世界の貿易行動が過去と同じであれば、世界経済は少し不安定に見えるのではなく、危機に陥っているだろう。
1990年代と2000年代の大半で、物品の貿易は世界の国内総生産(GDP)の伸びの2倍の速さで成長した。金融危機で貿易量は12%縮小し、世界恐慌時のような世界貿易の崩壊が再び起こるのではないかという大きな懸念を引き起こした。その後、物品の貿易が足早に回復し、多くの人々が商取引の平常化を再確認した。
実際は、悲観主義者も楽観主義者も正しくはなかった。物品の貿易は過去5年間で拡大した一方で、その速度は世界経済の成長に後れを取らない程度だった。これが警鐘を鳴らす根拠となるのか迷ったエコノミストや政策策定者は、ほとんどの場合そうではないと結論づけてきた。
貿易の伸び悩みの多くは、サプライチェーンの構造変化、特に国際的に分散された製造ラインを自国経済の中に持つ中国のそれに関係するとみられる。しかしこれは、世界の商取引が製造業や農業からサービスや投資に移行する中、国際的な規制が追いつこうともがいていることを意味する。
目に見えない性質を考えると皮肉だが、90年代以降のデジタル化の拡大はサービスよりはるかに物品の貿易を促したように見える。需要や生産が瞬時に共有できることは、迅速で効率的な製造業のサプライチェーンが世界中にできることを意味する。
国境を越えるデータの流れは非常に早いペースで拡大している。コンサルティング会社のマッキンゼーは、16年末までに全世界で企業や個人が送るデータ量は08年の20倍にのぼると見る。しかし、企業向けサービスなど一部の部門が相当量を海外に委託している一方で、法律や専門サービスなど他部門は国内規制に縛られる傾向にあり、あまり国際競争にさらされていない。
■統一されていない規制が妨害
特にサービス部門など、比較的新しい経済活動の多くで、グローバル化はバラバラの規制や細分化された市場で抑制されるのが現実だ。バラバラの規制を統一する試みは概して、凝り固まった利権や、変えるのが時間的にも政治的にも難しい規制の枠組みから生じる惰性によってくじかれてきた。
例えば、米国は、アジア太平洋地域の11カ国と協議を行った環太平洋経済連携協定(TPP)と、欧州連合(EU)との間で交渉を進める環大西洋貿易投資協定(TTIP)の両方で、金融サービスの貿易が世界経済で極めて重要だと主張した。しかし、国際慣行との調和を促進するよう金融規制改革法(ドッド・フランク法)を検討し直す意思は同国に見られない。
貿易交渉を行う組織が現代的なサービス貿易に目を転じたのは最近になってからだ。15年間の交渉の後、昨年、安楽死を迎えた多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)では、主に農産物と工業製品に焦点を当てた。12年にはより小規模の多国間サービス協定についての協議が始まったが、妥結までの道のりは長い。一方で、TTIPでの規制調和の試みはEUと米国の規制の差異につまずいている。
貿易の形態は変わりつつあり、金融危機以前の20年間で経験した物品の輸出入の急速な成長が戻ることは決してない。サービスのグローバル化が物品と同様のことを成し遂げるのであれば、それを左右する規制も変わらなければならない。
(2016年3月7日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.