2016年03月09日
グループキャンパーの妻
わたしと夫は、長らく共通の趣味などなかったが、あるきっかけでキャンプをするようになった。夫の会社の先輩に誘われてキャンプにいってみたら、夫ではなくてわたしがハマってしまったのだ。
普段はマンション住まいなので、自然と接する機会も少なく、初めて自然の中で張ったテントの中で寝た時の感動は大きかった。炭火ををおこして食べるバーベキューはびっくりするくらい美味しかったし、暗くなってからは柔らかなランタンの光の中で夫とのんびり話をするのも贅沢な時間だと感じた。軽くカルチャーショックを感じつつも、キャンプの楽しさに、夫婦でのめり込んでいった。
キャンプを始めて半年くらい経った頃、夫がブログを始めた。よく行くキャンプ場の常連がブログをやっているらしく、それに感化されたようなのだ。夫のブログはわたしも読んでみたが、大した内容ではなく、キャンプに行った記録をつけるだけのような、閲覧者も一日にほんの十数人の、そんなものだった。
ネットといっても世界は狭いらしく、夫はいつも利用するキャンプ場に来ているという、ブロガーたちと交流するようになった。
そんな中、グループキャンプと称して、仲の良いブロガーや、その仲間たちで集まってキャンプをしようという話になった。わたしはその人たちの事は全く知らないけれど、キャンプにはいつも夫婦で行っていたので、夫に誘われるままそのグループキャンプに参加した。
ネットを通じて知り合った人とのグループキャンプというのは、夫とふたりでするキャンプともまた違った楽しさは確かにあった。しかし、そんなグループキャンプも回数を重ねるにつれ、わたしの中でどんよりとした澱のようなものが溜まっていく感覚がするようになっていった。
今日も、湖畔にあるいつものAキャンプ場で、夫のキャンプ仲間とグループキャンプをしている。参加者が持ってきたスクリーンタープを連結し、いつものようにその中が宴会場になっている。参加者がそれぞれ食べ物や酒を持ち寄り、分け合って食べながら、酒を飲むのが恒例の夜の楽しみ方だ。
ギャハハハハ、と隣で酔っ払った男の下品な笑い声が響く。隣に座っている40代半ばの小太りのこのAという男、わたしは大嫌いだ。
Aは、酔い始めると次第に声が大きくなり、臭い息を撒き散らしながら下品に大声で笑う。それだけならばまだ我慢出来るが、相手が誰であろうと酔いに任せて下ネタを連発するのだ。夫が一緒になってその話を笑っているのも信じられないが、他の参加者も楽しそうに爆笑している事にも違和感を感じる。
Aは、わたしが今まで生きてきた世界には居なかったタイプの人間だ。
ネットを通じて知り合った人間というのは、色々な種類が居ることがわかった。このグループキャンプに参加している人でも、高級外車を乗り回していてオシャレなテントや道具を使いこなす人も居れば、ボロボロの軽自動車にホームセンターのテントの人も居る。若い女の子も居れば、だいぶ前に定年退職したおじいちゃんも居る。そんな人間がまぜこぜになって、キャンプというたった一つの共通項の元に集まって宴会に興じている。合う合わないは関係なく、全てが一緒くたになって、このスクリーンタープの中に押し込められているのだ。
集まっている人間の殆どがブロガーという事もあって、乾杯するにしても、食事するにしても、何でも写真を撮りまくっている。乾杯している写真を撮るために、全員が腕を伸ばした状態で写真を撮り合っている様は異常だ。
参加者の誰かが、ブロガーらしく読んでいる人のお手本になるように楽しくやりましょう、などと口にする。何がブロガーだ。インターネット上でつまらない日記に写真をつけてアップしているだけじゃないか。ブロガーと一般人と区別して、さも自分たちが特別な人であるかのように思っているという様子だ。ここに集まった人たちが特にそうなのかも知れないか、ブロガーなどというのは浅薄な性根のくせに極度の自意識過剰なのではないかとしか思えない。
この人たちは、ブロガーとの交流を楽しんでいるのであって、キャンプを楽しんでいる訳ではないのではないかと思うと、キャンプがしたいだけのわたしはとても居心地が悪い。
わたしの右斜め前に座っているBという30台後半のモテなさそうな、河童のような髪型の薄らハゲの男、こいつは何とも気持ちが悪い。
ことあるごとに、わたしの胸や尻を盗み見ているからだ。こちらが気がついていないと思っているのか、チラチラと目線を向けてくるのが本当に気持ちが悪い。Bの目線は他の女の子も標的にしており、ねっとりとした視線を絶えず誰かに送っている。
おしゃれなキャンプ道具を揃え、さも人格者のようなふりをしてブログを書いているようだが、このグループキャンプの参加目的が女である事は疑いようも無い。
スクリーンタープの一番奥でお誕生日席よろしく腰掛けているCは、このグループキャンプの呼びかけ人で、こうして人を集めて無料キャンプ場を占拠しては満足している極めつけの馬鹿だ。深夜まで宴会を繰り返し、他のキャンパーに迷惑がかかっている事を知っていながら、近くの無関係なキャンパーのテントを訪れては、一緒にどうですか、おすそ分けを持って来ましたのでどうぞ、と厚顔無恥な振る舞いをしている。挙句の果てには、多少うるさいかも知れないけど、声もかけたし差し入れもしたからもう大丈夫だよね、などと仲間と笑いあっているのである。
先日、隣接していたキャンパーとトラブルになり、Cのブログが炎上した際は面白かった。名前を伏せてわたしも炎上に参加し、大いに盛り上げてやった。Cは自作自演で自らを擁護し、消火しようとしていたが、その情けなさったらなかった。
そしてわたしの夫だ。夫はこのグループキャンプに参加するようになって、周りの影響を強く受け始めた。話す内容が下品になり、家出の夫婦の会話はブログやグループキャンプの話が中心になっていった。
前のように夫婦二人きりでキャンプを楽しみたいと言っても、それではブログが盛り上がらないから、と話さえまともに聞いてくれない。
わたしが、このグループキャンプに参加したくないという事を知っていながら、毎回強制的に参加させる。夫がわたしを参加させる理由は、夫婦でキャンプを楽しんでいるというアピールの為だけであり、わたしの為を思ってではない。夫はわたしを有名だというブロガーたちへ酌婦としてあてがい、自分は赤ら顔をして下品な話に大口を開けて笑っている。
最近はその夫に耐えかねて、コーヒーに雑巾の絞り汁を混ぜて飲ませている。今朝は犬の糞を混ぜてみたが、気が付いていなかった。どうも味の分からない馬鹿だから、近々、トイレの洗剤や殺鼠剤も混ぜていってみようと考えている。
耳元でわたしの名前が呼ばれた。振り向くと酒と口臭の混じった嫌な臭いがする。
わたしはにっこりと笑って、お酌をした。
Posted by epitaph at 18:38│Comments(0)