“海賊”村上水軍に思いを馳せて9つの島を船と自転車で巡る「三海道贅沢サイクリング」 歴史ロマンあふれる瀬戸内海を快走
「しまなみ海道」「ゆめしま海道」「とびしま海道」の瀬戸内三海道を自転車と船で巡る「三海道贅沢サイクリング」が3月6日に開催された。サイクリングの聖地として知られる「しまなみ海道」を少し外れ、橋が架かっていない「ゆめしま」と「とびしま」の島々を船でつなぎ、上陸した島でサイクリングを楽しむという、瀬戸内ならではの特徴を生かしたユニークな「自転車船旅」イベント。しまなみ海道を中心とするエリアのさらなる魅力にアプローチする、新しいサイクリングの形を取材した。
走力に合わせてコースを選択
今回のサイクリングの舞台は、広島・尾道と愛媛・今治を結ぶしまなみ海道のルート上にある大島、伯方島、大三島(おおみしま)、生口島(いくちじま)と、しまなみ海道から独立した弓削島(ゆげじま)、佐島(さしま)、 生名島(いきなじま)から成るゆめしま海道、そしてとびしま海道エリアに位置する広島県の大崎上島と大崎下島の計9島。これらの島々を船と自転車でつないでいく。
コースは全島を走破する約95kmの「サイクリングコース」と、船旅をメーンに約54kmのサイクリングを楽しむ「クルージングコース」の2つが用意された。乗り継ぐ港で両コースが落ち合うようにスケジューリングされているため、総勢80人の参加者はそれぞれの走力に応じて同じルートを楽しむことができる。
イベントは、愛媛県今治地方(今治市・上島町)の観光振興や情報発信に取り組む「しまのわ今治地方活性化推進協議会」が主催。参加者は公募されたが、大会の目的はただこの日のイベントを楽しむことにとどまらず、サイクリングのコースを提案したり、楽しみ方を発信したりする意味合いも大きい。
瀬戸内の魅力満載のサイクリングコース
イベント当日は、スタート地点である今治市の糸山公園展望台に、サイクリングコースを選択した64人の参加者が集まり、また愛媛県の上甲俊史副知事、今治市の菅良二市長、ゆめしま海道にあたる上島町の上村俊之町長も加わった。
「三海道をつなぐ船旅とサイクリングを存分に楽しんでほしい」という菅市長の挨拶のもと、午前8時半、チャーター船が待つ隣島の大島・宮窪港を目指してスタートを切った。
宮窪港までの走行距離は約17kmと短いが、スタート直後にさしかかる来島海峡大橋からの眺めや、穏やかで美しい海を眺めながら走る島のサイクリングロードなど、日常では体験し難い瀬戸内ならではの魅力が堪能できるコースになっている。一方、クルージングコースに参加する17人は来島海峡大橋を渡ったところにある下田水港から乗船し、海から宮窪港を目指す。
“水軍”さながらの自転車船旅
およそ1時間のサイクリングを楽しんだところで宮窪港に到着。サイクリングチームは自転車を船に載せ、クルージングチームと合流する。自転車は輪行の形状にする必要はなく、そのままの状態で乗り入れることができる。およそ80台の自転車を積むため、衝撃や海水から自転車を保護するための毛布がかけられていた。
いよいよゆめしま海道へ向けて出港。およそ30分間の船旅だが、自転車から船に乗り換えたことで旅感が一気に高まる。愛媛県松山市から来たという地元の参加者も多かったが、「橋が架かっていないため、県民でも足を踏み入れたことがない」という声も多く、船に揺られる間、初めて上陸する弓削島に思いを馳せていた。
宮窪港を出港してすぐに、要塞のような小島が出現。南北朝から戦国時代にかけて瀬戸内海を支配した村上水軍の城、能島城跡だ。
島がひしめく狭い海峡は潮流が速い上に暗礁が多く、「船折瀬戸」とも呼ばれるように古くから瀬戸内海を往来する船の難所とされていた。瀬戸内海を支配していた村上水軍はここで水先案内役を果たし、通行税を徴収すると同時に航行の安全を保証する役割を担っていたという。
かつては「日本一の海賊」として瀬戸内を縦横無尽に駆け巡っていた水軍の様子を想像しながら行く手に広がる海原を眺めると、彼らの軌跡を辿っているようで、この三海道サイクリングもいっそう趣が深くなる。なお、宮窪港には村上水軍の歴史、伝来の貴重品などを展示している施設「村上水軍博物館」もあり、サイクリングの際には立ち寄りたいスポットだ。
信号もトンネルもない“サイクリングアイランド”
ほぼ全ての参加者が初上陸となる弓削島(上島町)に上陸。「信号なし!トンネルなし!」の看板どおり、公道で車とすれ違うことなく、参加者全員が弓削島と橋でつながった生名島をめぐる約17kmのサイクリングを楽しんだ。沿道には町花である桜の木が立ち並び、春の訪れを待つ様子。イベントに参加した上村町長は、「上島町はこれからが良い季節。ぜひまた、ゆめしま海道へサイクリングをしに来てください」と呼びかけた。
ゆめしま海道を後にして、次はしまなみ海道エリアの生口島に向けて再び乗船。ここから30分間はお待ちかねのランチクルージング。ちょうど船が近くを通過する岩城島(いわぎしま)で、島の特産であるレモンを食べさせて育てたという名物の「レモン豚」を使った豚丼と、同じく島の名物「レモンケーキ」が振る舞われた。
この時点で通算約35kmを走ってきたサイクリングチームにとって、ボリュームのある豚丼は空腹を満たすのにちょうど良い味と量。レモンの酸味が程よくマッチしたぷりぷりの豚肉は次のサイクリングの活力に。デザートのレモンケーキも甘すぎず、参加者からは「チーズケーキのようなさっぱりとした酸味」と好評だった。
臨機応援にコースを変更
ランチを楽しんだあとは生口島に上陸し、サイクリングを再開。南国情緒漂うヤシの木を横目に、同じくしまなみエリアの隣島、大三島へと向かう。今回設定された大三島のサイクリングコースは最大の難所ともいえる坂が連続するルート。というスタッフの説明に参加者の間に緊張が走るが、一度サイクリングコースを選んだ人でも途中でクルージングに切り替えることができるため、参加者は自分の疲労具合を考慮しながらコースを選択していた。
難関の坂コースを乗り越え、次の乗船ポイントである宗方港でサイクリスト待っていたのは愛媛県の特産、柑橘類。とにかく柑橘類の種類が豊富で、手に取るたびに聞いたことのない名前が飛び出すのは愛媛ならでは。このとき振る舞われた柑橘類はレモンに似ているが酸味抑えめの「ひめこはる」と、一見みかんのようだが甘味が強い「たまみ」の2種類で、疲れ始めた体に染み入るフレッシュな味は参加者からも好評だった。
最後の島サイクリングは広島県
大三島の次は、いよいよ最後の島に上陸。大崎上島と大崎下島から成るとびしま海道エリアを走る。とびしま海道とは広島県呉市とその南東に位置する安芸灘諸島の島々を結ぶ8つの橋梁の総称。「しまなみ海道」をもじって別名「裏しまなみ海道」と呼ばれることもある。
大崎上島と大崎下島はその端にあたる一部のエリア。橋が架かっていない完全離島の自然豊かな町で、とくに造船業で有名な地域。島に上陸したところで、大崎上島に伝わる木造の和戦「櫂伝馬」(かいでんま)の練習に遭遇。声をかけあい、互いの安全走行を願って手を振る場面もあった。
大崎下島は島全体にみかんの段々畑があり、春には白いみかんの花が、秋から冬にかけては黄金色の実が、青い海にはえて美しい景観を作り出す。江戸時代、北前船や交易船の寄港地として栄えた町、御手洗地区には今も当時の面影をしのぶ街並みが残る。歴史の見える丘公園からは、御手洗の街並みや、遠く来島海峡なども一望できる。
大崎下島でのサイクリングコースは島を外周する約25km。参加者らは最後のサイクリングを惜しむように自転車を走らせた
自分好みにアレンジできるコース
今回、松山市から同僚の皆さんと参加した井上誠さんは、「しまなみは走ったことはあるが、ゆめしまやとびしまエリアは橋がつながっておらず近くてもなかなかいけないところだったので。こういう機会に行けて良かった」と感想を語った。
同じく松山市から会社の自転車チームで参加したという森本節夫さんは「いつも走っているしまなみを船から違う角度で見れたのはおもしろかった」といつも走っているエリアを違う視点から楽しんだ様子。親子で参加してい山本倫佐さんと杏夢さんは「自転車だけでなくクルージングもできて楽しかった。こういう新しい楽しみ方があるんだと思いました」と満喫した様子だった。イベント参加者の半数以上が県外からの来客で、なかにはこのイベントに参加したくて自転車を購入したという東京からの参加者もいた。
サイクリングコースの全行程を走った上甲副知事はゴール後、ともに完走を果たした参加者全員に「楽しかったですかー?」と声をかけ、それに対して参加者が拍手で応える場面も。最後に「今日のことを思い出して、またしまなみ海道へいらしてください」と呼びかけた。
地元出身のフリーアナウンサーとして自転車番組のMCも務める作道泰子さん。クルージングコースに参加した感想について、「三海道を一気に回れるおもしろさが最大の魅力だけれど、何よりもそれぞれのペースで広範にサイクリングを楽しめるスタイルは他にない。ぜひ一度、クルージングを取り入れたサイクリングを体験してほしい」と魅力を語った。
イベントをサポートした「チーム山鳥」のリーダーである、チームジャイアントプロライダーの門田基志さんは、「今回のイベントではチャーター船を使用したが、通常の定期船でも廻れるコース。二日間かけてゆっくり楽しんだり、範囲を狭めたり、今回のルートをモデルに自分好みにアレンジして楽しんでみてください」と呼びかけた。