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恋は大騒ぎ |
「殿下」
ブライは呼びかけた。しかし、返事はない。
「殿下」
再び、呼びかける。
この国王側近兼王女教育係兼王宮魔術師、という様々な肩書きをもっている老人は、普段でも気難しい顔をさらに難しくさせた。
(いったいどこに行かれたんじゃ)
アリーナ姫の出奔癖がうつったのではないだろうな、とつぶやきつつ、白い顎髭をひとなでする。
「・・・・あ、殿下、ここにおられたのですか。おられるなら返事をしてくだされ」
やっと、目ざす影をみつけた老人は、半分あきれたように肩を落とした。
サントハイム王宮内にある庭園の芝生の上、探し求めていた相手は壁にもたれながら分厚い本を読んでいた。相当、本に集中していたらしい。
「あああああ、すみません。ブライ様」
あわてたように返事をかえしたかれは、本を閉じるなり振り返った。その拍子に緑の王宮付神官の制服の裾がふわりとゆれる。
「困りますぞ。返事くらいなさっていただかないと」
「すみません。でも、その呼び方、まだ慣れていなくて・・・・」
青年は申し訳なさそうに頭をかいた。
この、誠実を絵に描いたような真面目すぎるほど真面目な青年は、制服からもわかるとおり、このサントハイム王国の王宮に仕える神官である。分厚い神学書を抱えているところからみてもわかるように、その勤勉さは並大抵のものではなく、その能力の高さとも相まって、この王国の宗教界をリードする人材になるだろう、という点で衆目は一致している。
「殿下、というのはやめていただけませんか?私のことは、今までどおり呼び捨てで結構ですから」
深い青色の瞳をもつこの神官は、そういいながら一度ぺこりと頭をさげた。しかしそれにたいして、露骨に額にしわをよせたブライは、即座に否定の文句を並べ立てた。
「そうはまいりません。あなた様はわが国の次期女王陛下の夫君となられる方なのですぞ、呼び捨てなどとんでもない」
臣下がおそれおおくも王族の一員となる方を呼び捨てなどとは、言語道断、国民にもしめしがつきません。国家というものはまず秩序です。それを自ずからくずすようでは王国の繁栄は難しいものとなるのです。
「・・・・わかっておられますか、クリフト殿下」
権威と秩序にことやかましい老人は、ずらずらと一気にまくし立てた。この老人は役目については忠実すぎるほど忠実なのであろう
、妥協は許さないという雰囲気が言葉の端からにじみ出ている。
「は、はい。ブライ様」
「まだ、わかっておられませんな。私のことはブライと呼び捨てになさって下さい。私は臣下なのですから」
「え、ええ、はい」
完全に迫力負けである。もともとこの老人に弱かったかれは、ただうなずく以外になかった。
「それでは明日は、私が帝王学の基礎をお教えしますので、それまでにその口癖は直して来てくだされ」
「・・・・・・・・・・」
すでに、答える気力もなくなっている青年にだめ押しを加えて、老魔法使いは背を向けた。
(ブライ様・・・・・)
それを呆然と見送って、クリフトはひとつ、息をついた。
こんな下克上の状態になってしまったのは数ヶ月前だった。
もともとかれは、王宮付のただの神官だった。ただ少しちがうのはその優秀さと誠実な性格から、幼少のころより現国王の一人娘の遊び相手として、その王女とともに成長してきた点である。
人生設計が狂ったのは、数年前のこと。魔が復活し、一時この世界は滅亡の危機に直面した時期がある。そのときに、かれは王女とともに、魔を滅ぼして世界を救った立役者のひとりとなった。
はなしはつづく。
もともと幼なじみの王女に魅かれていたかれは、その王女と一緒に、魔を倒す旅をつづけているうちに・・・・以下省略。
つまり、もろもろの紆余曲折を経て、見事に、その初恋の、愛する王女との婚約がきまったのが数ヶ月前だった。
問題は、ブライ老人もその旅に同行しており、しかも本来は、ブライのほうがかれよりはるかに位が上だったこともあって、いきなり立場が逆転した現在は、やりにくいことこの上ないのである。
「だいぶじいにやられてみたいじゃない、クリフト」
よくとおるソプラノがふいに聞こえる。
振り向いた先にいたのは、その王女であった。名はアリーナ。
丈の短いスコート、まくりあげた袖。
ドレスを嫌い、王家の行事を嫌って、なにかといえば城から出奔したがるこの無茶苦茶な姫君の、趣味は武術。しかも実力は世界トップクラス。
でありながら、体躯は小柄で大きめにみても5フィート弱、輝く深紅の瞳と長いまつげが愛らしい、誰がどうみても可愛いとしかいいようのない容姿をもっている。
従って、子供のころからそばにいた純情で実直な青年が、この姫君を魂を奪われてしまったのは無理からぬ話で。
「わたしの気持ちもちょっとはわかってくれた?子供のころからずっとあれなのよ、あのじいは」
赤いルージュが苦笑している。おそらく過去を思い出しているのだろう。
「神の与え給うた試練だとおもえば・・・・」
「あなたっていっつもまじめよね」
「ですがただ、ブライ様をいきなり呼び捨てにしろっていわれても・・・・」
感心したのもつかの間、手を返すような正直な困惑の告白に彼女はくすくすとわらった。
「ね、じゃあ気晴らしに外に出てみない?」
「え?またですか」
お目付役の嫌味がまたどこからかきこえてくるような気がする。あの老人も、お役目一番、真面目でまるで融通がきかない。さらに輪をかけて口が達者であるから余計に手に負えない。
「遠くまでいかなければ、いいじゃない。サランの町にいくくらいだったら、ね?」
「はい、わかりました」
ああ、馬鹿。
一途な恋もここにきわまれり。
この天使のような笑顔でお願いされるともう嫌とはいえなかった。
(ブライ様には、あとで怒られよう)
もともと宗教者としての資質も高いかれは、覚悟をきめてふたつ返事で承知した。
そして、案の定。
「・・・・殿下」
「はい」
教育係というより殆ど小姑のようなくちぶりで、老人はいった。
「わかっておられるのですか?」
「すみません」
以前だったら、どえらい勢いで怒鳴り声があがっているのはまちがいない。
「はあ〜情けない」
ブライは頭をかかえた。
それはわかっておりますよ。あなた様とアリーナ姫については、子供の頃から私はよく存じております。あなた様がどれだけ姫にべた惚れしているかというのも、嫌というほど存じております。ですが、王族に列せられる方なのですよ、あなた様は。なのに姫とどこぞへ勝手にお出かけになるとは、もう少しわきまえて行動していただきたい・・・・・
「おわかりかとは思いますが」
「はい、申し訳ありません、ブライ様」
「ブライ様ではなくブライです」
よくお考え下され、と捨て台詞を残してブライは去ってゆく。案外説教が少なかったのは呆れられたのか、さじを投げられたのか・・・・・
「・・・・・・・・・・」
慣れたこととはいえ、クリフトはなにもいえなかった。
「・・・・ごめんね、クリフト」
と、顔をのぞかせているのは首謀者のほうである。やかましい教育係とのつきあいはクリフトより長いせいか、かれよりは多少は要領はいいようだった。
「気にしないでください、姫様。いつものことですから」
うまく呼吸をずらすようにしてやってきたアリーナに、かれは変わらぬ笑顔をみせた。
「でも、うるさいわよね。ほんとじいってば」
「いえ、ブライ様のおっしゃることもわかりますから」
かれはこたえた。
だが姫君は不満そうだった。性格からいって、このまま黙っているような姫ではないのはわかってはいるが・・・・嫌な予感がする。
「姫様?」
「じゃあ、あなたはずっとこの城でじいのいいなり?わたしは嫌よ」
「そういうわけではありませんが、でも今は・・・・」
「それならオッケー」
聞いていない。人の話の腰をみごとなまでにたたきおった彼女は、ここでまた俄然、生き生きとした顔をみせた。よく表情のかわる姫君ではあるが、おかげで何を考えているかは大変わかりやすい。
「じゃあ、行こ」
「どこにですか?」
おそるおそる聞いてみる。予想どおりの答えが返ってくるのは目に見えてはいるけれども。
「決まってるじゃない。外よ外。このまま黙って引っ込むアリーナ様じゃないわ」
たしかに。ごもっとも。
この強引なまでの行動力でもって、父王から旅の許可を奪い取ったキャリアの持ち主はやはり、かわっていなかった。
そして、困難がより増すほどさらに闘志を燃やす負けず嫌いのところも。
「でも、姫様・・・・」
「行くわよ、クリフト」
しかしながら、そうは問屋がおろさなかった。本日の災難は三度目である。
「姫!殿下!」
今度こそ、しゃがれた大声がひびく。
「そういうわけにはまいりません」
行き先を塞いで仁王立ちする姿は、杖を手にした貫禄のある老人のものだった。
「考えておられることなどとっくにお見通しです。ここをお通しするわけには参りません。ここで待っていて正解でしたわい」
「冗談じゃないわ!じい、そこをどきなさい」
アリーナも負けてはいない。もうすっかり戦闘態勢に突入している。もし仮に相手がブライでなくモンスターだったとしたら、たちまちのうちに会心の一撃がでていたに違いない。
「いいえ、どきません」
押し問答がつづく。
そして、ついに怒りが頂点に達して我をわすれてしまったのか、次の瞬間、ブライはいつもの口調で悪いことばを放っていた。
「まーったく、このアホ神官!黙って見とらんで、はやく姫をお止めせんか!」
「はい」
アホは余計だけど、やっぱりこういうふうに呼んでもらったほうがいいな、と心の奥でつぶやいたかれはそこでくるりと振り向いた。
どう考えても今日のところはひとまず、ブライの言うとおりにしたほうがいい。アリーナも意固地になるのは悪い癖である。
「なによ、クリフト。やっぱりじいの味方なの?ひど・・・・」
しかし、このままではアリーナも引き下がるわけがなく、板挟みにされたあげく出した結論は、これだった。
「失礼します、姫様」
だきしめる。
興奮しきった彼女に平静を取り戻させる方法。だがそれは魔法でもなんでもなく、行動の自由を少しばかりやわらかに奪うこと。
かれも少しは器用になったらしい。
「・・・・・・・・・・・・」
むう。
ブライは思わず顔をそむけた。
この間、数秒。
「・・・・落ち着きましたか?」
「・・・・不意打ちなんて、ずるい」
たった今までの気勢はどこへやら、耳まで真っ赤になった少女は説得力のかけらもない抗議を小声で述べる。
「・・・・殿下」
そこでこの老人もわれにかえったのか、若干気抜けした声で呼びかけた。だがしかし、毒舌がおさまったわけではない。
「申し上げておきますが、決して人前ではしたないまねはなさらぬように」
「わかっています。しかしお言葉ですがブライ様、姫様をとめろとおっしゃったのは・・・・」
「私はブライです。様はつけなくて結構です」
「・・・・・・・・」
(神よ、いったい私はどうすれば)
かれは心中でぼやいた。
結局、ブライにはどうであろうと今日は説教される運命らしい。さらに追い打ち。
「では、殿下、私の部屋にお越し下さい。今から徹底的に王族たるものの心得をお話させていただきましょう」
「・・・・はいはい」
前途多難。でも倖せ。かわいい姫がいるから。
そのとき、かれの頭のなかを吹き荒れたのはこうした雑多なおもい。
純粋で真面目な人間ほど手に負えない。
サントハイムの王宮は今日も平和です。
fin