テニスの世界トッププレイヤーであるマリア・シャラポアが、4年間の試合出場停止処分になるかもしれない。
彼女は、WADA (世界アンチ・ドーピング機構)が禁止リストに掲載している薬物、メルドニウムを使用したとして、国際テニス連盟(ITF)から資格停止処分を受けることになりそうだ。
しかし、色々と調べて行くうちに、今回の騒ぎにはどうも裏がありそうな気がしてならない。コンスピラシー(共謀による企て)を前提に、独自の考えを述べてみたい。
目次
マリア・シャラポアという女性
188cmの恵まれた体格と勝負に対する飽くなき執着心は、ロシアからの移民少女を、17歳にしてテニスの世界チャンピオンへと押し上げた。彼女のその後の躍進は、多くの人が知るところだろう。
その美貌から、数々のスポンサーが付き、収入は優に30億円を超えるまでになった。現在、ネットでは、シャラポワの画像検索件数が急上昇している。
今やテニスだけではなく、様々なチャリティー活動にも寄与している。東日本大震災の直後には、放射能の心配があるにもかかわらず来日し、傷心極まりない日本を激励してくれた。
理由も無くただ滞在していただけの外人達が挙って国外へ退去する中で、体調管理に厳しいアスリートである彼女が、わざわざ足を運んできたのだ。マスコミに扇動されるだけで、自身では何も知ろうとしない無知蒙昧な輩がいるのに対して、何とも勇敢なことだろう。
彼女自身が、チェルノブイリ原発事故直後に生まれたこともあり、同じ境遇にある日本を黙って見過ごすことが出来なかった。彼女の発したメッセージは、多くの日本人に勇気を与えた。そのメッセージが、
「大丈夫!私はチェルノブイリの近くに住んでいた両親から生まれたのにこんなに元気よ!」
であり、当時テレビに映る彼女を見た時は、驚きと感動で胸が一杯になったものだ。
そんな彼女が、全豪オープン直後のドーピング検査に陽性反応が出たとして、現在窮地に立たされている。
これまでの経緯
1. WADA(World Anti-Doping Agency)の発表
WADA (世界アンチ・ドーピング機構)がメルドニウムを指定薬物に加えたのは12月16日。効力が発せられたのは1月1日で、全豪オープンの開催は1月18日だった。
シャラポワ自身には、12月22日にドーピング対象薬物となったことが通達されている。
その前には、ロシアのドーピング機構がアスリートにメモを送ったとしている。だが、ドーピングの総合商社(懐かしい言い方)ともされる同機関が言及しても、信憑性に乏しく信用出来ない。
2. メルドニウム(Meldonium)という薬品
ラトビアだけで生産されているこの薬品は、西ヨーロッパ諸国とロシアでのみ販売されている。アメリカではFDAの承認を得られず、中央ヨーロッパでも販売は見合わされている。
本来は、血流を良くする薬として知られており、虚血(組織の一部に血の流入が少なくなること)を伴う心臓疾患に対して用いられている。
アスリートが使用すると、一時的な身体能力の飛躍に繋がり、特に持久力が向上する。
だが、同時に、心臓への酸素供給量を増やしたり減らしたりすることにによって、心臓組織への毒素を増やすことにも繋がり、危険であるとされている。
かなり以前から監視対象薬物とされていたが、オリンピックイヤーのこの時期に、ドーピング薬として指定されるのは異例である。
3. ドーピング検査
ドーピングの対象とされるのは
1)常に禁止される物質と方法(競技会検査および競技外検査)
2)競技会検査で(1)に加えて禁止される物質
3)特定競技で禁止される物質
4)指定物質
または、禁止されていないが乱用をモニターする物質のリストとして、監視プログラムがある。
ドーピング検査は、尿や血液を採取してサンプルを作り、これをWADA公認検査機関で分析することで行う。
ドーピング検査には、「競技会検査」と「競技外検査」とがあり、国体のドーピング検査においては、大会直前と大会期間中の両方で検査を行う。
「競技会検査」では、全ての禁止物質が対象となる。
「競技外検査」では、蛋白同化剤、ホルモン関連物質、ベータ2作用剤、抗エストロゲン作用剤、利尿剤、隠蔽剤が対象となる。
以上の検査において陽性反応(使用が認められたという結果)が出た場合において、ドーピングとみなされる。
WADAのページでは、メルドにウムはS4の5項目目に登場する。
4. メルドニウムを使ったとされるアスリート
現在のところ、マリア・シャラポアを含む数人のアスリートから、このメルドニウムの反応が検出されている。
有名なところでは、アベバ・アレガウィ(Abebe Aregawi)2013年の女子1500メートルの世界王者と、エンデショウ・ネゲス(Endeshaw Negesse) 2015年の東京マラソンの優勝者が上げられる。
メルドニウムでドーピングにかかったのは、ロシア系のアスリートに多く見られる。ソチオリンピックのスピードスケート、ショートトラックの金メダリスト、セミョン・エリストラトフ選手と、スピードスケートの世界選手権で5つの金メダルを獲得したパベル・クリズニコフ選手が上がっている。
2015年に行われたテストでは、17%のロシア選手に反応が見られた。 4316人の被験者に対して、724人からメルドニウムの使用が確認されている。世界的には、約2.2%のアスリートから反応が出ている。
薬物が体内から排出されるまでの期間
シャラポワが、国際テニス連盟(ITF)からドーピングの通知を受けたのは3月2日だった。全豪オープン後の26日には、ITFは陽性反応を確認している。
WADAが、メルドニウムをドーピング薬と指定したのが12月の22日で、陽性反応を得るまでには約一ヶ月ある。
そこで、体内に入った薬物が、どれだけの時間で排出されるかを調べてみた。
聞くところによると、シャラポワは2006年からこの薬品を摂取しているという。要するに、常備薬としていたわけだ。
その目的が何であれ、2015年の12月22日までは、メルドニウムはドーピング薬としての指定は受けていなかった。すると、この時点まではシャラポワは白である。
では、もう一度上のグラフを見ていただこう。
左の図は、一度だけ薬物を摂取した場合の、排出時間と体内への残留濃度を表している。右の図は、数回に渡り摂取した場合の状態を表している。
お分かりだろうか? 同じ薬を何度も使った場合、体外へ排出される時間は極めて長くなっている。
シャラポアがメルドニウムを常備薬としていたのなら、彼女の体内に残留していた薬品の濃度は、右の図ような曲線を描いていたわけだ。一度だけ、もしくは間隔をあけて摂取していれば、おそらくドーピング検査での陽性反応は出なかっただろう。
しかも、肝臓や腎臓に何らかの障害があれば、健常者と同量の薬品を摂取していても排出される時間は劇的に違ってくる。
アスリートに限って、肝臓や腎臓に障害があるとは考えられないが、疲れている時などは同じような状態に陥らないとは言えない。
さて、それまで何年もの間摂取していた薬品が、たったの一月くらいで反応が出なくなるほど体外に排出されるものだろうか?
元WADA会長の発言
世界反ドーピング機関の元会長、リチャード・パウンド(Richard Pound)氏は、「シャラポアは言葉にできないほど無思慮だ」と言っている。ビジネスを引き合いに出した上で、彼女の確認が遅れたことが落ち度のように話しているが、この発言からして胡散臭い。
彼女がメルドニウムを常備していたのは、かなりの人間が知っていたはずだ。トレーナーやコーチが知らなかったとは言えまい。
それに、シャラポワほどのアスリートが、12月の22日に通知を受けたのに、その後も続けて使用するとは思えない。「添付されていたファイルに目を通すのを怠った」とされているが、それほど重要な事なら、トレーナーやコーチがダブルチェックしていてもおかしくはない。
とにかく、事の収束を早めるために、シャラポワと周囲の人間が考えたスピーチだろう。
WADA元会長の発言を持ち出したことで、いかにもWADAの正当性を印象付けているようだが、アスリートがそれほど大切なことを見誤るとはどうしても考えられない。
一ヶ月程度では化学物質が排出されないのを知った上で、WADAはシャラポアに通知を送ったと見るべきだ。
ロシア圏アスリートの排除を計画した陰謀説
ここからはいささか飛躍した考えで、著者の想像の域を出ない。だが、何故か心の奥底に残る疑問を払拭できず、こんな仮説が頭を過った。
こんなウワサがある。「有名アスリートの中には、試合の数カ月前までには薬物の使用を止めて、ドーピングには掛からないようにしている選手も少なくない」と。
ボディービルの世界には、ナチュラルとそうでない団体が存在している。IFBBはその最も大きな団体で、アーノルド・シュワルツネッガーやルー・フェリグノなど、多くの有名人を排出している。日本からは、2016年に山岸秀匡氏がアーノルドクラシック212の世界チャンピオンになっている。
WNBFは、ナチュラルボディービルダーの団体で、こちらも同じボディービルのコンテストを開催している。何をしてナチュラルと称するのかはよく分からないが、ドーピングに当たらない物質だけで肉体を形成する事を趣旨としているようだ。
両団体共に、WADAの加盟団体であるが、IBFFに関しては薬物常用のウワサが絶えない。しかし、彼らはドラッグフリーだと主張している。
オリンピック選手においても、同様のことが言われている。ウワサでしかないが、限りなくグレーに近いホワイトであり、決定的な証拠には欠いているので追求のしようがない。しかし、WADAが指定していないだけで、違法スレスレの薬物は腐るほど存在している。
ではなぜ、この時期にメルドニウムだけが指定され、バルティック周辺国のアスリートだけがドーピングとして公表されたのだろうか?
仮説としては、ロシアと西側諸国の関係がある。これ以上、ロシアや中国の進出を抑えるためにも、先ずはオリンピック前に競合を潰しておこうとする目的かもしれない。
中国でのドーピングはまだ聞かないが、報道されていないだけで、メルドニウムを使っている選手はいるはずだ。ロシアと蜜月の関係にある中国が、全くのドラッグフリーだとは考え難い。今後、違法者は現れるかもしれない。
今回、シャラポワが槍玉に上がったのではなく、ロシアの選手やそれに近いアスリートを排除しようとしたのではなかろうか。それが、たまたま彼女もメルドニウムを使用していたことから、ドーピングに引っかかってしまった、といったところではなかろうか。
何が真実かは定かではないが、何か承服できない一連の報道だった。
終わりに
今回のシャラポワ事件は、テニス界だけではなく、アスリート界全体に大きな衝撃を与えた。今回は逃れられたが、背筋の寒くなる思いをした者も少なくはないだろう。
往年の選手の中にはシャラポワをよく言わない人もいる。だが、引退しているなら無関係だろう。この機に乗じて売名行為紛いの事はしなくてもいい。誰も意見は訊いていない。
多くの人(私はシャラポワのファンではない)が知りたいのは、シャラポワが何の目的で使用していたかであり、それが病気のためかそれとも違う理由で使用していたのかだけである。
ナブラチロアは、渦中にいるシャラポワに対しての報道に、「事実関係が明確ではない今、憶測だけで発言するのは無責任だ」と言っている。
嫉妬や羨望の渦巻く世界だ、上位ランカーが一人でも減れば、それだけ自身にチャンスが回ってくる。口には出さなくとも、本音はその程度のことだろう。
リチャード・パウンド氏にせよ、既に73歳の高齢だ。今更注目を浴びる年でもないだろう。余計なことを言っていると、過去の探られたくない腹を晒されることにもなりかねない。過ちを犯さない人間などはいないのだ。「人を呪わば穴二つ」の諺にある通り、他人を悪く言っていると災いは自身の上に振りかかる。
誰も責任を取らずに済むマスコミは、今回のような報道があればいつも言いたい放題だ。が、そのうち思い知らされる時が来るだろう。
私は、シャラポワが糾弾されるよりも、マスコミがいつか痛い目を見て自由に行動できなくなる日が来るのを待ち望んでいる。
シャラポワの早い復帰を期待している。