自らの健康状態を告白したリーダー
そこでグーグルの人員分析部では、2014年後半に当時の社員5万1000人の中から、チーム・リーダー格の有志を募って、彼らにプロジェクト・アリストテレスの主旨や調査結果を伝えた。そして彼らに対し、自らのチーム内に「心理的安全性」を育むための具体策を考えるよう促した。
そうしたチーム・リーダーの一人に、ある日系アメリカ人の男性がいた。彼を中心に結成されたチームはそれまでなかなか生産性が上がらず、彼もその事に悩んでいた。
そこで彼は人員分析部から手渡された調査票を使って、チームメイトへのアンケート調査を実施した。調査票には、「社内におけるチームの役割や目的」、あるいは「自分たちの仕事が会社に与えるインパクト」などを、どこまで理解しているかを評価する項目が並んでいたが、これらの点について彼のチームメイトたちが下した自己評価は、いずれも極めて低かった。
これに衝撃を受けたリーダーはチームの全員を集めて、インフォーマルなミーティングを開いた。そこで彼は「これから君たちの知らないことを打ち明けよう」と断った上で、自身がスピードは遅いが転移性の癌に冒されていることを告白した。
しばらく沈黙が続いた後、チームメイトの一人が立ちあがって自分の健康状態を打ち明けた。そこから堰を切ったように、チームのメンバー一人ひとりが自らのプライベートな事柄を語り始め、それが終わるころには、自然に今回のアンケート結果についての議論(つまりチーム内のモラルを高めて、生産性を高めるための議論)へと移行していたという。
「本来の自分」でいられる職場を目指して
今回、プロジェクト・アリストテレスの結果から浮かび上がってきた新たな問題は、個々の人間が仕事とプライベートの顔を使い分けることの是非であったという。
もちろん公私混同はよくないが、ここで言っているのは、そういう意味ではなく、同じ一人の人間が会社では「本来の自分」を押し殺して、「仕事用の別の人格」を作り出すことの是非である。
多くの人にとって、仕事は人生の時間の大半を占める。そこで仮面を被って生きねばならないとすれば、それはあまり幸せな人生とは言えないだろう。
社員一人ひとりが会社で本来の自分を曝け出すことができること、そして、それを受け入れるための「心理的安全性」、つまり他者への心遣いや共感、理解力を醸成することが、間接的にではあるが、チームの生産性を高めることにつながる。
これがプロジェクト・アリストテレスから導き出された結論であった。
著者: 小林雅一
『AIの衝撃 人工知能は人類の敵か』
(講談社現代新書、税込み864円)
「自ら学んで成長する能力」を身につけたAIと次世代ロボット技術は、今後、私たちを取り巻く全ての産業を塗り替えてしまう。それに気づかず、この分野で後れを取ると、日本の産業界は一体どうなるのか---。
amazonはこちらをご覧ください。
楽天ブックスはこちらをご覧ください。