ネット界隈で財政健全化を嫌う人は、何かと財務省が諸悪の根源のように言いがちだ。政治家を何らかの方法で制御できるらしい。ここまで累積債務がたまっている時点で、財務省の持つ権力などたかが知れている気もしなくもないが、どうして支配力があるように思われているのか気になる所だ。財務省が政治にどう関わって来たかを説明する本が無いものかと思っていたのだが、『財務省と政治 - 「最強官庁」の虚像と実像』と言う本が出ていたので拝読してみた。週刊誌が好きそうな裏話になると思うのだが、その都度々の財政問題に対して個々の財務官僚や政治家がどう関わってきて、どのような結果になったかが年代を追って説明されている。メディアを通じて見聞きする名前に詳しくなれると言う意味で、財政学の教科書などとは一味違って新鮮に感じる。
さて、大蔵(2001年から財務)官僚は情報を握って離さないような批判が良くされているが、55年体制では異動の多い官僚よりも、族議員の方が事情に通じているぐらいで、圧倒的と言う訳ではなかったそうだ。しかし他の官庁と比較しても高い調整能力を保有する所から、内閣や与党政治家は多かれ少なかれ大蔵官僚を頼って来ており、どうもこれが財務省の権力を大きく見せていた。予算編成で内閣と与党の意見を官僚組織が擦り合わせるのは、世界的には珍しいらしい。政治日程などにも関与してきた。世界的に見ても政策決定への影響力が強い官僚機構と言う意味で、「最強官庁」とは言えたかも知れない。
ただし、55年体制が崩壊したぐらいから、内閣や与党と大蔵省の信頼関係は崩れていき、小泉政権時には内閣が経済財政諮問会議を使って政府財政の全体像を描くようになり、与党や財務省の影響力は低下した。その後の内閣でもこの傾向は続いており、ボトムアップ型の予算編成が、トップダウン型になってきたと言える。もはや「最強官庁」とは言えないであろう。ただし財務官僚の調整能力を他で代替する事は難しく、小泉内閣の竹中平蔵経済財政政策/金融担当大臣は経産官僚よりも財務官僚を信用していたし、脱官僚を掲げた民主党政権でも官僚に頼らざるを得なかった。国債整理基金の取り崩しなどを見るに、どれぐらい官僚が積極的に振舞うかは、政権からの圧力にもよるようだ。
小選挙区制によって政党トップが選挙結果を左右するようになり、与党の影響力が低下して官邸に権力が集中している事がパワーバランスの変化の原因ということになるが、政治が不安定化して選挙にネガティブに働く増税政策などが取れなくなったことを嘆く官僚は多いらしい。財政政策の決定まで山場が、与党と調整することから、世論を形成することに変化しつつあることに対して、財務官僚に戸惑いがあるようだ。「国民との対話の充実」などの広報活動の強化をしているので、状況の変化に対応しようとはしているが、内閣ではなく財務省が財政規律の維持と言うミッションを負っていけるのかは良く分からない。90年代から蓄積していった現在までの累積債務を見る限り、不可能なように思える。
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