2016-03-08
■[議論][歴史]「ネット右翼の「韓国先制攻撃論」には一理あり」とはいえない。
古谷経衡氏が先月初めにupした『「国益」の視点から考えるヘイトスピーチ撲滅論』という記事について少し書いておきたい。
記事は下記で読める。
「国益」の視点から考えるヘイトスピーチ撲滅論(Yahoo News個人)
「国益」の視点から考えるヘイトスピーチ撲滅論 (BLOGOS)
当然、ヘイトスピーチの第一の直接被害者は善良で無辜の在日コリアンだろう。しかし、ヘイトスピーチによって最も傷がつく存在とは、何を隠そう「日本」という国家の国威・イメージであり、ひいては日本国の「国益」そのものなのである。
という古谷氏の直接の被害者より「国益」を優先する問題意識には同意しかねるが、ともあれヘイトスピーチ撲滅すべしという結論自体には異議はない。しかし、記事中で古谷氏が述べている次の点については異論がある。
・ネット右翼の「韓国先制攻撃論」には一理あり
ヘイトスピーチを法規制しよう、という話題が盛り上がり、東京や大阪での「日韓断交デモ」などが批判的な文脈の中で話題になるたびに、ネット右翼たちは、必ず、以下のように反論する。
―日本人が韓国人をヘイトする以前に、韓国人が日本人をヘイトしている
これは、ネット右翼が自らのヘイトスピーチを正当化させる言説の中で、必ず登場する決まり文句だ。つまり、韓国人が先に日本人を呪詛してきたから、それに対抗してやっているのであって、よって韓国こそが先にヘイトを仕掛けたことへの自衛手段だ、というのである。私はこれをネット右翼による「韓国先制攻撃論」と名づけている。
しかし、この理屈には一理ある。戦後、東西対立が激化する中で「東アジアの反共国家群」の一員として日韓連帯があったのは周知のとおりである。日韓基本条約締結(1965年)を転換点として、日本の保守層と韓国政権は、「反共」という目的で概ね一致した。
冷戦時代、むしろ左派の日本共産党こそが韓国を「朴正熙はアメリカの傀儡であり、極東におけるアメリカ帝国主義の尖兵」などと非難し、保守派は「韓国こそは、朝鮮半島唯一の合法政権であり極東における自由と民主主義の砦」と連帯意識があった。
と述べているが、この時点で日韓国民間の相互不信を「日本の保守層と韓国政権」の関係と混同させて論じているうえに、
・冷戦期の「日韓蜜月時代」を語らない保守
しかし罪深いのは、「反共」時代の日韓の蜜月を知っているはずの日本の保守系言論人の多くが、この時代の日韓についてだんまりを決め込んでいる、ということだ。現在の日本の保守系言論人の多くは、韓国への愛憎を基盤とした複雑な感情を持っている。
と冷戦期の「日韓蜜月時代」なるものを又聞きと思しき保守層の個人的体験談?を根拠に論じるなど、事実認識に危ういものがある。彼の言う冷戦期の「日韓蜜月時代」だが、日本の保守層と韓国政権(or保守層)ではなく両国の国民世論に着目すると必ずしも「蜜月時代」とは言えない。
昭和57年発行のNHK放送世論調査所編『図説 戦後世論史 第二版』の記述を見ると、日韓国民間の相互不信は今に始まったものではなく冷戦期から続いているものであることが分かる。
63.嫌いな国は近隣諸国
(前略)「嫌い」が「好き」を終始上回っている国としては、ソ連のほかに韓国(大韓民国)、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)といった隣国があげられる。特に韓国については、35年から47年に「嫌い」という人が40%強から10%強まで大幅に減少したが、48年の金大中事件以降再び急増し、常時20%台になっている(63-2図)*1
なお、韓国の中央日報が50年7月に実施した世論調査(18才以上の韓国民2000人)によると、韓国の人々の「嫌い」な国は、中国、ソ連に次いで日本が3位(41%)にランクされており(朝日、50.8.15)、さらに同社が52年8月に実施した世論調査(20才以上、3600人)でも、日本を「5年前より好きになった」という人(29%)より「もっと嫌いになった」という人(62%)が圧倒的に多い(朝日、52.9.23)など、日本と韓国両国民の相互不信は根強いものがある。
『図説 戦後世論史 第二版』p.182-183
このように日韓両国民の相互不信は国交正常化以前から根強いものがあり、かつて冷戦時代の日韓両国民の関係は蜜月だったが、韓国ナショナリズムの沸騰に伴う先制攻撃によって日本で嫌韓感情が喚起されたとは言えないと思われる。では、なぜ現在に至り日本で嫌韓が流行し排外デモまでが跳梁するようになったのかというと、かつて日本人にとって「嫌いな国」第一位だったソ連が崩壊しつつも冷戦構造が維持された東アジアの地政学環境の変化と韓国の民主化が原因なのだろうと思うが、そこのところは樋口直人氏の『日本型排外主義―在特会・外国人参政権・東アジア地政学― 』で勉強してまた別の機会に書いてみたい。
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*1:パーセンテージの年次推移を示す折れ線グラフが掲載されているが省略した。
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