各論目次

     3 強要罪(223条)

  (強要)
 223条1項 生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いて,
        人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害した者
           → 3年以下の懲役
      2項 親族の生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,
        人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害した者
           → 前項と同様(3年以下の懲役)
      3項 前2項の罪の未遂 → 罰する

 強要罪は,
 生命・身体・自由・名誉・財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,または暴行を用いて(1項),あるいは,
 親族の生命・身体・自由・名誉・財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し(2項)
人に義務のないことを行わせ,または権利の行使を妨害するという罪です

      (1) 意 義

 強要罪は,①意思決定をしていない者に決意を強制し,または一定の決意を不可能にする場合と,②一定の決意をした者にその内容と異なる行為を強制する場合を含みます。
 したがって,本罪の保護法益は「意思決定の自由」とともに「意思活動の自由(行動の自由)」であり,その性質は侵害犯となります。

      (2) 行 為

       ア 脅迫・暴行

 本罪の行為については,「脅迫」のほか,「暴行」を含みます(1項)。

        (ア) 脅 迫

 「脅迫」は,脅迫罪における脅迫と同じ意味です(前条参照)。

        (イ) 暴 行

性 質
 本罪の「暴行」は,人に義務のないことを行わせ,または権利の行使を妨害するためのものなので,人に向けられたものであることを要しますが,必ずしも人の身体に対して加えられるものであることは要しません。
   * 通説によれば「広義」の暴行ということになります(大塚・大谷・川端・前田・大コメ)。

程 度
 本罪の「暴行」は,相手方に恐怖心を抱かせる程度の有形力の行使を意味するものと考えられます。反抗を抑圧する程度のものである必要はありません(通説,反対;高橋・伊東・山口[反対説は,本罪の暴行を「最狭義」の暴行と考えることになります。)。
 被害者を畏怖させる性質を有しない有形力の行使は,本罪の暴行にはあたらないと解されます。
 たとえば,ある者の意思を無視して身体を運び出すような場合は,本罪ではなく,逮捕罪(222条)の問題になります(大判昭4・7・17,東京高判昭34・12・8)。

物に対する暴行
 物に対して加えられる暴行であっても,それが被害者に影響して恐怖心を抱かせるものであれば,(人に向けられたものとして)本罪の「暴行」にあたると解されます(大塚・大谷・川端・中森・西田・前田・佐久間・大コメなど通説)。

    ※ 物に対する暴行は,被害者に対する「脅迫」として評価しうるかぎりで捕捉すれば足りるとする見解もあります(高橋・伊東・山口)。
 たとえば,恋敵が婚姻届を戸籍係の窓口に提出しようとする際,これを阻止するためにその手から婚姻届を奪い取って破り捨てた場合は,本罪にいう暴行にあたります(植松・大コメ)。

第三者に対する暴行
 第三者に対して加えられる暴行についても,A.それが被害者に影響して恐怖心を抱かせるに足りるものであれば,本罪の「暴行」(1項)にあたるとする見解が通説といえます(大塚・大谷・川端・佐久間)。
 もっともこれに対しては,B.2項が加害の対象を親族に限定していることから,第三者にまで暴行の対象を拡張することは妥当でないとする見解も有力です(中森・西田・高橋・伊東・山口)。
   * B説からは,相手方の目前で「親族」に暴行を加える行為等であれば,要求をきかなければ親族への加害を継続するという意味で,2項の「脅迫」にあたるとされます(西田参照)
         ※ 大谷教授は,「第三者……に対して加えられる暴行……でも,それが被害者において感応し,恐怖心を抱くに足りるものであれば『暴行』である」としつつ,「相手方の目前においてその子供に暴行を加える行為は,要求に従わなければさらに子供への加害を継続するという意味で,2項の脅迫になる」とされています(『刑法講義各論(新版第4版)』95頁)。ただそうすると,親族以外の第三者に対する暴行は1項の「暴行」にあたるのに,親族に対する暴行は2項の「脅迫」として処理されることとなり,その整合性には疑問があるような気もします(私見)。

       イ 強 要

 強要とは,上記の脅迫・暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,または,権利の行使を妨害することを意味します。

「義務のないことを行わせ」
 「義務のないことを行わせ」るとは,行為者において相手方に当該行為をさせる権利・権限がなく,相手方にこれに従う義務がないのに強制するということです。
 たとえば,①雇人である少女(13歳)に水入りバケツなどを数十分以上にわたり胸辺や頭上に持たせること(大判大8・6・30),②謝罪文を作成する義務がないのに脅してこれを作成させること(大判大15・3・24),③誤って足を踏んだ相手を殴打して土下座させることなどは,これにあたります。
 なお,強要した行為の一部に相手方の義務に属しない事項がある以上は,「義務のないことを行わせ」たことになります。たとえば,自己の債務を超える差押えをした債権者を脅迫して,全部の差押えを解除させたときは,本罪が成立します(大判大2・4・24)。

「権利の行使を妨害」
 「権利の行使を妨害」するとは,相手方が法律上許されている作為・不作為を行うのを妨げることです(大塚)。
 たとえば,新聞記者が料理店経営者に対して,店に関して不利益な事項を新聞に掲載すると告げて告訴を中止させたときは,これにあたるとされています(大判昭7・7・20)
    ※ なお,この判例は,実体は営業に対する加害の告知であるところを,「名誉」および「財産」に対する加害の告知と認めたもので,列挙事由を拡張解釈してこれらにあたると認定したものとされます(大コメ)。

「法律上」の権利・義務に限られるか
 ここにいう権利・義務に関しては,A.「法律上」の義務のないことを行わせ,または,「法律上」の権利の行使を妨害した場合に限られるとする見解(曽根・山中・林,なお山口)と,B.法律上の義務・権利に限られないとする見解(平野・中森・高橋・伊東)があります。
   ※ 山口教授は,義務は法律上のものをいうと解するのが妥当であるが,権利は法律上のものに限られないとされています。
 A説は,たとえば,謝罪をするのが社会倫理的に当然であっても,暴行・脅迫を用いてこれを強要するときは,義務のないことを行わせたことにあたるとします(大谷)(この見解からも違法性阻却の余地はあります。)。
 他方,B説は,法律上謝罪義務はないが謝るのが相当な場合はかなり考えられ,これを謝らせた行為をすべて本罪にあたるとするのは妥当ではないとします(前田)。

      (3) 故意(構成要件的故意)

 本罪の故意(構成要件的故意)は,脅迫・暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,または,権利の行使を妨害することの認識・認容です。

      (4) 未 遂

実行の着手
 強要の手段としての脅迫・暴行を開始したときに実行の着手が認められ,人に義務のないことを行わせることができなかったとき,または,権利の行使を妨害することができなかったときに,強要未遂罪(3項)となります(この場合,脅迫罪は成立しません(大判昭7・3・17)。)。
   * A.脅迫そのものが未遂の場合でも,構成要件の一部の実行があれば未遂の罪責は免れないとするのが判例(上掲大判)・通説です。同判決は,「陸軍の運輸部長に郵送した脅迫状を,庶務課長が内容不穏であるとして同部長に渡さなかったために,強要の目的を遂げなかった」という事案で強要未遂罪を認めています。
     B.これに対して,反対説は,脅迫罪自体の未遂は不可罰であり,脅迫は被害者に伝わらなければ既遂にはならないにもかかわらず,強要未遂罪を認めるのは不当であるとします(団藤・大谷・前田)。
     しかし,脅迫罪の未遂が不可罰であることから直ちに反対説の結論が導けるかは疑問です(中森)。脅迫罪と強要罪は故意が異なるのですから,強要の故意があるのであれば,外見的に不処罰にすべきようにみえる行為でも処罰してよいとの説明は可能であると考えられます(大コメ)。

因果関係
 また,本罪は「脅迫・暴行によって相手方が恐怖心を抱き,その結果として,義務のないことを行い,または,権利の行使を妨害された」という因果関係を要します。
 それゆえ,人を畏怖させるに足りる脅迫・暴行を加えたが,相手方は恐怖心を抱かず,任意に義務のないことを行ったというような場合も,未遂罪にとどまることになります。

      (5) 罪数・他罪との関係

 強要罪は,職務強要罪,強制わいせつ罪,強姦罪,逮捕・監禁罪,略取・誘拐罪,強盗罪,恐喝罪などに対して一般的法的性格を有します。
 したがって,これらの犯罪が成立するときは,法条競合により,本罪は適用されません。
   * 法条競合とは,「1個の行為が,いくつかの構成要件に該当するような外観を有しているが,実はそのうちの1つの構成要件に該当することによって,他の構成要件の適用が当然に排除されること」をいいます(裁職研)。
 1個の強要行為によって複数人の自由を侵害したときは,数罪が成立して,観念的競合(54条1項前段)となります。

 

                                                           略取・誘拐・人身売買の罪