読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

真顔日記

三十六歳女性の家に住みついている男です

「ワレワレハ宇宙人ダ」に込められた気遣い

上田の日常と妄想

「ワレワレハ宇宙人ダ」

宇宙人というのは、そう自己紹介することになっている。

いつからそんな話になっているのか、それは分からんが、とりあえず、宇宙人というのは銀色の体と大きな頭を持ち、宇宙船で地球に降り立ち、「ワレワレハ宇宙人ダ」と自己紹介することになっているのである。

初めて聞いた時、私はこのセリフに感動した。宇宙人というのは本当にすごいと思った。さすが宇宙船というものを作るだけある、高度な文明をそなえているだけあると思った。

今日は感動の理由を説明したい。

逆の立場で考えてみればよい。

遠い未来、宇宙船を作り出せるほどに文明を発達させた我々が、別の生命体のいる惑星に着陸する。異変に気づいた生物たちが、警戒するような表情で我々の船を見守っている。そこでの第一声。

ここで「我々は宇宙人だ」と言えるか?

「我々は地球人だ」と言ってしまうのではないか?

つまり、はじめて降り立った惑星で、未知の住人に自己紹介するという状況において、宇宙人は「ワレワレは宇宙人ダ」というかたちで、いったん相手の立場に身を置いて、自己紹介をしている。

この気遣いがすごいということである。

人にハサミを渡すとき、刃のほうでなく柄のほうを向ける。あるいは対面で話をするときに、「相手から見て右」というふうに自然に表現を調整して話すことができる。このような些細なことをさりげなくできるのが「気遣いのできる大人」ならば、着陸後の第一声で「ワレワレハ宇宙人ダ」と言える宇宙人というのは、気遣いのできる大人なのである。光線銃を渡すときは、きっと銃口じゃないほうを向けてくれることだろう。

普通、自分の星の名前でも言ってしまいそうなものなのだ。「我々は地球人だ」と言うほうが、ずっと自然なのだ。だからこそ、宇宙人の気遣いはすごいのだ。

気遣いのできない宇宙人ならば、着陸後の第一声から、

「ワレワレハ ンゴジパャメヴゲ第六星人ダ」

とか言うだろう。

そして我々は「ん?なんて?」となるだろう。「ごめんもう一回!」となるだろう。

万一聞き取れたとしても、ンゴジパャメヴゲ第六星人にまったくピンとこないし、第六星人ということは、ンゴジパャメヴゲ第一星人から第五星人までもおり、第七や第八もいるのかもしれないが、結局、なにひとつ分からない。

それに、これはもう我々の言語における自然な発音の域をこえているから、ンゴジパャメヴゲという名前を、ンゴジャメパヴゲとか、ンゴジヴパメャゲと言い間違える可能性もあるだろう(というか、読んでいて何が違うのか認識できなかったはずだ)。

名前を呼び間違えるのは初対面におけるタブーだから、絶対にやってはいけないが、むずかしい。「ンゴジャメパヴゲではない、ンゴジパャメヴゲだ」と訂正されても、やはり、「え?なんて?」である。

田中と田井中のちがいは簡単に認識できる我々でも、ンゴジャメパヴゲとンゴジパャメヴゲの違いにはお手上げなのであり、初対面の状態から、いきなり険悪な雰囲気がたちこめてしまう。

気遣いのできる宇宙人は、こういったことを、完全に理解している。だからこそ、いきなり固有名を出すんじゃなく、最初は割り切って、「宇宙人ダ」と自己紹介するのだ。

そうして交流を深め、銀色の体をペタペタさわっても怒られないほどに仲良くなり、向こうは向こうで我々の肌色の皮膚をペタペタさわって不思議そうな顔をし、最後には肩まで組んで、仲良く歌をうたう。

そうなったときにはじめて、

「俺、宇宙人って言ったけどさ、正確には、ンゴジパャメヴゲ第六星人なんだ」

こう言ってくるのだ、気遣いのできる宇宙人は。

それなら、こっちだって、がんばって発音を練習するだろう。おまえは最高の奴だから、俺の最高の友だから、最高の奴の最高の星の名前は、文化的に無理のある発音でも、しっかりと発音したいから!

そうしたら向こうも感動して、

「ありがとう! 俺、ンゴジパャメヴゲ第六星の、レングフアイヴレォイ!」

ここでまた、ちょっと試される。あっ、名前は名前でそんな感じなんだ……。そりゃそうか……星の名前があれだもんな……。

しかし、それでも最高の友なのだし、銀色のからだをペタペタさわらせてくれたし、目がでかすぎることをイジリ倒したときも笑顔のままだったし、光線銃を誤射して宇宙船の機体に焦げ跡ができたときも「いいよいいよ」で済ませてくれたし、本当に気のいいやつなんだから、我々の文化的には無茶な発音だろうと、銀河をこえた我々の友情は永久に不滅なのだし――

「ちなみに下の名前は、グヴァレンボボゥェイポィンペウグァウンンゥツォポッポッポェ」

ここで「やっぱいいや」となりますね。物事には限度ってものがあります。すみやかに帰ってください。さよなら、宇宙人。