特別な巡視艇の「舟飯」とは
海上保安庁の巡視船艇では、主計士と呼ばれる人たちが「舟飯」と呼ばれる、乗組員の食事を作っている。一般的な巡視船艇の食事は、質素な大部屋に乗組員が集まる「大人の給食」という雰囲気だ。しかし、海保には皇族などが利用する特別室を持つ巡視艇「まつなみ」(165トン)という特別な巡視艇も存在する。特別な船の「舟飯」とは、どんなものなのかを探ってみた。【米田堅持】
特別室をもつ唯一の船
巡視艇「まつなみ」は東京海上保安部(東京都江東区)に所属しており、普段は一般の巡視船艇同様、海上での犯罪取り締まりやパトロールに従事している。船の形は、船室部分が大きく、巡視艇というより、クルーザーや客船に近く、乗組員のほかに34人を乗せることが可能で、首相や大臣などの視察や海外からの来賓などVIPの移動に使われることもある。木目調で統一された会議室の室内にはじゅうたんが敷かれている。来客用スペースを持つ巡視船もあるが、「まつなみ」の内部は、来賓の接遇という意味合いもあるため、さらに上質な空間を感じる内装を施し、トイレも客船のような雰囲気だ。操舵(そうだ)室へつながる階段の反対側には、「まつなみ」だけに備えられた皇族などが使う特別室へつながる階段もある。室内は特に豪華ではないが、明るく落ち着いた装いだ。
土足禁止の「舟飯」
特別な巡視艇ゆえのルールもある。「舟飯」の時間になると、会議室の入り口には乗組員の靴が並ぶ。会議室は土足禁止だ。
現在、乗組員9人の「舟飯」を作るためにキッチンを切り盛りするのは、主任主計士の竹田忠史さん(42)。1994年10月に海上保安学校(京都府舞鶴市)に入学後、さまざまな巡視船艇や航路標識測定船などで「舟飯」を作ってきたベテランだ。2度目となる「まつなみ」での勤務は3年となり、首相や国土交通相の視察時も、管区本部や保安部から応援に来た主計士らとともに、対応した。
「VIPが来たときは、お茶を出すタイミングや人の配置のほか、船の内外もきれいに保たなければいけない。事前の打ち合わせも綿密に行う必要もあり、日本で唯一の特別な船ならではの気苦労もある」と話す。
船のパフォーマンスを左右する「舟飯」
キッチンをのぞくと、2口のガスコンロのほか、一升炊きの炊飯器や2台の電子レンジと2台の冷蔵庫が並ぶ。電子レンジや冷蔵庫は、船の動揺で動かないように固定されている。東京湾での行動が多く、一般的な名巡視船艇より揺れの少ない「まつなみ」では、揚げ物などもよく作るという。それほど広くはないが、竹田さんは慣れた手つきで、フライパンを手にした。この日のメニューはシーフードカレー。エビとホタテを別々にさっと炒め、ハムカツとカキフライを揚げる。「舟飯」は船のパフォーマンスを左右するとも言われることもあり、主計士らは手抜きをしない。竹田さんの得意料理は和食だが、ジャンルを問わずに作るという。VIP用の食事は手がけなかったが「必要であれば、ちゃんと作りますよ」と笑顔をみせる。
キッチンに立ってから2時間後、「まつなみ」オリジナルのシーフードカレーが会議室に並んだ。一般的な巡視船艇の「舟飯」は、港町の食堂のような懐かしさや旅愁のようなものを感じることもある。しかし、「まつなみ」で食べたカレーは、土足禁止の会議室のせいか、ちょっとだけ特別な味に思えた。