今週の欧州中央銀行(ECB)理事会を前に、参加メンバーはいつにも増して強い圧力にさらされている──それも、あらゆる方面から。メンバーは自制を促す声よりも、より強力な行動を求める声に耳を傾けるべきだ。
より強力な金融刺激策を求める主張は、年初から積み重なる数々のデフレの兆候、つまり市場の混乱、当面のインフレ率と今後の予測に対する予想以上の強い失望感、昨年時点で有望に見えた欧州経済の加速に米国の弱さがブレーキをかけた世界的な減速、を論拠にしている。
これに対する側は、ECBが未踏の金融領域にさらに踏み込めば、意図とは逆の結果を生み出す恐れがあると警告している。ECBが昨年1月に開始した資産購入プログラムは、金融緩和が重ねられるごとに刺激効果が弱まっているという見方は多い。
また、金融緩和の偏重は、他国から需要を盗み取るために為替レートの引き下げをひそかに狙う通貨戦争に等しいという警告もある。
最も激しい抵抗はマイナス金利に向けて留保されている。マイナス金利政策は現在、程度の差はあれ、欧州の大部分など世界経済の4分の1を占める国々の中央銀行に採用されている。
一つの反論が国際決済銀行(BIS)から儀礼的に出ている。中央銀行の中央銀行とも呼ばれるBISはECB理事会の数日前に公表した報告書の中で、ゼロ以下になった金利の引き下げはもはや実体経済を刺激しないのではないかと示唆している。BISは、中央銀行が引き下げた金利を市中銀行が借り手に移すことなく、収益が悪化する中で逆に貸し出しを引き締めるおそれがあるとしている。その一方で一部の銀行は、ECBの準備預金に対するマイナス金利をかわすために現金を手元に抱え込もうとしていると伝えられる。家計と企業に及ぶ政策効果がそれだけ鈍ることになる。
ECB理事会メンバーの多くがこのような否定論を押しのけ、10日の理事会でユーロ圏のさらなる金融緩和を決定する地ならしをしてきた。ここに至って二の足を踏むべきではないし、また、他の理事会メンバーが気のない支持(あるいはそれよりも悪い反応)で彼らの意思を弱らせるべきでもない。
市場は預金金利のさらなる下げを値踏みする方向に動き、アナリストらは資産購入の拡大と銀行への新たな長期貸付を予想している。ECBは期待を失望に変えるべきではない。市場を喜ばせることが中央銀行の仕事であるからではなく、市中金利の低下が、政策の効果が失せずに伝わっていることを示しているからだ。さらに積極的な緩和は、最終的にすでに市場が行き着いている地点に銀行を向かわせるだろう。
■行動しないリスク大きく
ECB理事会メンバーは通貨戦争のそしりを恐れる必要はない。ユーロ圏が他国の需要を盗み取っているという証拠はない。ユーロ圏の対外収支均衡は2014年末以降、あまり変化がない。むしろ、量的金融緩和の期待が2年前に起こったユーロ圏の信用収縮の終息と重なり、その実施も昨年の貸し出し増加が速まっていることと重なっている。経済成長とインフレが期待ほどでないのであれば、これまでの方策を弱めることでなく強めることが結論であるはずだ。
ECBのドラギ総裁は今年に入ってからの講演で批判派に対し、これまでで最も鋭い反論を突きつけた。「彼らは、我々がしていることの副作用やリスクを警告する。だが、何もしないことのリスクについて彼らが語るのを聞いたことは一度もない」
行動しないことのリスクが行動することのリスクを上回るばかりか、そのバランスは行動を強めるべき方向に傾き続けている。
(2016年3月8日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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