こんにちは!突然ですが、皆さんに質問です。すごく開けた雄大な風景(例えば山頂や高層ビルの展望台からの眺めなど)の写真を撮るときは、手前から奥までピントが合っている状態(パンフォーカス)の写真を撮りたいものですが、パンフォーカスを得るために注意するべき設定はなんでしょうか?
「絞りを絞る!」と答えた方。素晴らしい。これまで当ブログで説明してきたように、絞り値を絞ると被写界深度を深くすることができるので、ピントが合う範囲が広くなり、その結果パンフォーカスに近づきますね。
しかし。実はそれだけでは不十分なのです。確かに絞りを絞ると被写界深度が深まりますが、それでそのまま無限遠にピントを合わせて撮影してしまうと、手前側が被写界深度に入らず、ボケてしまう可能性があるのです。今回は、パンフォーカスを得るために大切なもう一つのパラメータ、過焦点距離について考えてみましょう。この概念を理解しておくと、旅行先などで記念写真を撮るときにも役立ちますよ!
具体的に説明します!
では何が問題か、もう少し具体的に説明しましょう。下は以前グランドキャニオンで撮影した写真です。グランドキャニオンの記事も早く書かないと…。
この時私はまだ過焦点距離のことを意識していなかったので、単純にメインの被写体となる正面の崖でピント合わせをして、なるべく被写界深度を深くするために絞り値を大きくしました(F11に設定)。正面の崖までの距離がどれくらいあるか分かりませんが、1km以上はあったでしょう。この時の焦点距離(24mm)を考えると無限遠と呼んで良い距離です。
さてこの時、ピントが合っているように見える範囲はどうなるでしょうか?下の図をご覧ください。この図は、レンズの焦点距離と絞り値は一定のままで、ピント位置だけを変えた時の変化を示しています。
(A)のように無限遠にピントを合わせた時、どんなに絞りを絞っても手元までピントが合うわけではありません。このとき、ピントがあっているように見える範囲までの距離を過焦点距離と言います。過焦点距離より手前にあるものはボケてしまいます。過焦点距離の範囲内に写るものがなければ、何も問題はなく、パンフォーカスが得られます。しかし、過焦点距離より手前側に被写体がある場合には、それらは厳密にはボケてしまうことになります。
では、ピント位置を手前に近づけていくとどういうことが起きるでしょうか?(B)を見てみて下さい。ピント位置を手前にすると、無限遠まで被写界深度の中に入れつつ、手前に少し被写界深度を広げることができます。このとき、ピントがあっている範囲の手前側の端までの距離は、ピント位置までの距離の半分となります(図参照)。
さらにピント位置を近づけて、ちょうど過焦点距離のところまで持ってきた時(図(C))、無限遠までピントを合わせつつ、手前側の被写界深度を最大にできます。これ以上ピント位置を近づけると、無限遠にピントが合わなくなってしまいます(図(D))ので、ピント位置を過焦点距離の位置に合わせた時、ピントがあっているように見える範囲が最大になります。別の言い方をすると、過焦点距離より遠い位置にピントを合わせるとき、あなたは被写界深度を損しているのです。
手前側まで被写界深度を広げようと絞り値を絞れば、その分確かにピントがあっているように見える範囲は広がりますが、絞りすぎてしまうと回折の影響がでて画質が低下してしまいます。それよりは、ある程度絞った上でピント位置を過焦点距離の位置に持ってくれば、画質を低下させることなく手前側の被写界深度を稼ぐことができるのです。もちろん最短撮影距離から無限遠までピントが合うというわけではありませんが、どうですか?興味が湧いてきませんか?
焦点距離、絞り値、過焦点距離の関係
では過焦点距離はどのように決まるのでしょうか?過焦点距離はレンズの焦点距離と、選択する絞り値、そして許容錯乱円の半径で決まります。許容錯乱円の半径はカメラに固有の値で、あなたが同じカメラを使っている以上変わることは無いので、実用上は焦点距離と絞り値だけで決まってしまうということになります。
許容錯乱円の数値として何を用いるかは、センサーの画素ピッチの他、どれくらいまでのボケを許容するかにもよるので、定義が難しいです。ここでは代表的な値としてフルサイズセンサーの許容錯乱円の値としてよく使われる0.033mmを用いていますが、もちろん最近の高画素機だともっとシビアに(=小さい値に)なります。
過焦点距離は下の式で求められます。
さてこの式を元に、過焦点距離とレンズの焦点距離、絞り値の関係をグラフ化してみたのが以下の図です。わかりやすくするため、2つに分けて示します。まずは焦点距離が100mm以下の場合。
グラフの見方ですが、例えば焦点距離50mmの場合、過焦点距離はF2.8で27m程度になるという風に見ます。
ですので、焦点距離が50mmのレンズでF2.8で撮影する場合には、27m先のものでピントを合わせれば、(27m/2=)13.5m先から無限遠までピントがあった状態になるわけですね。これを無限遠でピント合わせしたら27m先からしかピントが合わないので、13.5mから27m先までのものはボケてしまうわけです。
グラフの傾向として、焦点距離が短いほど過焦点距離が短いことが分かります。これはよく言われる「広角ではパンフォーカスが得られやすい」ということの顕れですね。また同じ焦点距離なら絞りを絞るほど過焦点距離は短くなります。これも絞りを絞ると被写界深度が広がり、無限遠でピントを合わせる場合には手前側に近づいてくることから直観的に理解できます。
次は焦点距離が100mmから 600mmの場合。
600mmでF2.8なんてのは現実的な値ではありませんが一応表示しておきました。同じ傾向が見て取れるでしょう。
計算式が単純なので、グラフを見なくても代表的な値を1つ覚えておけばいろいろとつぶしが利きます。例えば先程の焦点距離50mm、F2.8では過焦点距離が27m程度になるというのを覚えておくと、F値が2倍になると過焦点距離は半分になるので、F5.6で撮れば13.5mが過焦点距離とすぐ分かるわけです。また過焦点距離は焦点距離の2乗に比例するので、焦点距離が2倍になると過焦点距離は4倍になることから、100mmのレンズでF2.8なら過焦点距離は(27×4=)108mとなりますね。
応用例
さて、過焦点距離を理解しておくと次のようなときに応用できます。
風景写真
冒頭で述べたように、風景写真を撮るときには無限遠でピント合わせをするよりは過焦点距離でピント合わせをするほうがピントがあっているように見える範囲が広がります。焦点距離24mm、絞り値F11で撮影するときは1.6m程度が過焦点距離になるわけです。上のグランドキャニオンの写真で言うと、黒つぶれして目立ちませんが、すぐ手前にある木はほんの少しボケています。逆に言うと、1.6mより手前に被写体がないときにはわざわざ手前でピント合わせをする意味が全く無いので、普通に無限遠でピント合わせをすれば十分であるということがわかります。
記念写真
一方で、風景をバックに記念写真を撮りたいときは、被写体となる人を過焦点距離よりも遠ざけないと背景と同時にピントを合わせることができなくなります。焦点距離50mm、絞り値F5.6のレンズで記念写真を撮りたいときは、過焦点距離が13.5mとなるので、人はカメラから(13.5/2=) 6.7m以上離れなければなりません。そしてこのとき、ピントは背景でも人でもなく、過焦点距離にある何かを使って合わせなければならないのです。
スナップ
最後にスナップ撮影の例を考えてみましょう。スナップでは速写性が求められるため、ピント合わせをしている間にシャッターチャンスを逃すということがないようにしなければなりません。そこで、予めカメラをパンフォーカスが得られやすい設定に固定しておけば、ピント合わせの時間をカットしてフレーミングだけですぐに撮れるようになるわけです。
例えば28mmのレンズでF5.6まで絞ると過焦点距離は約1.8mとなります。すなわち、この設定で1.8mの距離でピントを固定しておけば、0.9mから無限遠までを被写界深度の範囲内に収めることができるということです。スナップ撮影ではそれほど近い位置に被写体が来ることは少ないので、この設定でピントを固定しておけばピント合わせを省略できます。
いかがでしょうか?私にとってはいろいろと勉強になることが多かったので記事としてまとめてみました。参考になれば幸いです。写真にはもちろん感性が一番大切ですが、理論に裏打ちされた技術がなければその感性を具現化することができません。現場でいちいち過焦点距離を計算するのもおかしいですが、ちょっと頭の片隅に置いておくと役立つことがあるかもしれませんよ!それでは、今日もCapture the MOMENT!