても日帰りが可能だという。

「れいんさーん! いってくるっすねぇー! おみやげもってくるっすー!」

 元気そうなミツバの声を聞きながら、面々は一路湖へと向かった。

 ミツバの言ったとおり、湖は大変に美しい場所だった。
 ハンス達は当初の予定通り、釣りを楽しむことにする。
 数少ないハンスの趣味が、釣りだと言うからだ。
 途中、水面を走っていたミツバが淡水鮫に飲まれる、という出来事はあったものの、釣果はまずまず。
 ミツバも問題なく鮫を仕留め、有意義なイベントを楽しむことが出来た。
 釣りをした後は、バーベキューだ。
 調理の担当は、もちろんコウシロウ。

「先につけておくタレと、焼きながらつけるタレがすこぉし違うんですよぉ。染み込ませるタレと、焼くのにいいタレとねぇ」

 最近コウシロウの店で働き出したユーナにも預けたという秘伝のタレの説明をしながら、コウシロウはうれしそうに笑う。
 うまそうに焼ける肉と魚に、皆歓声を上げた。

「そんなむずかしー話よりも、メシっす! 食いものっす! 早く自分に肉と魚とあと野菜をよこすっす!」

「はいはい、直ぐに焼きあがりますからねぇ」

 コウシロウがミツバをなだめた、そのときだ。
 森のほうから、突然白い水蒸気のようなものが立ち上ったのである。
 すぐさま千里眼で正体を確かめようとしたコウシロウだったが、予想外のことがおきた。
 その場所を正確に見通すことが、出来なかったのだ。
 ハンスによれば、水蒸気が上がった一体は、異様に魔力濃度が高いのだという。
 そのため、千里眼が阻害されているのだろう、と。
 ハンス達はその招待を探るため、とりあえずおいしくバーベキューをいただいてから、探索に向かうことにしたのだった。



 ダンジョン作りをはじめたイツカは、順調に成果を挙げていっていた。
 まず最初に取り掛かったのは、ゴーレム作りだ。
 魔力の燃費がいいというゴーレムで魔獣を捕らえ、ダンジョン化した洞窟に引きずり込む。
 そこで止めを刺す、という方法で、魔力を着実に貯めていっていたのである。
 戦闘用、ダンジョン整備用、汎用。
 三種類のゴーレムから始まったイツカのダンジョンは、見る見るうちに広がっていく。
 幸い、ダンジョンが安定するまで、大きな魔獣が襲ってくることはなかった。
 一度だけ中型の猪魔獣に手こずった事はあったが、それ以外は順調そのものだ。
 ゴーレムを増やし、洞窟の内部を整え、幾つものトラップを仕掛ける。
 このころになってくると、魔獣への対応も随分様になっていた。
 それでも慢心することなく、イツカとジャビコは堅実にダンジョンを作っていく。
 ダンジョンの外の広い範囲を、ゴーレムで探索も行なっていた。
 だが、人間はおろか、人里を発見するには至っていない。
 どうやらイツカたちがいる場所は、人里からかなり離れた場所らしかった。
 人恋しくはあったが、いないものは仕方がない。

 ダンジョン作りが順調に進む中、イツカは当初の目的の一つを果たすことにした。
 お風呂の製作だ。
 ゴーレムに地面を掘らせ、水をひき入れる。
 底に仕掛けておいた熱を発するトラップを発動させれば、お風呂の出来上がりだ。
 吹き上がる湯煙に、イツカは目を丸くする。

「すげぇ! 間欠泉みてぇ!」

「実際、それに近いかもしれません。あのトラップからは熱のほかに、温泉成分も噴出するようになっています。人工的な温泉と言っていいでしょう」

「マジでかー。まあ、鉄とかも飛ばせるんだし、湯の花ぐらい出せるか。気が利くねぇ、ジャビコ」

 吹き上がる温泉を見て、いつかは満足そうにジャビコを叩いた。

「とりあえず、最初の目標クリアかぁ。次は逆ハーレムかねぇ」

 そう。
 ハンス達が見たのは、この湯煙だったのだ。
 これからとてつもない災いが訪れるとも知らず、イツカは楽しげな笑い声を上げた。



 イツカのダンジョンの前に来たハンス達は、その場所を「妖精の家」と呼ばれるものではないか、と推測していた。
 それは、いたずら好きの妖精がたくさん集まり、あれやこれやと改造した場所のことである。
 ハンス達がそう判断したのも、実は無理からぬことであった。
 イツカの能力は、この「妖精の家」に限りなく似通っていたからだ。
 つまるところ彼女の能力は、「妖精の家と同じようなものを作る」というものだったのである。
 この妖精の家には、厄介な特徴があった。
 住民である妖精達は数が増えると、周囲にいたずらをしに出かけるのだ。
 数が増えた妖精の「いたずら」は、人間の生死にかかわることもある。
 ハンスの国では、兵士が「妖精の家」を見つけた場合、速やかに破壊することが推奨されていた。
 だが、今ここにいる兵士は、ハンスだけだ。
 どうしようかと考えるハンスだったが、日本人達の反応は、おおよそ予想できるものだった。
 自分達がお世話になっている街を守るためだったら、いくらでも手を貸す。
 彼らが並みの兵隊よりもずっと頼りになることを、ハンスはよくよく知っていた。

「ここが本当に妖精の隠れ家かは内部を確認してみなければ分からないが、その確認と、そうであった場合の内部の破壊をしようと思う。手伝ってくれるか?」

 ハンスの言葉に、日本人達は大きくうなずく。

「まぁーかしてください。ばっちりキメてやりますよぉ」

「もちろんですよ! あ、もちろん僕は回復要員として外で待機してますけど」

「要するにぶっ壊せばいーんすよね! 得意ジャンルっす!」

「はいはい。老骨に鞭を打ちましょう」

 こうして、ハンス達はイツカのダンジョンの破壊へと乗り出したのである。



 イツカのダンジョンは、実によく出来ていた。
 ゴーレム化した隠し扉や落とし穴。
 電気や毒ガス、炎などのトラップ。
 普通ならば、そうそう破られることはないだろう。
 相手が普通ならば、である。
 国最高の強化魔法の使い手であり、魔術殺しの異名を持つハンス。
 最近能力がパワーアップし、常時怪力を発揮できるようになったケンイチ。
 どんな怪我や病気、体調不良も、生きてさえいればすべて回復させてしまうキョウジ。
 溶鉱炉に手を突っ込んでけらけら笑ったり、蹴り一発で大岩をカチ割るミツバ。
 千里眼の能力に、圧倒的銃の技術を持つコウシロウ。
 こういった化け物を相手にするには、いささか力不足だったのだ。

 丹精込めて作ったトラップが次々に破壊されていく光景に、イツカの神経はゴリゴリとすり減らされていく。

「あああ! なんなのマジで! マジでなんなの!?」

「分かりません。ですが、彼らがこちらを圧倒する力を持っているのは確かです」

「いきなり人のダンジョン入ってきてぶっ壊すか普通! コッチはまだ何もしてなかったのにっ!!」

 ハンス達がダンジョンに入って早々は、イツカはハンス達に対してトラップの発動を躊躇っていた。
 相手が何者か分からないのに攻撃するのは、愚策だと思ったからだ。
 イツカのダンジョンは、ケンイチの手下達に囲まれていた。
 巨大な体躯を持つ、強力な魔獣達にである。
 魔獣達と会話をしているのを見ていたため、イツカはハンス達の正体を、掴みかねていた。
 人間のようにも見えるが、もしかしたら魔獣の類かもしれない。
 そう思っていたのである。
 だから最初は攻撃をためらったのだが、ここを破壊しなければならないと思っていたハンス達は、一切躊躇がなかった。
 片っ端から叩き壊し、踏み潰し、蹂躙して行ったのだ。
 破壊されて行くダンジョンを見ながら、イツカは心の中である決断をするのであった。



 ついにダンジョン内全てのゴーレムとトラップを破壊しつくしたハンス達は、ほっと胸をなでおろした。
 これで全て終わりかと思ったところで、コウシロウが千里眼で思わぬものを発見する。
 壁の向こうの隠し部屋に隠れている、イツカだ。
 これを、妖精にさらわれた人物か何かだと思ったハンス達は、大急ぎで壁を壊す。

「な、ん? あの、君、大丈夫……」

「なんかよくわかんないけど、とりあえず殺さないでくださいっ!!」

 壁を壊して覗き込んだハンスが見たもの。
 それは、イツカの華麗なる土下座だったのである。



 結局、イツカはハンス達からの事情の説明を受け、その正体を知ることとなった。
 イツカとしても自分以外の日本人がいる可能性を考えないではなかったので、すんなり受け入れられたようだ。
 気まずかったのは、ハンス達のほうである。
 イツカのおかれていた状況を慮れば、ダンジョンを作るという行為はある種当然のことだろう。
 それを確認もせずに一方的に破壊してしまったのだ。
 なんともいえない気まずさを、ハンス達は抱えていた。
 が。

「いやぁー! やっとまともな食事にありつけますわぁー! 焼いた肉か、果物しか口に入れて無くって!」

 イツカはあっけらかんとした様子で、コウシロウが作ったバーベキューを貪り食っていた。
 そう。
 スヤマ・イツカは、すこぶる付きに図太い神経の持ち主だったのである。



 結局、イツカはケンイチの牧場に住み込みで働くことになった。
 ケンイチの牧場には女性寮が作られることになっており、そこで住む事になったからだ。
 イツカの主な業務は、牧場のダンジョン化と、ゴーレムの製作などである。
 ゴーレムは単純に労働力として使われ、トラップもその有用性をうまく利用し、冷蔵庫の製造などに役立てられていた。
 今ではすっかり、イツカも街の一員になっていたのだ。



「いやぁー、やっぱこー、五臓六腑に染み渡りますよねぇー」

 頭に手ぬぐいを乗せ、イツカはしみじみとした様子でつぶやいた。
 今、彼女が浸かっているのは、牧場にある宿舎の裏山に作られた、擬似温泉である。
 キョウジの舎弟達が必死にその所有権を争っていたその場所は、結局擬似温泉になったのであった。
 最初は色々と思うところありげだった舎弟達だったが、ケンイチがすこぶる嬉しそうであったため、納得した様子だ。
 とくに現在女子寮に暮らしている四天王の面々は、心地よいだけでなく美容にも良いという事で、大層お気に入りなのであった。
 現在も四匹揃って、のんびりと湯船に使っていたりする。

「五臓六腑とは言わないと思うのですが」

「あったけぇーっすー!」

「広いお風呂って、初めてです!」

 湯船には、レインとミツバ、そして、ユーナも浸かっていた。
 この日は、キョウジの牧場で、バーベキューをするために集まっていたのだ。
 食事の前にさっぱりしようと、皆で擬似温泉に浸かる事にしたのである。

「というか、なんでここは擬似温泉なんですか? 温泉でいいような気がしますが」

「なにいってんすかレインさん! 天然物以外で温泉って書いたら、袋叩きっすよ!」

「そうそう! 食い物と温泉にはうるさいんですよ世間は! 特にマスコミ!」

「この辺りにはマスコミなんていないと思いますが」

 ミツバとイツカの勢いに押され、レインは思わず身を反らせた。
 その動きで、ミツバとイツカの視線は、レインの身体の一部分に釘付けになる。
 お湯にぷっかりと浮かぶ、体の一部位だ。

「でかいっすね」

「でっかいね。こりゃ相当なもんだ」

「ですね。うらやましい……」

「なにを見てるんですか……!」

 普段から全く揺るがない無表情であるレインが、頬を赤く染めながら両手で胸元を隠す。
 だが、ミツバ、イツカ、ユーナには顔の変化よりも、隠されたものの方が強烈なインパクトを持っていた。

「むちゃくちゃっす。ダイナマイトっす。メロンとかスイカのたぐいっす」

「私もそれなりに自信あったんだけど。レインさんすごいなぁー」

「あれは、その、すごいです。はい」

「妬ましいっす。不公平っす。格差社会っす。現代の闇がここに現れているっす」

 じっとりとしたミツバとイツカ、ユーナの視線から逃れるように、レインは広い湯船の隅へと移動していく。
 それを目で追いながら、イツカは盛大にため息を吐いた。
 そして、ふと何か思い出したというような様子で、手を叩く。

「そういえば、男性陣って誰が一番でかいんだろう」

「何を言い出してるんですかっ!」

 突然のイツカのトンデモ発言に、レインが声を荒げる。
 だが、思い立ったが吉日とばかりに、イツカはいそいそと湯船から上がっていく。
 目指すのは、男湯との仕切り板だ。

「ちょっと確認してきますわ」

「止めなさいっ!!」

 見に行こうとするイツカに、止めようとするレイン。
 ここに、四天王の面々も加わり、女湯ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
 その隣の男湯では、ハンスが女湯から聞こえてくる声を聞き、眉間を抑えてため息を吐いている。

「まったく、何を考えているんだ一体」

「ま、まぁまぁ。楽しみ方は人それぞれですし」

 ハンスをいさめるように、キョウジは苦笑いを作る。

「そーそー。静かに浸かるのも賑やかに浸かるのも、いーもんすからねぇー」

「騒げるのも元気な証拠ですからねぇ。いやぁ、歳をとるとこうしてのんびり浸かるだけになりますからねぇ。うらやましい限りですよぉ」

 いかにものんきそうに笑いながら、ケンイチもコウシロウものんびりとお湯に浸かっていた。
 ちなみに、ケンイチの自慢のポンパドールは、がっちりと固まったままである。

「賑やかなのもいいが、俺は静かな方が好きなんだがなぁ」

 ハンスは困ったような笑顔を作り、軽く肩をすくめて見せた。
 そんな様子を見て、ケンイチ、キョウジ、コウシロウの三人は、面白そうに笑う。
 皆、ハンスの性格をよく知っているので、その言葉が冗談交じりの本音だと分かっているのだ。
 温泉は山の上にあるため、景色はすこぶる良かった。
 そこから見える街の景色を眺めながら、ハンスは大きくため息を吐いた。

「本当に。厄介ごとはこれで終わりだと有り難いんだがなぁ」

 もちろん、これで終わるはずが無い。
 ハンスの身に起こる受難は、まだまだこれからなのである。
 だが、ハンス自身はそのことを、まだまだ知る由も無いのであった。
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