ラディカル・フェミニズム
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ラディカル・フェミニズム(Radical feminism)とは、「社会において女性が受けている圧迫」とされるものからの「解放」を訴える急進的フェミニズムである。
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概要
ラディカル・フェミニズムは、「個人的なことは政治的である」というスローガンの下、女性の抑圧は他の抑圧(階級的抑圧など)には還元することができない根源的なものだと主張し、そのような現状を変革するための活動をしている。
従来のフェミニズム活動が女性の地位の向上や社会参加を推進するための民主的な活動なのに対して、ラディカル・フェミニズムの活動は活動家たちが女性にとって「差別的だ」と判断した文化や慣習を否定する排他的な活動といえる。
ラディカルフェミニストのキャサリン・マッキノンは、これに対して、「私たちが実際に言ったのは、性的なもの(セクシュアリティ)がジェンダーの不平等という文脈の中で起きているということだけである。」と反論している[1]が、一方で、ラディカルフェミニストのアンドレア・ドゥウォーキンは、その著書『ポルノグラフィ―女を所有する男達』(ISBN 9784791751280)で、「結婚とはレイプを正当化する制度」と述べ、結婚をレイプと同一視している。
代表的ラディカル・フェミニスト
ラディカル・フェミニズムを代表する思想家に、キャサリン・マッキノン(Catharine MacKinnon)とアンドレア・ドゥウォーキン(Andrea Dworkin)がいる。スーザン・ブラウンミラー(Susan Brownmiller[2])、また、ナバネセム・ピレー(Navanethem Pillay[3])もラディカル・フェミニストであるとみられている。ラディカル・フェミニズムの誕生は、1970年の、ケイト・ミレット(Kate Millett)の『性の政治学』とシュラミス・ファイアーストーン(Shulamith Firestone)の『性の弁証法』からであった[4]。
思想
ラディカル・フェミニズムの主張は、通常の性役割及び男性による圧迫を断固拒否することにある。
- 社会は伝統的で圧迫的な家父長制によって形作られている。家父長的社会制度の下で、女性は常に男性の支配の下におかれている。
- 家父長制のもとでは,男女の生殖機能の自然的な違い(女性の出産・哺育)から労働の分業が生じ,これによって男性が社会的に利益を得るシステムが生ずる。
- 女性の性と生殖は,強制的な異性愛に基づく「結婚-母性」という枠組みに組み込まれ,この枠組みが歴史的に制度化されて,男性の支配と女性の被支配という権力構造が生み出されてくる。
- こうして,男は支配階級,女は被支配階級といった「性の階級差」が生じる。この「性階級」は男女関係だけでなく,社会のあらゆる権力関係の基盤となり,あらゆる権力心理の起源ともなる。
- 家父長制システムのもとでは性の支配関係があらゆる抑圧の根源(ラディカル)となると主張するので,「ラディカル・フェミニズム」と呼ばれる。
- 家父長制に対するこうした批判は,男性による女性の身体支配(性と生殖の管理)からの解放を求める運動である。
この批判をさらに先鋭化した立場として以下のような主張を展開することもある。
- 女性の性的快楽の解放,強制的異性愛に代わる選択肢としてのレズビアンの復権,非婚や生まないことの自己決定など,セクシュアリティー(性活動)とリプロダクション(再生産)をめぐる様々な主張がそこから派生してくる。
- レイプ、ポルノグラフィー,セクシュアル・ハラスメントなどの性的暴力も,こうした流れのなかで糾弾される。
- この立場から,家父長制的・男性中心的な性別価値評価を180度転換して,男性性ではなく,むしろ女性性にこそ優位があるとする女性中心主義もあらわれてきた。
- 天皇制は、女性差別に根ざした制度であり廃止するべきである。
ポルノグラフィーを敵視
ラディカル・フェミニストは、「被害者なき犯罪」の合法化・非犯罪化を支持するリベラル・フェミニズムを批判する。そのような例としては、キャサリン・マッキノンやアンドレア・ドゥウォーキンらに代表されるラディカル・フェミニストが、ポルノグラフィーの制作・流通・所持を女性の搾取につながるものとして敵視する[5]ことを挙げることができる。
セックスヘイター
近年、ラディカル・フェミニズム団体が特に強力な活動を続けているのがポルノ規制の活動である。
ポルノ。特に性暴力を取り扱うポルノは女性蔑視の価値観を助長しているとして性暴力ポルノの法的規制・廃絶を訴えている。表現の自由、内心の自由を無視もしくは著しく軽視したこのような活動に対して、フェミ・ファシズム、セックスヘイターなどと呼称されることが多い。
- 1992年、ラディカル・フェミニズムを推進するキャサリン・マッキノンが、カナダのポルノ規制の契機となったバトラー裁判で勝利した。キャサリン・マッキノンは、古くから国家や行政によるポルノ規制推進の働きかけである反ポルノ公民権運動をおこなってきたが、これが初勝利となった。バトラー裁判の結果、カナダでは同性愛を扱う雑誌が警察に没収されるようになった。更に、カナダでは、性行為が一切描かれていない書籍でも、人を性的に侮辱する表現があるように思われる書籍(児童への性的虐待の問題提起をする書籍を含む)は禁止されるようになった。
- 1999年、キャサリン・マッキノンは、京都の研究会で、女性たちが買うポルノである日本のレディースコミックに関して意見を聞かれた際に、「女性向けのポルノというのは、実は男が男向けに作っているのであり、その読者の九九%は男である」と答えた。しかし、実際は、レディースコミックはその書き手も読者も多くが女性から構成されていた[6]。
- いわゆる女性向けポルノとして、日本のみで流行しているボーイズラブ(BL)に関して、ラディカル・フェミニズムの観点から問題が提起されることは少ない。しかし、社会的な弱者である同性愛者の性を商品化し、特定のイメージを植えつけるという点では、女性が被写体となっている異性愛ポルノと同様である。この点について、ラディカル・フェミニズムは矛盾しているといわれ、単なる差別的な報復しか念頭にないと指摘される。
- 2007年10月、ラディカル・フェミニズム団体であるポルノ・買春問題研究会が、理論社から出版された『ひとはみな、ハダカになる。』(ISBN 978-4652078297)に対して、作者のバクシーシ山下がAV監督であるため本の読者対象として設定されている高校生未満の子どもたちに被害を与えるとして、その「回収・絶版」を求める署名運動を起こした。
- 2009年5月、アメリカのラディカル・フェミニズム団体であるイクオリティ・ナウ がレイプレイ抗議キャンペーンを開始。その余波が逆輸入される形で日本に伝わり、日本のアダルトゲーム業界団体であるコンピュータソフトウェア倫理機構(ソフ倫)は大幅な自主規制を迫られた。
またポルノ規制活動は本来思想の異なる保守主義との親和性が高いため、保守系国会議員や宗教団体などと連携して活動することも多い。
ラディカル・フェミニストとの論争例
雑誌「わいふ」論争:
東京女子大学教授である林道義が1998年に出版した『主婦の復権』(講談社)ISBN 9784062091947をめぐって、雑誌「わいふ」の前編集長のラディカル・フェミニストの田中喜美子との間で多くの論争があった。林道義教授のサイトを参照[7]。
林道義教授は、ラディカル・フェミニズムの家族破壊思想を批判した。
ラディカル・フェミニズムの思想の実践結果
スウェーデン
スウェーデンは、男女の役割分担を無くそうとするラディカル・フェミニズムの思想に従ってきた結果、家族が崩壊し各種の犯罪が急増したという報告がある[8]。実際、スウェーデンは、近年、強姦犯罪がとても多くなってきている[9]。しかし、スウェーデンの犯罪の増加原因には、スウェーデンへの移民の増加の影響(「スウェーデン#移民問題」も参照)も無視できない。
カナダ
--『ポルノグラフィ防衛論』(ナディーン・ストロッセン)(2007/10)ISBN 9784780801057から要約--
1992年のカナダのバトラー裁判で、カナダの最高裁判所が、1983年にミネソタ大学で教壇に立っていたラディカル・フェミニストのアンドレア・ドゥウォーキンとキャサリン・マッキノンが起草した反ポルノグラフィを掲げるモデル法の概念を採用した。
- (この反ポルノグラフィを掲げるモデル法は、「ポルノグラフィは性差別を実践するものである」と断言し、ポルノグラフィの取引行為を禁じている。)
1994年時点では、この反ポルノグラフィを掲げるモデル法は、ドイツ、フィリッピン、スウェーデン、イギリス、ニュージーランドでも導入されている。
このバトラー判決の結果、カナダでは言論の自由が奪われ、更に、女性や弱者の平等権を弾圧する結果をもたらした。
- 裁判の結果、カナダでは「同性愛を扱う雑誌」や「女性文学作品」が警察に没収されるようになった。(判決から2年半の間に、カナダのフェミニスト書店(レズビアン雑誌がある)の半分以上が、該当する本を押収された。)
- フェミニスト向けの本や同性愛を表現した本を専門とする、小規模な書店の本は押収されたが、一般大衆向けの本が多い大型書店では、同じ本が販売されていても押収されなかったなど、運用面での不備が見られる。
- 性行為が一切描かれていない本でも、人を性的に侮辱する表現があるように思われる書籍(児童への性的虐待の問題提起をする本や、学術的な調査報告書を含む)も禁止されるようになったため、学術機関での研究も大幅に制限されている(事実上不可能)。
- アンドレア・ドゥウォーキン自身の著作「ポルノグラフィー-女を所有する男たち」と「女性憎悪」も押収されるなど、運動を推進してるメンバーまでもが「加害者」に認定されるという、寓話のような状況が発生した。
判決後のカナダでは、女性や児童への虐待を問題視する姿勢が、社会的ヒステリーと呼べるほど過剰になった結果「インターネット上で未成年とコミュケーション(性的な表現を含まない一般の会話や、学習のアドバイスも含む)」を禁止する[1][10]という、非現実的な法案が了承され、2009年現在では弱者保護という当初の目的から外れ、言論統制国家に変貌しつつある。
脚注・出典
- ^ 岡崎 等 (1998年). "キャサリン・マッキノンの擁護". 2009年9月5日 閲覧。
- ^ "Susan Brownmiller". 2009年9月6日 閲覧。
- ^ Samantha Singson (2008年). "UN Secretary General Nominates Abortion Advocate for Top Human Rights Post". 2009年9月12日 閲覧。
- ^ "ミレットとファイアーストーン". 2009年9月12日 閲覧。
- ^ マッキノン/ドウォーキン (2002年). "『ポルノグラフィと性差別』1980年代以降「反ポルノグラフィ公民権条例」の制定を目指した". 2009年9月11日 閲覧。
- ^ 森岡正博 (1999年). "女性学からの問いかけを男性はどう受け止めるべきなのか". 2009年9月6日 閲覧。
- ^ 林道義. "フェミニズム批判". 2009年9月13日 閲覧。
- ^ 武田龍夫 (2001年). "福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓". 2009年9月12日 閲覧。
- ^ "スウェーデンの強姦犯罪の統計". 2009年9月12日 閲覧。
- ^ 篠原 修司(livedorrニュース2009年12月10日)カナダ最高裁、大人がネット上で未成年と会話することを違法と判断
関連文献
- 『フェミニズム理論辞典』(明石書店)(1999/07)ISBN 4750311723
- 『女であることの希望 ラディカル・フェミニズムの向こう側』吉沢夏(勁草書房)(1997/03)ISBN 9784326651993
- 『ポルノグラフィ防衛論』(ポット出版)(2007/10)ISBN 9784780801057
- 『ポルノグラフィ―女を所有する男達』アンドレア・ドゥウォーキン(青土社)(1991/04)ISBN 9784791751280
関連項目