選手を励まし、観客をやさしく照らす聖火は、どこで灯(とも)るのだろうか。

 2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場内に、聖火台を置く場所がないことがわかった。

 事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)と大会組織委員会などが、この問題をめぐるチームを立ち上げる。遠藤利明五輪担当相を座長とし、聖火台の設置場所などの方向性の検討を急ぐという。

 新国立競技場の整備は、内閣全体が責任を持つことになっている。旧競技場案が撤回された経緯から時間の余裕はない。政府が主導的役割を果たし、早急に計画を決めてもらいたい。

 旧案の際は、聖火はフィールドの真ん中で点火して、そのあと競技場外に移すことになっていたという。その時点でJSCや組織委には、聖火台について認識はあったはずだ。

 ところが昨夏、旧案が白紙となってから、この問題は置き去りにされていた。

 これまでの計画の混乱から、組織委とJSCなどは痛い教訓を学んだはずだった。それは、組織ごとの役割と責任の所在があいまい過ぎることだ。

 ところが今回も積極的に解決しようとする組織はなく、関係者は問題を先送りしてきた。

 JSC側には、「組織委からの要望に聖火台を競技場内に置くという話はなかった」との声もあるという。各組織が、問題は別の組織が解決するものと思っていたように見える。

 計画出直しの際の反省は何だったのか。五輪に直接携わる人たちの認識が変わっていない。

 世界の選手と観客にとって最善の大会を実現するためには、関係組織が主体性と責任感をもち、緊密に連携して取り組まねばならない。そのことをいま一度、確認してもらいたい。

 聖火台を競技場内に据えるには、いくつかの障害があるという。観客席は燃えやすい木材を使った屋根で覆われている。新たに場所を確保すると客席に競技が見えない場所が生まれる。

 大幅な計画変更ができないなら、競技場の外に置かざるをえない。景観との調和や、選手や観客にどう見えるかなど、考慮すべき点は多い。

 新競技場の敷地内には1964年の東京五輪で使った聖火台の展示が検討されている。この機会に前回の聖火台を再利用する案も話し合ってはどうか。

 改めて、どこが何をするのかを明確にすべきだ。そのうえで聖火台の場所と費用負担について知恵を絞ってもらいたい。