東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 筆洗 > 記事

ここから本文

【コラム】

筆洗

 <いつもと変わらない/朝がくる。/けれど今日は新しい朝なのだ。/おめでとうございます/どこかで誰かの声がする。/けれど私は言わない>。福島の詩人・根本昌幸さん(69)の詩集『荒野(あらの)に立ちて』に収められた一節だ。震災があり、原発事故が起き、たくさんの人が死んだ。だからおめでとうとは言わない、と詩人はうたう▼<新しい朝に/太陽に向かって/今年は良いことが必ず/ありますように と/祈るだけだ。/頭をさげて/手を合わせるだけだ>。原発事故により、先祖代々何百年も暮らしてきた里から離れて五年。根本さんが重ねてきたのは、そういう歳月だ▼根本さんの妻でやはり詩人の、みうらひろこさん(73)は事故直後、幼いころの体験を突然思い出したという。先の見えぬ避難が、終戦直後の中国での逃避行で弟を失った時の記憶を呼び戻したのだ▼巨大な力に振り回されての逃避行。帰りたいのに帰れぬ望郷の念。ひろこさんは、そんな思いを住民が消えた街の郵便ポストに語らせた。「ここは避難区域のため このポストは使用禁止です」との張り紙で口を塞(ふさ)がれたポストだ▼<私は届けることが出来ません/誰にも思いを届けられません/私は届けたい…/悲しみや悔しさややりきれなさと/張り裂けそうな心の便りを/届けたい 届けたい 届けたい>▼そんなポストが今日も立ち続けている。

 

この記事を印刷する

PR情報