今回は「ライフサイクルナビゲーター」を自称する自転車愛好家であり、
(今回検証記事)
国土交通省・警察庁主催「安全で快適な自転車利用環境創出の促進に関する検討委員会」委員である自転車専門家「絹代」について、その主張を表題のブログ記事から検証します。
全5回シリーズの長丁場にお付き合いください。
【参考:絹代が委員を務める国土交通省検討会の検証とガイドライン改訂素案】
・【意見提出案】「自転車ネットワーク計画策定の早期進展」と「安全な自転車通行空間の早期確保」に向けた提言
・「安全で快適な自転車利用環境創出の促進に関する検討委員会」の検証
| 1-1. 自転車の車道走行安全論の正体 |
今回検証をご覧の前に、まずは絹代の当該記事原文をお読みください。
・・・
論点が散乱し分かり難いのですが、絹代の主張について概ね以下のようにまとめられます。、
| ■歩道暴走自転車は歩行者への脅威でしかない。歩道は歩行者のものである。 |
| ■自転車は歩道よりも車道を通行した方が安全である(と私は思うし実際に安全である)。 |
| ■自転車走行環境の整備だけでは交通秩序は生まれない。 |
| ■交通ルール啓発により、自動車に自転車の存在を認識させ、車道上で共存させることが、安全実現への最大のポイントである。 |
| ■車道走行には、 ・路面ペイントをドライバーが見落とすリスクがあり ・自転車側からの意思表示も必須であり ・交差点での通行位置確保困難も多々生じるが、 それに耐えられない自転車は歩道をおとなしく徐行で通行するように。 |
この主張を踏まえ、記事引用の上で検証を行っていきます。
まずは自転車の車道走行促進論の根拠とされている、自転車の歩道走行は車道走行より危険であるという主張から。
すれ違いなんて不可能な細い歩道を無理やり走ってくる自転車も多く、マンションや店舗から人が出てくる可能性もあり、避けようとして
バランスを崩して自分も車道に吹っ飛ぶかもしれないし、よっぽど車道を走った方が安全なのに...といつも思うんです。
ここは絹代が「思うんです」とするに過ぎないながら、歩道走行における狭小箇所での転倒や車道側への逸脱等の事故リスクの存在は間違いない。引き続き歩道通行の危険性について。
実際、交差点などで歩道から飛び出してくる自転車はクルマからは気づきづらく、反応が遅れるため、本当に危険で、事故の原因にもなっています。
歩道走行に対し、自動車からの視認性不足を理由に車道走行より事故リスクが高いという主張。これは「なっています」と断言していることから、事故データを引き合いに出していると考えられる。
これは絹代、そしてその所属組織”スポーツ自転車愛好家集団”がこれまで繰り返し用いてきたデータを指すものですが、
それらの実態はすべて本ブログで検証済みです。
出典:「自転車事故発生状況の分析と事故防止のための交差点設計方法の検討」
武田圭介、金子正洋、松本幸司(国土技術政策総合研究所)
土木計画学研究・講演集 (社)土木学会 vol.38 2008年10月(pdf)
細街路における、直進自転車と侵入車両との出会い頭事故リスク。民地寄り歩道通行の事故リスクの高さを引き合いに、車道左側の安全性を示すように一見見えますが、
これは実は、自転車の車道左側走行にとって事故リスクが高い「自動車の右折発進」が生じない特殊条件下で行われた調査であり、一般状況と比べそのリスクを大幅に低く見せかけたもの。
【参考:出会い頭事故データの不適正使用】
・自転車の出会頭事故データ:車道左側走行安全論の実態
・新潟市の自転車交通ルール啓発チラシ:「細街路と幹線道路の交差点出会い頭事故データ」の不適正使用
或いはこのデータも多用される。
交差点での左折巻き込みにおいて、歩道走行の方が車道走行より気付かれにくく危険かのように見えるデータですが、
これは実はドライビングシミュレータでの実験であり、更には歩道通行だけは事故に繋がらない段階でも全て見落としに含め、相対的な車道走行の危険性を恣意的に低く見せかけたもの。
【参考:左折巻き込み見落としデータの不適正使用】
・「改訂京都市自転車総合計画見直し」:ツーキニスト疋田智と古倉宗治の論理検証(2)「調査結果の実態」
更には、こちらのデータも度々利用される。
(※表題の”追突事故”は誤りで、正しくは”衝突事故”全般のデータ)
歩道走行は自動車の「認知ミス」で見落とされやすく、車道走行より危険かのように一見見えるデータ。
しかしこれは「ヒューマンエラー研究」における用語の恣意的な誤解釈によるもので、「車道走行の自転車を最初から見る気が無かった」認知ミスも全て歩道通行のリスクに含めるという悪質なもの。
【参考】
・自転車事故を起こす自動車の「認知ミス」と「ヒューマンエラー」
当該記事において絹代は、車道走行の危険性については一切触れず、その上で自転車が歩道を走り続ける理由を、
現時点で、そんなに配慮しないでも走れてしまっている歩道の居心地がよく、「車道におろされる」ということへの拒絶が、強いんですよね。
これまで自転車が歩道を、クルマは車道を、自由に気持ち良く走ってきた歴史がありますから。
あたかも過剰であるかのような自転車の拒絶感や、過去の慣習が原因であると主張しています。
| 1-2. 絹代が隠蔽する、自転車の車道走行の真の危険性 |
では、自転車が歩道から出ようとしないのは、根拠不十分な思い込みに過ぎないのか?自転車は車道を走るだけで歩道より安全になり、安心感を持って通行すればいいのか?
違う。自転車が肌で感じる車道走行の危険性は、様々な調査で示されています。
「特集:走行中自転車への追突事故」
イタルダ・インフォメーションNo.88 2011年4月(html及びpdf)
「走行中自転車への追突事故の分析」
平成22年 第13回 交通事故調査・分析研究発表会(html及びpdf)
イタルダ・インフォメーションNo.88 2011年4月(html及びpdf)
「走行中自転車への追突事故の分析」
平成22年 第13回 交通事故調査・分析研究発表会(html及びpdf)
車道通行でしか起こりえない「追突事故」の致死率は、その他の全ての事故形態を凌駕し、出会い頭事故の10倍に達する。
【参考:圧倒的な致死率を誇る「追突事故」】
・自転車の車道走行の危険性:「追突による死亡事故リスク」
或いは実際に通行する自転車の事故リスクについて。
警察庁の研究機関による千葉県東葛地域で発生した事故データの分析では、大交差点を除いた単路部において、同じ左側通行でも車道走行は歩道通行の6.53倍事故リスクが高いという結果が得られている。
【参考:警察庁の研究機関「科警研」の自転車事故分析】
・警察庁科警研:自転車の歩道走行と車道走行の危険性比較
これには大交差点の事故は含まれていないものの(※現在の交通統計で交差点事故は、歩道進入と車道進入の明確な区別が出来ない)、
データに含まれる広義の交差点=細街路での出会頭(※前述の出会い頭事故の状況)では、同じく車道左側通行は歩道左側通行より1.87倍事故リスクが高いという結果も得られ、交差点における車道走行のリスクについても示唆されている。
そして日本と海外との比較でも、車道走行標準の国は日本より死亡事故リスクが高いとされている。
図2-2-2(P44/48): 走行1億km当たり自転車死者数(灰色)
出 典:Pucher, J., Buehler, R. 2008. “Making Cycling Irresistible: Lessons from the Netherlands, Denmark, and Germany,” Transport Reviews, Vol. 28, No. 4, 2008, pp. 495-528.(pdf)
※別資料掲載のものを引用→「自転車利用環境の整備とまちづくり」 山中英生
全国コミュニティサイクル担当者会議 2013.2.5 P5
(この山中の資料は多数の疑義を含むため、取扱いには最大限の注意が必要)
全国コミュニティサイクル担当者会議 2013.2.5 P5
(この山中の資料は多数の疑義を含むため、取扱いには最大限の注意が必要)
車道通行標準だったイギリス・アメリカでは、(データの調査段階で)完全に歩道通行標準だった日本より自転車死亡事故リスクが高い。そしてアメリカに至っては日本の約2倍。
【参考:日本と世界各都市の比較】
・世界各国の「自転車死亡事故リスク」と「自転車走行距離」の比較
そしてこのアメリカにおける自転車の最大死亡事故原因は・・・
※「REAR END」=「追突死亡事故」
自動車による自転車への追突死亡事故が、全体の4割にも達している。
【参考:アメリカの自転車追突死亡事故】
・アメリカにおける最大の自転車死亡事故原因:「追突事故」
以上のように国内外の事例から、自転車の車道走行における事故・死亡事故リスクの高さが様々な観点で示唆されている。
自転車が車道を走りたがらないのは、この絹代が主張するような安全性への理解不足の思い込み等ではない。
前述の危険性を示した警察庁科警研の言葉をそのまま借りてくれば、
(P9)
交通ルールを遵守した走行を行っていても車道走行の方が歩道走行より死亡重傷事故率が高いというデータ1)や、
単路部のみの分析であるが、歩道通行と車道通行の事故率を求めて比較すると車道走行の方が高かったという研究結果2)を考慮すると、
「車道は危険」という自転車利用者の感覚はあながち事故の実態と合っていないわけではないと言える。
【参考:自転車交通を調査する警察庁の研究機関】交通ルールを遵守した走行を行っていても車道走行の方が歩道走行より死亡重傷事故率が高いというデータ1)や、
単路部のみの分析であるが、歩道通行と車道通行の事故率を求めて比較すると車道走行の方が高かったという研究結果2)を考慮すると、
「車道は危険」という自転車利用者の感覚はあながち事故の実態と合っていないわけではないと言える。
・警察庁科警研:交通ルール違反でも自転車は歩道を走る
道路交通法を存在根拠とする警察庁研究者ですら、現状の交通ルールにおける通行実態に懸念を示しているにも関わらず、
今回の絹代はブログでも委員会でもその危険性を一切無視し、あたかも安全であるかのように装い車道走行推進を主張し続ける。
今回は以上、次回は自転車走行空間整備の真の実力という観点から検証します。
【参考】
・ブログ主要記事まとめ
(※国内外の自転車走行空間の整備事例、事故分析、自転車政策の検証などを行っています。)
コメント
コメント一覧
個々の読者が記事からどのような光景を思い浮かべるかによって、その主張に共感する場合も有るでしょうし、全く同意できないという場合も有るでしょう。
交通の特に激しい幹線道路なら、「ドライバーさんが、自転車の存在を認識して、自転車と共存するような走り方をしてくれるかどうかってところが、最大のポイント」という主張に対してハッキリと、「そりゃrosyに過ぎるぜ」と言えるでしょうが、別の環境では逆にそれが正解になるかもしれません。
まずは議論のスコープの曖昧さを解消しないと、絹代さんの記事への反論も更なる混乱を生んでしまうと思います。