アグネス・チャン 教育学博士、そして母として語る~子どもは自信を持てば、どんどん伸びていきます。
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アグネス・チャンさんは歌手、タレントとして芸能界の第一線で活躍するばかりでなく、教育学博士、3人のお子さんの母、そして日本ユニセフ協会大使という顔を持っています。実際に大学の教壇に立ち、我が子3人を育て上げ、世界の恵まれない子どもたちと接して得た豊富な体験や専門知識などから、よりよい教育を行うためには教員や保護者は何をすべきか、そのヒントを語っていただきます。 子どもの存在を丸ごと受け入れよう学びの場.com(以下学びの場) 今、日本の学校現場では、子どもたちのセルフ・エスティーム(自尊感情)が低く、自分に自信の持てない子どもが多くなっていると聞きます。教育学の専門家でいらっしゃるアグネスさんから見て、いかがでしょう? アグネス・チャン(以下、アグネス) そうですね。我が子に対し普通に愛情を持って、他の子どもと比べずに育てていれば、その子はセルフ・エスティームを持てるものです。しかし今は、人と比べられたり、競争させられたりという場面が社会全体に増えているので、子どもたちは無言のプレッシャーをかけられているのかもしれません。 学びの場 セルフ・エスティームを持っている子どもにはどんな特徴があるのでしょう。 アグネス 「自分は自分でいいんだ」という安定した自信があるので、人と自分をやたらと比べません。このため心に余裕があり、他人にも優しくなれます。 逆に、セルフ・エスティームが低い子は、人より上位に立つことで、自分の存在価値を確かめようとします。そのため、弱い者いじめをしたり、相手の困った顔を見て優越感を得ようとしたりするのです。でもそうして得られた自尊感情は長続きしませんし、そんなことをしている自分を好きになれないので、自分の中で葛藤が生まれ、素直に伸びていくことができなくなってしまいます。 学びの場 どうすればセルフ・エスティームを持った子どもに育てられるのでしょう。 アグネス まずは親が、その子の存在を丸ごと受け入れることです。「君のそのままのすべてが好き」って言ってあげるのです。 学びの場 小さい頃からですか? アグネス そうです。まだ言葉が分からない、生まれたばかりのときから私は言い続けていました。これは、親が自分自身に言い聞かせるためでもあります。親は他の子を見るとついわが子と比べてしまいがちですから。 よく大人になって恋をすると「私みたいな者でも好きになってくれる人がいるんだ」と自信が湧き、そして幸せを感じ、ふたりでいることで力が2倍以上になる、と言いますよね。子どもにとって最初の恋人は親。「あなたは最高よ」という親の思いが、子どもの自信につながるのです。 「褒めて励ます」ことで自主性と積極性を引き出す学びの場 アグネスさんは20年近く大学で教えていらっしゃいますが、先生としての立場も同じでしょうか。 アグネス 同じです。私自身、スタンフォード大学の大学院に留学したときにそれを強く感じました。当初、周りにいる人たち全員、頭がよさそうに見えて、「私、こんなところにいていいのかな」と思っていました。授業中も自信がないので発言もできません。 そんなとき担任の先生が「何でも思ったことを言ってみて、大丈夫だから」と励ましてくれたのです。そこで、次の授業で思い切って発言をしてみたら「その通り!」と褒めてくれて……。それからは常に「あなたは私の学生の中で一番優秀よ」と声をかけてくれました。他の学生にも言っていたと思いますけれど(笑)。でもそのおかげで、だんだん自信がついていったのです。 日本の学生は、授業中に私が質問をしてもなかなか答えてくれません。「いいことを言おう」と思って躊躇してしまうのですね。それでもなんとか答えを引き出して、褒めて、その答えから理論を組み立てる、という授業をしています。すると学期を追うごとに、学生たちはどんどん発言できるようになり、自主性が出てきます。積極的に学ぶようになるので、私も教えやすくなります。 学びの場 なるほど、「励ます」ということが学生にも先生にもプラスになるのですね。 アグネス そうなんです。私、子育ても同じだと思っています。息子が小さい頃、絵本の読み聞かせをしていたのですが、一方的に私が読むのではなく、彼にも読んでもらっていました。ときには私が物語を暗唱し、途中でわざと間違えるんです。そうすると息子は「あ、お母さん、そこ違うよ!」と指摘します。彼は私に教えることで、ストーリーの大事な部分を要約できるようになったのです。こんなふうに、子どもが自発的に学んでいくチャンスを、親は作ってあげることが大事だと思います。 学びの場 そうやって育てられた結果、ご長男、ご次男はスタンフォード大学に合格された。 アグネス 私はまったく「ガリ勉」に育てたつもりはありませんが、彼らは「僕たち、ガリ勉だったよね~」って言うんです(笑)。中学からはふたりとも全寮制の学校に入りましたから、私が勉強の基礎を作ってあげたのはその頃まででしたね。 学びの場 具体的にはどのようなアドバイスをされていたのですか。 アグネス 「80点をとりたいなら、100点分の努力をしなさい」と言っていました。「先生をびっくりさせるような発想がないと点はとれないのよ」とも。 同時に、いつも私が息子たちに言っていたのは「点数をとる勉強は本当の勉強とは違う」ということでした。点数というのは、先生に対して、自分の理解度を示す手段であり、また、将来遭遇するいろんな門を開けるための鍵のようなものです。 希望する高校や大学に行くための鍵ですから、できることならよい点をとったほうがいい。でも、その勉強の内容をどこまで本当に分かっているのか。勉強だけではなく人としてモラルをきちんと守っているのか。そういうことのほうがずっと大事と、息子たちにはしつこく話していましたね。 教えることも基本はコミュニケーション学びの場 言葉で説明することをとても大事にされているのですね。 アグネス そうです。コミュニケーションの基本は「ためないこと」だと思います。嬉しいことも嫌なことも、自分の中だけでためてしまうのではなく、家族と共有したいという気持ちは、誰もが持っている自然な欲求だと思います。子どももそうです。 だから、親は注意深く子どもの様子を見て、その感情をくみとってあげなくてはならないと思います。叱るときも真剣に話して聞かせれば伝わります。我が家は3人の子どもにそれぞれ1回ずつ、3~4時間から最長8時間というお説教をしたことがあるんですよ。 学びの場 長いですね! アグネス こちらも真剣ですから。1回でも、これだけじっくり話せば子どもも分かってくれます。うちでは家族みんなが一緒にいる時間が長かったですね。年間行事も、正月、旧正月、イースターと、日本式、中国式、欧米式すべてをやっていましたから(笑)。今はなかなかそうもいかないので、一緒にいられる時間を大切にしたいと思っています。 学びの場 学校現場でも、先生は生徒に真剣に向き合おうとしています。 アグネス そうですね。そして子どもたちに自分の良さを気づかせてあげることが大事だと思います。それで自信を持たせてあげれば、子どもはどんどん伸びていきます。 学びの場 アグネスさんにとって、親や先生とは? アグネス 親も先生も、とてもありがたい立場にいるのだと思います。だって、人の人生を左右するほどの大変な影響を与えることができる立場なのですから。誰にでもできることではないし、選ばれた存在なんですよ。 私自身、何人もの先生と出会い、彼らから人生に大きな影響を受けました。私はすぐ上にとても優秀な姉がふたりいて、幼い頃はいつも比べられてコンプレックスの塊でした。でも、小学校6年生のとき、担任の女性の先生から「あなた、可愛いね」と言われ、それを機に引っ込み思案が少し治ったんです。また、中学生のときには、私にボランティア活動をするよう勧めてくれた先生がいて、そのおかげで今でもボランティアは私の生活の一部となっているのです。 私も大学で教えていますので、学生が社会に出て本当の大人になったとき、「ああ、あの先生と出会って、あのとき救われたな、出会えてよかったな」と思ってもらえるような先生になりたいと思っています。 写真:柳田隆晴/インタビュー・文:菅原然子 ※写真の無断使用を禁じます。 |