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退職後の「夫不要論」 日本社会の問題うつす 女男 ギャップを斬る(水無田気流)

 

2016/3/6

 あれはまだ、息子が乳児のころ。デパートのオムツ交換所で居合わせたお母さんと赤ちゃんのところに、5歳くらいの男の子が駆け込んできて言った。「お母さん、ゴキブリが来たよ!」え! ゴキブリが出たの? と思ったら、すぐ後にお父さんらしい人が現れた。ああ、この母子は、お父さんのことを陰でゴキブリと呼んでいるのか……。じわじわと、背中が寒くなった。

 拙書『「居場所」のない男、「時間」がない女』を書こうと思っ

 あれはまだ、息子が乳児のころ。デパートのオムツ交換所で居合わせたお母さんと赤ちゃんのところに、5歳くらいの男の子が駆け込んできて言った。「お母さん、ゴキブリが来たよ!」え! ゴキブリが出たの? と思ったら、すぐ後にお父さんらしい人が現れた。ああ、この母子は、お父さんのことを陰でゴキブリと呼んでいるのか……。じわじわと、背中が寒くなった。

 拙書『「居場所」のない男、「時間」がない女』を書こうと思ったきっかけも、ふと聞いた中高年女性たちの噂話だった。「あそこの旦那さん、定年退職直後に亡くなったんですって!」と1人が言い、他の女性たちが「んまあー!」と声を上げるので、次に「お気の毒に!」が来るものと思ったら、異口同音に「うらやましい!」「理想的!」と来て、驚愕したのである。これは特殊事例なのか、それともこの国の女性たちにある程度共通する気分なのか、検証する必要を感じた。

 この種の本音は統計調査では測りにくいが、メディアを分析すると流行語などには「夫不要論」が目立つ。たとえば、タンス用防虫剤CMコピーで流行語部門・銅賞受賞となった「亭主元気で留守がいい」(1986年)、同年新語部門・表現賞受賞の林郁「家庭内離婚」、退職後の夫が妻に張り付いてきて邪魔だという樋口恵子「濡れ落ち葉」(89年)、同年同様の意味の「わしも族」。深刻なのは黒川順夫「主人在宅ストレス症候群」(93年)で、夫と一緒にいることが原因で妻が体調不良を引き起こす現象を意味する。

 男性からすれば「身を粉にして家族のために働いているのに、何たる理不尽」ということになろう。だがその長時間労働と、男女で職場と居住地に分離した生活スタイルこそが、問題の根幹にある。

 先日東京ウィメンズプラザ主催で開かれたワーキングマザー対象のワークショップで印象的だったのは「夫は死んだものと思っている」という参加者の意見だった。夫に家事分担を期待しても無駄。だったら最初からいないものと考えたほうがいいという、切実な事情が透けて見えた。この現実が男性には見えていない点も問題だ。この国の働き方・暮らし方は、本当に、何かがおかしくはないだろうか。

みなした・きりう 1970年生まれ。詩人。中原中也賞を受賞。「『居場所』のない男、『時間』がない女」(日本経済新聞出版社)を執筆し社会学者としても活躍。1児の母。

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