津波被害は「土砂の移動」で拡大
3月10日 15時13分
東日本大震災の発生から5年。津波の被害の拡大につながったメカニズムの一端が、最新の研究で明らかになりました。岩手県や宮城県の沿岸では、最初に押し寄せた津波で海岸の砂浜や海底の土砂が削られたことが被害が拡大した要因の1つとなっていたことが、スーパーコンピューターを使った解析で明らかになりました。専門家は、巨大津波が想定されるほかの地域でも対策が必要だと警鐘を鳴らしています。社会部災害担当の島川英介記者が解説します。
巨大津波の影響で地形も
5年前に発生した巨大地震では、東北を中心とする太平洋沿岸の各地に高さ10メートルを超える津波が押し寄せ、甚大な被害が出ました。当時の状況を記録した映像の中に、黒い津波が壁のようになって押し寄せていたことを記憶されている方も多いと思います。その原因の1つは、押し寄せた津波の中に、大量の土砂が含まれていたためでした。津波によって沿岸の砂浜や海底が削り取られ、海水とともに押しよせていたのです。
こうした土砂の移動が津波の被害にどう影響したのか。津波のメカニズムが専門で東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授は、より正確に分析する必要があると考えていました。
スーパーコンピューターが可能に
津波が砂浜などの土砂を削ると、あとからの津波が入りやすく、影響が出ると考えられてきましたが、計算が非常に複雑で、詳しい分析は行われていませんでした。そこで今村教授は、山下啓助教とともに、1秒間に1兆の1万倍にあたる1京回の計算処理ができる、スーパーコンピューター「京」を使って解析を行うことにしました。対象としたのは、いずれも津波で大きな被害が出た岩手県陸前高田市と、宮城県気仙沼市です。5年近くかけて計算などを行い、その結果を詳細なCGで再現しました。
陸前高田市 土砂移動で流速速まり浸水も深く
岩手県陸前高田市には、かつて海岸の砂浜におよそ7万本の松が並ぶ「高田松原の砂浜」があり、緑の松原と海の眺めが美しい場所として知られていました。しかし、5年前の津波によって松林と砂浜はほとんどなくなりました。失われた土砂はおよそ190万立方メートル、東京ドームの容積の1.5個分に及んだと見られています。私もかつて盛岡放送局に勤務し、地震の前の風景をよく知っていただけに、あまりの変化にことばを失ったことを覚えています。
今回のシミュレーションでは、地震からおよそ40分後に津波の第1波が到達。松の防潮林によって一時的に食い止められたものの、次々と押し寄せる津波が乗り越え、砂浜ごと削り取っていきます。CGでは、津波は大量の土砂を含んでいることを示す濃い茶色に変化します。遮るものがなくなったことで津波の流れは沿岸で勢いを増します。沿岸での流速は秒速6mから8m、時速にすると20キロから30キロに達し、陸前高田市の中心部では、土砂が削られた影響を考慮しない場合と比べて、津波の到達は30秒程度早まり、浸水深もおよそ13mと1m程度高くなりました。
さらに、引き波の威力も増しました。特に地震の発生からおよそ1時間半後には、第2波の引き波の流速が秒速4メートル程度と、土砂の移動を考慮しなかった場合と比べて2倍程度速くなりました。このため、多くの車や家屋などが流された要因になったと考えられます。シミュレーションでは、2キロから3キロほど沖合に茶色い大きな渦ができ、今村教授は、この周辺に強い引き波によって運ばれた大量の土砂などが堆積している可能性があると指摘します。今村教授は、「砂浜が削られたことで津波の力が増し、被害の拡大につながったほか、陸前高田市では、引き波の流速が速まったことで多くの行方不明者が出たことにつながった可能性もある」と話しています。
気仙沼市 海底削られ被害拡大
一方、砂浜がなく、護岸で守られていた地域でも土砂が削り取られたことによる影響が確認されました。湾の奥に市街地が広がっていた宮城県気仙沼市です。シミュレーションでは、地震からおよそ40分後に津波の第1波が湾内に到達します。すると、湾の幅がおよそ200メートルほどに狭まっていところで津波の流速が速まり、海底の大量の土砂を削り取っていきます。この場所の水深は8mからおよそ2倍の16mになり、大量の海水が一気に流れ込むことができるようになり、沿岸で津波の速さが増しました。
さらに、今回のシミュレーションでは、湾内に停泊していた大きな漁船などが、津波によってどのように移動したかも調べました。その結果、大型の漁船が海岸からおよそ600m離れた市街地にまで津波によって流される様子が再現されました。今村教授は、気仙沼市では海底の土砂が削られたことが、浸水域が拡大したり流速が速まったりした要因となった可能性があるとしています。また、多くの漂流物が広い範囲に拡散したことで大規模な津波火災につながった可能性もあるとして、詳しく解析することにしています。
巨大津波特有の現象どう生かすのか
今回の研究は、巨大津波については、砂浜や海底の土砂が削り取られる影響も考慮しなければならないことを初めて示しました。一方で、国や自治体が進めている津波の浸水域や津波の高さの想定には、土砂が移動する影響は考慮されていません。
南海トラフで想定される巨大地震で、津波の被害が予想される地域には、陸前高田市や気仙沼市のように、沿岸に砂浜が広がっていたり、湾の奥に位置していたりする地域が数多く存在します。今村教授は、「南海トラフ沿いの地域などでも浸水域が広がったり、津波の流速が速まったりして被害の増加につながるおそれがある。今後の防災対策に役立てていきたい」と話しています。
5年前の東北沖の地震や津波に関する最新の研究成果を取材するたび、巨大な災害には、現代の科学で解明し切れていないことがまだまだ多く残っている、ということを思い知らされます。災害の実像を明らかにするための研究が必要なのはもちろんですが、「その日その時」に備えて想定をうのみにせず、いざというときには、最善を尽くして避難することの重要性を改めて訴えているとも思います。