骨肉の兄弟げんかも
1996年にグループ会長に就任していた初代会長の次男が、就任から8年を超え「家族会議」で3男への継承を求められたことに抵抗したのだ。
「自分の能力が一番だ」「21世紀を前に兄弟のたらい回しをいつまでも続けるわけにはいかない」――次男には次男なりの考えがあったのだろう。
だが、それでは、弟たちがおさまるはずもない。壮絶な兄弟げんかが勃発した。
他の兄弟から追い詰められた次男は極端な行動に出る。
「自分と3男、5男は違法は機密資金を作っている」とメディアや検察に捨て身の告発をしたのだ。3人そろって有罪となり、経営は大揺れに揺れた。
次男にとって誤算だったのは、3男と5男はその後、特赦を受けて経営に復帰し、グループ会長の座を射止めたことだ。
次男は、兄第から一時縁切りされた。事業を起こして再起を目指したがうまくいかず、2009年に自宅で自殺した。悲劇の結末となった。
今回の継承は、ファミリー内で対立もなく、すんなりと決まった。
初代会長の息子への継承が終わると、次は初代会長の長男の長男への継承という合意ができていたからだ。
大変身のつけ
ただ、すんなり継承できたからといって、朴廷原次期会長の前途が明るいとは決していえないのだ。
斗山グループは創業120年だが、1990年代初めに「大変身」を断行した。
消費財産業では成長に限界があるとみて、超優良企業のOBビールを売却したのだ。そのかわり、韓国重工業(今の斗山重工業)、大宇総合機械(同、斗山インフラコア)、高麗産業開発(同、斗山建設)などを次々と買収した。