裏・伝えたいことが、あるんだ

 

 「ブライ、どうにかならんか」
 人払いのされた謁見の間で、王国の最高権力者は頭を抱えていた。
 「どうにもなりませんな、陛下」
 国王の眼前で、杖を片手に立っている老魔法使いは、にべもない返事をかえした。
 主語がなくとも意味はわかる。国王の頭痛の種は、ひとり娘・アリーナ王女のことである。
 「・・・・お前は持病の腰痛とやらでいなかったからわからんだろうが、アリーナがまた相手の王子を叩きのめしおった」
 「また、ですか」
 「武術の相手ではないのだから、手合わせなどやめなさいといっても言うことをきかん。それなら、少しは手加減をしなさいと注意したのだが、充分手加減した、相手が弱すぎるとの一点張りだ」
 「ということは、またも駄目になったわけですな」
 「当たり前だ」
 あのはねっかえりは、わしが苦労してまとめようとしている縁談を片っ端から壊してくれる、このままでは相手がいなくなってしまう、とひとりごとのようにいった国王は深いため息をついた。
 「まあ、武術で姫に勝てる者などそうそうおりませんからな」
 ブライはうなずいた。
 このサントハイム王国の王女・アリーナ姫。彼女はただの姫君ではない。驚くなかれ、世界一の武術の腕をもつ強者である。しかも、その腕をもって、数年間に全世界を襲った魔の恐怖から現在の平和を取り戻した、通称を『導かれし者』という、全世界に知らない者のない八名の功労者のなかのひとりである。
 そういった具合だから、並の王子では勝てるわけがない。ひょっとしたら、相対するのでさえ難しいかもしれない。
 「これだから、サントハイムの鬼姫などといわれるのだ」
 「それもご存じでしたか」
 「知っておる。海外視察に行けば、必ず一度は耳に入ってくる言葉だからな」
 城の2階にある大広間。中央の玉座に腰掛けている王は、困ったといわんばかりに額に手をあてた。
 「この際もう仕方がない。強制的に婿を決めるしかないか」
 「お待ち下され、陛下。それで姫が納得するとは思えませんぞ」
 「わかっておる。あれだけわしが反対しても、あのお転婆は旅に出ていったくらいだからな。だが、こうなってはやむを得まい?アリーナはもう二十歳だぞ」
 「普通の姫でしたら、すでに夫君がおられて当然のお歳ですな」
 再び、老人は大きく首をふった。
 国王の焦燥はわかる。王家の血を繋いでいくのも王族の義務であり、次期国王となる娘に伴侶はどうしても必要になる。
 なのに、当人にはどうもその気はないらしい。世界を救うあの旅があったという点をさしひいても、適齢期も下り坂の独身の王女というのは、国内はともかく対外的には非常にまずい。
 なんとかならんものか。
という、国王の心の悲鳴が聞こえてくる。
 「ですが、お相手は、少なくとも姫と対等の腕をもつ者でなければ無理でしょうな。あれはどこでしたかな、自分より強いひとがいいと、姫は自分でいっておられましたぞ」
 「・・・・・・・・・・・」
 これは国王にとっては初耳だったのだろう、見る見るうちに苦悩の表情が険しくなった。
 そんな男がどこにいる。
と、顔にはありありとかいてある。
 「アリーナは王位承継者という自覚があるのか?無茶なことばかりいいおって・・・・これも母親をはやく亡くしたせいか・・・・」
 ・・・・と思いきや、国王は、あからさまに肩を落として二度目のため息をついた。
 最後はいつもの嘆きだった。国家のためといえども心を鬼にできないのは、父親の心境であろう。
 「ブライ、相手はもう王族でなくてもかまわぬ。誰かおらんか」
 「そうは言われましても・・・・」
 「ならば、天空の勇者殿はどうなのだ?おまえも一緒に旅をしていたからわかるであろう?腕はそれなりに・・・・」
 「陛下」
 ついにそこにきたかとおもいながら、ブライは答えた。
 確かに、アリーナと同等の力を持つ者となると、『導かれし者』くらいしか該当者はいないであろう。だが、世の中はそうは甘くない。
 「お言葉ですが、勇者殿にはすでに相手がおります。なんでも幼なじみの娘とやらで・・・・無理に引きはがせと仰るなら努力はいたしますが」
 「そうか・・・・いや、それであれば、無理にせんでもよろしい。となると、あとは誰がいたかな?」
 「女性を除きますと、あとはバトランドの王宮戦士のライアン殿がおりますが、ちと歳が離れすぎておりますな。それにいくらか女性との醜聞もあるような・・・・」
 「あまり好ましくはないな」
 「トルネコ殿は妻子持ちですし・・・・となれば」
 ブライは一度言葉をきった。
 「手近なところで手をうたれますか?陛下」
 「なんだ?」
 「クリフトですじゃ」
 「おお、あれか。そういえばあれも『導かれし者』のひとりだったな。忘れておった」
 「陛下・・・・」
 口ひげの下で老人は苦笑をうかべた。国王のいっていることは半分冗談でもあろうが、まんざらでもないのは口調からうかがえる。もっとも、母を亡くした幼いひとり娘の遊び相手に、国王自ら人選して指名したのがその王宮付神官であるから、感情的に憎かろう筈はない。
 「王族でない点をのぞけば、性格的にも能力的にも問題はないかと思いますが」
 「それはそうだな」
 「王家の血筋でないとはいえ、家系的にも代々優秀な聖職者を輩出しておる家柄ですし・・・・そういえば、クリフトの父親もミリエル殿と並ぶほどの優秀な神官でしたな。惜しいことに若くして亡くなりましたが」
 「調べたのか?」
 「ひとより長く生きておるだけです」
 相手を見上げて、ブライはほんの少し目尻をさげた。
 視線が交差する。どちらからともなくにやりとわらったのは、互いの意志を確認するためでもある。
 「ふむ。最悪の場合あれしかおらんか。だが、アリーナがうんというかな?」
 間をおいて、先に話しだしたのは王だった。
 「ブライ、アリーナは、おまえからみてどんな感じだ?」
 「少なくとも、姫はクリフトを嫌ってはおられませんな。昨日もクリフトを連れてサランの町におられるのを、見かけましたので」
 「また外に出ていったのか?アリーナは」
 「その場で注意はいたしましたが、もうこれは仕方がありませんな。目を離すといつのまにか姿がなくなっておるのです。かといって、猫ではあるまいし、姫に鈴をつけるわけにもいきません」
 「・・・・・・・・・」
 国王は三度目の深い息をついた。何も言わないのは、止めても娘がきくわけがないということを、身にしみてしっているからであろう。父親の弱い点である。
 「話をもどしますが、陛下」
 困惑の極みのような態度をみせている相手にむかって、ブライは冷静な声をはなった。今は、そういう話をしているわけではない。
 「姫があやつを嫌っていない点は良いのですが、ただ、好意以上の気持があるかというと、かなり疑問ですな」
 見たところ、この点では絶望的だと老臣はおもった。第一アリーナが、人間のそういった感情を理解しているのかどうかも、甚だ疑わしかった。
 年頃の女性であればわかっていて当然だと思えるような感情も、先天的に欠けているのではないかと勘ぐらざるをえないほど、アリーナは恬淡としていて、今までには一度もそんな素振りをみせたことがない。
 王女の前では押さえようとしているものの、端からみてもそれとなくわかるクリフトの言動になんらの反応も示さないのは、そうとしか考えられない。
 だからこそ、立場的に自分からは言い出せるわけがない真面目で純情な青年は、精神的に耐えられなくなって、時々、別人としかおもえないような莫迦な文句を口走るのである。
 (まあ、この際あの阿呆のことはどうでもいい。問題は姫じゃな)
 思い返して、ブライは胸中でかぶりをふった。
 「なにかいい案はないか?ブライ」
 「すべておまかせ頂ければ・・・・陛下」
 「お、なにか策があるのだな?」
 「ただし、陛下にもご協力頂く必要があります。それから演技力が若干いりますな」
 「なんだなんだ?」
 突然そこで、少年のように目をきらめかせた国王は、興味津々といった風に身を乗り出した。
 「手っ取り早いのは、姫とクリフトを一度引き離してみることですな。いつも一緒におりますから」
 「わしはどうすればいいのだ?」
 「陛下はまず、縁談が駄目になってばかりだから、強制的に婿を決めたというようなことを、姫に仰ってくだされ」
 「ふむ。それで?」
 「そうなれば、遅かれ早かれクリフトの耳にも入るでしょう。あやつの性格からいってこれは耐えられんことですから、思いあまって、この城から姿を消すのは確実ですじゃ」
 結果的に、おまえの希望をかなえてやることになるのじゃから、うまくいったら有り難く思え。
 頭の中でその不器用な王宮付神官に話しかけながら、ブライは言葉を継いだ。
 「しばらくの間、神父殿に負担がかかるのは目をつぶってもらって、クリフトが居なくなった後の、姫の反応をみるのはどうですかな?陛下」
 「なるほど。クリフトには気の毒かもしれんが、荒療治だと思えばよかろう」
 国王は大きく首をふった。
 見方によっては王女を試すような計画であるから、若干は渋るかとおもいきや、意外にも王は大乗り気のようだった。言い換えれば、それほど問題が深刻なのだろう。
 但し、クリフトの想いそのものについて察しているのかどうかまでは、さすがのブライにも見通せなかったが。
 「これで、姫の様子が普段とかわらないままでしたら、脈はなかったものとして、次の策を考えるというのはいかがかと?」
 「うむ、良いな。それでいこう」
 「お許し頂きありがとうございます」
 「しかし、おまえも悪よなあ。よく知恵がまわる」
 結論が出るやいなや、国王は感心したようにいった。今までの言動はどこへやら、うってかわって、事態を楽しんでいるような節があるのは、思い違いではないだろう。
 「年の功といってくだされ」
 仕えている方に似まして、と口にだすのは控えたものの、ベテランの老人も、自然に気分が昂揚してくるのを否定できなかった。


 そうして、いくらかの時がすぎる。
 この間のことに関しては、ここで触れるべくもない。
 (『伝えたいことが、あるんだ』本編を参照されたい・笑)





 「これほどうまくいくとは思わなかったな」
と、少々放心したようにいったのは王女の父だった。
 「ようございましたな」
 満足げに老臣は答えた。
 さきほどまでの騒がしさが嘘のように、謁見の間は静まり返っている。この場に残っているのは、極秘計画の成功を祝うふたりの男である。
 「陛下の演技もなかなかのものですな。勇者殿ですらすっかり騙されて・・・・」
 「よく言うわ。だが、天空の勇者殿までが出てくるとは思わなかったぞ」
 「たしかに、それは計算外でしたな」
 目をひからせてブライはいった。言葉は悪いが、アリーナの反応を確認するだけのつもりが、急転直下、予想以上の展開をみせてしまったことには驚きを禁じ得なかった。
 「陛下、本当によろしかったのですか?姫のお相手はどこかの王子、という可能性はこれで全くなくなりましたぞ」
 「やむを得まい。世界を救ってくれた勇者殿にああ説得されては、認めざるをえんだろう。それに、最終的にどうにもならなくなったら、クリフトにくれてやるしかないとはもとからおもっておったが」
 「それはまた酷い言い方ですな。クリフトは保険ですか?」
 「そうともいえるな。まあ、最初からアリーナの結婚相手にとおもって、あれを遊び相手にしたわけではないがな」
 国王は苦笑した。
 サランの教会にいた、まだ年端もいかない子供だったクリフトに自ら王宮付の身分を与えたのは、かれの素質をみこんで、将来の王国宗教界の指導者たることを期待したからである。娘の遊び相手を命じたのは、あくまで副次的なものである。
 「あんな娘でなかったらなあ・・・・」
 「まだなにかご不満が?」
 「いや、もう諦めておるよ」
 一度遠くを見るような目をして、国王は首をふった。
 「クリフトがいただけでも幸いだ。考えてみれば、あんなはねっかえりを扱えるのはクリフトくらいだろう?わしでももてあましておるところがあるのに、あれもよくやるな」
 「・・・・・・・・・・・・」
 ブライは声もなくわらった。王もやはり父親だけあって、娘をよく見ているとおもう。
 「しかし、あれも物ずきだな。お転婆が好みだとは・・・・男なら王妃のように上品でしとやかな女がいいと思うのだが、お前はそうおもわんか?」
 「陛下、のろけは結構です」
 否定も肯定もできなかった老臣はおもむろに反論した。そうして、場の空気を引きしめるように進言する。
 「それよりも、これからが大変ですぞ。王族の血をもたないものが国王の配偶者になるというのは、前例がありませんからな。いろいろと・・・・」
 「そのことか」
 もちろん考えていたことだといわんばかりに口調をかえて、国王はひとつうなずいた。
 「問題はなかろう。クリフトが単に王女の幼なじみというだけなら批判もでようが、あれはこの世界を救ったひとりだ。功績は非のうちようがあるまい。頭の古い王室の何人かはうるさいことをいうだろうが、だからといって、サントハイム王家の名誉を汚すことにはならん」
 すでに考えを決めてあったのか、最高権力者の舌はなめらかだった。そして悪戯そうに目をきらめかせて、楽しげに口元をゆがめて続けたのである。
 「ただ、クリフトは王族としての素養はゼロだからな。ブライ、すまんがあれの面倒もみてやってくれ」
 「!」
 ここではじめて、ブライは声を失った。
 決して驚愕したわけではない。こうなることは予想がついていたことで、むしろ、案の定、といったあきらめの混じった絶句である。
 「・・・・陛下、私が年金を頂けるのはいつごろになりますかな?」
 「いつだろうな。まあ、アリーナとクリフトが一人前になるまでか」
 「つまり、一生現役でいろと」
 「教える側の腕もあると思うぞ。何にしても、ひとつよろしく頼む」
 「・・・・・・・・・・・」
 にやりとわらった王は、苦虫をかみつぶしたような表情の老人にむかって言い聞かせるように首をふった。
 国王の、長年の懸案であった娘の伴侶は決まった、その王女の幼なじみである青年の、積年の願いは成就した。
 だがしかし、諸手をあげて歓迎できない老人がここに約一名。
 (姫だけでなくて、あやつの面倒まで・・・・わしの策は失敗だったか?)
 結果オーライというべきなのか、それとも逆か、いや、自分自身にとっては負担が増えただけマイナスだろうと判断して、ブライは額にしわをよせた。
 「とにかく、アリーナにとっても王国にとっても、これは最良の選択だとわしはおもっておるよ。おまえには感謝する。ありがとう」
 「あまり嬉しくはありませんな」
 「そう言うな。まだ先は長いぞ」
 第三者であれば素直に喜べるのじゃがと考えながら、老臣はあご髭をひとなでして思いなおした。
 とりあえず今は姫とあの阿呆を祝おう、と。
 「・・・・左様でございますな。王家にとってはめでたいことです」
 早速明日からクリフトめの教育をはじめよう。
 同意の言葉を述べながらやにわに矛先を変えて、密かに、ブライはそう決意した。


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